降誕祭孤独疾病症

 十二月二十五日。今晩も、また私は仕事である。

 世間は降誕祭クリスマスに浮かれているが、こちとら門松の飾りつけに忙しい。

 デューク・藤原は、日本伝統行事に煩い男である。

 そんなときにも、患者はやってくる。

 黒いマントを羽織った男性だ。

「えっと。黒山浩司くろやまこうじさん」

「はい」

 男は陰鬱な雰囲気を宿している。

「今日は、どうなさいましたか?」

「……呼べるはずなのですが、呼べないのです」

 彼はそう言ってから、ゆっくり顔を上げた。

 そして、おもむろに私の手を取る。

「ああ! こんなところに。リリアーヌ!」

 私は、にっこりと笑いながら、その手をほどいた。

「私の名前は山野洋子やまのようこですわ」

 黒山は、信じられないというように見開いた眼で私を見つめる。

 うん。重症だ。

灌仏会かんぶつえは、ご存知ですか?」

「いえ」

「クリスマスのご馳走と言えば?」

「チキンかな」

「スケートはなさいますか?」

「いえ、しません」

「六と五、どちらがすきですか?」

「五ですかね」

 私は問診表を記入していく。

「洋子君、もういい、入ってもらいなさい」

「わかりました」

 わたしは、黒山を診察室へと案内し、初診表と問診表をデュークに渡した。

「黒山さん、星を描いてみてくれたまえ」

 デュークは椅子に座った黒山に、紙とペンを渡す。

 彼は、いわゆる逆さの五芒星を描いた。

「ほお。このペンタグラムはサタニズムだね」

 五芒星ペンタグラムは洋の東西を問わない。ただし、星の頂点が真下を向く形になったものは、悪魔サタン崇拝のものと言われている。

「ところで、呼べるはずとは?」

「僕の下僕しもべである使い魔です」

「リリアーヌさんとは?」

 デュークは、私に下がるように目くばせをする。

「僕の約束の女性です。魔界にとらわれているのです」

「ほほう。それはいつから?」

「……わかりません」

「ふむ」

 デュークは眉をしかめた。

「君に、そのような力が宿ったのは?」

「今月に入ってからです」

「なるほど。これは降誕祭孤独疾病症クリスマスシングルしっぺいしょうをこじらせているな」

「え?」

「大丈夫。冬にはたいへん多い症例だ。すぐに治る」

 不安そうな黒山にデュークは安心させるように頷いた。

「洋子君、例の部屋へ」

「はい、医師ドクター

 私は、黒山を椅子に座らせ、機械マシンを頭にかぶせた。

 そして、いつものように治療が始まる。

「ふーむ。これは、あれだな。25d-agkao5-375『聖夜に魔界がやってくる』だな」

熱狂的マニアックにはまりやすい世界ワールドですわね」

 私はファイルをデュークに手渡す。

「まったくだ。かなりしつこい疾病で、この時期に多い。恋愛映画の流行と密接なかかわりがあると、論文があるが……洋子君、頼む」

了解ラジャー

 私がスイッチを押すと、別室から、黒と白の光がくるくると明滅した。

 治療が終わって、まだぼんやりとしている黒山を再び治療室へと案内する。

「黒山さん。今日は何の日か知っていますか?」

 デュークに問われて、黒山は首をかしげた。

「……クリスマス、ですか?」

「いえ。今日は、スケートの日です。日本スケート場協会が制定しているのです」

「スケート?」

 黒山はきょとんと、デュークを見る。

「今日、約束がある人たちは、スケートを楽しむ人たちです」

「はあ」

 黒山は、狐につままれたような顔で帰っていった。

「あれで、大丈夫なのでしょうか?」

「当面はね。ところで、洋子君は、今日は何の日だと思う?」

 デュークは面白そうに聞いた。

しまい天神の日ですわ」

「毎月25日はプリンの日だよ。プリン買っておいたんだ。今からふたりで食べよう」

 私の答えに満足そうに頷いてから、デュークはにっこり微笑んだ。


※<終い天神> 京都 北野天満宮の一年最後の縁日

 <灌仏会>  4/8 釈迦が生まれた日

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