26 魔王軍、襲来 その2

 夕方の会議まで、まだ時間がある。

 ダーたち『フェニックス』はいったん宿に戻って、相談していた。

 それぞれ別の部屋を借りていたのだが、相談事となると一室に集中する。

 特にクロノが加わると、たちまち室内がせまく感じるのは仕方ない。


「ダーさん、いつも以上に頑固だったね」


「あれは、理由あってのことなんでしょう?」


 コニンとルカが疑問をはさみ、こくこくとクロノが頷く。


「あなたのことですから、朱雀の珠のことを考えて、『フェニックス』のみの野外決戦を主張したのでしょう? まったく不器用なんですから」


 エクセの指摘に、ダーはただ首肯するしかない。

 自分たちが所有する『朱雀の珠』。

 これが狙われて、ジェルポートの町が襲来を受けた、とかつて公爵は語った。

 ならば、魔王軍が自分らを放置する事などないだろう。

 そういう危惧は常にダーのなかにあったといっていい。

 位置的に襲撃する意味の希薄なザラマを狙う意図は、彼らの所有する朱雀の珠が、そこまでして確保したいアイテムだという証明のようなものではないか。


 そういう理由であれば、ザラマを巻き添えにするわけにはいかない。

 とはいえ、彼らだけさっさと逃走するわけにもいかないだろう。彼らが逃走したからといって、すでに進軍を開始している魔王軍が、ザラマへの攻撃をあきらめるかとなると、懐疑的にならざるをえない。


「でもさ、ひとつ疑問があるんだけど」


コニンが首を傾げつつ呟く。

 

「この町に魔王軍が襲来するという事はさ、すでにガイアザは陥落したということなの?」


もっともな疑問である。しかしエクセは首を横にした。


「それならば、まず斥侯はガイアザの陥落を先に伝えたでしょう。しかし、現実には8千の兵が向かっているとの報でした。ですから、魔王軍は兵の一部を割いて、こちらへ尖兵部隊として送り込んできたとみるのが妥当でしょう」


「いってみれば、あちらにはそれだけの余裕があるってことだね」


「ガイアザ劣勢を伝える報しか聞こえてきませんね。むしろ、よく持ちこたえているほうかと」


「それにしても疑問じゃのう。ザラマは言ってみれば、隣国との国境。いつ戦いの最前線と化してもおかしくはない。もっと警備を強化しておくのが筋というものではないか」


「理由はふたつ考えられます」

 

エクセが指を二本たてて説明する。指を立てて説明するのは、彼のクセのようなものだ。


「ザラマの歴史は若いということです。もともとココは魔物の襲撃におびえる、名もなき寒村でした。この村の発展のきっかけになったのは、魔物退治を狙った冒険者たちです。やたら魔物が出没するので、冒険者はここを拠点にすることが増え、村の規模は徐々に大きくなっていきました。人口は増加する一方で、ギルド支部が出来、彼らが落す金のおかげで村は活性化していき、やがて町へと発展しました。これがザラマの歴史です」 


「まあ要するに、自然発展系の町、というところじゃな」


「そうです。つまり自ら望んでヴァルシパル王国に帰順した新興の町という側面がザラマにはあり、歴史的な背景はありません。ヴァルシパルとしては、ここが陥落したとしてもそれほど痛痒を感じない」


「へー勉強になるなる」


 コニンは感心しきりだ。

 考えてみれば彼女は、まだ年若き乙女なのである。


「もうひとつは言うまでもないでしょうが、亜人の町という側面が強いからです」


「またか。あの偏屈国王め……」


 ダーは苦い顔をした。

 亜人が多い町だからといって、見捨てられてはたまらない。だが、人間に対してはそれなりに良い国王なのだから、彼を悪王と罵るのは亜人だけだろう。

 そして世の中は、人間を中心に回っているのだ……。


「まあ、皆さん気を取り直して、今後の方策を話し合いましょう」


 ルカが提案する。いささか気まずそうに。

 これ以上、来ない援軍のことを考えていても仕方ない。ダーとしても、冒険者たちの前で野外決戦を主張した以上、なんらかの方法で敵の大軍に当らねばならない。


「さて、ああいったものの、このままでは6千の大軍に蹂躙されてしまうのがオチ。エクセ、なにか良い案はないか?」


「相変わらず私にまるなげですか……」


 あきれ顔を浮かべたのも一瞬。銀色の前髪をかきわけながら、エクセは思索にふける。

 ザラマの市壁の外で迎え撃つことは『フェニックス』としては大前提となった。

 5人対6千では、さすがに分が悪いという言葉では片付かない。


「逃げるしか、ないのでは?」


 ぽつりと女僧侶のルカがもらす。もっとも簡単な方法だろう。

 しかし、それでは根本的な問題の解決にならない。

 そもそもどうやって逃げるのか。

 敵には騎馬隊もいると聞く。徒歩では話にならぬ。

 海路を経てジェルポートへ戻るのは本末転倒である。


「そもそも、彼らがこの珠を目当てにしている以上、何らかの力がこれには秘められている筈なのですが……」


「今のところ、うんともすんとも言わんの」


 彼らはこの朱雀の珠をどうすべきか、ずっと悩んできた。


 まずダーが考えたのが、武器にこの珠を組み込む、というものだった。

 とりあえずダーの戦斧の柄の部分にとりつけてみたものの、何の反応もない。


 仕方がないので、次にダーは、珠をエクセに持たせたまま、四神魔法、朱雀系の魔法を唱えさせた。


「大いなる天の四神が一、朱雀の盟により――」


 すると、確かに珠は紅色に輝き、反応した。

 

「――つッッ!!」


 エクセは珠をとりおとし、その場に崩れた。

 あたりに肉の灼ける異臭がたちこめる。


「――エクセさん!! いま回復の奇跡を行います」

 

 皆が、うっと目を背けた。

 駆け寄ったルカが、エクセの握った掌を強引に開かせる。すると掌の中央部付近に、穴が開きそうなほどの手ひどい火傷を負っているのが見えたのだ。ルカがあわてて回復の奇跡を唱える。

 なんとか治療は成功したものの、これでは使えない。

 ダーはそれならば、いっそ細工してエクセの杖に組み込んでみたらどうか、と考えた。

 エクセ本人に訊いてみたが、それは難しいでしょう、とのことだった。


「そもそも杖は、どこかの町の魔法組合にて登録しないと使用できないのです。許可を得ない違法の杖を使用してるのが発覚したら、冒険者資格を停止させられてしまいます」


「なるほど、朱雀の珠のついた杖など登録しようものなら――」


「国宝のついた杖など、即刻国王に召し上げられてしまうでしょう」

 

 いよいよ八方塞りである。

 どう活かせばいいのか、その解答が得られない。


「いっそのこと、ダーがネックレスにして首からぶら下げたら?」


「わしがこんがり一丁焼きあがるだけじゃろ。エクセの二の舞だけはゴメンじゃわい」


「ひどい言い草ですね、割と」


「ダーさん、オレの弓矢に組み込むというのはどうかな」


「そのダーさんというのはやめんか。こそばゆいわい」


 あの一件以来、どうもコニンの接し方に困るダーだった。

 妙に懐かれている感じがするので困っている。

 やたら猫のように、背中にのしかかってくるのも困る。

 そうなると、次にクロノがのしかかってくるからだ。

 そのうち圧死するわい、ワシ。


「ダーの斧にも作用しなかったのです、難しいと思います」


 冷静にエクセは告げる。というか、どこか心ここにあらずだ。

 おそらく彼は、この珠の利用法を考えつつも、魔王軍の対処をどうするか、そちらも頭を悩ませているのだろう。


「………うん、そうだ、そうしましょう!」


 ぽん、とエクセが手を拍った。

 頬がほのかに上気している。自らの考えに興奮しているようだ。

 エクセはルカに頼んで羊皮紙を持ってこさせると、すごい勢いで、なにやらスラスラと記しはじめた。


「どうやら、何か思いついたようじゃな」


 その時だった。

 コンコンとドアがノックされた。


「――ちょっといいか?」


 ダーはエクセに目配せをして素早く朱雀の珠を隠させ、部屋の扉を開ける。


「どなたかの」


 ダーは比較的のんきそうな声でたずねる。

 外に立っていたのは、ヒュベルガーだった。

『トルネード』のリーダーにして冒険者ランク2。ザラマではトップに位置する冒険者だ。

 ヘルメットは外しているものの、相変わらず、蒼い甲冑に身を包んでいる。この格好が彼の日常かもしれないとダーは思った。


「何用じゃ、青いの。召集時間にはまだ間があるはずじゃが、あんたがわざわざメッセンジャーを買って出てくれたのかな?」


「――なあに、ジェルポートの闘いを生き延びたあんたらに、話を聞きたくてな」


「他の誰かいるのかね?」


「一人だけいるぜ」


 にやりと扉の向こうから片手を上げたのは、頬に傷のある男だった。


「先日は世話になったの」


 ダーが挨拶をすると、ヒュベルガーは意外そうな顔をして


「なんだ、顔見知りだったのか。ドルフ、人が悪いな」


「別に隠していたわけじゃないさ、たまたまな」


 そういってドルフと呼ばれた頬傷の男は、にやりとウインクをしてみせた。


 

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