GG08『夏星(かせい)』

第9話 沈没都市のメモリー

いつの間にか眠ってしまっていた。

目を覚ますと丁度車掌さんがやって来た所だった。


「次ハ、夏星かせい停車時間ハ30分」


「車掌さん、サーバルさん見てませんか?」


「見テナイケド、多分オ風呂ジャナイカナ」


「風呂...?」


すると、丁度タイミング良く


「あっ、おはよう」


彼女が戻ってきた。


「かばんちゃんも入ってくれば?サッパリするよ」


「えっ?ああ...、あっ、はい...」


サーバルに進められ、行くことにした。




『次ハ、夏星かせい、夏星。

停車時間ハ30分...』


「30分って、随分短く無いですか?」


僕はサーバルに尋ねた。


「ちょっと特殊な星だからねー」


その意味はよくわからない。

しばらくすると、車窓から青い綺麗な星が見えた。


「この星は約99.9パーセントが海なんだ」


「ほぼ海ってことじゃないですか...、誰か住んでるんですか?」


「ここはその人の為だけに止まってるような星だからね...」


SSEは速度を落として、その星へと近付いた。

眼下に広がるのはコバルトブルーに輝く、

何処までも何処までも無限の彼方へ続く大海原だった。


「すごい綺麗...」


ろくに海を見ていない僕は感嘆とした。

サーバルは見慣れているのだろうか、黙って片肘を付けて見つめていた。


そして、ホームに到着した。

とてもこじんまりとした所だ。


降り立つと潮の香りと海風が全身を包み込んだ。


駅の真下は全て海だった。

視界に入るものは全て、真っ青だった。


遠くから眺める分には絶景だが、空の青空と相まって目がおかしくなりそうだった。


「こんにちは。ようこそ、夏星かせいへ」


僕にそう語りかけてきたのは、白黒で、髪を後ろで束ねた少女だった。


「私はアードウルフ...」


「僕はかばんです。あっちが...」


「知ってますよ。サーバルさんですよね」


「お知り合いなんですか?」


「小さい時に、お会いしたような気がします」


アードウルフはそう言った。


「お茶をお出しします。こちらまで、どうぞ」


彼女の後を僕は付いていった。



駅の待合室かと思ったら、カフェのスペースの様になっている。


サーバルにふと尋ねた。


「サーバルさんは...、この星来たことあるんですか?」


「ずっと昔ね...。

とっても居心地が良い所だったよ、この星は。

地球に似てね」


アードウルフは紅茶の入ったカップとパウンドケーキが乗った皿を置くと、

椅子に座った。


「サーバルさんの仰る通りです」


はぁ、と溜め息が聞こえた。


「本当に十数年前までは、とても美しい星だったんですよ...」


「何があったんですか?」


「急激な産業の発展で、この星全体が温暖化してしまって、地面の殆どは海底に沈んでしまったんです。この星の一番高いところに駅が移設されたのですが、ここももうじき...。

星の住民はほとんどが別の場所へ行きました。

残る住民は私だけです」


「こ、こんな大きな星にたった一人だけ?」


「ええ。信じられないでしょう。

銀河鉄道はこんな星通らなくても大丈夫なんですけど、私がこの星を何時でも出れるように止まってくれます。でも、私はこの星と共に命を終えることを誓いましたから...」


サーバルが横で静かに紅茶を啜った。


「30分しか無いでしょう。私は、その短い時間を利用して降りてくれたお客さんに、この星の事を語りついでいるんです」


「そうなんですね...」


僕は、率直にすごいという感想しか出てこなかった。

手作りであろうケーキを口にした。

優しい甘い味。その後、喉に紅茶を通すと、

とても贅沢をしているような気分になる。

不思議だ。


「終着駅へは、何をしにいくんですか?」


アードウルフは尋ねた。


「えっ...、えーっと、実はまだよく決まってなくて」


「何でも願いを叶えてくれるそうじゃないですか」


「...はい」


「いつもここを通る人が言ってるんです。

無料で乗れるなら、終着駅に行って自分の故郷を元に戻してもらえばいいじゃないかって。

だけど、私はあまりそういうの信じてませんし、この星が元に戻ったところで...と思うんですよ」


「どういうことですか?」


「また、同じ事が繰り返されてしまうかもしれないって、思うんです。過去に戻ったとして、運命の分岐点を変えたとしても、いずれ同じ元のルートに戻ってしまうことだって、無くはないですよね」


かばんは小さく頷いた。


「覆水盆に返らずで、一度起きてしまったらもう元には戻せない...。

そう思って、未来を良くすることに賭けるしか出来ないんです。この星はもう元には戻らない。私の住んだ思い出の街は既に海の底...。

あなたたちの故郷がこうならないように、

一種の戒めとして...」


「他の星の為に...」


「この星を最期まで見守る事が、宇宙全体の未来を良くする事に繋がるのなら、本望です」


「....すごいですね。目標っていうか、具体的なモノがあって」


「焦ることはないですよ、長い旅路です。

かばんさんにもきっとなにか、自分が貫き通したいなにかが絶対見つかるはずですから...」


アードウルフは言った。


「帰るとき、この星にSSEが止まらなくても、悲しまないでください。それが私の夢でもありますから」


「アードさん...」


「...あ、もう後5分くらいですか。楽しい時間はあっという間ですね...。ちょっと待っててください」


アードウルフは紙袋を持ち出し、渡してくれた。


「お土産です。車内で良かったら」


「あ、ありがとうございます」


「短い間でしたけど、楽しかったですか?」


「はい、もちろんです」



SSEはあっという間に夏星を発車していった。

彼女は、その姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。


「サーバルさん、ちょっとしたことなんですけど...」


「なに?」


「どうしてアードウルフさんと喋らなかったんですか?」


「何でって、私があの星に行ったのはとうの昔だし、当人も覚えてないみたいだったし、それにかばんちゃんとの会話に水をさす訳にはいかないでしょ?」


「あの星へは、いったい何をしに...?」


「ただの観光だよ!彼女の両親、ホテルやってたから泊っただけ」


サーバルはそう説明した。


「...そうですか、なんか、すみません」


僕は勘違いをしていたのだろうか。

あの沈んでしまった街の底に、サーバルの過去の秘密が、隠されているのではないか。

それは単なるミスリードだったのか。


(帰り、またアードウルフさんに会えたらいいな)


そう思いながら、紙袋からお土産のクッキーを一つ取り出し、食べた。


とても甘くて優しい味。

遠くに輝く真っ青な星を見つめながら、

“故郷”へいつか帰りたいと思った。


ーーーーーー


【次回予告】


好奇心とは、人を死に至らしめる事も可能である。行き過ぎた好奇心は、自らの命を奪うこともある。知ってはいけない事も世にはあるのだ。


次は、「知りたがり星」に停車致します。





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