古い置時計

チッ チッ チッ チッ チッ チッ


秒針の音が、静かな部屋に響いている。


古い置時計。20年前からここにある。


今日も変わらず動いている。


チッ チッ チッ チッ チッ チッ


朝のベルは、ジリリリリリリリリリリリリリ!!


人間を起こして、また チッ チッ チッ チッ チッ チッ




古い置時計は思っていた。


『僕は、もう20年も時間を刻み続けている。毎朝、この家の人間を起こすのが日課だ。でも、そろそろ新しい置時計に仕事を譲るべきではないか』



ある日、人間が新しい置時計を買ってきた。


古い置時計は、自分の役目が終わったことを察した。


新しい置時計は、音も出さずに、流れるように秒針が動いている。


人間がベルを確かめると、ピピピピ!と鳴った。


古い置時計は、聞いたこともない音に驚いた。



人間が古い置時計を持ち上げた。


古い置時計は、自分の時計生命が終わることを覚悟した。


この後、置き時計から、ただの不燃物になるのだ。



しかし……。


古い置時計は元の場所に置かれた。


そして新しい置時計は見当たらなかった。


古い置時計は不思議に思った。



翌日の朝、隣の部屋で、新しい置時計がピピピピピピピ!と鳴った。


新しい置時計は、子供の物になったようだ。


古い置時計は思った。


『僕はまだ働けるのか……でも何故、人間はこんなに古い自分を使い続けるのか、分からない』



ある日、隣の部屋から「ガシャン!」と音が聞こえた。


子供が、新しい置時計を落としてしまったようだ。


翌日の朝から、別の置時計のアラームが鳴るようになった。


あの新しい置時計は、処分されたようだ。


古い置時計は、短い寿命だった新しい置時計のことを思うと、自分がまだ働き続けていることが、益々不思議で仕方なかった。



それからしばらく経ったある日のこと。


とうとう古い置時計の秒針は止まった。


20年の年月を経て、部品が壊れ、動かなくなったのだ。


古い置時計は、時計人生の終わりを迎えた。


もはや疑いの余地がなかった。



しかし、人間は古い置時計を持ってどこかに出掛けた。


古い置時計が周りを見渡すと、そこには見たこともない、しゃれた時計たちが置いてあった。


人間は時計店に来たようだ。


古い置時計は、人間が話している言葉に耳を傾けてみることにした。


「すいません。この時計直りませんか?この時計とても愛着があって大好きなんです。だからどうしても直して使いたいんですけど!」


古い置時計は、人間が言っている言葉の意味が分からなかった。


「愛着?……好き?……直す?」


古い置時計は意識を失った。





どのくらいの間、意識をなくしていたのか。


古い置時計の耳に、このような会話が聞こえてきた。


「20年も前の時計ですから、部品がなくて困りましたよ。でも愛着があるって聞いたから、一生懸命直しました。大切に使ってくださいね」


「直ったんですか。嬉しい!大切に使いますね。ありがとうございました」



古い置時計は考えた。


『僕のことを話しているようだ。愛着、大切、一生懸命、嬉しい……なんのことだろう。ただ一つはっきりしているのは、壊れたはずの自分が動いていることだ』


古い置時計は、それから人間の会話に耳を傾けるようになった。


「おはよう!」

「いってきます」

「いただきます」

「どうしたの?」

「いい加減に寝なさい!」

「早くしなさい!」

「ただいま」

「お疲れ様」

「ありがとう」

「おやすみ」



『人間って、おもしろいな……そして、人間の持っている感情って、なんかいいな』


古い置時計は、時計店で意識を取り戻したときに聞こえてきた言葉をかみ締めていた。


愛着……大切……一生懸命……嬉しい


置時計は、人間が自分に愛着を持っていること、大切にされていることが分かり始めていた。


古い置時計は、自分を古いと思うのを止めることにした。




チッ チッ チッ チッ チッ チッ


今日も聞こえる。


置き時計の音。


家族の一員として、動き続けている。



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