アナザーサイド―第7.5話 打ち明けられる菱川さん

「人形を遠隔操作する方法を知りたい?」


 マー――わたしの従姉妹、小戸森こともり摩葉まようはこくりと頷いた。

 彼女は「ちょっと聞きたいことがある」と言ってわたしの部屋にやってきたのに、しばらくのあいだ当たり障りのない会話に終始していた。

 そしてやっと切り出したのが、さっきの言葉というわけだ。


「どしたの急に」


 マーはカーペットの上に直に座って、クッションを抱きしめている――というか、ベアハッグしている。クッションは不憫なほどひしゃげていた。綿が飛び出してしまいそうだ。

 クッションに口元を埋めて黙りこむマー。目が若干、潤んでいる。耳が赤い。

 わたしはピーンときた。


「浮気調査?」


 マーはぎょっとして顔をあげた。


「は、はあ!? まだ付きあってないよ!」


 わたしは思わずにやにやしてしまった。マーはきょとんとしている。そしてようやく、自分がなにを言ってしまったかを理解し、


「あ、ああああ! また引っかけられたあ!」


 と、床に倒れこみ、クッションに顔を埋めて足をばたばたさせた。


 ――ああ、もう、ほんと……。


 わたしは頬杖をついた。


 ――見てて飽きないな、この子は。


 しかし、あの超がつくほど奥手なマーにも思い人ができたのか。どんな奴なんだろう? マーを傷つけるような奴じゃなければいいけど。

 マーの心は柔らかいから、すごく傷つきやすい。そんな自分を変えようと、彼女は中学生になったころから『凛とした小戸森摩葉』という防護壁を作って自分を守るようになった。


 その防護壁を突破しようとする奴。


 ――様子を見て、一回脅しとくか?


「どうしたの? 怖い顔をして」


 マーが怪訝な顔でわたしを見ていた。わたしは笑顔を急ごしらえして、おどけた調子で言った。


「マーほどの美少女を射止めた男がどんな奴かと思ってさ」

「だ、だから、まだそういうんじゃないって言ってるのに」

「でも好きなんでしょ?」


 マーはゆでダコみたいに顔を真っ赤にした。


「す、好きっていうか……。一緒にいるとなんか落ち着くっていうか。すごく優しいし……」

「ドキドキしたり?」


 こくりと頷く。


「やっぱ好きなんじゃーん!」


 マーはうつむき、犬が甘えるみたいに鼻を鳴らした。


「で、その男の家に人形を送りこむわけ?」

「あ、で、でも、やっぱりよくないよね、そういうの。ごめん、忘れて」


 わたしはバンとテーブルを叩いた。


「いや、やれ!」


 マーは目を点にした。


「い、いいの?」

「いいもなにも、わたしらは魔女ぞ!」

「魔女……ぞ?」

「好きな男に正攻法で挑んでどうする。魔法を使い、男を虜にしてこその魔女じゃろがい!」


 マーはこくこくと頷いた。


「だ、だよね! さすがお姉ちゃん、頼りになる!」


 わたしは腕を組み「うあっはっは」と得意げに笑った。


「でもさ、人形を送りこんでどうすんの? お風呂覗いたり?」

「ま、まさか! そんなことしないよ!」


 膝に置いたクッションの上で手をもじもじさせる。


「た、ただ、どんな部屋に住んでるのかな、とか、どんな本を読んでるのかな、とか」

「ほお……」


 わたしは額を押さえた。


 ――この初心うぶ少女めっ。


 魔法を使ってさえ、この奥手な感じ。いやまあ、そこがかわいいんだけど。


「それだけ?」

「あ、あと、できれば、だけど……。い、一緒に過ごせたらなって」

「恋人みたいに?」


 マーは真っ赤な顔で、クッションを猿のノミ取りみたいにつまんだりひっぱたりクシュクシュしたりしている。


 ――やめてやめて、ほつれる。そのクッションけっこう気に入ってるんだから。


 わたしはクッションを救うため話を進めた。


「というか、そんなまどろっこしいことしないで、惚れ薬でも使えば?」

「それは、したくない……。なんか、ずるい気がするし……、ちゃんとわたしのこと、好きになってほしい……」


 マーはうつむき、少し口をとがらせるようにしてとつとつと言った。気の優しいマーが、自分の意見を押し通そうとするときにする癖だ。

 呆れるくらい本気のようだった。わたしは「ふう」と息をついた。


「わかった、じゃあ、遠隔操作の方法はLINEで送っておくとして。――一応注意しておくけど、これは『呪い』だからね? 人形に自分の魂を紐づけするわけ。ドローンを操作するのとは違う」


 マーは背筋を伸ばし、神妙に頷いた。


「人形を高いところから落とされたら当然痛みが伝わるし、もしもばらばらにされたら……」


 わたしはたっぷりと間を置いて、急に大声を出した。


「マーもばらばらになる!」


 ちょっと脅かすつもりだった。なのにマーは驚くどころか、きょとんとしたあところころと笑った。


その……、あのひとが、そんなことするわけないよ。大事にしてねって言ったら、絶対にそうしてくれるはず」


 今度はわたしがきょとんとする番だった。


 ――なんだなんだ、この信頼感。ベタ惚れですやんか。


 言外ににじみ出る好き好きオーラに当てられそうになる。


 ――マー、これはマジだな。どんな男か、わたしが審査しないと。


 礼を言って部屋をあとにしようとしたマーが振りかえり、改まった調子で言った。


「お姉ちゃん、わたし……、こ、こういうの初めてだから。いろいろ教えてね」


 上目遣いで見てくるマー。わたしは自分の胸を叩いた。


「任せな」


 マーは笑顔を満開にして、今度こそ部屋を出ていった。

 ドアがぱたりと閉じる。とんとんとん、と階段を降りる音。ついで玄関を開け閉めする気配。

 そこまで確認してから、わたしはベッドに倒れこんだ。


「なーにが『任せな』だ! 男と付きあったことなんてねーわ!」


 いかにも「わたくし経験豊富ですの」みたいなドヤ顔をしてしまった。恥ずかしくて耳まで熱くなる。

 そりゃ告られたことは何度か――いや、何度もあるけど、いきなり「好き」とか言われてもさ、引くでしょ、こっちはそんなこと初耳だし。

 あとすごいんだ、向こうの熱量が。あっついあっつい。こっちは平温なのに。この温度差感じてよ、って気持ちにしかならなかったよね。


「はぁー……」


 わたしは大きくため息をついた。


 ――好きってどんな気持ちなのかな?


 そんなことを考えてしまった自分がおかしくて、わたしはぷっと吹きだしてしまった。


 わたしもひとのことを言えないくらい、ずいぶんと初心だ。

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