51 異世界勇者は修行中 その2
その切実な、しかし哀れな叫びに反応したのが、ゴウリキのパーティーにいる、バニー族のシーフである。彼女はぴくっと耳を動かし、
「ちょっとゴウリキ様、女っけがないってどういうことですか!」
と猛抗議を始めた。身長は150センチぐらいだろうか。見た目はかなり可愛い部類に属するとダーには思えた。しかしちょっと幼い印象が残るのは、あどけなさの残る顔の線にあるだろうか。
「ああ、いや、リーニュ。別にお前が女じゃないと言ってるわけじゃねえぜ。ただ俺にはロリ属性はないというか……」
「なんですか属性って。私はバニー族で、立派な女性ですよ!」
ダーとの会話そっちのけでリーニュと口論してるゴウリキを見て、
(女っけがないなどと、相当贅沢なことを言っておるわい)
とダーには思えた。
総じてバニー族は見た目が若いので、実際の年齢はもっと高いのかもしれない。しかし、ゴウリキのタイプではないようだ。
適当なところで逃げるようにダーの元へ駆け寄ったゴウリキは、仲間を紹介しろと言い出した。面倒だが、断るともっと面倒なことになりそうなので、ダーは3人娘たちを紹介することにした。
ゴウリキはやや血走った目で、ダーの仲間たちをしげしげと見回す。
まるで値踏みするような、無遠慮なゴウリキの視線に、コニンはムッとした表情を浮かべ、ルカは涼しげに受け流し、クロノトールは真っ赤になっている。
「ちょっと俺よりでかいのもいるが、みんな美人だ。てめえジジイの分際で、こんなに綺麗どころを集めて、とんだ好色じいさんだぜ」
「失礼じゃのう。おまえさんはそんな感じで、すぐに助平根性を出すからもてんのじゃ。彼女らはワシの大事な仲間じゃぞ」
ダーはひとりひとりメンバーの名を紹介していった。
紹介し終わると、ゴウリキは首をひねった。
「そっちの
そのときだった。
ガサガサと森林をかきわけながら、何者かが近寄ってきている音がする。
ダーたちが身構えるより速く、涼やかな声が糾弾の調子を帯びて大気へ放たれた。
「やっと見つけました。もう、置いていくなんて酷いですよ」
疲労の色も濃く、エクセ=リアンが一行の前に現われた。
妖魔の森をひとりで抜けてくるとは、さぞかし大変だっただろう。
ダーがねぎらいの声をかけようとすると、わっしと肩をつかんでくる男がいる。
ゴウリキだった。彼は興奮気味の口調を抑えようともせず、
「なあ、あのべっぴんのエルフ姉ちゃん、おまえのパーティーなわけ?」
「姉ちゃん? はて、誰のことかのう」
「とぼけんなよ、あの魔法使いエルフだよ。爺さんずりいぜ。爺さん、圧倒的にパーティーの配分がおかしいぜ。そりゃ独占禁止法で逮捕されるぜ」
「どくせん……なんじゃ、そら?」
よくわからない単語に、ダーは首をひねった。
「ああ、そんなことはどうでもいいんだ、爺さん、頼みがある」
「なんじゃろうか?」
ダーは眉根を寄せた。嫌な予感しかしない。
「なあ、あのエルフ姉ちゃんさ、うちのパーティに譲ってくんない? もろ俺のストライクゾーンだぜ」
「根本的に何か勘違いをしとるようじゃが……」
「なあ頼むよ、俺は年上の魅力というやつに弱いんだよ」
「……まあ、確かに年上なのはまちがいないのう」
エクセは長命のエルフ族であり、年齢は二百歳のダーよりも上だ。
「――残念ですが、私は女性ではありませんよ」
ゴウリキは小声も大きい。さすがにエクセの耳に届いてしまったようだ。
「またまたそんな冗談を。俺だって男と女の区別ぐらいつくぜ」
「それはどうかの?」
「やかましいぜ、女ったらしのドワーフは黙ってろ!」
エクセはうんざりといった感じで、大きな溜息をついた。
そして、ちょいちょいとゴウリキを手招きする。
うれしそうに近寄ってくるゴウリキに対して、
「そのガントレットをはずしてください」
と命じた。
さっそくゴウリキがいそいそとガントレットを外すと、エクセはそっとその手を取り、ぺたりと自身の胸におしつけた。
何の凹凸もない胸。
「これで、おわかりになったでしょう」
冷淡な声でエクセが告げる。うんうんと、同情的な笑みを浮かべて、ゴウリキはエクセの肩を叩いた。
「どんな美人にだって、欠点はあるもんさ。女の価値は胸の大きさではないと、俺は常に思ってるぜ」
本人はやさしさのつもりで言ったのだろう。かなりのキメ顔だ。
「――もう、この男はっ!!」
めずらしくエクセが心の底から嫌悪感をむきだしにしている。
何十年ぶりかのう、とダーが思ったときだった。
森林の景色がおかしい。いや、風景の一部がねじまがって見える。
――突如として、ぐにゃりと空間が、縦に裂けた。
亜空間が開いたのだ。
「――えっ、なんでこんな場所に?」
コニンが混乱した声を上げた。どうやってこの位置が把握できたのか。その理由を把握しているのはエクセだけだが、ここではその事実を口にできない。
朱雀の珠、青龍の珠を所持していることを、ゴウリキたちに知られるわけにはいかないのだ。
メンバーの混乱をよそに、空中から、なにかが吐き出されようとしている。
「気をつけい、来るぞ!」
ダーが、よっこらしょと戦斧を構えると同時だった。
ねじれた空間から巨大なハサミが、ぬっと姿を現した。
亜空間から生じた怪物は、ダーたちには見慣れたものだった。
続いて歩脚が見え、さらに白骨死体のようなにぶい乳白色の光を放ちながら胴が通過してくる。巨大な蟹のような多脚生物。クラスタボーンだ。
「また、こやつか」
クラスタボーンの強さは骨身にしみている。
ザラマでの戦い――。この化け物のせいで多数の死傷者を出し、一時は戦況すらひっくり返りそうになったほどだ。
異世界勇者の力により駆逐に成功した相手。
ダーからすれば、勝ったという印象もない。苦い思い出ばかりの敵だ。
蟹の体にトカゲの頭蓋骨のような頭部が半ばまで姿を現したときだった。
出てきたとき同様の唐突さで、亜空間がゆらめき、閉じた。
まっぷたつになったクラスタボーンを残して。
クラスタボーンは身体の半分だけ、こちら側に来ている状態である。もう半分は、異世界のはざまに残されたままなのであろう。
それでも数歩、よろよろと横移動で接近してきたのは、見上げた生命力であった。
だが、言い換えればそれが限界だった。
ゆるりと力強さを感じさせない速度でハサミが持ち上げられたが、それが振り下ろされることはなかった。そのままどさりと横転し、痙攣し、やがて動かなくなった。
「どういうことだよ、これ!」
コニンが呆れた声をあげる。拍子抜けもいいとこである。
「おそらく、移転魔術に失敗したのでしょう」
気を取り直したエクセが、冷静に告げる。
ダーはかつてラートーニの一言を脳裏に思い描いた。
(空間移動術が私の得意分野でねえ。でも私の技術ではまだまだ失敗も多くて。数をこなして熟練度を上げていかないといけないのよお)
確かにそう彼女は口にした。
それを解決してくれたのは、ヤマダの存在だとも言った。
すると今はヤマダの助力が得られない状況にあるということか。
あのとき与えたダメージが深刻なのかもしれない。
またしても不安定な技術にもどってしまったわけだ。
ゴウリキは、先ほど外したガントレットを装着しなおしながら、
「こんな中途半端な技術で攻撃を仕掛けるたあ、敵さん、何かよっぽど差し迫った事情があるんだろうぜ。あんたら一体なにやらかしたんだ」
と、当然の問いを発した。
ダーは肩をすくめ、
「さあて、ワシらも驚いとる」
「無表情でウソをつくんじゃねえぜ。さっきまで、やっぱり来たかってな面構えだったじゃねえか」
そんなことを言っている間に、再度亜空間がひらかれた。
しつこいばかりの執念である。
今度はがちゃがちゃと音を立ててスケルトンが数十体あらわれた。
本来の数は、この倍はいたのだろうが、この不安定さである。おそらく半分は異世界にはまりこんだかで、こちらへ来られなかったのだろう。
「ちっ、数で押してきやがったぜ」
無念そうにゴウリキは拳を叩いた。自然と乱戦となる。こうなると、周囲を巻き込むほど威力の高い、異世界勇者の武器は使いにくい。
「ここはワシらの出番じゃろうな」
「当然、やるよ!」
コニンは白い歯をむいて笑った。出番が来て嬉しそうだ。
クロノは無言で黒い大剣を振り、骸骨の脳天を粉砕していく。
「わたしたちも加勢します!」
ゴウリキのパーティーも攻撃に参加し、たちまち森は騒音に包まれた。
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