人食い

 CCCドライバー。それが〈ディスク〉の次世代型読み込み機にして、〈ディスク〉の宿す情報を十全に引き出すための生体デバイス。

 ――DISC SAUCER

 沙羅の持参した〈ディスク〉をCCCドライバーで読み込んだトオノは、大きくげっぷをした。

「このCCCドライバーは試作機。ろくにテストもできていないアルファ版。だからこの子がこうして使ってくれて、むしろ幸運なの」

 瞼が重くなっているトオノをあやすように髪を撫でる。アリスが忌々しげに舌打ちをすると、沙羅は楽しげに笑う。

 防除班のメンバーに笠井からの説明が行われているさなかであった。

「お前たちが懲罰にあたっていたのは、操作準位ソーサーまでに抑えてあった。この河童――トオノがCCCドライバーを扱うことになったことで、捕食準位イーターも懲罰対象として設定する」

 話を聞く三人は揃って渋面だった。当然だ。それまで一方的に懲罰すれば金がもらえる化け物でしかなかった河童が、人に直接害をなす化け物だと知らされた――それまで秘匿されていたのだから。

 カッパ製薬は河童のランクを四段階に設定している。概念形成体の肉体を構築可能な形成準位フォーマ。概念形成体を操るまでの力をつけた操作準位ソーサー。防除班が懲罰にあたっていたのはこの二種だけに絞られていた。

 その上。捕食準位イーターは、人間を食らう。実際に襲って、肉を貪る。

 本来ならばこれこそ懲罰せねばならない存在ではある。だがカッパ製薬はそれを認めなかった。

 理由として、捕食準位イーターから河童の能力は飛躍的に跳ね上がる。金のために集まった使い捨ての兵隊だとしても、捕食準位イーターの懲罰を実行しようとすれば、間違いなく毎回欠員が出る。そこまでのリスクは冒さないだけの良識がカッパ製薬にはあった。

 それはそのまま、人を食う怪物を野放しにしておくということと同義であるのだが。

 人間に捕食準位イーター以上の河童と戦うだけの力を与える――CCCドライバーの設計理念にはそうした強化概念装甲としての側面も多分に含まれる。

 トオノは沙羅によって適切に懲罰され、人間――アリスを守ると詫び証文を書かされた。契約を結んだ擬態準位デミ――捕食準位イーターのさらに上の力を持つ河童を戦力とすることができるのならば、捕食準位イーターの懲罰も現実的になってくる。

 加えてトオノはCCCドライバーの試作機のテスターとしての役割を担わされた。

 CCCドライバーは過程や手順を省略する。現状、唯一河童を完全に殺せる技術こそがCCCドライバーによって展開される〈コープス〉だった。

 防除班は河童を懲罰こそすれ、殺すことはしない。〈ディスク〉を返却し、その〈ディスク〉に再度情報が蓄積されるように野に放つ。このサイクルが効率的であるというのと、河童を滅殺する手段が存在しないというのがその理由であった。

 だが〈コープス〉は殺した河童の〈ディスク〉を直接装着者の体内へと取り込み、情報を濃縮、解読してCCCドライバーから排出する。

 河童の根絶は〈ディスク〉の継続的な確保のために避けなければならないが、そもそもの懲罰の工程を実行することが困難を極める捕食準位イーター以上の河童は、むしろCCCドライバーで直接読み込みをしたほうが効率的であると――カッパ製薬は判断した。

 当然、その事実を今になって明かされた防除班の面々はいい気分ではない。

「ここからは今まで以上に命の危機が高まる。抜けたい者は抜けてくれて構わない」

 無論、最初の契約の時点で社内で知った情報は一切の口外が禁じられている。笠井はその契約をまるで人質のように巧みに扱った。

「抜けられないでしょう。知ってしまった以上」

 まず岸がそう言って肩を落とす。

 岸順一郎。かつて大学で文化人類学の教鞭をとっていたという彼は、ある時自分の足で河童――カッパ製薬がそう呼称する存在の情報を掴んでしまった。

 そこからのカッパ製薬の動きは迅速だった。岸の口を封じるため、あらゆる手段が用いられた。その過程で岸は表の社会から追いだされ、真っ当に生きていく手立てを全て奪われた。

 そこにカッパ製薬は、何食わぬ顔でカッパクリーンセンターへの雇用を持ちかけた。岸はそれに、自分の功績如何でカッパ製薬本社への採用を要求し、両者はこれに応じた。カッパ製薬側は具体的な懲罰ノルマを提示し、一定期間つねにそれを上回れば本社採用を行うと契約した。

 捕食準位イーターの情報を得てしまった岸は、おそらく防除班を抜ければ永遠に口を封じられる段階にまで踏み込んでしまった。岸にとっての抜け口はもはや、カッパ製薬の内部に取り込まれるしかなくなっている。

 実際、岸がカッパクリーンセンターに参加して以降、懲罰の手順はマニュアル化され、より簡略化されていた。カッパ製薬としてもその功績は認めており、伝承方面からの河童の分析部門というポストを新設したほどだった。

 そしてなにより、カッパ製薬が岸の口を封じたのは、彼が河童の危険性を指摘し、喧伝しようという動きを察知したからだった。岸は住民が河童に脅かされるような状況を放置することができない。それゆえに防除班で懲罰に参加している。そんな岸が人間を食らう存在を知ってしまえば、おいそれと抜けることができるはずもない。

「そうですね。有害な生物はおいしく調理すべきです」

 小林が岸に続く。

 残った北村は険しい顔つきで、笠井に訊ねる。

「その、捕食準位イーターってやつは、今まで通りに懲罰はできない――んすよね」

 北村は笠井を襲った擬態準位デミになりかけの捕食準位イーターと実際に戦闘を行っている。今までとの力の差は、その身で理解している。

「俺は一方的にいたぶるのが好きなんであって、命のやりとりをしたいわけじゃないんですよねえ」

「今まで通り、形成準位フォーマ操作準位ソーサーも変わらず懲罰対象になる。捕食準位イーター以上の懲罰に際しては、必ずトオノを出撃させる。逆に、それ以下ではCCCドライバーを用いることはない」

 張りつめていた二人の間の空気が、北村がくしゃっと笑ったことで和らぐ。

「わかりましたよ。どうせ俺も表に出られないような手合いですからね。カッパクリーンセンター防除班の一員として誠心誠意働かせていただきますって」

「兵頭」

 笠井に呼ばれ、アリスはなげやりに右手を挙げる。

「あたしも変わらずっす」

「よし。ではこれを見てほしい」

 笠井はタブレット端末にこの町の地図を表示する。あちこちに赤いピンが立っており、そのピンをタップすると数字がポップアップするようになっていた。

捕食準位イーターに捕食されたと思われる現場と、その場で捕食された数だ」

「おいおい――」

 北村がいつものにやにや笑いも忘れて絶句する。あとの二人も同じく言葉を失くしていた。、

 地図上の赤いピンは、町中におびただしい数が立っていた。

「まずはこの中の、最も捕食数が少ない個体を追う。本社で分析したところ、この軌跡」

 笠井が「4」と数字がポップアップされたピンをロングタップすると、地図上に複数のピン同士をつなぐ青い線が表示された。町の中心部からふらふらと外へ逃げるような軌跡が描かれる。

「今まで通り河童の捕捉は『外回り』が行うが、捕食準位イーターは知能も高い。よって今回は追い込み漁のような形になる。『外回り』がこのデータをもとに索敵を行い、防除班は河童が出現する可能性のある地点で待機。河童を発見し次第、現場に直行となる」

「これ、一日仕事なんてもんじゃすまないっすよね?」

「無論だ。なに、すぐに慣れる」

 青い線が結んだ以外にも、赤いピンはいくらでも立っていた。

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