104 開戦

 さてヴァルシパル王国軍からの使者を受けて、ナハンデルは数度にわたる軍議を開いた。

 重臣のなかには、この騒乱を招いたのはダーたち一党のせいだとし、彼らを引き渡せば戦いは回避できると主張するものもいた。それはこの場にいない、ダーたち一同が望んだことでもある。

 だが、この案に真っ向から意を唱えたのは、領主であるウォフラム・レネロスその人であった。

 

「われわれは彼らに窮地を救ってもらった恩がある。わが身の安寧を得るために恩人を敵に売るか。義理が廃ればこの世は闇ぞ」


 これには一同、押し黙るしかない。

 それよりもいかにして国王軍を退けるかと領主は問い、一同は揃って頭を悩ませた。このとき、軍議に参加していたヴィアンカからある提案があった。かつてザラマへと魔王軍が侵攻してきたとき、それを退けるのに一役買ったエルフがいるという。その智謀を利用しない手はない、というのである。


「そのような者がおるなら助かる。ただちに軍議に参加してもらおう」


 話はまとまり、すぐにその人物が招聘されることとなった。


「――お召しにより、参上いたしました」


 そううやうやしく銀色のこうべを垂れたのが、美貌のエルフ、エクセ=リアンである。重臣たちは彼の月光のごとき美しさに驚いたが、そうしている間も惜しい。

 かつてザラマで魔王軍を撃退した策はどうであったのか。問われるがまま、エクセはザラマの戦闘の様子をつぶさに語った。かつてザラマで魔王軍を返り討ちにした戦闘は、魔王軍の糧食を焼き払うという策が奏功したのが大きかった。

 

「しかし、今回はその手も使えないでしょう」


 そのきっぱりとした断言に、一同はざわめいた。


「それは何ゆえじゃ、エクセ殿」

 

「すでにその戦闘のようすは王国側に知れ渡っているでしょう。輜重隊は万全の防御態勢をもって進軍してくるに違いありません。正面から迎え撃つ。これ以外に策はないように思われます」


「すると、この堅固な城壁に拠り、篭城した方がよい、とお考えか」


「いえ、それには反対です。――むろん最終的にはそうなりましょうが、まずは野戦で迎え撃つべきです」


 驚きの声があがった。国王軍とナハンデルでは、兵の動員力に差がある。当然のように彼らは圧倒的な兵力で向かってくるであろう。 

 まともに正面からぶつかって、勝てる相手ではない。


「そこは戦場を選ぶ必要があるでしょう。いずれにせよ、ただ一戦もせずに篭城戦などすれば士気にかかわります」


「ふむ、それは当然だな。よし、策があるならば聞こう」


 こうしてナハンデルは着々と防戦の準備をととのえ、進軍してくる国王軍の到来を待った。国王軍がナハンデルの地に足を踏み入れたのは、それからおよそ一週間ほど後のことであった。

 驚異的な速度である。それは転移魔法ではなく、騎馬隊を主力とする国王軍ならではの機動力によるものであった。実数6万、号して8万の大軍がナハンデルへとその勇姿を現した。

 

 これを迎え撃つナハンデルの防衛軍はおよそ1万足らずであり、その戦力差は歴然であった。料金所は防衛拠点にもならないので、すでに放棄し、橋は焼け落としてあるが、大した時間稼ぎにもならなかったようである。

 両軍は狭隘な森林地帯の一本道で対峙している。

 ナハンデル側が守備している陣には、土塁が築かれている。これは無論、エクセの策だった。兵力に大差があるのなら、敵が縦横に陣を展開できない場所を選んで防衛すべきだと告げたからである。そこでウォフラムが決戦場に選んだのが、ここであった。

 国王軍から一騎の、ひときわ容貌魁偉ようぼうかいいな人物が前方に進み出て、大音声で呼ばわった。


「ヴァルシパルの厚恩を受けながら、矛を逆しまにして歯向かう無礼者よ! 即刻陣をひきはらい、ドワーフの一党の生首をさしだせ!」


 これに応じたのが、ナハンデルの領主であるウォフラムである。


「さてこれは無法な。ろくな説明をもしようとせず、わがナハンデルの領土を蹂躙し、ひたすら一方的な要求をつきつける。君、君たらざれば、臣、臣たらず。そのような無茶な言にしたがうわけには参りませぬな」


「これ以上の問答は無駄なようだな。国王さまの情けを仇で返すとは、やはりきさまはここで死なねばならぬ!」


 巨体を揺らして、その騎馬の戦士が天にむかって咆哮をあげた。


「われこそは国王軍にその人ありといわれたアンシャトル・ゴスタゴラス男爵! レネロスよ、尋常に勝負せい!」


 ウォフラムが剣を抜いて応じようとしたとき、背後から蹄の音がひびいた。ひとりの騎士が彼を守るように、馬を前にすすめた。


「領主がみずから剣を取る必要はありませぬ。鶏を裂くに、牛刀は不必要。ここは私におまかせあれ」


 前に進み出てきたのは、片目の女戦士であった。

 その凛々しい姿に、一同は感嘆の声をあげる。


「わが名はスカーテミス! ナハンデルから受けた厚恩。この剣をもって返す!」


「む、さてはきさま独眼姫どくがんきだな? 裏切ったか!」


「裏切った、だと?」


 みるまに彼女の表情が険しくなった。

 

「私が窮地に陥ったとき、ヴァルシパル国王は何もしてくれなかった。我が窮地を救ったのはナハンデルだ! 私が国を裏切ったのではない、国王が私を見捨てたのだ」


「むう、この忘恩の徒め、もう片目もくりぬいてくれる!」


「おまえの腕じゃ不可能だな! 過ちを反省しろ、地獄でな!」


 ふたつの騎馬は互いの陣から突出し、激突した。

 ふた振りの剣が陽光を反射し、光がほとばしった。

 まばゆい剣光はぶつかりあい、空中に金属音をまきちらした。

 両者ともたくみに馬をあやつりながら、十合、二十合と剣を激突させる。

 アンシャトルが剣をふりおろし、それをスカーテミスが受け流す。

 スカーテミスが突き、アンシャトルが弾きかえす。

 汗がほとばしり、火華が散った。両者一歩もゆずらぬ好勝負となった。

 

 両者が背にした陣地からは、やんやの歓声がそれぞれの勇者へと送られる。

 勝負は無限につづくように見えたが、次第にどちらが優勢なのか、傍目でも明らかとなった。徐々にスカーテミスの方が圧倒されはじめたのだ。

 

「独眼姫、王都から離れて剣技がなまったようだな!」


「ぬかせ、まだ勝負はついてはいない!」


 といっても状況は変わるわけではない。さらに彼女は押しまくられ、ついに馬首をめぐらせて逃走態勢に入った。厳密にいえば、逃げる姿勢を見せたのだ。


「ええい! 逃げるか!!」


 そうではなかった。

 彼女は背中をむけたまま、アンシャトルに短剣を放った。

 正規の剣を学んだ人間が使う技ではない。盗賊ギルドに伝わる背面投げの手法であった。彼女は長きに渡る盗賊ギルドからの逃亡生活で、この技術を体得したのだ。

 

「ふん、こんな小細工!!」


 アンシャトルは当然のように、剣でそれを弾きかえした。

 その間に、スカーテミスの馬は旋回するように疾駆し、敵の真横から激突した。鞍上で、アンシャトルはぐらりと大きく態勢を崩した。

 この好機を見逃すスカーテミスではない。

 

「食らうがいい!!」


 上段から、一条の稲妻のごとき剣光が落ちた。

 アンシャトルはかろうじて、これを受け止めることに成功した。

 ふっと安堵の吐息を漏らすアンシャトルだったが、何かがおかしいことに気付いた。左の脇腹が燃えるように熱い。

 そちらを見ると、短剣の柄が鎧の隙間から生えている。剣身は確実に、彼の肉体をえぐっていた。

 かつて盗賊ギルドの暗殺担当として、その腕を振るったロイイツラ。テミスは四六時中、そんな男に追い回されていたのだ。これは彼の特技のひとつであった『裏刺し』という技術である。

 これも正規の剣技ではない。アンシャトルがまったく防御できなかったのも当然であった。


「き、きさま、こんな技を、どこで……」


「剣技は五分だった。くぐった修羅場の差だ。貴殿と私の差は」


 再度、剣が光をはなち、男の首を中空へと刎ねた。


「敵将、アンシャトル。ナハンデルのスカーテミスが討ち取った!!」


 ナハンデル陣営から、ひときわ大きな歓声がひびきわたった。

 こうして、戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

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