52 妖魔の森の主

 剣と盾がぶつかりあい、戦斧がふりまわされ、骸骨の破片が大地にふりまかれる。

 絵に描いたような乱戦模様である。

 ゴウリキはそれを横目に、さっさと後方へと下がる。

 きょろきょろと付近を見回し、手頃な大岩を発見すると、その表面を払い、どっかりと腰を下ろした。

 腕組みをして、じっと戦況を見守っている。


「どうした、戦闘狂のおぬしが加わらんとは?」


 たくみに敵と切り結びつつ、ダーが尋ねる。

 ゴウリキはふん、と鼻息を鳴らして返答する。

 

「俺がこんなとこへ来た目的は何か、わかるか?」


「………?」


「釣りだぜ。この騒乱、やつが釣れるかもしれねえ」


謎謎リドルかのう?」


 その言葉の意味をはかりかねていると、さらに異変が生じた。

 ぐらぐらと地面が振動している。

 不自然な地震だった。地中から、なにかが生じようとしている。

 やがて大地をうがち、土中から這い上がってきたものは、巨大なイノシシの姿をした異形の怪物であった。体高はゴウリキの二倍はあろうか。体長はさらにその倍はあるだろう。牙は左右に四本も生え、背中から三つの蛇の頭が、鎌首をもたげて睨みつけている。


「こいつだ、俺が待ち望んでいた獲物は!」


 ゴウリキは大岩から跳ぶように腰をあげると、怪物の正面に対峙した。


「どういうことじゃ、ちゃんと説明せい」


「どうもこうもねえぜ、俺の修行の目的がこいつよ。この妖魔の森のボスがこの巨大イノシシってわけだ」


「スクロファイア=ボア」


「――なんじゃ、それは?」


「その化物の名前です。先ほど冒険者ギルドの受付で注意を受けました。妖魔の森の奥には、とてつもない怪物が棲んでいると。その近辺で決して大音を立てぬようにと」


「ムウ、ワシらには何の情報も与えなかったくせに」


「顔が違うといろいろ得だってことだね」


 コニンが達観したような口調でつぶやく。

 暢気に会話してるのもそこまでだった。

 イノシシの怪物が、文字通りの猪突猛進を仕掛けてきたからだ。

 ゴウリキは大きく上体をひねると、拳をふりおろす。

 例の衝撃波が拳から発せられ、巨大イノシシの顔面を叩く。

 だが、突進は止まらない。

 

 スクロファイア=ボアの突進を止められぬと見ると、ゴウリキはちっと舌打ちをして、防御体勢に入る。 腕を十字に交差して防御する――クロスアームブロックだ。

 ずしんと凄まじい衝撃音とともに、ゴウリキは巨大イノシシもろとも後方へ吹っ飛んだ。

 いや、押されているものの、足は地に着いている。

 踏みしめた両足が地面へ溝をつくっている。

 最初の位置から、数メートルほど移動したところで、突進は止まった。

 いや、無理やり止められたといった方が正確かもしれない。

 

「なんちゅう怪力じゃ」


 ダーがあきれた声を発すると、イノシシは鼻息荒く、地をかいた。

 見るからに苛立っている。ぶるりと身震いすると、ほぼ密着した至近距離から、イノシシの化け物は口から火炎を放射した。

 もろに全身に、炎を浴びるゴウリキ。


「ゴ、ゴウリキさまあ!!」


 先ほどの、バニー族の少女、リーニュの悲鳴がこだまする。


「そんなに大声を出さなくても、聞こえてるぜ!」


 火炎の放射がやむと、平然とした様子のゴウリキの姿が現われた。

 体勢はクロスアームブロックのままである。これが勇者のガントレットの力なのか。ダーは、目の前の骸骨を斬り倒すと、エクセに声をかけた。


「一体、異世界勇者の武器とは何なのだ。あまりにも異常すぎる」


「私にもよくわかりません。さまざま書物を漁った結果、神々が創りあげた武器ということだけが記されていますが……」


「そのあたりも、謎だらけじゃな」


 ゴウリキは十字に組んだ腕でぐっと相手を押し戻し、わずかに――ほんのわずかに広がった隙間から、ズシンと強力な打撃をイノシシの鼻先に叩きこんだ。

 その衝撃で一瞬、スクロファイア=ボアの顔が浮き、たたらを踏んで後退した。

 すさまじい破壊力である。


「こいつが寸勁ワンインチ・パンチってやつよ」


 拳をかざし、自慢げにゴウリキは言った。

 主に視線はエクセの方を向いて。

 無論、彼はすかさず目を逸らしたが。


「さて……」


 ゴウリキは兜の下で、首をごきりと鳴らす。

 それから、真紅の甲冑の胸をそらし、威風堂々と前進する。

 その全身からみなぎる闘士が、オーラのように立ち上っている。

 気圧されたのだろうか、スクロファイア=ボアはただ、警戒するようなうなり声を発するだけだ。

 胸部が大きく膨らんだかと思うと、怪物はその場から火炎を放出する。

 

 今度はゴウリキは真正面から受けようとはしない。華麗な足さばきで射程範囲外に逃れ、火炎の切れる瞬間を待っている。

 永久に炎を吐き続けられるものではない。

 尽きたと同時、ゴウリキは突進する。

 イノシシも、すかさず前傾姿勢になった。

 神経質そうに前脚で大地を引っかき、再突進を仕掛ける。


「本当にそれしかねえんだな……コイツ」

 

 少しガッカリしたように、ゴウリキがつぶやく。


「じゃあ、最後は俺が、派手に決めてやろうじゃねえか」


 走りつつ、足を深く踏みしめ、態勢をぐっと沈める。

 膝がつきそうなぐらい低い態勢のまま、拳を固め、肘を後方へ。

 スクロファイア=ボアがうなり声を上げて突進してくる。

 その顎を、下からの強烈なアッパーカットが捉えた。

 

「秘技―――超昇旋破ちょうこうせんぱあッッ!!」

 

 そのまま鮮やかな螺旋を描きながら、宙へと駆け上がる。

 信じがたいことに、スクロファイアの巨大な体が、ゴウリキとともに上空へと昇っていく。

 

「なんとまあ、空飛ぶ巨大イノシシとはな」


 そのありえない光景を目の当たりにして、スケルトンと交戦中のダーのパーティーは、みな等しく呆れ顔を浮かべた。

 

 こんなでたらめな技、見たことがない。

 ゴウリキのガントレットから発せられた衝撃波は、顎をつらぬき、化け物イノシシの脳天まで突き抜けた。

 イノシシは空中で脳髄を四散させ、地上へ血の雨を降らせる。

 ゴウリキがとん、と先に地に降り立った。

 すこし歩いて距離を開ける。そこへ、がっぽりと顎から脳天までえぐられた、スクロファイアの無残な屍が、轟音立てて落下してきた。

 当然ながら、絶命している。


「まあ、こんなもんか」


 といいつつ、ゴウリキはさり気なく小さなガッツポーズをとる。


「エクセさん、俺の活躍、見てくれたかい?」


「――ファイヤー・イーグル!!」


 エクセ=リアンが叫んだ。

 空中に描かれた魔法陣から、炎に包まれた鷲がまっすぐにスケルトンを捕らえ、炸裂する。

 クロノはバスタードソードで、ダーは戦斧で、スケルトンの胴体を打ち砕く。

 コニンも弓矢で、次々と骸骨の頭蓋を射抜き、ルカは神聖魔法の奇跡を駆使してスケルトンを浄化していく。

 ゴウリキたちのパーティーも、久々の出番とばかりに勇躍している。


「まだやってたのか。しょうがねえ、俺もちっと参加して――」


「駄目です、ゴウリキさまは!」


 リーニュが、短剣を構えて言った。

 

「ゴウリキ様の技は、どれも殺傷能力が高いんですから、私たちも巻き込まれてしまいます」


「そうです、ゴウリキ様は、そこでお茶を飲んで一服しててください」


 仲間にそういわれると、さすがのゴウリキも無言で引き下がるしかない。

 

「ちっ、俺が一番の功労者なのに……」


 とか、ブツブツつぶやきながら、またも後方へと下がった。

 その間に、ふたつのパーティーが力を合わせ、半刻ほどで、スケルトン集団のすべては壊滅した。

 

「いやあ、ダーさんのチームとは初めて共闘しましたが、お強い」


「本当ですね、連携も取れてて、すごく一緒に戦いやすかったです」


「まあ、本当のことを言っても、褒めたことにはならんぞ」


 言いつつダーは、まんざらでもない顔をしている。

 急造混成パーティーが、互いの労をねぎらいつつ後方を見やると、ゴウリキは本当にお茶で一服していた。


「遅えぞ。何杯飲ませる気だ」


 不満げな顔つきで、そうつぶやくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る