人食い
CCCドライバー。それが〈
――DISC SAUCER
沙羅の持参した〈
「このCCCドライバーは試作機。ろくにテストもできていないアルファ版。だからこの子がこうして使ってくれて、むしろ幸運なの」
瞼が重くなっているトオノをあやすように髪を撫でる。アリスが忌々しげに舌打ちをすると、沙羅は楽しげに笑う。
防除班のメンバーに笠井からの説明が行われているさなかであった。
「お前たちが懲罰にあたっていたのは、
話を聞く三人は揃って渋面だった。当然だ。それまで一方的に懲罰すれば金がもらえる化け物でしかなかった河童が、人に直接害をなす化け物だと知らされた――それまで秘匿されていたのだから。
カッパ製薬は河童のランクを四段階に設定している。概念形成体の肉体を構築可能な
その上。
本来ならばこれこそ懲罰せねばならない存在ではある。だがカッパ製薬はそれを認めなかった。
理由として、
それはそのまま、人を食う怪物を野放しにしておくということと同義であるのだが。
人間に
トオノは沙羅によって適切に懲罰され、人間――アリスを守ると詫び証文を書かされた。契約を結んだ
加えてトオノはCCCドライバーの試作機のテスターとしての役割を担わされた。
CCCドライバーは過程や手順を省略する。現状、唯一河童を完全に殺せる技術こそがCCCドライバーによって展開される〈コープス〉だった。
防除班は河童を懲罰こそすれ、殺すことはしない。〈
だが〈コープス〉は殺した河童の〈
河童の根絶は〈
当然、その事実を今になって明かされた防除班の面々はいい気分ではない。
「ここからは今まで以上に命の危機が高まる。抜けたい者は抜けてくれて構わない」
無論、最初の契約の時点で社内で知った情報は一切の口外が禁じられている。笠井はその契約をまるで人質のように巧みに扱った。
「抜けられないでしょう。知ってしまった以上」
まず岸がそう言って肩を落とす。
岸順一郎。かつて大学で文化人類学の教鞭をとっていたという彼は、ある時自分の足で河童――カッパ製薬がそう呼称する存在の情報を掴んでしまった。
そこからのカッパ製薬の動きは迅速だった。岸の口を封じるため、あらゆる手段が用いられた。その過程で岸は表の社会から追いだされ、真っ当に生きていく手立てを全て奪われた。
そこにカッパ製薬は、何食わぬ顔でカッパクリーンセンターへの雇用を持ちかけた。岸はそれに、自分の功績如何でカッパ製薬本社への採用を要求し、両者はこれに応じた。カッパ製薬側は具体的な懲罰ノルマを提示し、一定期間つねにそれを上回れば本社採用を行うと契約した。
実際、岸がカッパクリーンセンターに参加して以降、懲罰の手順はマニュアル化され、より簡略化されていた。カッパ製薬としてもその功績は認めており、伝承方面からの河童の分析部門というポストを新設したほどだった。
そしてなにより、カッパ製薬が岸の口を封じたのは、彼が河童の危険性を指摘し、喧伝しようという動きを察知したからだった。岸は住民が河童に脅かされるような状況を放置することができない。それゆえに防除班で懲罰に参加している。そんな岸が人間を食らう存在を知ってしまえば、おいそれと抜けることができるはずもない。
「そうですね。有害な生物はおいしく調理すべきです」
小林が岸に続く。
残った北村は険しい顔つきで、笠井に訊ねる。
「その、
北村は笠井を襲った
「俺は一方的にいたぶるのが好きなんであって、命のやりとりをしたいわけじゃないんですよねえ」
「今まで通り、
張りつめていた二人の間の空気が、北村がくしゃっと笑ったことで和らぐ。
「わかりましたよ。どうせ俺も表に出られないような手合いですからね。カッパクリーンセンター防除班の一員として誠心誠意働かせていただきますって」
「兵頭」
笠井に呼ばれ、アリスはなげやりに右手を挙げる。
「あたしも変わらずっす」
「よし。ではこれを見てほしい」
笠井はタブレット端末にこの町の地図を表示する。あちこちに赤いピンが立っており、そのピンをタップすると数字がポップアップするようになっていた。
「
「おいおい――」
北村がいつものにやにや笑いも忘れて絶句する。あとの二人も同じく言葉を失くしていた。、
地図上の赤いピンは、町中におびただしい数が立っていた。
「まずはこの中の、最も捕食数が少ない個体を追う。本社で分析したところ、この軌跡」
笠井が「4」と数字がポップアップされたピンをロングタップすると、地図上に複数のピン同士をつなぐ青い線が表示された。町の中心部からふらふらと外へ逃げるような軌跡が描かれる。
「今まで通り河童の捕捉は『外回り』が行うが、
「これ、一日仕事なんてもんじゃすまないっすよね?」
「無論だ。なに、すぐに慣れる」
青い線が結んだ以外にも、赤いピンはいくらでも立っていた。
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