第18話 折り紙に込もるもの
放課後、僕はいつもの石垣に座っていた。
でも、隣に小戸森さんはいない。担任の本田先生に用事を頼まれたとかで、ちょっと遅れるらしい。
こういうとき、僕は大変に困る。時間を潰す手段がないのだ。
文庫本を持ち歩くほど読書家ではないし、ソシャゲの類はいっさいプレイしない。仕方なくニュースアプリを開いてみたが、あの人気テレビ番組のやらせ疑惑だの、かわいいミーアキャットの画像だの、興味のないものばかりですぐに閉じた。
――そうだ。
僕は鞄を開いてプリントを取りだした。斜めに折って、はみ出た部分を切り、正方形にする。
折り紙をしてみようと思いたったのだ。小学生のころはよく折っていた。難易度の高い作品に挑んでは、両親に見せて得意になってたっけ。
――どうだっけな。谷折り、谷折り……?
久しぶりだからあまり難しくない『やっこさん』を折ろうと思ったのだが、折り方が思い出せない。しかし不思議なもので、いったん折りはじめると、身体が覚えているのかみるみるうちにできあがった。
せっかくなので袴まで作ってやっこさんと合体させた。どちらも白だから見栄えはしないが、クオリティには満足だ。
ちょっと楽しくなってきて、もっとプリントは余っていないかと鞄を探っていると、道の向こうから小走りで小戸森さんがやってきた。
「お待たせ」
少し息が弾んでいる。僕との密会のために急いできてくれたのだ思うだけで、つい浮き立った気持ちになってしまう。
実は小戸森さんがあとから来るパターンはこれが初めてだった。だからあのセリフを言うのもまた初めてで、僕は緊張していた。
――だってほら、デートで待ち合わせしたときみたいだし……。
でもなにも返事をしないのは感じが悪いし、言わないという選択肢はないのだ。
僕は咳払いをひとつして、あのセリフを言うべく口を開いた。
「ううん、全然待ってな――」
「えー! なにこれ、園生くんが折ったの?」
小戸森さんは視線はかたわらに置いたやっこさんにそそがれていた。
「あ、ごめん。園生くん、いまなにか言った?」
「いや全然。なにも」
僕は首を振った。もうタイミングを逸してしまって、言い直すのも恥ずかしい。
――ちょっと言いたかった……。
小戸森さんはやっこさんを持ちあげて、ためつすがめつしている。
「すごい。器用なんだね」
「それほどでも」
「園生くんってさ、けん玉できるでしょ?」
「まあ。結構うまいって言われたことは」
「多分、お手玉も」
「三つまでなら」
小戸森さんはぷっと吹きだした。
「やっぱり。そんな感じがする」
――僕、そんなに素朴な遊びが似合う顔してる?
「もっといろんなの折れる?」
「うん。でももう紙が」
「買ってくる。待ってて!」
小戸森さんは返事も待たずに駆けていった。
「え、ちょ」
彼女の姿はもう見えない。
――足速い……。
お金を渡そうと思ったのだが、呼びとめる間もなかった。
このままぼうっと待っていても仕方ない。僕はノートを一枚破りとって正方形に切った。小戸森さんが帰ってくるまで、少しでも思い出しておこうと考えたのだ。
――時間がかからなくて、でもちょっと凝ってて、喜んでもらえそうなやつ。
目をつむって記憶を掘り起こしていると、タタタ、と走る足音が近づいてきた。ぎょっとして目を開けると、息を弾ませた小戸森さんが100円ショップのレジ袋を僕に差しだしていた。
「お待たせ」
「ううん。全然待ってない」
本当に待ってなかった。
◇
ノートを三冊、膝の上に置いてテーブル代わりにし、折り紙を折る。
小戸森さんが僕の手元を興味津々といった目で覗きこんでくる。それだけでも緊張するというのに、彼女の頭が顔のそばに近づくものだから、
『いい匂い……』
とか、
『髪つやっつやだ』
とか、
『頭の形まできれいだな』
などと雑念が頭をよぎり、手が震えそうになる。
しかしどうにか完成させて、小戸森さんに手渡した。
「手裏剣だ!」
小戸森さんがやっこさんにふうっと息を吹きかける。するとやっこさんはぴょこっと立ちあがって、石垣の上を右に行ったり左に行ったりした。魔法で操っているらしい。
やっこさんに向かって手裏剣を投げる。しかしやっこさんの遥か上を飛び越えていった。
「あ、けっこう難しい」
彼女は的をはずすたびに「あ~!」とか「う~ん……」と声をあげる。表情は真剣そのもの。まさに夢中、といった様子だった。
僕はもっと彼女を喜ばせたくて折り紙を折る。そして完成させた作品を、逃げ惑うやっこさんのそばに置いた。
「ペンギン! すごい、かわいい……」
小戸森さんはペンギンを手にとって眺めたあと、やっこさんから離れた場所に置いた。
「あれ? 的にしないの?」
「だって、ペンギンがかわいそうだし」
「やっこさんはいいの……?」
「やっこさんは、ほら……概念だから」
――概念だったのか……。
よく分からないが、彼女のなかでは明確に区別されるものらしい。
「それより、ほかの動物も作れる? 猫とか犬とか」
「もちろん」
わりと簡単な部類だ。僕は五分ほどで両方とも作りあげた。もちろん猫のほうは、小戸森さんが愛してやまない白猫をモチーフにして、白い紙を使った。
彼女はボールペンで作品に顔を描きこむ。犬も猫も、妙にまつげが長い。
「かわいくない?」
満面の笑顔で僕に見せてくる。
「かわいい」
――小戸森さんが。
「でしょ」
得意そうに胸をはる。
「ほんとかわいい」
「そんなに? 照れる……」
気恥ずかしそうに長い髪を指に巻きつける。
――ああ、もう、ほんとかわいい……。
僕は彼女のかわいい表情がもっと見たくて、つぎつぎと作品を完成させていく。
「豚は折れる?」「カエルは?」「花も折れるの!?」「クジラだ!」
小戸森さんはカブトムシを、まるで壷でも鑑定するかのように眺めている。
たくさんの折り紙を折った。袋にはもう、金と銀の紙しか残っていない。
「さて、そろそろお開きに」
「もうひとつリクエストしていい?」
小戸森さんは先ほどまでのキラキラした表情を急に不安そうにさせた。銀色の紙をとりだし、僕に差しだしながら言う。
「ゆ、指輪って折れる?」
「折れると思うよ」
昔、一回だけ作ったような記憶がある。真ん中に箱を作って、余った部分を輪にするだけだったはずだ。
「ん? あれ?」
しかし、さすがに一回折ったことがあるというだけでは、すんなりと完成させることは難しいようだ。とくに箱の部分がうまくいかず、何度も折りなおす。
小戸森さんはじっと僕を見てくる。手元じゃなくて、僕の顔を、だ。そのせいで余計に緊張して手元が狂う。
ようやくどうにか完成したが、やはり何度も折りなおしたせいで形が
「ごめん、あんまりうまくできなかった。もう一枚あるから、作り直して――」
レジ袋から金の紙を取りだそうとすると、小戸森さんが手で制した。
そして僕の手から指輪をとって、両手で包むように持つ。
「一生懸命作ってくれたんだから、これで――」
首を横に振る。
「ううん。これがいい」
そして頬を染め、はにかむように笑う。
「う、うん」
なにが「うん」なのか分からないが、ともかく僕はそれしか言えなかった。小戸森さんの表情に全神経が集中して、言語にまでリソースが回せない感じだった。
「今日はありがとう。これ、全部もらってもいい?」
「もちろん」
小戸森さんは僕の作品をクリアファイルに挟みこみ、鞄に仕舞う。指輪だけはレジ袋に入れた。
「じゃあ」
嬉しそうな顔で手を振り、小戸森さんは石垣を去っていった。レジ袋は、まるで夏祭りでもらった金魚の袋を持つみたいに、大事そう手を添えて持っていた。
芸は身を助ける、ではないが、昔取った杵柄で、小戸森さんをあんなに喜ばせることができた。よくやったぞ、昔の僕。
帰り道、僕はふわふわとした気分で歩く。
――それにしても、どうして指輪だけあんなに喜んでくれたのかな。
そこではたと、ひとつの考えが浮かぶ。
――指輪……プレゼント……嬉しい……。
僕はぶんぶんと首を振った。
「まさかね」
あまりに突拍子もない考えに僕は恥ずかしくなって、ほとんど駆け足で帰宅した。
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