ディーレの手記

黒月水羽

前書

 歴史に名を残すものは語り手が多い。

 派手な外見、派手な逸話、派手な功績。そういったものを残すものは、総じて語りが上手い。人に耳を傾けさせ、魅了する力を持っている。

 「人の国」の五代国王アイゼンヴァール。

 王の隣で手腕をふるったヴァンパイアの長ヴェイセル。

 一般庶民の出でありながら異種族についての多くの書を残し、のちの交流においての足掛かりを造り上げたリューベレン・フォールウェン。

 上記にあげた人物を、現在の「人の国」で知らぬものはいないだろう。

 アイゼンヴァール元王は六代目に王位は継いだ後も、国民に賢王として愛されている。

 ヴェイセル卿は六代目の補佐役として現在も活躍されている。

 リューベレン博士は若い頃よりは行動範囲が狭まったものの、九十歳とは思えない軽快さで今も異種族と語り、そして多くに語りかけている。

 彼らの名は歴史に間違いなく刻まれるだろう。確かな功績を遺した語り手として。

 しかしながら、本書の語り手は彼らではない。

 彼らと全く無関係とはいえず、むしろ深い関係にあったとさえ言えるにも関わらず、表舞台にはほとんど上がることなく、ひっそりとこの世を去った人物。

 ディーレ・コルセント。彼の名をご存知だろうか?

 下級貴族の未子として生を受けたものの、目立つことはなく人に埋もれ、時代に流され、栄華を得た者の陰に隠れ、忘れられた人物。

 しかし、彼は多くの功績を残した。それは間違いないのである。

 アイゼンヴァール王、ヴェイセル卿、リューベレン博士。いずれも彼がいなければ、今のように讃えられてはいなかっただろう。

 彼、ディーレ・コルセントは語り手ではなかった。

 しかし、語るには最も必要不可欠な、聞き手であった。



 

 王国歴317年発行 「ディーレの手記」前書より

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る