27 魔王軍、襲来 その3

  ヒュベルガーは扉の脇の壁に背をもたせかけ、エクセの説明を聞いていた。

 彼らがここまで至った経緯――村でのオーク退治、ジェルポートの黒魔獣のこと、黒衣の女のこと、異世界勇者ケイコMAXとミキモトのこと――

 むろん、朱雀の珠のことや、公爵から聞いた重要な話などには一切触れていない。ヒュベルガーは眼を閉じ、黙してそれら一部始終を聞いていた。

 彼はやおら両眼を開くと、つい、とクロノを指差し、


「その巨きい女性が着てる装備一式が、黒魔獣の装甲というわけだな?」


「そのとおりじゃわい。ちょっと見てみるか?」


 ダーはクロノトールに、黒魔獣のバスタードソードを見せてやるよう指示した。

 剣を手に取ったヒュベルガーは、じっくりと剣身を眺め、


「こいつは市販品よりはるかに硬そうだし、切れ味もよさそうだ」


 感謝の言葉を口にして、剣をクロノに返すと、


「こんな硬そうな怪物と、俺達はやりあわなければならんということだな―――しかも、二体も」


「――なに、二体!?」


その言葉は『フェニックス』メンバー全員の、心胆を寒からしめるのに十分なセリフだった。


「それは、確かな話なのか?」


「ああ、あのあと報告にあらわれた斥侯からの報告だ。群れの中にでかい二つの怪物がいるとな。その特徴はあんたらの話で今、確信を得た。夕方の会議でも話題に上るだろうな」


「やれやれ、とんだサプライズゲスト様じゃわい」


「……どうだ?」


「どうだ、とはなんじゃ?」


「この話を聞いても、あんたらは単独での野戦を主張するのか?」


 無謀だ、ヒュベルガーは眼で告げている。


「ヒュベルガー。あんたはこのザラマの冒険者で、一、二を争う腕利きじゃと、ワシは見ておる。そして戦士としての思い遣りも持っておる」


 ダーは彼の配慮に感謝しつつも、静かに告げる。


「じゃが、ワシらの方針に変わりはないよ」


「……死ぬつもりか?」


「死ぬつもりはないが、他に道はない」


 ヒュベルガーはエクセ=リアンを見た。冷静沈着な彼なら、違う判断をすると考えたのだろう。

 しかし。エクセは静かに銀色の髪を左右になびかせただけであった。

 

「ダー、あんたと同じくチームのリーダーを任された立場のものとして言わせてもらう。正直、あんたの判断は非難に値すると思う」


 ヒュベルガーは冷酷に告げた。

 むっとしたコニンが何か反論しようとするのを、ダーは手で制す。


「それで、何が言いたいのじゃ? 用件はそれだけじゃあるまい」


「うむ、批判に値する行動なのだが――」


 ヒュベルガーは、背を預けていた壁から身を起こすと、照れくさそうにぽりぽりと頭をかいた。

 彼はすっとダーへ向かい拳を突き出した。


「もし人手が必要ならば言ってくれ。俺たち『トルネード』は、あんたらを見殺しにはしたくないのだ」


 傍らのコニンが、あっけにとられた顔をする。

 おそらく、ヒュベルガーと、ドルフ以外の全員がそうだったろう。

 ダーとしては、その手をとるのは躊躇ためらわれた。

 

(だがこれでは、関係ない彼らを巻き込んでしまうだけじゃ)


 しかし、エクセがそっと彼の背中を押した。

 よく、彼の顔を見てみなさい、と示唆するように。

 ダーはヒュベルガーの瞳を覗き込んだ。

 彼の両眼は、ある意思の光が宿っていた。

 ここへ来るまでの、さまざまな葛藤を乗り越えた目。

 ダーは決意した。


「――申し出感謝する。戦士、ヒュベルガー」


 ダーは、ヒュベルガーの差し出した拳にごつんと拳を合わせた。

 ぱちぱち、と拍手が起こった。ひとりの新たな登場人物の手で。


「いやあ、感動的な場面に遭遇したものです。できれば、そこへ私も加えていただきたいものですが」


「――お、おまえは!?」


 さりげなくコニンが、ダーの背後に隠れながら、叫んだ。

 しゃらんと現われた優雅な白いコタルディ、白い胸甲を身につけた派手な姿。

 なるべく忘れようとつとめたが、インパクトが強すぎて忘れられない男。

 ダーとコニンを巡って争ったあの、アルガスが立っていた。


「な、なんでお前がこんなところまで――」


「君のためなら海を越え山を越え、こんな辺鄙な田舎町までたどりつくのは、ひとすくいの水を飲み干すより簡単さ、コーニリィン……」


「いったいどういう事だ! なんで領地に帰ってない!?」


 かなりの詰問調でコニンは尋ねた。

 どこに収納していたのか、いつのまにか弓矢を両手に構えている。


「説明しますから、弓に矢をつがえるのはやめてください、コーニリィン」


「うむ、命が惜しければ早く言うがいい」


 なにげない仕草で片手を上げるダー。

 彼がその手を下ろせば惨劇が待っている。


「なにか脅迫みたいになってますね……」と、エクセ。


「立派な脅迫ですよ! 早くとめてください!」


「いいから早く言うのじゃ。お前が命をまだ大切だと思っとるならの」


「お答えしましょう。――私とてノラック男爵家の次男という立場上、こんな場所でいつまでも油を売っているわけにはいかない。しかし、どうしても帰れないわけがあるのです」


「言うてみい」


「あそこは私とコニン二人の、これから産まれてくる予定の子を育む場所。……帰るときは三人で、と決めているのです」


 びいん、とコニンの対角線上の柱に、矢が突き立った。

 もう少しアルガスが身をよじるのが遅ければ、そこに彼が縫い付けられていただろう。


「ダーさん、こいつ射殺しちゃっていいかな?」


「――うむ、わしが許す」


「それはよくありません」


 エクセが割って入った。救いの女神を見るような眼差しで、アルガスは彼を見た。しかしエクセが口にしたのは――


「戦の前の流血沙汰は、縁起がわるいです」


「エクセさん、そんな理由で止めますか……」


 ちょっと呆れた顔でルカがつっこんだ。


「何が起こっているのか、ちょっと理解に苦しむのだが」


 唐突に巻き起こったドタバタ劇に、呆れ顔でヒュベルガーがつぶやいた。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―




――さて、その翌日のことである。ザラマの冒険者ギルドは、一階の酒場と二階の受付前に、白い大きな板にでかでかと黒字で書かれた『お知らせ』を表示した。



   【 告 知 】

 

【ザラマの町の方針として、篭城を基本とする。

 わが冒険者ギルドの有志も予備兵として、篭城戦に参加する。

 ただし以下のメンバーのみ、野戦での闘いに臨むこととす。


 チーム『トルネード』 リーダー:ヒュベルガー・ヒルバーズィ、以下全5名。


 チーム『フェニックス』 リーダー:ダー・ヤーケンウッフ、以下6


 チーム『ミラージュ』 リーダー:ベスリオス、以下全6名。


 チーム『フォー・ポインツ』 リーダー:コスティニル。以下全5名。


 チーム『アイアンナイツ』 リーダー:ウェクアルム。以下全6名。


 ―――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――……


―――総勢60名。

   遊撃隊として敵の撹乱に当るべし】



この『お知らせ』を読んで、ほとんどの冒険者は驚愕の声を上げた。


「おいおい、とんでもないことになったもんだな!」


「ザラマの冒険者トップ級のチーム殆どが遊撃隊じゃねえか」


「しかし、俺達は冒険者だぜ。戦で死ぬなんて名誉でもなんでもねえ」


「うるせえよ、ザラマが消滅したら、俺達亜人は行き場を失っちまう。彼らはこの町を身を挺して守ろうっていうんじゃないか」


「そんな格好いい話か? 単に逃げやすい位置に陣取るつもりじゃないのか」


「少なくともこのメンバーは、お前のような腰抜けよりはるかに勇敢だ。くだらない中傷はするな」


「なんだと、やろうってのか!」


 ランク5級にも入ってない冒険者たちが、 喧喧囂囂けんけんごうごうと議論しているときである。


「――悪いがお前ら、道を譲ってくれないか」


 どすどすと重い足音を立てて、小脇に兜を抱えた青い甲冑姿の男がやってくる。

『トルネード』のリーダー、ヒュベルガーだ。その隣には頬傷のサブリーダー、ドルフが当然のようにつき随っている。ヒュベルガーも、常にニヒルな笑みを浮かべているドルフの表情も、一様に硬い。

 その威圧感に圧倒された一般冒険者たちは、あわてて左右に散る。

 トルネードのメンバーが通り過ぎたあと、ダーたちフェニックスが、フォー・ポインツが、ミラージュがメンバーを率いて次々とギルドの扉をくぐる。

 彼らは空を仰ぎ見た。やや暗い空に青い、一条の煙が上がっている。

 それは来るべき嵐の到来を告げていた。



 ――空気が乾いている。

 植物が育つには過酷な環境過ぎて、大きな樹木は数えるほどしかない。

 その数える程度しかない木の上に、ザラマの斥侯がへばりついている。

 彼らはやがて、何かを発見したようだった。

 あわてて一人が地に飛び降り、懐から何かをぱらぱらと地へと撒いた。

 

 火打ち石を打ち合わせると、乾燥した空気である。たちまち火がついた。

 青い特殊な狼煙が上がった。

 斥侯は敵の一団の影を、地平の彼方に捉えたのだ。



「――よし、遊撃隊、これより行動を開始する」


 決然と、ヒュベルガーが宣言した。

 一行はすぐさま装備を整えると、門へ向けて歩みはじめた。

 ヒュベルガーは腰の剣の柄を何度もにぎっては、また解いた。

 今回の作戦は、このひとふりの剣が鍵を握っている。

 さすがの歴戦の勇士も、緊張が隠せないようだった。


 門の前、すでに60頭の鞍をつけた馬がならべられている。

 いそがしく立ち働く従者に助けられながら、彼らは馬上の人となった。


「工作隊はすでに――?」


 エクセが短く問う。

 これに一人の兵が応える。

 

「昨日の会議終了時点で出された指示ならば、すでに作業は完了している。あとは、君らがその場へと赴くだけだ」


「ありがとうございます、それでは――」


「――うむ、君らの作戦の成功を祈る」


 兵は敬礼した。

 ダーら60人の戦士も、馬上で略式の敬礼をした。


「開門――! 門を開け――っ!」 

 

 大きなきしみ声をあげ、門扉がひらかれた。

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