58 カッスターダンジョン その4

 コニンは自らの状態を、客観的に見ることができた。

 今日はいつもより調子がいい。そういう自覚があった。

 息をすう。

 狙いを定める。

 当てる。

 それだけだ。それだけに意識を集中している。


 アーチャーは、ひたすら集中力を求められる職業だ。

 一切の雑念を排除する。

 澄みわたる水面みなものごとく。ただ一点の曇りもなく、ひたすら的に当てるという作業にのみ、おのれの心を研ぎ澄ませていく。

 正しいフォームから、精密なエイムで弓を撃つ。

 それから空気の流れを頭に入れておかないと、狙いがそれ、外れてしまう。

 地下は風がない。それだけでオレの有利だ、とコニンは思う。


 むかし、まだ自分がコーニリィンだったころ、弓の師に聞いてみたことがあった。


「――百発百中になるには、どうしたらいいのかな?」


 すると。師は呆れたような顔をして、こういったものだ。


「百発百中など、幻想にすぎん。そんなことは俺だって無理さ」


 魔法の補助でもない限りな、という。

 だが、そんな力に頼っても無意味だ。とコニンは思う。

 おのれの力量のみで的に当てたい。

 他力本願なんてまっぴらごめんだった。

 

「でもオレは、自力で百発百中になりたい」


 すると師は、考えながらこう言った。


「百発百中など居ない。ならば、百発九十九中になれ。百発九十八中になれ」


「えー! なにその中途半端な」


「そうは言うがな、それすらも凡愚にはむずかしい。だから実際は少しずつ、地道にコツコツと、命中率を上げていくしかないんだ」


 突然、一気に上がることもある、という。

 しかし翌日には、元に戻っていたり、まったく駄目になっていたりする。

 それが人間だ。

 人間には好不調の波がある。

 その波を埋めていく。それがまず大事なことだ。

 

「さいわいながら、おまえには持って生まれた空間把握能力がある。的までの距離を、他の人より読む力に長けている。それはおまえの武器だ。――武器を磨け」


 それでも地道にやるのが大切だ。技術を磨き、さらに知識もあげていく。

 おのれの矢の回転がどちら側か、考える。

 手首は柔らかく、肘の回転を意識する。

 弦の引き手の終着点を一定にする。

 

 しかし、そういうことをいちいち惑い、考えているようでは、逆に的がどんどん遠くなっていくものだ。

 反復練習で、それを無意識下で行えるようになれ。

 そう師は言った。


 コニンは、射った。

 矢はクロウラーの丸い背に突き刺さった。

 だが、それは致命傷ではなかった。

 矢の刺さったまま、なおも前進してくる。


――相手は、静止している的ではない。動く敵だ。

 精密さを意識すればするほど、そこには当たらない。

 当らないと、焦りが出て、さらに当らない。ドツボにはまる。

 だから、先を撃つ。

 獲物の動きのベクトルを読み、そこに的を置く。

 

 また射った。

 今度は、見事に小さなクロウラーの頭に命中した。

 クロウラーは緑色の体液を撒き散らしつつ、動きを止める。

 休むまもなく、次はスケルトン――

 

「やばっ!」

 

 コニンは身をかわした。音を立てて、何かが頭上を通過する。

 敵側からも矢を射ってきたのだ。

 すぐに態勢を立て直して、矢の飛んできた方向を見る。

 そこにはスケルトンの射撃部隊がいた。

 しかも、自分よりいい弓を持っている骸骨もいる。にゃろう。

 

「やっつけて、そいつはオレがいただくよ!」


 そう高らかに宣言すると、コニンは矢を番えた。

 射つ。

 狙いどおり、矢はこちらを撃ってきたスケルトンの眼窩に吸い込まれた。

 鏃が後頭部まで刺しつらぬく。

 会心の一矢だが、特にガッツポーズもせず、彼女は淡々と次の矢を番える。

 こんなの当たり前だ。

 今日はいつもより、いい状態なのだから。

 


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



「今日のコニンは鬼神のようだわい」

 

 と、ダーはつぶいやいた。

 いつもより異様に命中率が高い。

 こちらも負けておられないというところだが、今回はちょっと勝手が違った。

 なにしろ素人同然の若者を背後にしているのだ。

 彼を守りつつ戦う、というのはかなりやりにくい。

 

 彼の得意技である『地摺り旋風斧』は、敵陣深くに斬りこむには有効だが、守備には向いていない。

 クロノトールはというと、大きいタートルシールドで相手を押し返し、蹴り飛ばし、長いバスタードソードで止めを刺している。

 巨体を利したパワーに加え、剣闘士時代に培った身のこなしは、並みの相手では捉えることは難しい。

 戦場でこれほど頼りになる相棒はいないだろう。

 

 ダーは、静かだ。

 彼の技の多くは、父から受け継がれたものだ。


「――いいか、ダーよ。斧は重い」


 と、父は口癖のように、当然のことを言ったものだ。

 あたりまえではないか。とダーは胸中つっこんだものだ。

 

「重いのは仕様だ。だから斧は、相手より始動が遅くなりがちだ」


 だから斧は先制攻撃を心がけるべし。

 もし相手にせんを取られたら――


 ダーの頭上から、スケルトンの振るった剣が落ちてきた。

 それを下から迎え撃った。

 鍛え上げられた下半身のバネを生かして、できる限りコンパクトに振りぬく。

 戦斧の強度が勝った。赤錆の浮いた、敵の剣が中途から破片となった。

 そのまますべるように上方へ斧を叩きつける。

 スケルトンの両腕が、粉砕した。

 そこへすかさず、頭突きをぶちかます。

 スケルトンの顔面がひび割れ、弾けとんだ。

 

 次の瞬間だった。

 気がついたときには、ダンジョンウルフが飛び掛ってきていた。

――速い。これは間に合わぬ。

 咄嗟の判断で、ダーは斧を振るうのをあきらめた。 

 大きく開いた口へ、腕ごとバックラーを叩き込んだ。

 

「ぬうううっ」


 牙が腕に食い込むのも構わず、そのまま力まかせに床へ叩き落した。

 上から固定し、斧を振り下ろす。

 確実にダンジョンウルフの喉首を切断し、そのあぎとから腕を引きぬくと、急速に腕の痛みが引いていく。

 ルカがすかさず、傷を負った腕を、回復の奇跡で癒してくれているのだ。

 ダーはぐっと親指を突きたて、背後へ感謝の意を伝える。

 

 その間も、数体の敵が容赦なく接近してくる。

 一体が炎上した。さらに、もう一体。

 なにが起こったか、考えるまでもない。 

 エクセのファイアー・バードが炸裂したのだ。


(あやつも頑張っておるわい。こいつは負けてられん)


 ダーは突進してくるスケルトンの剣が届くより先に、その脚を砕く。

 崩れ落ち、ちょうど良い背丈になった骸骨の顔面を蹴り飛ばす。

 さて、自分たちが力尽きるのが先か、敵が絶えるのが先か。

 

 そう考えているうち、ダーは頬が緩んでいる自分に気がついた。

 闘いの最中だというのに、どういうことだろうか。

 どうしようもないほど、身体じゅうの血液が熱く煮え滾っている。

 ダーは正眼に戦斧を構え、吠えた。


「さあ、ドンドン来んかい!!」

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