アナザーサイド―第18.5話 菱川さんは眠れない

 深夜一時。わたしはスマホの短い着信音で目を覚ました。

 スマホの液晶画面が点灯し、部屋がぼんやりと明るくなっている。

 わたしは布団からい出た。


「寒っ」


 さすがに十一月ともなるとタンクトップとパンツでは冷える。布団をたぐり寄せて頭からかぶり、電源につなぎっぱなしのスマホを手にとった。


 わたしの従姉妹、マー――小戸森こともり摩葉まようからのメッセージだった。

 まずは画像。人型の折り紙。そのあと、


『これはなんでしょう?』


 と言葉がつづいていた。


『やっこさん、だっけ?』


 そう返すと、返信はすぐにきた。


『おしい。正解は”園生くんが作った”やっこさんでしたー』


 ――のろけ at Midnight one o'clock。


 寝る直前まで英語の勉強をしていたから頭がバグった。『深夜一時にのろけかい』と言いたかった。

 わたしは本来たくさん寝ないと駄目なひとなのだ。平日なら八時間、休日なら十時間は寝ないと頭が働かない。でもそれを言ってしまうとマーが気を使って連絡をくれなくなるから、ショートスリーパーだということにしている。


 それにしても。


 ――よっぽど嬉しかったんだな。


『あの子、器用だね』

『でしょう?』


 自分が褒められたみたい得意げだ。

 わたしはスマホを枕元に置き、床についた。微笑ましい気分だ。安眠できそう。


 と思った矢先、着信音がまた鳴った。

 メッセージを確認する。


『じゃあ次の問題です』


 ――第二問あるんかいっ。


 英語の勉強をはじめる前に動画で見た漫才師の声で再生された。まだちょっとバグっている。


 つぎに送られてきた折り紙の画像は、かなり凝った作品だった。


『カブトムシ。すごいね』

『でしょ!』


 ――オッケー。じゃあさすがにもう寝ないと。


『じゃあ次の問題』

『待って』


 出題される前に高速フリックで送信した。わんこそばの蓋を閉めるような素早さだ。


『なに?』


 わたしは少し考える。何問つづくのか、という聞き方ではまたマーを傷つけてしまうかもしれない。慎重に言葉を選び、メッセージを送った。


『折り紙は何個折ってもらったの?』

『十七個』


「おうふっ……」


 わたしはため息ともあくびともつかない声を出していた。


 ――ということはあと十五問つづくのか……。


『これよりすごいのも作ってもらったんだよ』


 ベッドの上でニマニマと笑みを浮かべながらスマホをいじるマーの姿が思い浮かぶようだ。


「よしっ」


 わたしは自分の頬を両側からぴしゃりと叩き、気合いを入れた。

 自分で巻いた種だ、とことん付きあおう。

 わたしはメッセージを送信した。


『次の問題来い!いっぺんに四個ずつ写真に収めて来い!』


 わたしはたくさん寝ないと駄目なひとなのだ。



 明くる日の昼休み、廊下で園生くんと鉢合わせした。彼は梅干しのおにぎりと温かいお茶が入ったレジ袋を手に提げている。食生活まで爺むさい。


「声、がらがらですね」


 心配そうに声をかけてくる。


 ――半分あんたのせいだからな……!


 顔に出てしまったのか、彼はちょっと怯えたような表情をした。


 あのあと結局、深夜三時近くまでマーとやりとりをつづけることとなった。

 わたしはがらがらの声で尋ねた。


「マーはどんな様子? 元気?」

「元気ですよ。いつもより元気なくらいで」


 ――恋する乙女は無敵か、おい。


 睡眠不足も、なんかいい感じのホルモン分泌かなにかで、ものともしないのだろうか。


 ――あやかりたい……。


 ホルモン分泌と――。


 ――できれば恋のほうも。


「なんてな!」


 自分の妄想が恥ずかしくなって、わたしは照れ隠しに園生くんの肩をばしばし叩いた。


「な、なにがですか?」

「やかましいわ」

「ええ……?」


 園生くんは困惑気味だ。うん、さすがにいまのはわたしがおかしかった。


「そういや園生っち、マーにプレゼントしたんだって?」

「プレゼントなんて大げさなものじゃないですけどね。折り紙を」


 彼ははにかんだ。


「すごく喜んでくれました。小戸森さん、ああいうの好きなんですかね」


 ――折り紙じゃなくておめーのことが好きなんだよこのうすら鈍感!!


「あの……、なんというか、今日の菱川さん、いつにも増して表情が豊かですね」

「ごめん、今日は体力的に余裕がなくて」


 わたしは園生くんに顔を寄せた。


「そういえば、あれはどういう意味?」

「あれって」

「指輪」


 すると彼の目が泳いだ。


「い、意味なんてべつに……。リクエストされたから作っただけですけど」


 などと言いつつ、さっと顔に赤みが差す。


 ――ああもうお前ら早く結婚しろ!!!


「菱川さん、少し休んだほうが……」


 また顔に出てしまっていたらしい。


「ごめんね、わたし、ホルモン分泌されてないから」

「ホルモン……?」

「こっちの話。じゃあね」


 わたしはのしのしと廊下を歩く。


 ――駄目だあいつら、初心うぶすぎる。


 わたしが後押ししなくては。



 その日の夜、わたしは布団に入ってから考えた。


 ――後押しって言っても、わたしがしゃしゃり出て強引にくっつけるのは、ふたりの気持ちを踏みにじることになるし……。だからって、遠くから応援するだけじゃ、あいつら絶対に進展しないぞ……?


 わたしは寝返りを打った。


 ――さりげなく、ふたりの仲を進める、わたしにできること……。


 『あの魔法を応用すれば』だとか『こういうシチュエーションを作ってやれば』だとか、悶々と考えつづける。


 そしてふと気がつくと、部屋がぼんやり明るくなっていた。

 またマーからメッセージか、と思ったが、光源はスマホではなく――窓だった。


 夜が明けていた。


「お、おお……」


 うめき声が漏れる。

 どうしてあのふたりの恋でわたしが寝不足にならなきゃいけないのか。理不尽だ。




 その日の昼休み、また園生くんと鉢合わせした。


「菱川さん、昨日より声がやばいですね。大丈夫ですか?」

「やかましいわ」

「ええ……?」

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