第16話 塔の上の王子様
ちょっと先という割には相当な距離を歩く。宗助の強引な手に引かれて到着したのは、明るい色のレンガ造りのイタリアンのお店。温かな日差しに包まれたオープンテラスには白いテーブルと椅子が並んでいて、女性客が多い。
「へー、こんなお店知ってたんだー。彼女と来たの?」
「いや。
誰だっけと考えて、そういえば何度か親友だと宗助に紹介されたと思い出す。美形の印象はあっても、顔は良く覚えていない。
「昼間っから飲むの?」
「ランチメニューがあるっつーの。真昼間から飲まねーよ」
二十名近い行列が出来ているのに、宗助は無視して店の入り口へと歩いていく。
「ちょ、ちょっと! 列の最後尾はあっち!」
「予約してある」
「え?」
いつ予約したのかと聞く前に、店員がにこやかに迎えてくれた。宗助が予約を告げると、待つことなくオープンテラスのテーブルに案内された。
「な、なんか気が引けちゃう」
行列からテーブルは見えないのは一安心。そういう設計なのだろう。
「三日前から予約してるから安心しろ。ほら、メニュー。おごってやるから何でもいいぞ」
私とこの店に来るつもりだったのだろうか。
「……さっきの喫茶店に入ってランチ食べてたら、どうしてたの?」
「こっちはキャンセル料払って終わりだな」
「えー、もったいないー。予約してるなら、先に言ってよ」
数年前、飲食店への予約をキャンセルした場合は指定の料金を支払う法律が出来た。この店のキャンセル料はいくらなのかと考えながら、何気なくメニューを開いて固まった。ランチとは思えない値段が並んでいる。
「い、いいお値段ね……」
「量があるからこんなもんだろ。夜は男二人でも三品頼むと食いきれるか微妙だ。二品頼んで、チーズの盛り合わせとワイン三本飲むくらいでちょうどいい」
「そ、そうなんだ……」
ちらりと他のテーブルの料理を見ると一皿がかなり大きくて私一人では絶対に食べきれない。一方でワンプレートメニューはメイン料理とサラダとパスタがバランスよくまとまっている。
「一番安いの禁止、な」
図星を突かれた。安いワンプレートメニューにしようと思ったのに。
「決めないんだったら、俺が決めるぞ」
「何するの?」
「これ二人分」
宗助が指さしたのは、一番高いコース料理。
「駄目。コースは途中でお腹いっぱいになるから、味がわかんなくなる」
竹矢ならいざ知らず、普通のサラリーマンの宗助におごってもらう値段じゃない。
「お前、相変わらず少食だなぁ」
「これ。これにする」
選んだのはアクアパッツァとフレッシュパスタのセット。白身魚や貝、エビにイカ、野菜も入っているし、美味しそう。
宗助はミラノ風カツレツとアランチーニ。アランチーニは丸い揚げ物と思っていたら、ライスコロッケだった。
「いただきまーす。……結構、量あるのね。逆写真詐欺?」
テーブルで湯気を立てる料理のサイズは、写真以上に大きいような気がする。
「だな。最初は俺たちも騙されて、三品頼んでグラスワイン二杯で終了だった」
「二杯飲めば十分でしょ」
「酒飲みに来てるのに、それで満足できるかよ」
アクアパッツアは魚よりも海老の赤が目立つ。日本人向けの味にしてあるのか貝は大粒のアサリが使われていて、白身魚の切り身と輪切りのイカ、トマトとパプリカ、玉ねぎがたっぷり。
フレッシュパスタは朝、お店で打った出来立てを日替わりで提供。今日のパスタは、きしめんよりも幅広でもちもち。生ハムとチーズが掛けられていて、味付けは塩コショウ。アクアパッツアの汁を吸わせて楽しめる。
ミラノ風カツレツは、仔牛肉を叩きのばしてあげた料理。カリっと揚げたてがおいそう。
アランチーニは、ソフトボールくらいのサイズが二個。トマトソースで炊いたライスの中には、溶けたチーズとひき肉。
一口もらったアランチーニが美味しくて、今度ガブリエルに作ってあげようと思いつく。もっと小さくして、中身をいろいろ変えても面白いかもしれない。
「いつもご飯はどうしてるの?」
「外で食ってる。コンビニ弁当はゴミが面倒だ」
「彼女に作ってもらったらいいじゃない」
「一昨日、別れた」
「あ……そうなんだ……」
いつも短期間で彼女が変わるのに、今の彼女は二年くらい続いていると聞いていた。どうせ次の彼女もすぐできるだろうから、慰めていいのか言葉に迷う。
「仕事をやめろとは言わないから、俺の所に来ないか?」
「何それ」
全く想像もしていなかった宗助の言葉に驚いて、パスタを口に運ぶ手が止まる。
「俺の部屋で…………飯作ってくれるとありがたい」
「嫌。お断りしますー。次の彼女を早く見つければいいでしょ。私は家政婦でもなんでもないんだから」
即答してしまった。幼馴染とはいえ、ご飯の為に同居するなんて理解不能。料理は竹矢のマンションでほぼ毎日作っているから、これ以上作りたくない。
「それは……俺は……」
「わけわかんないこと言わないで。私は今の仕事と生活が気に入ってるの。やっと安心して稼げるようになったんだから、邪魔しないで」
不安定な非正規雇用から正社員になれた安心は大きいし、ガブリエルや竹矢、時には紗季香と一緒に食べる夕食はとても楽しい。
口を引き結んで黙ってしまった宗助を見て、私は小さく溜息を吐いた。
◆
宗助に借りを作りたくなくて、強引に割り勘で食事代金を支払った後、早足で当初の目的の店に向かう。まずは服。上着を買って、ブラウスかカットソー。後はスカート。明るい色の服が欲しい。
後ろの気配に苛立って、振り向いて抗議する。店の前で別れの挨拶はした。
「ついてこないで!」
「別にいいだろ」
嫌がらせに下着屋にでも入ろうかと思いつつ辺りを見回すと、空を見上げる人だかりが見えた。
その視線の先には、メルヘンチックなお菓子の家のような外観の店の上に可愛らしい塔があって、その窓から誰かが身を乗り出している。
フリルの施された白いシャツに茶色の皮のベスト。青紺色で金の飾りが施された上着。お伽話の王子様のような服を着たガブリエルだった。妙に似合っていてカッコイイ。
「……あいつか。撮影風景っていうのは、傍から見ると間抜けなもんだな」
「それはそうだけど、舞台裏っていうのは、そういうものでしょ。切り取られて出来上がった世界で夢が見れたらいいのよ」
「早朝にやりゃーいいのに」
「ドローンの許可が降りなかったんじゃない? 早朝夜間禁止になってなかった?」
窓から身を乗り出すガブリエルは、かなり無理な体勢。よく見ると、片腕だけで体を支えている。
「はー。あの体勢は厳しいぞー。よく耐えていられるな」
「毎日二十キロ走って鍛えてるから大丈夫よ」
「は? 何だそりゃ。バケモノかよ」
カットという声が響き、撮影が休憩に入った。口の中でお疲れ様と呟くと、塔の上にいるガブリエルと目が合った。
「くらら!」
笑顔のガブリエルが手を振っている。気付いてもらえたことが嬉しくて、微笑みながら小さく手を振り返す。
「おい、行くぞ」
隣にいた宗助が、私の腕を掴んで強引に歩き出した。ガブリエルの方とは反対側へ。
「ちょっと、離してよ!」
「周りを見ろ。……顔、隠せ。写真撮られたらマズイ。ネットにばら撒かれるぞ」
宗助に言われて見ると、怒りの表情で私を見ている女性たちの姿。ガブリエルのファンなのかもしれない。
ガブリエルは撮影中だし、迷惑は掛けられない。宗助に言われたとおりに顔を鞄で隠しながら、私は逃げるように立ち去った。
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