死体の懲罰

 随分と泣きわめくようになったな、と私は吊るし上げられている擬態準位デミの河童――トオノを一瞥する。

 防除班による捕食準位イーターの懲罰――実態は〈コープス〉による〈ディスク〉の体内吸収――つまりは殺戮は順調に進んでいた。

 ただ、予想されていた通り、一つの問題が浮上してきた。

 流布する〈ディスク〉の総数の減少。

〈コープス〉は河童を滅殺できる現状唯一の兵器である。それはつまり、ばらまかれた〈ディスク〉をも破壊し、取り込んでしまうということでもあった。カッパ製薬が呼称するところの河童の本質は、〈ディスク〉にこそある。

 そしてカッパ製薬の目的は、〈ディスク〉に蓄積された情報の回収。

 これはCCCドライバーの機能で賄える。CCCドライバーは体内吸収した河童の〈ディスク〉の情報を排出することをまず第一の目的として設計されている。

 だがなぜ、防除班が行うのがその名の通りの「防除」ではなく「懲罰」なのか。

 河童を完全に殺すことは人間にはできない。だが河童を殺すための技術は、かなり早い段階で開発されていた。それを組み込んだ唯一の武装が遅れて開発されたCCCドライバーであるというだけの話なのである。

 その技術を漏らさなかったのは、河童を懲罰し、〈ディスク〉を回収し、それを返却するという行為にこそ意味があるからだ。

 情報を抜き取られた〈ディスク〉を返却された河童は、形成準位フォーマ以下の存在へと遷移する。だが〈ディスク〉を持った河童は、やがて再び形成準位フォーマから操作準位ソーサー、その上へと遷移する。

 その間に、〈ディスク〉に情報を蓄積しながら。

 カッパ製薬の狙いはここにある。数に限りのある〈ディスク〉を使い回し、常に未知の情報源を確保し続ける。

 そのために、CCCドライバーの運用には慎重を要する。

 河童を殺す。〈ディスク〉を己の体内へと吸収する。その時点で読み取れる情報の総量は変わらないが、長期的な目で見ると〈ディスク〉の総数が減ることによって情報源の枯渇を招きかねない。

 それを防ぐために、新規に〈ディスク〉を構成させる。

 CCCドライバー装着者であるトオノには当然、その役目も課せられる。

 ぼろぼろと涙をこぼしているトオノの、人間となんら変わらない右手をそっと持ち上げる。

「ねえ、トオノ」

 まずは小指。それを筒状になった器具に押し込み、いやいやと首を振るトオノに優しく言い聞かせるように言葉を投げかける。

「アリスは元気? きちんと守ってあげている?」

「アリス――アリス! たすけ」

 筒の入り口の上部のボタンを押す。トオノが獣のような悲鳴を上げた。

 筒から抜けたトオノの小指の付け根には、無数の穴が空いていた。もはや自分の意思で動かすこともできず、ぷらぷらと不格好に垂れ下がるそれを私は右手で思いきり握りしめ、トオノの悲鳴を聞きながらぐりぐりと捻って引き千切った。

 がくんと倒れた頭から、〈ディスク〉が排出される。

 私はそれを慎重に引き抜き、保存液の入ったチャンバーへと保管する。

 トオノの腰に巻いたままのCCCドライバーをタップしてやる。

 ――CURE

 トオノの小指が再生する。

 だけど、同じところでは刺激が鈍麻しかねない。私は今度はトオノ親指を同じ筒の中に押し込んだ。

「ねえ、トオノ」

 見境なく泣きわめくトオノの身体はしっかりと縛って吊るし上げてある。

「アリスは元気? きちんと守ってあげている?」

 私は微笑みながら、またボタンを押した。何度も、何度も繰り返し、いっぱいの〈ディスク〉を排出させる。CCCドライバー装着者にはそれが可能なのだ。

「たすけて、アリス――たすけ」

「アリスはね、私を助けてくれる人なの」

 本当に、懲罰は楽しい。

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