1 第一印象
世の中には無駄な動きをするやつが多すぎる。リューベレンはいうまでもなく、ロキュスも大概無駄が多い。ミラはそこそこ効率的だが、口が多い。ヴァンパイア様ことヴェイセル様は嫌味を言わなければ死ぬという、不治の病にかかっているとみえる。
それに比べてケンタウロスはいい。これほど出会って気持ちのいい種族は初めてだ。実直であり、堅実であり。何より口数が少ない。地に足がしっかりとついている。
光る湖を探せ。何て言われたときには、また無茶ぶりをと思ったが、今回の旅路はいつもよりは穏やかな気持ちになれそうだ。
「ディーレの手記」より
***
それはクルトが荷運びを手伝うようになって、三回目の出来事だった。商人と交渉にいった父ゲインが物々交換した荷物と一緒に、見知らぬ人間を連れて帰ってきたのだ。
自分が知らないだけで、よくあることなのか。そう思ったクルトは一緒に荷を運んできた兄貴分、叔父さんたちを見つめた。
休憩がてらに談笑していた彼らは若い者も、年齢を重ねた者も唖然とし、しだいに空気がざわめきだす。
よくあることではない。そう理解したクルトは改めて、ゲインへと視線を戻す。
荷運びのリーダー役、交渉役を請け負うゲインは身内の贔屓目を抜きにしても立派な大人であり、狼狽える姿をほとんど見たことがない。そんなゲインが納得いかない様子で眉を寄せ、こちらに向かってくる姿はただ事ではない。そうクルトに感じさせるには十分だった。
いったい何が起こったんだろう。そう思ったクルトは、固まる集団から少しだけ離れ、ゲインの後ろをついて歩いてくる人間に視線を向けた。
ずいぶん小柄で、細く、風でも吹いたら飛ばされそうな風体にまずクルトは驚いた。
人間を見た回数はそれほど大きくないが、ゲインがいつも交渉している商人はもっと大柄だ。縦に長いというよりは横幅が広く、でっぷりと脂肪が詰まった腹は邪魔そうでクルトから見るとずいぶん珍妙に見えた。
人間とはそういうもの。そう思っていたクルトからすると、ゲインの後ろを歩く小さく細い存在は同じ人間にはとても見えなかった。
初めて商人を見たとき、クルトはゲインに聞いた。人間はあんな珍妙な体で不自由じゃないのかと。
それを聞いてゲインは笑い、人間という種族は体形差が大きいのだと教えてくれた。大きい、小さいだけでなく、体の一部が長い、短い。筋肉がつきやすい、つきにくい。そういった様々な差があるのだと。
俺たちの種族でいう毛色の違いみたいなもんだ。そういわれてクルトはとても驚いた。二足歩行で立っているだけでも不安定なのに、体つきまでバラバラなのかと。
クルトからすると驚きの事実を聞いてから、一度季節が変わった。
人間という種族はテリトリーから滅多に出てこない。他の種族に比べて見た目通りに弱く、無法地帯となっている占領外を抜けられないからだ。
だから商人以外の人間を季節が一つ変わっただけで見られたのは、とても珍しいことだ。クルト以外の仲間たち、それなりに年を重ねた者でさえ興味深げにゲインの後ろを見つめているのはそういう事だった。
複数の視線が集まっているというのに、折れそうな見た目と違い人間たちは動じなかった。
長い黒髪を後ろで縛り、お団子のような形を作っている女性。その隣にいる一回り小さな白い髪の子供。
親子かな? とクルトは思ったが、それにしては似ていない。女性の方はニコニコと笑みをうかべて、眺めているクルトたちを興味深げに見つめ返してくる。
クルトと目があうと、さらに笑みを浮かべて手を振られた。クルトはどう反応していいか分からず、思わず視線をそらす。
失礼かと思ってすぐに視線を戻したが、女性は気にした様子はなくクルト以外の仲間たちへと興味対象を移していた。その視線は見つめている、というよりは舐るようで、少々不気味さを覚えた。
一方、子どもの方はクルトたちには一切興味がないのか、ぼんやりした様子で景色を眺めている。首には双眼鏡のようなものがかかっているのだが、使うところが全く想像できない。それほどに覇気がない。
白い髪も合わせ、顔立ちは子供なのに雰囲気は老人という何とも不可思議な人間だ。
なんてチグハグな二人だろう。そうクルトは思った。
片方は生気に満ち溢れ、片方は今にも死にそう。どういう経緯でこの二人は出会い、こうして一緒にいるのか。一目みただけなのにクルトは聞きたくて仕方がなかった。ここまで興味のわく存在にあったのは初めてだ。
「えぇっと、皆に伝えたいことがある。集まってもらえないか」
ゲインがいつになく覇気のない様子でいうと、他の仲間たちが顔を見合わせて近づいていく。
ちょうど人間を取り囲む形になり、近くで見るとその小ささに驚いた。子供の自分よりも一回りほど小さな姿を見ると、全種族最弱と言われるのも納得だ。
「まず、紹介しよう。今回俺たちのテリトリーまで同行、滞在することになった方々だ」
ゲインが手で人間たちを示したところで、後ろの存在に気が付いた。
見慣れない人間にすっかり意識を持っていかれていたが、人間以外にも二人の存在がひかえていた。
こちらもゲインに比べると体が小さいものの、チリっと肌を焼く
人間は全種族の中で唯一、
大きな荷物を一人で担いでいる男は、肌や手足に見える鱗から見てリザードマン。爛々と光る金色の目に、不機嫌そうに引き結ばれた口元。リザードマンの特徴をそのままの姿に、少しホッとする。
その隣で退屈そうに欠伸をしたのは女性。茶色い長い髪に、赤い瞳。魔力の波動は感じるが、リザードマンの男と違って綺麗に人間の姿をとっているため何の種族かは分からない。
「はじめまして! 私の名前はリューベレン! 今回はケンタウロスの諸君の旅路、テリトリーにお邪魔させてもらうことになった! どうぞ、よろしく。あっ、これがヴァンパイアからの申請書ね」
リューベレンが思ったよりも低めな声で、高らかにそういうと、隣に立っている子供にジェスチャーする。子供はおっくうそうに肩掛け鞄から、丸まった用紙を取り出した。
それをクルトたちが見えるように広げる。
そこには共通語、丁寧にもケンタウロスの文字でも先ほど告げられたことが書かれていた。右下にはヴァンパイアの署名と印鑑があり、本物としか思えない。
年配の仲間もクルトと同じ結論にいたったらしく、ざわめきが大きくなる。「ヴァンパイアが?」「何でまた」と困惑した囁き声が聞こえて、クルトも首を傾げた。
人間と同じく「人の国」から滅多に出てこないヴァンパイア。
とてつもなく美しい姿をしている。という噂は聞いたことはあるが、実際に見たことがあるのはケンタウロスの中でもごく数人。
クルトからすると夢物語ともいえる種族だが、その発言力に関しては全種族最強といわれる竜種に次ぐ。その竜種はというと、滅多に自分のテリトリーから出てくることもなく、マイペースな性格から口出しをすることもない。
つまり、実質はヴァンパイアが一番の権力者なのだ。
そう考えるとゲインの反応にも納得がいく。
ヴァンパイアからの申請となれば、ゲインが拒否することはできない。人間の商人との交渉は、ヴァンパイアからの許可がなければ行えない。今回の件を断って、ヴァンパイアの機嫌を損ねでもしたら、行商で稼いでいるケンタウロスの内情は厳しいものになる。
だから、ヴァンパイアからの申請は無下にはできない。
しかし、申請理由が分からない。
クルトはもう一度人間たちを見る。
相変わらず、女性の方はニコニコ笑っており、子どもの方は無表情。後ろにいる、おそらく護衛だろうリザードマンは不機嫌そう。それに対して種族が分からない女性は、眠たそうだ。
何だこの組み合わせ……。
それが、これから一時を共にする彼らへの第一印象であった。
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