第12話 トレードマーク
ある日、クルム先輩がこんなことを言い出した。
「ユウマ、お前の父さんはヒューマン社の技術で脳移植したんだったよな? それで、髪の毛伸ばしてなかったっけ?」
「ええ、脳移植した4年前から切ってませんね。後ろに結んだ髪の毛が俺のトレードマークだったから、もう一度その髪型にするんだって、張り切って伸ばしてますよ」
俺は少し笑いながら話した。
「父さんの髪の毛を1本でいいから、持ってきてくれないか?」
クルム先輩の顔が、俺に近づいてきた。
「いいですけど……なんでですか? クルム先輩が父さんの髪の毛を欲しいなんて、とても気持ち悪くて……」
もう、クルム先輩が何を考えているのか分からず、ストレートに聞いてみた。
「神隠しって言葉知ってるか? 2000年代の日本では子供の行方不明者が年間1000人以上いたらしんだよ。その中には当然、虐待や事件、事故の可能性の子供もいただろうけど、それでも1000人以上だぞ! 昔は神隠しって言葉で片付けられてたらしい。 アメリカなんて何十万人だったって資料もある!」
クルム先輩の話はもう止まらない。
「もしだぞ……、地上の氷は俺たちが教えられてきたほど分厚くなくて、脳移植する為の体の供給が厳しくなったとしたら……、過去から誘拐してくる可能性はないか? あの日インド洋でみたヒューマン社のタイムディスクの説明がつくだろ!」
俺もだんだんと先輩の話に引き込まれて行く。
「それにだ、多くの行方不明者が出てしまった大きな災害の時には、謎の飛行物体が目撃されたなんて文献もあるんだ、もしそれがヒューマン社だとしたら?」
なんとも説得力のある話だ。
「先輩、凄い興味深い話なんですけど……、父の髪の毛とどう結びつくんですか?」
よく考えれば、そこの説明は一切なかった。
「あ、そうだった。すまん」
クルム先輩の顔が赤くなりながら続けた。
「俺が大学で医学を学んでいた時の同級生が今でも放射線炭素測定の研究をしてるんだが、その放射線炭素測定で、髪の毛から生きていた年代が測定できるようになったらしい」
ようやく、俺の中で髪の毛とヒューマン社が結びついた。
「でも、なんで俺の父の髪の毛なんですか? 対象となる脳移植者なんて沢山がいるじゃないですか……」
俺は、父の髪の毛なら何本でも提供するつもりでいたが、あえての質問をしてみた。
「いい質問だ! 髪の毛は生きていた時代の環境を受けやすいが、一度受けた影響は何があっても変化することはない。つまりだ、お前の父さんの髪の毛の先は、提供された体が生きていた時の情報を持っているってことになる!」
輝いた目でクルム先輩は続ける。
「地上が氷に覆われだしたのは2055年以降とされているから、それ以前の情報が出てくれば……確定! そういうことになるだろ!」
もう、俺はこの場にいてもたってもいられなくなり、急いで家に帰った。
洗面所には父が髪を結ぶ時に使うゴムがあり、何本かの髪の毛が絡まっていた。俺はゴムごとポケットにしまった。
6才のロン毛は、正直やめて欲しかったが……今は父のトレードマークに感謝している。
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