第3話:???視点

 ピピッ……ピピッ……


 静かに、小さな機械音が鳴り響く部屋の中。


「それでは、わからない、と?」

「……申し訳ありません。彼女の状態自体は3ヶ月前から変わらず、非常に安定していますが、彼女の身体が意識を戻すことを拒んでいる。そんな状態です……。このまま意識を取り戻さないかもしれませんし、もしかしたら明日には目を覚ますかもしれません」

「……あの子、楽しみにしてたんですよ……友達のお誕生日パーティーに行くんだって。溜めたお金で、新しい服まで買って……」

「……」

「先生……どうか、私の娘を、救ってください……」

「……できる限りのことはしました。あとは、あなたが……彼女の目が醒めるまで、どうか待っていてあげてください……」

「ええ……待っています。……少しお話を聞いてくださいませんか?」

「構いませんよ。予定は空いてますから」

「私の娘は、優しい子で、とても友達を大事にしていたんです。昔、誕生日に貰ったぬいぐるみもまだ部屋に飾られていて……」

「……ええ」


「それから……。娘は……」

「…………はい。…………はい」


 そうやって一つ一つ、思い返すように院長に話していく。そして、それを院長は相槌を打ちながら、静かに聞く。


 そんなことをしているうちに、目から涙が零れおちる。


「…………娘は必ず帰ってくると、信じています」

「ええ。信じて、待っていてあげてください」


 そんな、静かで重苦しい雰囲気を壊すように扉がガラッと開いて、ひとりのナースさんが慌ただしく入ってきた。


「これ、もう少し静かに……」


 そう院長が叱ろうとしたところで、院長の耳元で彼女がそれを報告した。

 おそらく、私に聞かせないためだろう。


 そしてそれを聞き、顔色が変わった院長が椅子をガタッと音を鳴らしながら立ち上がった。


「なんだって!?」


 そして少し悩んだ様子を見せてから、私と目を合わせた。その目はとても真剣で、一刻を争う状況だと嫌でもわかった。


「……娘が、どうかしたんですか?」


 なるべく静かに、言葉を選びつつ聞く。

 すると、目を閉じて、ふぅ……と息を吐いた後で。静かにこう言った。


「緊急事態です。黒井くろいハルさんがいなくなりました」



 ハッピーバースデートゥーユー♪


 そんな歌声が、部屋から聞こえてきた。


 院長先生から『外に出た可能性がある』と聞かされたときは耳を疑った。

 しかし、この病院は家から徒歩1分の距離。


 家に戻っていてくれと願いながら、家へ走った。そして今。


 家に入ったとき、部屋の方から娘の歌声が聞こえて、安堵するとともに、心のざわめきを感じた。


 早く……早く……と思いながら部屋の扉を勢いよく開けると。


『ハッピーバースデー ディア サヤカ♪』

『ハッピーバースデートゥーユー♪』


 ハルは、あの『微妙に似合っていない服』を着ていて、周りには3つのぬいぐるみを並べて、お茶を置いて、歌っていた。

 誕生日パーティーのように見えるそれ……そして歌に出てきた名前は……ハルの友達で、あの事件の被害者の一人……。そして。


「せーの! お誕生日おめでとー!」


 一つのぬいぐるみに向かい、そう言った。


 それを聞いて、私はサッと鳥肌が立ち、それから暫く、体が動かなかった。

 目の前ではハルが3つのぬいぐるみと楽しそうに話している。


『……ありがとっ! みんな大好き!』


 心臓を掴まれたように、胸が苦しくなり、ゾクッとした。どうにか寒気を抑え込もうと自分の腕をギュッと掴んだ。そのとき、あることに気づいて声に出した。


「……ハル?」

「あれ? なんでお母さんがここにいるの?」


 その言葉に感じた、恐怖を押しとどめながら。


「このぬいぐるみは……並べないの?」


 そこには、一つだけ、転がったぬいぐるみが落ちていた。

 並んでいるぬいぐるみはどれも大事にしていたもので、その転がっているものも、同じく大事にしていたもののはずだ……そう思っていた。


 しかし、それを口にした瞬間、ハルの目から、涙がボロボロと零れ始めた。

 私はギョッとし、目を見開いた。


「なんで? なんか、溢れて止まらないの。ねえなんで? どうして?」


 わからないわからないわからないわからない……


 そう言いながら、右手で涙を拭いながら、左手で、胸を押さえていた。


 転がったままのぬいぐるみのタグには、アルファベットの『T』の文字が。


 小さく、書かれていた。

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誕生日パーティーを楽しみたい てる @teru0653

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