第18話 魔術師のカード

 緊急避難部屋の扉を閉め、部屋を出て屋内の非常階段を駆け降りる。竹矢がパーティ部屋と呼ぶ場所は、十階のワンフロア。壁一面の鏡、床は特殊木材で、竹矢の射撃練習場としても使われている。


 階段からの覗き窓で確認してもエレベーターホールと廊下には人はいない。どう誘導したかはわからないが、侵入者はすでにパーティ部屋に入っているのだろう。


 パーティ部屋の隠し扉へと向かい、覗き窓を開くと威勢のいい声が聞えた。 

『銃でも出てくんのかと思ったら、タロットカードかよ! おっさん、ビビり過ぎて頭イカれてるんじゃねーか?』

『占う時間だけ待ってやるよ! どーせ病院送りだけどな!』

 大声で嘲笑する男たちの声の中、竹矢の声は聞こえない。


 扉を開けると鉄杖や、特殊警棒を握った若い男たち十名に竹矢が囲まれていた。覆面は外したのかつけていない。中には、以前くららに声を掛けてきたピアスの男が含まれていることに気が付いた。


「あー、お前の前でこれを使うことになるとはな。部屋で待ってろって言ったろ?」

 竹矢はタロットカードを切りながら、溜息混じりの苦笑を浮かべる。


 そのタロットカードは、特殊な樹脂で出来た武器。その性能を最大限に生かす為、使い捨てだと聞いている。カードが尽きた場合、どう対処するのか聞いてはいなかった。


「制圧の許可を。それで終わります」

「おう。やってみろ」

 竹矢の許可を聞き、私の出現に戸惑っていた男たちの表情が怒りに染まった。私が何も武器を持っていないことに気が付き、鉄杖や警棒を振りかざして襲ってくる。その動作は遅いとしか感じない。多少玄人めいた者もいるが、その動きは素人の延長でしかない。


「素手で何ができ……!」

 叫びながら襲い掛かって来た男たちを避け、最初に蔑みの笑いを浮かべていたピアスの男の利き腕を握り潰す。拳を振り下ろし、蹴り飛ばし、確実に骨を折り、行動不能にして倒していく。


「ふざけんな!」

 背後から後頭部に振り下ろされる鉄杖を腕で受ける。上着の中、腕に仕込んだ装甲で鉄杖を受け流し、みぞおちに後ろ蹴りを入れる。


 私の脛を狙って蹴りを入れた男は逆に足を壊したようで、意味不明の叫びを上げて地面に転がった。不確定粒子と名付けられた特殊樹脂で作られた装甲は、衝撃を受けるとダイヤモンド並みの硬度になる。不用意な攻撃は、すべて攻撃者に戻る便利な装備だ。


 痛みで泣き叫びながら地面を転がる男の腹部に蹴りを入れて黙らせる。残りは三人。

 

「な、何だと!?」

『遅い』

 異世界で騎士だった私は戦場で数え切れない程の人間や魔物を手に掛けてきた。効率的に人を殺したことのない者が、どれだけ足掻いても無駄な抵抗でしかない。


『――私が剣を持っていないことを感謝しろ』

 剣を持っていたら確実に殺している。


「こ、この、バケモノ!」

 最後に残った男が震える手で拳銃を取り出した。火薬というもので鉛の弾を飛ばす武器だと竹矢に説明を受けたが、実際にどれだけの威力があるのかはわからない。――この世界では魔法は使えない。


「悪ぃな」

 呟いた竹矢のカードの一枚から放たれた小さな針が男の手に刺さる。男の手から拳銃が離れて落ちた時には、男の頭を床に叩きつけていた。


「ありがとうございます。助かりました」

 至近距離での銃での攻撃。竹矢に協力を仰いで、威力を知っておいた方がいいかもしれない。

「いや。手出ししてすまんな。――逆位置リバースザ・スター

 竹矢の持っていたカードが青から赤の光の輪状の紋様を描き、炎を上げて消失した。


「それがこの世界の魔法ですか?」

 不思議な人だと思っていたが、この世界での魔術師だというのなら納得がいく。


「そんな大層な物じゃない。このタロットカードは科学技術と職人技の結晶。進化し過ぎた技術は、魔法に見えるってだけだ。この『星』のカードには、睡眠薬を仕込んだ針が入ってる。コマンド無しでも使えるんだが、消去までがワンセットでな」

 竹矢は苦笑しながら残ったカードをポケットへと入れ、部屋の中に倒れる十名の男たちを見回す。


「それにしても、マジに素手で制圧かよ」

「この程度なら問題ありません」

「異世界無双で俺TUEEEを目の前で見るとは思わんかったな」

 聞き取れない言葉を聞き直そうとする前に、竹矢の手に一枚のカードが現れた。

 

「それは?」

「全員のデータを消される前に収集しておく。隠者ハーミット、起動」

 竹矢は倒れた男たち一人一人に近づいて、体にカードを押し当てる。カードはその都度、赤から緑の光紋様を描く。


 魔術師ではないというが、その姿は魔術師にしか見えない。

「単に無線接続でスマホやらなんやらのデータの複製を採っただけだ。このカードは特注品でな。暗号だの何だの防壁を一切無効にしてくれる」


 十人の男のデータ収集をした竹矢は、首を傾げた。

「こっちは全員素人くさいな。俺への逆恨みを利用されたってオチか」

「私に関する件ではないでしょうか。一人は顔を知っています。以前くららに声を掛けてきた男です」

 私への逆恨みかもしれない。ピアスをした男を指さすと、竹矢が肩をすくめた。


「いや。狙いは俺だろ。俺もこいつの顔を知ってる。こいつらとは別に、屋上からの侵入者が三名。電子防壁を突破してるから、そっちが本命だな」

 己の浅慮に血の気が引いた。他の侵入者がいる可能性について、考えてもいなかった。


「その者たちは?」

「屋上から侵入した時点で行動不能になってる。ま、そいつらの救援にもこないっていうことは、こっちもそっちも全員捨て駒だな」


「時間があるのなら、説明をお願いします」

「あー、ざっくり言うとだな。俺の執務部屋には、世界中の悪人が欲しがるお宝が山のようにある。表向き引退したと発表した五年前から襲撃してくるヤツがいなくなったんで安心してたら、まだ諦めてないヤツがいたと判明。っていうのが現状だな」


「宝とは、あの絵ですか?」

「いいや。形のない情報という宝だ。ま、その詳細は別の機会にな。さて。残り時間も少ない。あと二十三分。……面倒だが保護するか」

「保護?」


「俺の知り合いの病院船に空きがある。世界一周の愉快な旅に強制参加だ」

「病院船? それでは、また恨みに思うのではないですか?」

 ここで始末しておく方が後の心配がなくなる。万が一にでも、くららに手を出されることだけは避けたい。


「おいおい。マジで怖えな。それが異世界の〝青玉の騎士ナイト・オブ・サファイア〟の顔ってヤツか」

 敵対する者に対して、憐憫の情は一切感じない。


「心の底から更生しない限り、戻ってはこれないから心配すんな。壮大な実験に付き合ってくれないか」

「実験、ですか?」


「こいつらを魔法で転移させてほしい」

「ですが、私はこの世界で魔法を使うことはできません」


「〝奇跡の種ワンダーシード〟が魔法石とかいう、魔力の電池だと言っていただろ?」

「はい」


「それと、お前が来た頃に教えてくれた転移の呪文はこうだ。『術式プログラム起動。転移ゲート解放オープン。上位精霊への接続アクセス許可を申請。転移先位置情報の取得開始。情報開示の後、ゲート内物質の転送を開始スタート』」

 竹矢の口から出てくる言葉は聞き慣れた魔術言語とは異なっていたが、日本語だと思えばすべて理解できた。

「それは……」


「お前がいた異世界で使われている魔術言語は、日本語が基本になってるみたいだな。長い間に日本語と現地の言葉が融合したのか、あるいは伝言ゲーム状態で滅茶苦茶になっていたのかで、あの訳の分からない呪文になっていた。転移魔法は失敗が多いと言っていたが、それはサポートする精霊が転移先の位置情報の取得を出来るかどうかに掛かってると俺は推測している」

 元の世界では、日本と呼ばれる世界から召喚された人々がごく少数ではあるが存在していた。魔術言語もこの日本から伝わった物なのかもしれない。


「で。この世界には精霊なんつーもんはいないだろうから、位置情報は衛星でサポートする。やってみないか?」

「失敗した場合は、この者たちの命が失われるかもしれません」

 転移魔法が失敗した時、対象者はどこか知らない場所に転移されるか、最悪の場合は死ぬこともある。


「実験だからな。別にいいんじゃないか?」

「それもそうですね」

「おいおい。ワザと殺すなよ」


 倒れた男たちを一カ所に集めると、どこかへ電話をしていた竹矢が受け入れの許可を取ったと言って魔法石を投げてきた。


「俺が持ってる石の中で、そこそこ大きなサイズだ。これでどうだ? 足りるか?」

「試してみないとわかりません」

 受け取った透明な緑色の魔法石は二センチほどの大きさ。目を閉じて意識を澄ませながら魔力量を感じ取る。


 数年ぶりに魔力の煌めきを感じる。ありふれた日用品だと思っていた石に、これ程の力が秘められているとは考えたこともなかった。


「それでは、始めます――」

 精霊ではなく、衛星から位置情報の提供を受けて行った転移魔法はあっさりと成功した。男たちは外洋に浮かぶ病院船の甲板へと送り届けられた。


「よし。残り五分で、こっちは終了」

「それでは、屋上からの侵入者の対処に向かいましょう」

「そっちは哲一さといちたちが回収してる。お前はくららのとこに戻っとけ」

「はい」

 ここでの司令官は竹矢だ。勝手な判断や手出しは許されない。


「俺の事情に巻き込んですまんな。結局はお前の手を汚しちまったな」

「いいえ。これで貴方に恩返しできる道が見えました。私が必要であれば、いつでも言ってください」

 この世界で受けた恩を返すことができるかもしれないという希望が、緩んでいた気持を引き締める。騎士という立場を忘れ綺麗な体のふりをして生きることよりも、恩人の役に立ちたい。


「恩返しとかいらんけどな。……まぁ、でも、男っつーのは、護る者ができたら綺麗なままではいられないからな。己がどれだけ汚れても誰かを護る。それが男のロマンってヤツだ」

 竹矢が笑って私の肩を叩く。この世界で護る者と言われれば、くららしかいないと咄嗟に思いつく。

 

「ほら、くららが待ってるぞ。早く迎えに行ってやれ」

 竹矢に背を押され、私は部屋を後にした。


      ◆


 部屋の中に連絡すると、扉が開いてくららが飛び出して来た。勢いよく抱きつかれて懐かしさがこみあげる。震える体が温かい。

「もう大丈夫だ」

 くららはクラーラよりも身長がかなり低い。小柄な体は、腕の中に完全に収まってしまう。


 ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐり、くららから発する心地いい花の香りに感情が乱される。爽やかな果実の香油を好んでいたクラーラとは違っていることに、今更ながらに気が付いた。


 久しぶりの戦闘で熱くなった体が、鼓動を上げていく。これまで感じたことのない衝動を抑え込む為に呼吸を整える。


「あの人たちは?」

「帰ってもらった」

「どうやって?」

「竹矢によると、男の話し合いというものらしい」

 事前に竹矢と打ち合わせた言葉を告げると、くららが安堵の息を吐いた。その唇が、ぐらりと理性を揺さぶる。艶やかな唇に触れたくなる。


「ガブリエルが無事で……良かった……」

 私の上着を握りしめる手が愛しく思う。髪を撫でてその体を包み込む。


 撮影中、くららが幼馴染に腕を引かれていく姿を見て以来、私は自分の感情の異常を感じている。弁護士の柳見やなみと一緒にいた時も。


 他の男がくららの隣にいるだけで、焦りのような感情が自分の心に渦巻く。くららはクラーラと同じで、大事な妹のような存在だと思ってきた。誰かがくららの恋人になるのなら、喜んで祝うことができると思っていた。


 ……冷静にならなければ。この衝動は戦闘行為の後の、一時的な気の迷いに過ぎない。くららは、護るべき大事な妹のような存在なのだから。


 深く息を吸い衝動を抑え込みながら、くららを抱きしめることしか私にはできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る