Case4:始動

「お父さん、ただいま」

 私がマンションの1室のドアを開け、部屋に入ると、ダイニングの椅子にお父さんが座っていた。

「おかえり。幸乃に話があるんだ。先に着替えておいで」

「もしかして、話?」

「さぁ、どうかな。幸乃が喜ぶ話だよ」

 お父さんは笑顔だ。

「分かった」

 私は自分の部屋へ入り、かばんを下ろした後、適当な服に着替えた。

「お父さん、それで話って何?」

「幸乃、そこに座りなさい」

 お父さんは自分の向かいの椅子を指し、

「うん」

 私は指された椅子に座った。


「早速だけど、今日から殺人の知識を教えていこうと思うんだ」

「……!! それじゃ……!!」

「そう。復讐計画、スタートだよ」

 やった。やっとこの時が来た。もうすぐ元両親あいつらに復讐できる。ゾクゾクする。

「でも高校……」

 どうしよう、と言いかけると、

「幸乃は成績もいいから、百合ゆりぞのに進学できる。大丈夫だよ」

 百合園──百合園女学院高校は姫百合女子の隣接校で、生徒の大半は姫百合女子からの内部進学者だ。こちらもあまり偏差値は高くない。

「そうか。じゃあ、これからは復讐のために時間を使える……!!」

「そういうことだよ。じゃあ、幸乃に問題。人を殺すとしたら、どうやって殺す?」

「うーん……」

 殺す、とは決めたが、どう殺すか、は考えていなかった。実は工作員といっても形だけで、まだ「訓練中」という扱いなのだ。

「毒殺とか?」

「どんな毒を使う?」

「クロロホルムを嗅がせて、その間に……とか、青酸カリを料理に混ぜるとか」

「残念。クロロホルムは臭いがきついから嗅がせる前に気づかれるし、青酸カリはアーモンド臭がする。しかも料理に入れるとガスが発生してむせるから毒殺には向かないよ」

「じゃあ、刺殺」

「包丁などで人をめった刺しにすると、手が返り血で滑って結局手を怪我するよ」

「じゃあどうすればいいの?」

「どちらも、考え方としては悪くないよ。方法さえ考えればね」

「方法?」

 何だろう。見当がつかない。

「毒なら、スズメバチの毒なんてどうかな?」

「アナフィラキシーショックを起こすの?」

「それだけじゃなくて、スズメバチの毒は 色々な毒を複雑に混ぜた物で、アナフィラキシーショックを起こす毒、炎症を起こす毒、呼吸不全を起こす毒、タンパク質と細胞膜を分解する毒などが入っている。だからスズメバチの毒は『毒のカクテル』と呼ばれているよ」

「へぇ〜。でも、どうやって手に入れるの?」

 スズメバチを捕まえるのは難しい上、危険だ。それに、決行が秋より後になると、手に入れる事すら難しくなる。

「僕の知り合いに薬学者がいるから、その人に頼めば手に入るよ」

「分かった。じゃあ、刺殺はどうするの?」

「人体に刃物を突き刺すと絶対に反動が来て、自分の持っている刃で手を傷つけてしまう。日本刀につばがついているのはそういう意味もあって、自分を傷つけずに遂行すいこうするなら布を巻き、テープで固定するのがいいよ」

「なるほど。あ、死体はどうするの?」

「それは月桂樹うちに処理の専門家がいるから気にしなくていい。死亡を確認したらすぐに片付けてくれるよ。だから、安心して復讐に励みなさい」

「うん。ありがとう」

 今日は勉強になる日だった。

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