25 魔王軍、襲来 その1
その日のザラマの町の冒険者ギルドは、早朝だというにも関わらず、ものものしい雰囲気に包まれていた。
どたどたと、冒険者ギルド3階に存在する会議室に、あわてふためいて駆け上がる連中がいた。
連日の大仕事で、連携に精彩を欠くようになった、と判断したダーは、この日『フェニックス』を、まる一日休暇にあてることにしていた。
そのため、すっかり気を抜いていたダーたちは、早朝からの唐突なギルドからの非常招集に、すこし遅れて現われた。
「ちと遅くなったかのう」
がらりと会議室の扉をダーが開く。
内部は簡素というか、広闊さ以外なんのとりえもないといっていいほど飾り気のない部屋に、多数の種族が混在して佇立していた。いずれも彼らと同じように、非常召集を受けたメンバーだろう。
集められた冒険者は壮観だ。ずらりとザラマの冒険者ギルドを代表するチームが集結している。
主だった面々は、
肉弾戦を売りとする戦闘集団『トルネード』、
魔法攻撃を主体とする『フォー・ポインツ』、
ダーたちのようにバランスの取れたメンバーを擁する『ミラージュ』など。
ざっと百人近い冒険者たちが一堂に会するのは、珍しい光景であった。
彼らが招集された最後のメンバーだったらしい。一段高い教壇から彼らの姿を無言で見つめるものがいる。ザラマのギルド長をつとめる、サルマナフ老である。
かれは白く太い眉の下から、老齢ながら意思の強さを感じさせる灰色の眼差しを向けた。かるく頷くと、教壇をかんかん、と木槌で叩き、会議の開始を告げる。
「いったい何事だい、ギルド長さん。こんな朝っぱらから眠くてしょうがない」
まず『トルネード』のリーダー格である、2級冒険者、ヒュベルガーが声をあげた。
早朝の召集に不満を漏らしつつも、すでに頑丈そうな青い鎧を着込んで来ている。
単なる会議という名目とはいえ、フル装備で現われるところからも、油断は一切感じられない。彼らがトップクラスに位置しているのは伊達ではないのだ。
「俺たちも眠い、早く説明してくれ」
他の面々も異口同音に、この集会の意義を尋ねる。
この声に対し、一段高い教壇から、傲然と彼らを見下ろしたギルド長、サルマナフ老は開口一番、こう言った。
「さて、集まってもらったのは他でもない。
――近々、このザラマの町に魔王軍の侵攻がはじまるという、隣国ガイアザに潜入している
静かな口調ながら、衝撃的な爆弾が炸裂した。
当然ながらその発言に、会議室はつかのま沈黙し、次の瞬間、わっと喧騒につつまれた。
「なんてこった!! 今日は厄日だな」
「戦争かよ、一文の得にもならねえ!」
悲鳴にも似た、誰かのぼやき声がきこえる。
冒険者というものは、依頼主からの依頼をこなし、報酬を得るために存在する。
率先して金銭も発生しない、危険すぎる魔王軍とわざわざ面と向かって対峙したがるものなど、皆無といっていいだろう。
――とんでもない災禍が飛び込んできたものだ――
ここにいる冒険者たちの共通認識はそれだろう。
「それで、敵の数は?」
「号して8千、推定6千といったところじゃな」
「――――ッッッ!!!?」
桁が違いすぎる。
ここにいる冒険者100人で対抗するには、あまりに無謀といえた。
「待て待て、防衛はザラマの町の兵隊の仕事だぜ。オレたちは関係ねえ」
頬傷の男、ドルフが冷静な口調で声をあげた。
みんなの顔が、パッと希望に輝いた。
「そうだ、俺達を巻き込むな。俺達は冒険を生業にしてるだけだ」
「まったくだ、面倒ごとからは、退散しちまうに限る」
サルマナフ老は、ガンガンと木槌で机を叩いた。
静粛に、といいたいのだろう。
「みんなも知っておろう、ザラマに常駐する兵は五百人程度、とても抗することはあたわぬ。だからこそ、領主からの協力要請が冒険者ギルドにまで来ているのだ。無視するのは簡単だが――ここは蹂躙されるぞ。わしらの、おまえらのザラマが」
「なるほどな、こいつはとんでもねえ事態だ。逃げちまうのは簡単だが……」
「ザラマは消滅する。俺たちの居場所も、ギルドもな」
一瞬、深刻な沈黙が流れた。
下位クラスの冒険者なら、迷わず逃げるだろう。
冒険者ギルドなど、大陸中にどこにでもあるからだ。
だが、ここに集められた連中は、自分の腕にプライドを持っている、闘いなれたプロの冒険者集団だ。ザラマという地にも、それなり愛着を持っている。
簡単に逃げていいものか、重苦しい葛藤が会議室を支配した。
「こうなったら、篭城戦しかないんじゃないのかい?」
『ミラージュ』のリーダー、ベスリオス――通称ベスが提案する。
紅色の髪と、鋭い眼差しが印象的な美女である。その特技は絶妙ともいわれるナイフ捌きで、冒険者ランクは3だ。
「そうだな、兵力差がこうまで極端なら、野戦は下策。ベストな提案だ」
ヒュベルガーが同意する。
「私はそうは思いません――」
これに意を唱えたのは、ひとりのエルフだった。
エクセ=リアンだ。彼は現在、6級魔法使いにまでレベルをもどしたものの、本来ならここに集まれる位置の冒険者ではない。
だが彼の魔術の腕、さらに本来は2級に所属していた古強者の冒険者であることは、ここザラマでも周知の事実となってきている。
特に、支部長のサルマナフ老の推薦がものをいい、ここに召集されているのだ。
「意外な言葉だな。冷静沈着といわれているあんたがそんなことを言うとは」
ヒュベルガーが言うと、ベスも言う。
「それよりデートしてくれよ、エクセ。ここがなくなっちまう前にさ」
「そういう事態か、お前は」
「こんな事態だから、やりたいことはやっておくんだよ」
ふたたびガンガンとサルマナフ老が木槌で机を叩いた。
「静粛にしなさい。――では、エクセ=リアン君つづけて」
「いえ、古来より篭城というものは、背後からの増援を期待しての戦術。果たしてこの国の王は、ザラマを救いにどれだけの兵を支援してくれるのでしょうか? その他にも、懸念材料がいくつもあります」
ここザラマはヴァルシパル王国領といっても、西部辺境の地域に位置している。
ヴァルシパル王都から陸路でザラマへ目指すには、峻険さで名高いガンジョウ山脈が行く手を阻害し、幾日かかるか想像もつかない。
したがって王都からの援軍を期待するなら、ジェルポートの町から、海路を使うしか方法がない。
海路を利用するとして、それだけの大軍を積載できる船を用意しなければならない。さらに彼らの兵站も、どこから都合をつけるのか。遠征費用は莫大なものになるであろう。王都からザラマまでの移動時間も、念頭に入れる必要がある。
「それは……」
こうまで言われては、ヒュベルガーも絶句するしかない。
「フム、それより懸念がある。果たして国王が、本当にザラマを救いに派兵するじゃろうか」
ダーも疑問を口にする。
それは、だれもが危惧していたことだった。
ザラマはヴァルシパル王国領内であるとはいえ、ガンジョウ山脈の向こう側であり、交通の便はきわめて悪い。おまけの地という認識が、中央からはつよい。
さらに悪いことにザラマの町は王都よりも、むしろ隣国ガイアザに近いせいか、戦禍を逃れ、流れてきた亜人が多い。バニー族、ドラグ族、ノーム族、ハーフ・ハーフ族、エルフ族、ドワーフ族……
ちょっとした亜人の坩堝と化している。ここに亜人嫌いの国王陛下はおいでになれば、さぞかしおぞ気をふるうであろう。
「しかし、なんだって魔王軍はこんな町を狙うんだ」
ランク3級の弓矢使い、ウェクアルムが声を上げた。
彼が率いる『アイアンナイツ』は全員が3級。
ダーたちのチームより上の立場にある。
「メリットらしいメリットが何もないじゃないか」
他の土地より魔物がおおく出没するので、ザラマに冒険者たちは多い。
だが、土地は痩せており、多くは海路からの輸入品で賄われている。ザラマの町民も冒険者の落とす金で暮らしているといってもいい。
仮に魔王軍がここを拠点として、本国陥落を狙うには、あまりに不便すぎる。
ザラマを狙う動機が希薄なのだ。
「まあ、港を押さえて、ここを橋頭堡とするという考えもありうるわね」
『ミラージュ』のベスが肩をすくめた。
ここでダーがおもむろに挙手し、ある提案を口にした。
「さて、われら『フェニックス』は、野外でこれを迎え撃つつもりじゃが、篭城戦と決まったなら、わしらをその数から外してもらえまいか」
ダーからの提案に、あわてたのはサルマナフ老だ。
「……自ら死地へ赴くおつもりですか」
「死中に活を見出す、という言葉もあるゆえのう」
「単独での死は、全体としての士気に関わるぞ」
ヒュベルガーが反対意見を口にする。
「むざと死ぬ気はないわい。じゃが篭城戦は下策じゃ」
『フェニックス』のメンバーが首をかしげるほど、この日のダーは頑なで、一切の妥協を許さなかった。
会議は紛糾し、結局、具体的な方策はまるでまとならなかった。
これ以上得るものはないと判断したサルマナフ老は、夕方、再び会議を開くことを宣言し、一時離散というかたちをとった。
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