発狂倶楽部
河童から排出された〈
久々の
沙羅と出会ってから、もう二年が経っていた。
その間に懲罰した河童は、この河童を入れて九十九体。
沙羅はすぐにアリスに河童の性質を詳らかに語った。
一度だけ
「すごいわ、アリス。あなたは最高の河童懲罰士よ」
「あたしたち、だろ? 沙羅」
いつから互いを名前で呼び合うようになったのかも、もう覚えていない。
アリスにとって沙羅が隣にいるのは当たり前のことになっていて、沙羅もそれが当然だというような笑顔を見せていた。
学校には行くようになっていた。理由は単純。アリスに確実に会うために。
カッパ製薬の令嬢である沙羅のプライベートは、極めて厳重に警備されている。アリスは一度沙羅の家に遊びに行こうとしたが、あまりのセキュリティの固さに断念したことがあったほどである。
さすがに学校の内部までにはカッパ製薬の警備の目も――綿密には――入ってこない。学校はアリスにとって、沙羅と気兼ねなく話すことができ、放課後にどのように河童を懲罰するか計画を立てる会議室だった。
退屈な授業も我慢できた。同じ教室に沙羅がいて、時々悪戯っぽく微笑んでくる。それだけでアリスにとって授業中は最高に楽しく、スリリングな時間になった。
それが続いて早二年。アリスと沙羅はもう三年生となり、さすがに進路について考えなくてはならないとアリスですら悩み始めていた。
「なあ沙羅、お前卒業したらどうすんの? やっぱ進学?」
河童の甲羅の上でアリスがそう言うと、唸りを上げる読み取り機をじっと見つめていた沙羅の目元が急に緩んだ。
「アリスは?」
「あたしは――まあどうとでもなれだよ。受験にはもう間に合わないだろうし、浪人するのも面倒だから、沙羅の言ってた河童懲罰専門の会社に入ろうかなーなんて」
沙羅が目を細めてこちらを見る。アリスは慌てて他意がないと弁明する。
「いや、コネで入れてくれなんて絶対言わねーよ? 入るんなら自分の実力で入ってやっから」
それより沙羅はどうなんだよ――アリスが河童を踏みつけながら訊ねるのを、沙羅は穏やかに笑って聞いていた。
「私は、ない」
「ない?」
読み取り機の駆動音が妙に騒がしく聞こえた。気を抜くと、沙羅の言葉を取りこぼしてしまうそうな、耳障りな音がやけに響く。
「私ね、死ぬの。もうすぐ」
アリスは口を開けたまま息を忘れていた。沙羅はこんな冗談を言わない。どう反応すればいいのか、沙羅のためではなく、自分の感情のせいで全くわからなかった。
「生まれた時からわかっていたことなの。私はどれだけ手を尽くしても、二十歳までしか生きられない。これはそう――呪いのようなもの。菅原の家に生まれた私に注がれた、河童懲罰の呪い」
カッパ製薬の沿革の初めに挿入される昔話がある。
昔、ある男が悪さをした河童を懲罰した。河童は深く反省し、男に河童に伝わる秘薬の製法を教えた。その秘薬を売り始めたのが、カッパ製薬の起こりだとされている。
「だけどもう一つ、家の中だけに残された伝承があるの」
河童を懲らしめた男は、山の中腹にある巨石を指さし、あの岩が削れてなくなるまで悪さをするでないぞ――と約束させたという。
そして現存していたその巨石は、沙羅が生まれる一年前に起こった地震で山を転がり落ち、跡形もなく破砕されて撤去された。
「おかしなことに、河童が現れ始めたのはそれからなの」
沙羅は穏やかに笑ったまま、口角を不自然なまでに吊り上げる。
「私の母はね、私を産むと同時に正気を失った。去年亡くなったのだけど」
聞いていない。
「最後に二人きりになった時、なにを語ったと思う? 自分が河童に凌辱されたことを、まるで実況するように話していたわ。それで生まれたのが私なんですって。まあもともと正気を失っていた人の言うことだから真実は定かではないけれど、その時の母は私が見てきた中で、一番はっきりとした意識をしていたわ」
淡々と話す沙羅を見るアリスの目はどんなものだったか。アリスの目を見て、沙羅はふっと力が抜けたように嘆息を漏らした。
「いやだ」
「私の存在が?」
「そんなこともわかんねーのかよ」
アリスは立ち上がって河童を蹴り転がす。読み取り機から排出された〈
「あたしは、お前ともっと一緒にいたい。もっと河童を懲罰したい。〈
「そう。私はそのために河童を懲罰してる」
〈
その結果判明した、〈
それを最大限活用するための装置としてのCCCドライバー。
「アリスはきっと私を嫌いになる。私を殺してでも止めようとする」
全てを話し終えた沙羅はそう言いながらも微笑を浮かべたままだった。
沙羅の手に握られたあの日懲罰した
翌日の朝、アリスのクラスの生徒は全員食い殺されていた。
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