むかし、むかしのきょうのぼく
隅田 天美
序章 その一 平野平家の日常風景
豊原県星ノ
百万人以上の人口を誇る地方の中堅都市である。
主な産業は伝統的なモノづくり(ボルトなどの鋳物)とITを活用したネットワークシステムだろう。
特にITは早くから官民挙げて開発・研究がなされていた。
故に中心街ともなれば電柱の地中化や信号機のバーチャル化で近未来都市の様相を呈している。
もっとも、車で市街地から三十分も走れば、それこそ地方都市そのままの住宅街や倉庫街に出るし、中心街とも言え裏路地に入れば、古き良き時代の居酒屋やバーが軒を連ねている。
この街の外れに『
平野山にある
ほぼ森である。
そこに門構えも立派な武家屋敷に住んでいる。
一応、県の有形文化財に指定されているため建て替えることができない。
クーラーを取り付けるのにも県の許可がいる。
武家屋敷と併設して板の間の道場もある。
近所の子供から東京などからの遠方からも教えを請いに弟子たちがやっている。(もっとも、子供の場合は武術を教えるというより待機児童などの預り所としての役割が大きい)
今、この屋敷には男二人しか住んでいない。
一人はこの家の主、
身長二百十五センチ、体重百二十キロ以上の黒髪のクルーカット、しっかりとした筋肉質、野趣あふれるがどことなく人のよさそうな男だが不思議と威圧感がない。
先日亡くなった父から道場を引き継いだが街に出れば真っ先に酒場に行って気が付けば見知らぬ者同士でケラケラ笑いあうぐらい明るいし楽観主義者である。
職業は一応、不動産仲介業者である。
もう一人は
身長百九十センチ、体重は百五キロ、今どき髪を染めずに黒髪短髪、父親ほどではないが筋肉質である。
しかし、暴走族ぐらいならば筋肉と体の大きさだけで威嚇もできる。
父親よりもいささか垂れ目であり、一見すると何処の地方都市にもいる素朴で純粋な青年に見えるし実際、そういう性格である。
なお、彼は地元の星ノ宮大学の二年生である。(主に受験失敗と留年によるもの)
その二人が日の当たる道場で組み手をしていた。
父親である秋水の顔は汗一つかかずはあまり乱れていないが、息子である正行の体全体が汗まみれで空手着はほぼ前がはだけている。
「なぁ、そろそろ『参った』言えよなぁ……付き合う身にもなれっていうの」
突き出される突きや蹴りを秋水は紙一重でかわしていく。
いや、かなり余裕を持っている。
実際、秋水の頭の中は正行をいかに倒すかよりも、今日の昼食は何がいいだろう? と冷蔵庫の中身を考えていた。
正行の突きや蹴りが決して悪いのではない。
彼の出す技や蹴りは素早く力強いものがある。
例えば、突き一つにしてもコンクリートに当たったならば跡が残るぐらいの威力はある。
しかし……
秋水は一回、正行との間に距離を取った。
「じゃあ、これで最後にしよう」
父の言葉に息子は顔面にめがけて無言の気合で突きを繰り出した。
今日一番の力の乗っている突きである。
その突きに対して父は何の反応もしなかった。
そのまま行けば突きが顔面に当たり大手術は免れない。
だが、拳の先が秋水の鼻先に届くかどうかの一瞬。
息子の腕をはね上げるように掴むと無防備な足を払い、正行を倒れさせた。
素早く上に乗ると秋水は拳を息子の鼻先に置いた。
「ま……参りました」
苦々しく正行が降伏する。
それを聞いて秋水は正行の体から退いた。
正行は疲れたのだろう、上半身だけ起こすと荒い呼吸を繰り返した。
対して秋水はさっさと出入り口に歩き出した。
「正行、今日の昼は冷蔵庫の残りの野菜を入れたつけ汁に素麺でいいな?」
振り返ると、荒い呼吸をしているが、もの言いたげな目で見つめる息子がいる。
「……お前ね、攻撃がワンパ……ワンパターンなんだよ。死んだ爺さんや石動君にも言われただろ? こちらの世界は裏をかいたほうが勝つの。けれん味がなさ過ぎる。もう少し、ズルを覚えろ」
言葉こそふざけているようだが、その目は鋭い。
その視線をそらすように正行は床目に視線を落とした。
「井戸で汗を流して道着を洗濯機に入れたら昼飯を作るのを手伝え」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます