姉妹
聞きなれた――聞きなれてしまっていた声。
沙羅と笠井の間に、無造作に投げ入れられた防護服を着た男の身体。
「順さん――!」
まず最初に身体の自由が戻った北村が、慌てて地面に転がりぴくりとも動かない岸へと駆け寄る。
「お前――」
アリスは真っ先に、その河童の目を見た。
「大丈夫。岸くんは〈
「順さん、生きてますよね」
北村が素早く息を確かめると、岸は小さく「すまん」とだけ呟いた。
「〈
腰に巻いたCCCドライバーをタップ。排出されたトレイに、自分の頭から引き千切った〈
――CAPPA
「川立ち男」
――CHOBATSU
「氏は菅原」
――CORPSE
赤い仮面の河童懲罰士。識別コード〈コープス〉。
アリスたちがトオノと呼んでいた
「アリス」
――CCC DRIVER
すぐさま沙羅がCCCドライバーを起動し、ふらつきながらも立ち上がる。
――DISC SAUCER
「ねえ、アリス」
トオノは無邪気にアリスの名を呼び続ける。
――CAPPA
「――川立ち男」
――CHOBATSU
「氏は――菅原!」
――CURSE
白い火花が散る。そのさなかにいながら、アリスの視線は沙羅には向かず、ただ笑っているトオノにのみ注がれていた。
「わたしね、アリスがほしい」
アリスを守るように前に出る〈カース〉。
「わたしはアリスが好き。大好き。だからアリスがほしい」
「黙りなさい」
――CORONA
〈カース〉の全身が眩く白熱し、その熱が脈打ちながら右足に集中していく。
駆け出し、跳び上がる。右足を突き出して、一本の火矢となった〈カース〉が〈コープス〉を貫く。
「アリス」
それはまだ、アリスの名を呼んでいた。
〈カース〉の一撃を受けてなお、嬉々として。
必殺の蹴りは間違いなく入っていた。それをまるで意に介さないかのように平然と立っている〈コープス〉。〈カース〉は〈コープス〉の足元に着地するのと同時に相手の間合いから離脱する。攻撃を無効化されてなお、冷静な判断力は失われていない。
――CRASH CUTTER CANNON
続けざまにCCCドライバーを三度タップし、〈コープス〉の右腕が膨れ上がりながら再構築されていく。
肉が裂けるような音と、金属同士をこすり合わせたような不快な音が多重に響く。
〈コープス〉の右腕は、二つの回転する刃が重なった破砕機のように変形していた。渦を巻く刃の中へと〈カース〉を咥え込もうと振るわれた右腕から、〈カース〉は冷静に距離を取って動きを見極めている。
腕の内側も外側も回転する刃。迂闊に近づくことはできず、〈カース〉はCCCドライバーをタップしようとする。
ねばついた音と、甲高い金属音が同時に響く。
〈コープス〉は照準を合わせるがごとく、右腕をまっすぐに〈カース〉へと向けていた。
無数の炸裂音。同時に〈カース〉の純白の装甲のあちこちが砕け散る。
撃ったのだ。
回転を続ける右腕から構築された刃同士がぶつかり削れた破片を、それ自体が炸裂する弾丸として。
CCCドライバーの攻勢機能の三重使用。砕・刃・砲――三つの機能を同時に展開。赤松などはこのデータを見ながらにやにやと笑っているに違いない。CCCドライバーの運用理念の外をいく使い方だった。
――CAGE
〈カース〉の身体を這う金の鎖が寄り集まって盾のように銃撃を防ぐ。
それを待っていたかのように、〈コープス〉の右腕がそのまま〈カース〉へと伸びる。
〈コープス〉の腕はそのまま破砕機と化している。回転し、内側に巻き込もうと唸りを上げる二つの刃が〈カース〉の表面に触れる。
装甲から血飛沫のように火花を上げながら、金の鎖の大部分が破砕機へと呑み込まれる。〈カース〉は自分で鎖を断ち切り、それを餌にして離脱する。
刃が触れた部分の装甲はずたずたに裂け、装甲の下の概念形成体のストリームが剥き出しとなっている〈カース〉。〈コープス〉はその身体に向け、また右腕の照準を合わせる。
「やめ――ろッ!」
アリスは〈コープス〉の唸りを上げ続ける右腕の正面に、威嚇するように身を屈めながら躍り出た。
「アリス」
「アリ――ス」
二つの声のどちらにも応じず、アリスはその場でメンチを切り続けた。
虚勢だ。虚勢でしかない。アリスにはどうせ、それしかないのだから。
――EJECT
トオノがCCCドライバーから〈
「沙羅!」
それを見てアリスはすぐさま自分の背後で倒れ伏した〈カース〉を助け起こし、慎重にCCCドライバーをタップする。
――EJECT
「ぐ――うう――」
〈カース〉の受けた傷が沙羅へとフィードバックされる。〈カース〉の使用する〈
今までに受けた傷と同じか、あるいはそれ以上の痛みをもう一度味わうことになる沙羅が正気を保っていられるよう、アリスは沙羅の震える手をしっかりと握り続けた。
水中から上がったように大きく息を吐き、それで力尽きたのか沙羅はぐったりとアリスの腕の中に倒れる。
「沙羅! 沙羅!」
「大丈夫だよ、アリス」
子供の浮かべる柔和な表情を模倣したトオノが、口の中で小さく笑ったのをアリスは見逃さなかった。
「テメェ――」
「わたしが人間に擬態したこの概念形成体を維持できている。だから、まだ死なないよね」
トオノは沙羅にぐいと顔を近づけて、笑った。
「お姉ちゃん」
今ごろトオノが防除班のメンバーに〈
自分たちの家に帰る。今の二人にはそれしかできなかった。なんとも惨めな敗走であった。
「――ごめんなさい」
「なにがだよ。風呂ん中で二回戦始めたことか?」
おどけたつもりで言ったはずが、沙羅は素直に後悔するように目を伏せた。
「なあ、沙羅」
ブローし終えた沙羅の髪を撫でながら、アリスは静かに問いかける。
「トオノは一体、何者なんだ?」
自分が愚かだとは自覚していた。沙羅の前で他者――それも河童の名を出すなど、以前のアリスなら考えただけで吐きそうになっていた。
「
沙羅はアリスの胸に顔を埋め、深く息を吸い込む。
「
わかっていると沙羅の肩を叩く。
「だけど、違ったの。あれは――」
沙羅は必死にアリスに縋りつく。その事実を告げるのが、どうしようもなく恐ろしいことに耐えられないから。
「私の妹よ」
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