懇願
「……よし、今日の仕事おしまい!」
大きく伸びをして、書類から手を離す。
ようやく最後の書類を書き終えて、今日一日を振り返る。
「全部で13件の異世界転生……ペース早過ぎだよ!」
思わず声を上げ、ツッコミを入れてしまう。
異世界転生。
その名の通り、今いる世界とは異なる世界へと転生してしまうこと。
しかし、近頃は、この異世界転生を望むものも多い。
かくいう僕も、そんな異世界転生を望む少年だった。
新しい世界で第二の人生を謳歌したい。そう思うだけの出来事が、一回目の人生には待ち受けていた。
僕はその試練を乗り越えられなかった。
そして、僕は異世界転生を果たした。
(まあ、夢の時間はすぐに終わりを告げたけどね……)
近衛蒼太は圧倒的な力を有し、世界を救うために転生を果たした、はずだった。
(まさかのデビュー戦でボコボコだからな。うん、あれは酷かった)
思い返しただけで身の毛もよだつ戦慄の時間であった。
***
「僕もついに異世界転生を……ヤッター!!」
空気がうまい。
身体も軽い。
今なら何でもできる気がする。
第二の人生を歩み始める門出に無粋な声。
「また転生者だし。さっさと片付けてティータイムと洒落込むんだし」
古びたローブに身を包んだ少女を見て純粋に尋ねてしまう。
「なんだアンタ?」
「私の事はどうでもいいし。つか、大切なのはお前が転生者だという事実だけだし」
「僕が転生者だったらどうだっていうんだ!」
「私はお前を取り締まるだけだし」
「取り締まるって何だよッ!?」
「そんな事知っても意味はないしッ――」
瞬間。
間近に迫った拳を間一髪で躱す。
それと同時に反撃の蹴りを飛ばす。
「チッ」
舌打ちと共に身体を大きくひねり、攻撃を回避する少女は、無理な体勢での着地に次の始動が少し遅れた。
僕はその隙を見逃さない。
超加速で少女との間合いを詰める。
肉弾戦では攻撃範囲が制限されてしまう。
そこで選んだ攻撃手段は範囲魔法。
どれだけの超スピードを誇っていようとも完全回避は不可能。
確実にダメージを与えられる。
いや、下手をしたら即死かもな。
しかし少女の反応は想像の斜め上を行っていた。
「やってられないし。面倒だから本気で相手してやるし」
「なにをッ!? いや、ハッタリだ!!」
展開した魔法陣から複数の火球が飛び出す。
「オマケにもう一丁!!」
新たに魔法陣を展開。
雷が迸る。
「これでどうだ!?」
爆炎の中、晴れていく煙越しのシルエットは仁王立ち。
「だから本気出すって言ってるんだし」
煙が揺らめいたかと思うと、僕は空を見上げていた。
こちらを覗き込むように少女の顔が視界に収まる。
「諦めた方がいいし」
「ふざけるな! 僕はこの異世界でやり直すんだ!!」
「諦めろって言ってるんだし」
イヤだ。
まるでかんしゃくを起こした子供の様な反応。
しかし、それが僕の素直な感情だった。
結局何度挑んでも返り討ちにあった。
圧倒的な力の差があった。
そして僕は地面に突っ伏したまま最後の力を振り絞って懇願した。
「もとの世界には戻りたくないんだッ!!……」
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