4.昨日

 期待していたホラー映画はイマイチで、おれは早々に退屈していた。

 勉強には不要物しか載らない机と、マンガ率が異常に高い本棚と、シングルベッドが押し込まれたおれの部屋のテレビに映るのは、盛り上がりも盛り下がりもないかなりのクソエンターテイメントだったにもかかわらず、狛江はとりあえず集中していた。


 くだらない映画にも真摯な狛江は、面倒くさいほど真面目な所がある。自分がどう変わるか見てみたいという言葉は、どんな経緯で至ったのか。狛江じゃないおれには到底知る由もないが、そこには西田とはまた違った複雑な思考があるのだろうと思った。


 ちらりと見た先には、無造作に投げ出された狛江の無防備な脚があった。布一枚の水着姿など嫌というほど見ている上に、度々ここに来る狛江のリラックス加減もいつもの範疇内でしかない。にもかかわらずスカートと黒いハイソックスの隙間に見える肌色に、なぜか心拍数が上がった。


 映画を見る狛江の指が氷をつまんで、グラスに落とす。半分まで注いだグレープフルーツジュースにウオッカを入れ、適当にグラスを揺らして飲み下した液体は、上下する喉を通って流れていく。

 他の奴に頼まないのは多分、という言葉はおれの中であっちこっち跳ね返りながらどこに至るわけでもなく、最終的に辿り着いた頭の中に混沌とした混乱を招いていた。


「狛江」

 呼びかけると、画面から目を離した狛江の唇が「これ、あんまり面白くないね」と動く。だけどおれは映画の筋書きなど、とっくに追えていなかった。


「周防?」

 身を寄せて重ねた狛江の唇は苦かった。途中でグレープフルーツの味だと気づいて、全部拭うつもりで舐め取った。驚きに床を掻いた狛江の足がグラスを倒して、「あ」と声が漏れた。


「いいの? 周防」

 唇を離して見た狛江の表情には、困惑と戸惑いがあった。

「やってみたかったんだろ?」

 放ったそれは嫌なセリフでしかなかったが、根底にあるものが他の奴には先取りされたくないという嫌な独占欲の先走りであったことは、どうにも否定できない。

「そうか。そうだよね」


 狛江は微かに笑う。おれは彼女に隙を与えないつもりで、もう一度唇を寄せる。舌を潜り込ませると、口の中で狛江の舌先が探るように触れた。自嘲が漏れるほど股間はすぐに硬くなって、そのまま半笑いで狛江の手を取って触れさせる。驚いて跳ねた手は一旦離れた後にまた戻って、指先がズボンの上から形をなぞった。


「すごいね」

「……すごいって、なにが?」

 声を詰まらせるおれに、狛江は変な選択の返事をした。

「こんなのになるんだ、少し、うらやましい」

「うらやましい……? どういう意味だ?」

「必要な感じがする」


 必要? と向けようとした疑問は狛江の方から唇を重ねられて、その先の思考はどうでもよくなった。

 慣れない指は、焦らされているようで余計に昂ぶらせる。ベッドの上にずり上がって服を脱がせようとした逸りすぎの手は、自分で脱ぐと小さな声で言った相手に止められた。


「二人して黒いな……」

「消えないからね」

 裸になっても日焼け跡がくっきり残って、水着を着けているように見える。

「ヌーディストの仮装大会みたいだ」

「変なこと言うなよ、萎える……」


 狛江の身体に乗っかって下から髪をかき上げられて、本当は萎えるどころかガッチガチだった。狛江の平らな腹の上に先走りが跡をつけて、その様が視覚的に煽る。開かせた足の間に手を差し入れて、これから濡れるはずのまだ乾いているそこを探った。


「なにかすればいい?」

「なにもしなくていい」

 他の肌は見ても、見ていなかった部分が今は日焼けのせいで、反転したように晒されている。胸に舌を這わせると、頭上から引き攣った短い声が聞こえた。

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