57 カッスターダンジョン その3

「さて、少し疲れたのう。ここは少し休息をとるか」


「賛成ー、ちょっと疲れたよ」


 ダーたちは、ダンジョンウルフを7匹。コボールトは17体も倒している。

 そろそろ、このあたりで休憩をする必要がある。

 エクセが冒険者から得た情報を元に指示を出し、どうにか4層へ降りる階段を見つけた。

 そこを降りると、円形の広間である。

 ここは敵が出現しない、数少ない場所でもあった。

 彼らは気だるい疲労感とともに腰を下ろした。

 ルカが、前衛のクロノやダーが負った傷の手当を行い、コニンがここまで得た財宝の整理を行ない、エクセは地図を広げて、今後のペース配分を検討している。

 

「うん、かなり稼げたね。来た甲斐はあったよ」


 コボルトはぴかぴか光る物体を集める習性があるので、金貨や宝石などをよく持っている。

 おかげで換金できそうな物をかなり得ることができた。町に帰って、鑑定してもらわないと分からないが、しばらくは冒険を受けなくても生活ができそうだ。


「いやはや、なんとも、上級冒険者のすごさときたら……」


 イエカイは言い知れぬ感動を受け、しきりと頷いていた。

 やはり無理を言って同行を願い出て正解だった。

 聞けばクロノさんは3級。他のメンバーも4級であるという。

 ここでその戦いぶりを見学できるのはまさしく僥倖といっていい。

 

「若者よ、感心してるだけでは駄目じゃ。学ぶのじゃ」


 ダーの声に、イエカイはふりかえった。


「学ぶ――とは?」


「先ほどワシらが行なった、動きひとつひとつに意味がある。たとえばクロノは背が高く、さらに長い剣身のバスタードソードを持っている。下手に頭上から振りかぶれば、天井に剣先が当る。だからクロノは突進しつつ、突き刺すようにして首を刈った」


「ははあ、なるほど」


「ワシはその突進の邪魔にならぬよう、一体のコボールトを足斬りで壁面へと弾き飛ばした。その反動を利して、ワシ自身は反対側の壁面へ身をかわしている。このように、すべての動きには意味があるのじゃ」


「大いに参考になります!」


 イエカイは瞳を輝かせた。熟練の冒険者に教えを受ける機会など、滅多にない。

 仲間に裏切られたときは、何もかもおしまいだと思ったが、こういう出会いもあるのだ。

 手元に書き留めるものもないので、彼はここで学んだ事を、しっかり脳裏に刻んでおこうと思った。

 

「本当に、もっと早くみなさんと出会えていれば、こんな失敗はなかったでしょうに」


「うむ、しかし今からでも遅くはない。今日学んだ事を後の戦闘に活かせばいい。ただ漠然と剣を振るうだけではなく、こうして考えること。それも大切じゃ」


「本当にそうですね……」


 彼は先のことを考え、胸中に寂寥感を感じていた。

 このダンジョンを出たら、自分はこのメンバーとは別れなければならないだろう。イエカイはここまでの道程で、いやというほど自らの未熟さを悟った。悟らざるをえなかった。

 このメンバーの中にあって、彼は冒険者ではなかった。

 単なる庇護の対象にすぎないことがわかったのだ。

 もっと実力をつけなければ、彼らの仲間にはなれない。

 

「ところであなたは、どうして冒険者の道を選んだのです?」


 エクセがおもむろに尋ねる。

 イエカイはしばし逡巡したが、結局話すことにした。


「僕には憧れの存在がいるんです。僕の兄です」


「ほう、おぬしの兄上も冒険者か」


「はい、といっても兄は僕が冒険者となったことは知らないと思います。兄は両親に反対され、勘当されて家を飛び出したのです。その両親も流行り病で他界し、僕は天涯孤独の身となりました」


「兄の居所は掴めぬのか?」


「はい、流浪が定めの冒険者稼業ですから。ですから僕は、誰もが知るほどの一流の冒険者となるつもりです。そうすれば、兄の方から会いにきてくれるかもしれないですし」


 そうだ、兄はいつも彼の憧れだった。強い兄。誰からも信頼される頼もしい男。

 あんなふうになれたらと、イエカイはいつも兄の背中を見つめていた。

 ダーはぽんぽんと、励ますように彼の肩を叩いた。


「おぬしならできる。しっかりと生きて帰るんじゃぞ」


「はい、がんばります!」


 イエカイはぐっと拳を握り締めて、応えた。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 休息を終え、彼らは通路を北へと向かった。

 北の通路へは長く、途中で三叉路に分岐していた。

 上の層で出会った冒険者たちは、この層で探索を断念したということで、ほとんど情報がない。一行はどの道を選ぶかで意見を交わし、東を選択することにした。

 

 東の通路はやたら曲がりくねり、やがて開けた場所に出た。

 そこは、これまでの部屋とは比較にならぬほど、広々とした円形の空間だった。

 あちこちに通路の穴が見える。ここは通路の合流地点になっているようだ。

 天井も見上げるほど高い。ここならクロノトールも存分に動けるだろう。

 そう呑気に考え、全員の注意力が、散漫になっていたのは否めない。


「………あ………」


 クロノが突然、短くつぶやいた。

 

「……なにか踏んだ……」


「すぐその辺の地面になすりつけなさい」


「……そっちじゃ、ない。……もっとやばげ……」


 そういい終わらぬうちだった。

 ごとん、となにかの仕掛けが作動する音がした。

 彼らが歩いてきた、背後の通路に、重そうな音を立てて分厚い石の扉がおりた。

――退路を遮断された。


 ダーがあわてて周囲を見渡すと、すべての通路に石の扉が下ろされていく。

 ブービートラップに引っ掛かったのだ。

 彼らのパーティーには、盗賊シーフが不在である。

 このようなダンジョンに無数に配置された罠を警戒・解除するのに、必要不可欠ともいえる職業だ。フェニックスのメンバーには欠けているポジションである。

 彼らの本領はフィールドにある。これまではまったく必要としなかったつけが回ってきた、ともいえる。

 

(やれやれ、えらそうな口を利いておいて、このザマか)


 ダーは自嘲気味につぶやき、周囲の変化を見逃すまいとつとめる。


「何か下から来ますよ!」


 ルカが注意を呼びかけた。

 広い空間の中央の床がぽっかり開き、下から魔物を満載にした新たな床が現われる。

 何体いるのか。スケルトンやダンジョンウルフをはじめ、クロウラーという芋虫型の怪物もいる。

 その中で特に注意を惹くのが、大型のモンスター、オーガーだ。

 人型の巨人で、全身を甲冑のような筋肉が覆っている。爛々と光るその両眼。特徴的な角が頭頂部から生え、上下から鋭き牙が覗いている。体格は、はるかにクロノトールをしのぐ。

 

「ぜ、全滅しますよ! これじゃあ!」


 イエカイの悲鳴で、一行は逆に冷静になった。

 すぐに隊列を組み替え、ダーとクロノのすこし後ろにルカが入った。

 エクセとコニンはやや広めに距離をとり、チームはイエカイを囲むように、ほぼ円に近い陣形をとった 


「こりゃ、ちょっとした戦場だね……」


 冷汗とともに、コニンがつぶやいた。


「だとすれば、ワシらは慣れておるのう」


 ダーの一言で、絶望に満ちた一行の顔に生気がもどる。

 そうだ。自分たちはザラマでの激闘を生き延びたのだ。


「……うん、もう経験ずみ……」


 ここは地下に閉じ込められ、罠にはまったと考えてはならない。

 あくまで、これは『小規模の戦』なのだ。

――それならば、彼らの地上での経験が、この危機で生きる筈だ。


「ようし、ここで一戦、おっぱじめようかのう!」


「矢筒が空になるまで、派手に活躍するよ!」


「……がんばる……」


 一同がそれぞれ抱負を口にする。

 やがて、床から現われた敵が、こちらへ殺到してきた。

 ダーたちは、迎え撃った。 

 

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