【肆】楽しい試験

 サウザンウン共和国の将軍が住む宮殿、その中の一室から奇声が漏れていた。

「あああああ尊い最っ高! ズバーだしザクザクだし華麗美少女! ウヒッウヒヒヒッ!」

 気持ち悪い笑い声を発しながら、床をごろごろとのたうち回る幽姫。

「操作は大変だったけど、やっぱり付喪神をけしかけて正解だったわ!」

 万歳するように寝転がって、恍惚の表情で自分の行動を評価する。その手はべったりと濡れていた。

「でもバレてないかしら? ちょっと都合よく動かしすぎた気はしてるのよね」

 幽姫がむくりと起きあがる。

「まあ、バレても敵じゃないって思ってもらえればいいわ。それよりアレの準備をしなくちゃね」

 幽姫は着物の帯の中から御札を取り出すと、不敵な笑みを浮かべながら部屋の外へ出て行った。



 山を背にして建つ将軍の宮殿の前には、ちょっとした飛行場ぐらいの広さはある巨大な広場があった。軍事力誇示のために、広場ではたびたび軍事パレードが行われ、戦車やミサイル射出装置などの兵器類が行進する。それを宮殿最上階のテラスから将軍が鑑賞するのが常だった。

 今、広場には、色とりどりで変わった形の戦車が並んでいる。テラスには誰もいない。

 深霧貞華は休憩していた。過去のことを思い出してしまったために、浮かない顔で落雁を頬張る。

 広場にやってきたはいいが、兵士もおらず、兵器も動く気配がまったくなかった。

「昔のわたくしでしたら、向こう見ずに突っ走っていったのでしょうが……おや?」

 戦車の後ろから、青色で小型の物体が上昇してきた。

 それは羽虫のような音を響かせて、貞華の元へ飛んでくる。

 四つのプロペラを四角状に配置した小型の飛行機械だった。世間一般ではドローン、あるいはマルチコプターと呼ばれるものだが、貞華は知らなかった。

 青色のマルチコプターは警戒する貞華の目の前の、貞華より頭一つ分上がった位置でホバリングしている。その下部からにゅっとカメラがせり出すと、目の前に人間が現れた。

「どうもー。ラシネーナと言いまーす」

 白衣をはだけた2メートル近い男が、気の抜けた声であいさつしてきた。その姿に貞華が訝る。

「これは……映像でしょうか?」

「そーだよー。実際の僕は別の場所ー。まーそれはともかくー、ようこそテスト会場へー。君を待ってたんだよー」

 無精ひげの目立つ口元が緩み、嬉しそうな口調でラシネーナが歓迎する。

 ラシネーナの言うことがよくわからない貞華が、すまなそうな顔をする。

「お待たせして申し訳ありません。……と言いましても、わたくしはあなたと何か約束をした覚えがないのですが」

「そういう意味じゃなくてー、君に実験台になってもらうってことだよー。きっひひひひ」

 ラシネーナが緊張感のないだらけた笑いをこぼす。開いているか閉じているか分からないぐらい細い目は、笑っているかどうか判別できない。

「実験台とは、穏やかではありませんね」

 貞華が当惑した表情を浮かべる。一応、刀を構えていたのだが、相手からは殺意が感じられなかったので、対応を決めあぐねていた。

「正確にはー、3・5次元特性を応用した兵器群、略称兵器3・5、シリーズ名アップワードの運用試験ってとこかなー」

 急に堅い口調になったラシネーナがゲームパッドを取り出す。

「アップワードα、モデル・ウインド稼働開始ー」

 ラシネーナが自身の名前を冠した兵器を作動させる。

 広場左端で緑色の戦車がゆっくりと動き出し、入口中央の貞華へ向けて進行する。

 貞華が戦闘態勢をとろうとした瞬間。

 戦車が目の前に迫っていた。

「!? これは――」

 即座に断微流・東風を発動させて脇に飛び退く。貞華の目に映るのは、常識的な速度で通過していく戦車。

 加速した貞華の目から見て、普通の動作をする戦車。それはつまり、本来は異常な速度で高速移動しているということだ。

「まあ気づくよねー。轢かれて終わりってのもつまらないしー」

 貞華に併走していた青いマルチコプターから、ヘラヘラした声が響く。

「……退魔師と同じように、自分の時間を加速させていますね」

「当たりー。君の加速度は大体4倍から7倍ってとこだったんでー、とりま六倍に調整してあるよー。ちなみにー、そこのマルチコプターは最高加速度だよー」

 話している間に、戦車の砲塔はすでに貞華に狙いを付けていた。轟音が響き、砲弾が貞華の姿を貫通する。

 残像が消し飛ぶ。断微流・白蓮。わずかな時間だけ超加速することで残像を作り出す技を繰り出していた。

 貞華が戦車の背後に回り、

「断微流・八雲」

 光の長刀を水平に振り抜く。車体と砲塔の間に亀裂が入り、砲塔が真上に吹き飛ぶ。

「あらー、やっぱり軽量装甲じゃ耐えきれないかー」

 戦車から出た白い光が貞華へ吸収される。幽姫の御札が効果を発揮したのだ。それは戦車が3・5次元エネルギーを利用していることを示していた。

「テストというのは、この付喪神のことでしたか。ですが先ほどのものとは雰囲気が違いますね」

「じゃー次、アップワードα、モデル・クラウド。アップワードβ、モデル・ウインドシーズンおよびモデル・ウインドスカーレット」

 ラシネーナは答えず、ゲームパッドを操作し出す。

 口笛のような高い音が響き出した。広場中央にある紫色の戦車、その砲身が青白く光り出す。さらに天辺のハッチが開き、内部から、深草色のマルチコプターと赤色のマルチコプターが一台ずつ飛び立った。

 甲高い音とともに、砲口から白い光がレーザーとなって放たれる。砲塔が回転し、広場の地面をえぐっていく。

 もう一度、貞華が加速する。レーザーは貞華に追いつけない。この戦車は加速していないようだ。貞華は紫の戦車へと一気に距離を詰め、光の長刀を振りかぶる。

 澄んだ衝突音が響く。

 刃が深草色のマルチコプターに阻まれている。その周りに展開された白いカプセルは貞華の見覚えのあるものだった。

「やはり、退魔師の技を……!」

 赤いマルチコプターが貞華の眼前に降りてくる。機体は白い光を強めていた。

「くっ、四季!」

 刀を納め防御膜を展開すると同時に、マルチコプターから無数の光の針が飛び出す。

 針を受け止めながら戦車の周囲をぐるりと回り、砲塔の陰に隠れる。そして即座に抜刀しながら切り上げる。

「断微流・空路」

 光の斬撃が赤いマルチコプターの真下に出現する。直後、羽音がうなりをあげて機体が斬撃の軌道から回避してしまう。

 だが、貞華は続けて二度、刀を振るっていた。さすがに避けきれず、赤い機体は四つに切断された。

 その間にレーザー砲が貞華の近くへ迫っていた。低速とはいえ、食らえば貞華の肉体が分断されることは間違いない。

(まずは、守りを崩さなくては)

 貞華の周りを飛び回る防衛マルチコプターを横目に見ながら、戦車から距離をとる。そして長く突き出た砲身に向かって、

「断微流・聖徳」

 斬撃が二つ、光と化して滑空する。その軌道上に白い鎧をまとったマルチコプターが割り込んできた。

 透明な音が二度響いて、マルチコプターが体勢を崩す。貞華が刀を突き出しながら全速力で走り、切っ先が届いた瞬間、

「断微流・神妙」

 陶器が割れるような音が響いて、白い防御膜が砕け散る。凝縮した斬撃は機体を貫いていた。

 貞華はため息を一つついて、光の長刀を真上から振り下ろす。レーザーを放射していた砲身が根本から切断され、地面に落ちて鈍い音を立てた。行き場を失ったエネルギーが車体をえぐり、爆発を引き起こす。

「きっひひひひ。やっぱりオリジナルが相手だと、試験が盛り上がるよねー」

 青い伝令機械から投影されるラシネーナが楽しそうに笑う。

 まともに食らえば即死する攻撃を発動しながらも、そこに殺意は感じられない。

「退魔師、そして断微流の技を機械に真似させているのですね。こうも簡単に真似されてしまうと、わたくしの存在意義がますますなくなりそうです」

「元の理論は陽炎崎博士が作ってたからねー。それにこれまでの戦いからデータは取ってたしー、あとはそれを解析して実装しただけー」

 苦笑する貞華に、あっけらかんと言ってのけるラシネーナ。

 白衣の下に着た「UP」の文字がプリントされたシャツで手汗を拭く。

 誘拐されたエンジニアたちを動員したとはいえ、その開発速度は異常だった。

「さーどんどん行くよー、まだ試作機は残ってるからねー」

 ラシネーナがうきうきした様子でゲームパッドを持ち直す。その無邪気な様子に貞華が違和感を口にする。

「あなたは、わたくしを殺すことをこの国の将軍に命じられたのではないのですか? さきほどから、どうにも戦う気が感じられないように思えます」

「将軍? んー別にそういうわけじゃないかなー。僕がここにいるのは、好きなだけ研究ができるからだよー。予算もいっぱいだし、大学みたいにうるさいこと言わないしー。だからこんな面白いのも作れたわけー」

 広場の右端で、白い戦車が底面から白煙を吹き始めた。その形は半球型でかなり独特だ。半球の下部には円周に沿って薄く鉄板が張り出している。というか、どう見てもキャタピラのついたUFOである。

「アップワードγ、モデル・ウインドドリズルブレス」

 ラシネーナが読み上げるように言うと、UFOが貞華の背丈の高さまで浮き上がる。底面からは三機のマルチコプターが放出された。それぞれ深草色、紫色、オレンジ色をしている。

「アップワードβ、モデル・ウインドシーズンおよびウインドクラウドおよびウインドスカイ」

 三機のマルチコプターはUFOを守護するように周囲を浮遊する。

 その中の一つ、紫色のマルチコプターは中央にひときわ大きなプロペラを回転させている。そのプロペラが光を帯びると、回転が作る円周が大きくなっていく。羽根の先端から3・5次元エネルギーが放出され、巨大な丸ノコが展開された。

「これは、しばらく東風を発動し続ける必要がありそうですね」

 そう言うと、貞華が自分の時間を加速させ走り出す。隙を作るため、飛ぶ斬撃・聖徳を放とうと構える。

「断微流・聖と――くっ」

 何かに気づいた貞華がとっさに軌道を変え、何もない方向へ斬撃を飛ばす。軽い破裂音が鳴る。

 すでにオレンジ色のマルチコプターが見えない光弾を放っていた。それは断微流・空路と同じ性質の攻撃。

「やっぱり見えるんだねー。3・5次元を迂回してくる攻撃は、生身の人間の目には見えないはずなんだけどー」

 ラシネーナは片手を離し、感心した声を上げる。

「退魔師というのは生まれつき、あちらの世界が見える人間なのです。妖怪に憑依されていれば別ですが」

「兵士3・5のことー? やっぱり普通の人間にインストールするのは無理があったねー。でもまー、おかげで良いデータが取れたよー」

 その物言いに貞華が少し眉をひそめる。屋上で崩れ落ちた男の姿が脳裏をよぎった。

「あ、僕のことマッドサイエンティストって思ったー? 僕は彼らの自由意志を尊重しただけだよー。うん、自由っていいよねー」

 ゲームパッドを握りなおしたラシネーナが、良いことを思い出すように頷く。その口調に罪悪感は感じられない。

 突如、ピンポンと高い音が響く。UFOの正面についた大きめの円が青緑色に点灯していた。円はその下にさらに二つがついており、三つの円が三角に配置されている。

「話しているうちに一つ溜まったよー。早くしないとすごいことになっちゃうかもねー、きっひひひひ」

 肩をゆすってラシネーナが笑う。応じるように貞華も苦笑する。

「でしたら、もう少し守りを薄くしてほしかったですね。回復したとはいっても、加速をいつまでも維持し続けるわけにはいきませんので」

 言いながら、刀を二度振って、さらに光の長刀・八雲を発動する。

 直進する斬撃と曲がって飛ぶ斬撃が発生すると同時に、貞華が突っ込んでいく。

 オレンジ色のマルチコプターが一つを打ち落とす。さらにもう一つを深草色の機体が弾く。そのマルチコプターに向かって、接近した貞華が長刀を振り下ろす。白い防護膜に亀裂が入る。だが破壊には至らない。

 その間に傾いた光の丸ノコが貞華を縦裂きにしようと迫る。オレンジの機体は光弾の照準を貞華の位置に定めている。

 貞華が微笑する。「断微流・深紅」

 刀から延びた光が弾け、密集した針が左右へ炸裂する。

 オレンジ色のマルチコプターは、中央がごっそりと抜け落ち、落ちた残骸が軽い音を立てた。

 紫の機体は、光をまとわないプロペラの支点部分を貫かれ、二枚の羽根がちぎれ飛ぶ。

 ピンポンが軽く鳴る。UFOの円がまた一つ点灯した。

 それにかまわず、貞華は切っ先を深草色のマルチコプターの防護膜へ向ける。さきほどと同じように、鎧ごと貫こうとする。

「神みょ――うぐっ!」その機体が腹部へ体当たりしてきた。貞華が体勢を崩す。

 せき込みながらそれでも刀を構え直し、神妙の技を発動する。

 刃文が青く輝いて、マルチコプターが砕け散った。

 UFOが無防備になる。貞華がもう一度八雲を発動し、斬りかかろうとした瞬間、最後の青緑色が点灯した。

「チャージ完了ー。惜しかったねー」

 意地悪そうな声が聞こえ、UFOが一気に急上昇する。遙か上空に、小さな円のようになった底面が見えた。見上げる貞華の目に映るのは白く光輝く円。


 まずい。

 そう思考した直後、光が決壊し瀑布となって降り潰す。


 貞華のいる位置で地面が爆裂した。轟音が山間に響きわたる。

 爆炎を上げて広場のコンクリートが吹き飛び、散弾となって降り注ぐ。

「ありゃー、死んじゃったかなー? まだ試作機は残ってたんだけどー」

 必殺の一撃をぶっ放しておきながら、ラシネーナが残念そうな顔をする。

 しかし、すぐにその口元がニヤリと笑う。

 爆炎の中から斜め上方へ白い塊が飛び出していた。断微流・四季をまとった貞華だった。その鎧にはひびが入っている。

「二連続は厳しいですが、天子っ」

 つらそうな表情をしつつも空中で向きを変えると、自身を吹き飛ばす脱出技を再度発動する。その方向は上空のUFO。

 打ち出されると同時に、もろくなった四季を前方に集中させる。

「四季神妙」

 UFOを砲弾となった貞華が貫く。

 貫通した穴から炎が噴き出し、UFOが逆さまに墜落していく。


「アップワードα、モデル・ウインドエンペラー」


 落下していくUFOを突き破って、青色の戦車が吹き飛んできた。

 断微流・天子を模したそれは、高高度まで一気にジャンプする戦車。翼のないそれは実戦では大して役に立たない。だが空中で動きの制限される貞華にとっては、それだけでも脅威だった。

 互いの速度を計算して、砲塔が縦横に回転し、砲身が貞華を狙う。

 冷や汗が上に流れていく。コートの裾が乱れはためき、叩くような音を立てる。

 発射の爆音が下から響いた。

「断微流・瑠璃」加速状態からパラシュートを開いたかのように一気に減速する。砲弾が何もない空中を通過する。

 だが減速したということは、戦車側の相対速度が跳ね上がることを意味する。仰角を修正した戦車は、すでに砲身を貞華に向けていた。

 即座に加速を発動。砲弾が飛んでくる。天子で下方向へ急加速する。全身に裂けるような痛みが走る。

 顔をしかめながら貞華は刀を抜く。すぐ下には戦車が迫っていた。

 再び砲塔が回転する。

「断微流……空路神妙」

 刀を一振り。斬撃は別次元の道を通って、砲身の中へ弾道をふさぐように出現した。

 直後に、戦車は発射してしまう。詰まった砲弾が爆裂し、車体が空中分解する。

 落下した部品が、えぐれた地面に激突して土煙を上げるのが見えた。地表までもう余裕がなかった。

「瑠璃――いや、もう間に合いませんか。最後の天子は使うべきではなかったかもしれません」

 減速しても衝突の衝撃に耐えられない。貞華は諦めて目を閉じた。

 そこにラシネーナの声が響く。

「次は下の会場で始めるよー」

 激突するはずの地面が、広範囲に崩落した。

 貞華はそのまま、出現した大穴へ落下していった。

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