超告白


「嫌いになるとか! そんなこと! あるわけないでしょうがっ!?」


 ほとんど反射的である。

 図書室に向かって早歩きする平坂陽太が、電話口から『陽太くんがわたしのことを嫌いになる』と好恵先輩に言われたのに対して、その叫びが口から出てきたのは。

 なるほど。

 自分の想いを否定されるのは、辛く苦しいものだ。はっきりと身に沁みた。さっきそれをされた好恵先輩が涙するのも、無理はない。七末を始め、部の皆が怒るのも、きちんと理解できた。

 だからこそ。

 陽太は、このまま、何も話さないわけには行かない。


「先輩に、何回恋したと思ってんですかっ!?」


 電話越しで、今ここで、どんなに決定的なこと言っているとしても。


「先輩のこと、何回考えたと思ってんですかっ!?」


 本当は、面と向かって、言いたかったとしても。


「今まで好恵先輩と話してきて、何度も何度もわかんなくなって!」


 構うものか。


「わからないから、オレ、先輩のことをもっとわかりたいと思ったんです!」


 ここはもう、勢いと度胸だ。


「それでも先輩が逃げるのなら、必ず追いかけます! 先輩のことを、必ず振り向かせます!」


 何より。

 部の皆に鍛えられて、先輩のため、己のためにここまでやってきたと言える、自信と勇気だ。


「これからもずっと、何回だって、先輩に恋をしますっ!」


 いつしか、陽太は図書室の前に到着していた。

 扉は閉じられてるけど、それでも構わない。

 電話の必要はもはやないけど、通話は切らず、大きく息を吸い込んで。

 さあ、言え。



「好恵先輩のことが好きです! オレとずっと一緒に居てください!」



 言った。

 閉じられた扉に向かって、全力で。

 廊下に、やけに大きく響いた。

 なんだなんだと、まだ帰っていない生徒が遠巻きに注目しだすも、陽太は構わずに、視線を前にし続ける。

 扉が開かれるのを、待ち続ける。

 一秒。

 二秒。

 三秒と、永遠ともいえる時間と鼓動の中で。


 ドッパァン、と。


 ――正面の図書室の扉でなく、隣の図書準備室の扉が開いた。


「……あれ?」


 もしかして、オレ、言う方向間違えた……!?

 と、危惧したのも束の間、それは杞憂だった。

 その扉から。

 涙でくしゃくしゃになりつつも、満面の笑顔の小森好恵先輩が出てきたから。


「陽太くんっ」

 

 そして。

 好恵先輩は、こちらに走ってきて。

 陽太に、全力で抱きついた。

 強く、強く、しがみついてきた。



「――好き」



 そして、耳元に聞こえてきた言葉。

 それは、陽太にとって、ずっと待ち望んでいた言葉。

 改めてそれを聞いて、ゴトリ、と陽太の中で音が響いて、手に持っていたスマホを取り落としてしまいつつも、何とか意識を保って、


「はい」

「……好き、陽太くん」

「はい」

「……好きだよ」

「はいっ」

「……大好き」

「は、はいっ!」


 何度も繰り返されると、流石に恥ずかしいけど、それでも答え続ける。

 言葉を、存在を、そして想いも、しっかりと受け止めるように――陽太は、好恵先輩のことをゆっくりと優しく抱き締めた。


「……!」


 好恵先輩、もはや言葉にならないのか、脱力しながら陽太にしがみ続けて、スンスンと小さく泣くままとなった。もちろん、嬉し涙だとわかった。しばらくこのまま支えていた方が良さそうだ。

 彼女とは五、六センチしか背丈が変わらないけど、それでも、その身体はとても小さくて、柔らかくて、温かくて。

 それを、絶対に手放したくない、守っていきたい、大切にしたいと、陽太は心から思った。



 パチパチパチパチ



 と、この場に、ささやかな拍手が響く。

 好恵先輩のことを放さずに、陽太は周囲を見回すと、こちらを見守る生徒全員が笑顔で手を叩いていた。

 中には、『……やっとかよ』と言葉を口に出している生徒も居た。


「ホント、いろいろ遠回りしたものね、あなた達」


 その筆頭とも言えるだろうか。

 好恵先輩の友人である拝島士音先輩が、図書準備室からやれやれと言った態で声をかけてきた。


「拝島先輩、いろいろすんません。好恵先輩のこと、支えてもらってたようで」

「そこは『ありがとう』と言って欲しいわ。……ま、ちゃんと向き合えたようで、良かった」

「はい。先日の拝島先輩の言葉、今さっき、やっと理解できたッス」

「今さっきかよ。……まあ、いいわ。好恵のこと、もう放すんじゃないわよ。わかった?」

「もちろんッス」


 本当に、この人にもいろいろ助けられたと思う。

 その感謝も含めて、陽太は拝島先輩に力強く頷き返した。


「――おおぅ、皆の衆、どうやら上手くいったようじゃぞっ!」


 と、遅れて、部の皆もこの場に駆けつけてきた。

 抱き合う陽太と好恵先輩を見てか……姫神部長はニンマリと笑い、鈴木は優しく見守る笑顔を浮かべ、七末は満足げにウンウンと頷いており、戌井は『……なんだか、ドラマティックね』と少し赤面してたりしていた。


「頑張ったなっ、平坂。俺はおまえを誇りに思うぜっ」

「はい、アニキ。ありがとうございますっ」


 桐生先輩は、いつもの糸目をさらに細めて、快活に笑って祝福してくれた。


「……ホッとしたよ、陽太きゅん」

「朝比奈先輩。心配しなくても、オレ、これからもちゃんとやるッスよ」


 朝比奈先輩も、この時ばかりは胸をなで下ろしたようだ。

 本当に、大事なことを言ってくれた拝島先輩や、陽太を勇気づけてくれた部の皆には、感謝してもし切れないくらいだ――



「そっかー。ちゃんとやるって言うなら、一発、キスでもいってみようか」

「……は?」



 と、綺麗に収まりかけたところで、朝比奈先輩が笑顔で言うのに。

 陽太は目が点になった。


「おい、朝比奈」

「桐生、ここで決めてこそ男と言うものだ。それに、おまえとて、なゆっちとそうする時を思って、いつでも覚悟を決めているだろう」

「……そりゃ、なゆきちの気持ち次第で、俺はいつでもOKだけどよ」

「桐生先輩!? 吟先輩も何言ってんだ!?」


 桐生先輩が止めにかかるも、まんまと言いくるめられていた。

 あと、なゆっちこと七末が、赤くなって朝比奈先輩を止めにかかっていたのだが、朝比奈先輩はどこ吹く風だ。


「吟にしてはいい提案ね。こっちは、散々待たされたことだし」

「拝島先輩っ!? あっさり賛同しないでもらえますっ!?」

「ヨータ、ここで決めて見せい。なーに、我は目を瞑っておるから安心しろ」

「姫神、思いっきり薄目をあけてるからなっ!?」

「平坂くんがんばれー」

「鈴木、優しい笑顔で無責任に応援するのやめろ!?」

「…………」

「戌井、赤面しながら黙ってこっちをガン見してくるなっ!?」

「煮え切らないね、陽太きゅん。しょうがない。皆さんご一緒に、キース、キース」

『キース、キース』

「コールすんなっ!?」


 訂正。

 こいつら(桐生先輩除く)に感謝するのは、間違いだったようだ。

 絶対に、感謝してやるものか……って、いつのまにか、他の生徒達もコールに加わっていた。

 何だ、この一体感。

 どうするんだ、この状況。

 ……とにかく。

 なんとかして、好恵先輩をこの場から連れ出す方法を考えねば――


「――――」

「え?」


 と。

 そこで、今まで陽太にしがみついたままだった好恵先輩が、ゆっくりと顔を上げて。

 ――こちらの頬に、手を添えてきた。


「せ、先輩?」

「……陽太くん」


 涙の跡を残しながら、まっすぐに見つめてくる、眠たそうな半眼。

 少し丸みがあって、今は上気した頬。

 こんな時でも、先輩は可愛い、と陽太が目を奪われた時。

 好恵先輩の、その、桜色の唇が、



「……ん」

「――――!?」



 陽太の唇を、捉えた。

 重なった感触は、とても、それはとても柔らかくて、意識を白くさせるには十分なインパクトで、陽太は思わず後退りをする。

 その拍子に、少しだけ接触が離れたのだが、


「あ、う、せ、せんぱ――」

「んっ」

「~~~~~~~~!?」


 後追いするかのように、好恵先輩がもう一度重ねてきた。

 最初の時は違って、今度は、少し繋がりが深かった。

 そのまま、一秒、二秒、三秒、四秒、五秒……そこから先が、陽太にはもう数えられない。


「…………ふぅ」


 果てしないとも言える時間が過ぎて、ようやく接触が離れて、好恵先輩の唇から艶やかな息が漏れる。

『お~~~~……』と周囲からどよめきが漏れるのが何故かハッキリと聞こえ、直後、保たれていた陽太の意識は、ここで限界を迎えた。


「……陽太くん?」


 その場で尻餅を付いてから、その先のことを、平坂陽太は覚えてない。

 ただ。


 女の子って、やっぱ、わかんねェ……。


 でも。


 だから、オレは好恵先輩のことを――


 陽太が抱いた二つの思考は、意識が真っ白になるとともに、強制的に停止された。

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