22 新たなる旅立ち その3

 これは意外なことだった。魔王軍は流通の中核を担うジェルポートを狙ったわけではない。

 ただ『朱雀の珠』という王国の宝を狙った――ということは。


「なるほど、魔王軍から狙われておる宝か。それは厄介払いするに限るのう」


 ダーは感心したようにつぶやいた。公爵の狙いに気付いたのだろう。

 褒美といいつつ、防衛には邪魔なものを冒険者から外へ持ち出してもらう。

 すると、標的となるのはジェルポートの町から、ダーのパーティーに代わる。


「しかし、なぜ我々に託すのです? かの異世界勇者ミキモト殿、ケイコMAX殿の力量は、護衛兵を通じてお耳に入っているのでは?」


「……いかにも、既に耳にしておる」


 公爵のまなざしが、とろんとした。眠いのだろうか。

 エクセは問い続ける。


「では、なぜ我々に――?」


「だって、きらいなのだから仕方ない」


 ぶっとエクセが口許をローブで抑えた。

 まさか、公爵の口から、きらい、と子供のような言葉が出るとは夢にも思わなかったのだ。


「聞いておる。異世界勇者の武器の破壊力はな。この堅固な城砦を誇るジェルポートをも壊滅させかねない魔獣を、刻みに刻んで肉塊に変えてしまう。そのようなとんでもないものを持っている二人。任せるならば、あちらの方が適任だろう。だが実際会ってみて、気が変わった」


 公爵はまたも眠そうに目を瞬かせた。だが、エクセはそれが公爵が怒りを堪えるサインなのではないか、という気がした。


「ダーよ、おぬしの傲岸不遜ぶりなど、あちらと比べれば児戯のようなものよ。女とみれば誰でもくどき倒すミキモト。逆に美形の男を求めて城内を暴れ回るケイコMAX。彼らのために行われた祝勝会は地獄絵図のありさまだった。とてつもない力を有しているだけに、誰も止める手立てがない」


 もはや公爵の不機嫌さは、誰の眼にもあきらかだった。瞳は眠そうに瞬いているが、憤怒に顔はひきつっている。居並ぶ部下の面々も同様である。


「かような人物らに、これを託す意味はない。四獣神のこともろくに知らぬようだったしな。彼らは勇者の武具の力に頼りきっている。それならば、それでよい。これの価値もわからぬ異世界人に預けたところで、不安が増大するだけよ」


「それでオレ――私たちに持ってろ、というんですか?」


 コニンが公爵を驚きの目で見やる。


「なるほど、公爵どのが異世界勇者の召還式を病欠したわけがわかったわい。公爵どの、おぬし、わしと同じ考えだったのじゃな」


「それは自然な感情だ。勇敢なドワーフ、ダーよ。おぬしは正しい。わが世界の問題は、わが世界の民が解決すべきだ。その力さえあればチキュウジンに頼る必要もないのだが……」


 エクセは聞き捨てならぬ言葉を耳にした、と思った。

 チキュウジンとは何か。勇者の正体を、この公爵は知っている。


「そもそも、異世界勇者とは何か。私は長年その問いの答えを探してきました。ですが公爵様は、その答えを有していると見ましたが、如何?」


「……長命をほこるエルフ族といえど、門外不出の書物を手にすることは容易ではない。王家の書庫の奥底に封印されし真実を知らぬのも当然のはなし。ここから先は、執拗ではあるが、他言無用に願いたい」


 公爵の部下が、そっと距離をひらき、声の届かない位置にまで下がった。

 エクセの顔が緊張にこわばる。とうとう、真実に到達する刻が来たのだ。


「かの暗黒神ハーデラが、魔族を創りだした神話はご存知か?」


「ええ。われらエルフを生み出したのが、美をつかさどる神ルエフィン。そして人族を産みだしたのが大地母神センテス。他にも四獣神など、多数の神々が創世に関ったとされています」


「そう、ハーデラもまた神々の一柱に過ぎない。だが、二百年に一度、かの神の力が増大するときが訪れるという。それはハーデラが生み出した魔族にも、その力が伝播する。――そのとき、他の神々が生み出した種族は歯が立たなかった。世界は滅亡の危機に瀕した」


 一同は、公爵の話に圧倒されつつ聞き入っている。

 エクセは束の間、黒衣の女の姿を脳裏に思い描いた。あらゆる攻撃魔法をはねかえす、圧倒的な力を有していた女。――魔族。


「大地母神センテスの出した結論はこうだ。この世界で創られた種族で解決できぬのなら、異世界の種族をこちらへ呼び寄せたらどうかと」


「――そ、そんな安直な!」


 笑えるが、笑えぬ結論だった。こうして神々は幾度もその試みを実行に移した、という。

 しかし、魔族に対抗するほどの力を有する異世界人は、なかなか発見できなかった。しかしそれがついに結実したのは、もはや魔族以外のほとんどの種族が滅びかけたときであったという。

 チキュウジンという特定の惑星に棲む生物だけが、その力を有していた。

 どういうことか、彼らだけが特別だった。

 彼らのみが、この世界のすべての種族よりも優秀だったのだ。

 

 それは、魔族よりも―――。

 

 センテスは、彼らのために専用の武器を用意した。

 それが異世界勇者の武器である。

 彼らは世界を制圧寸前だった魔族を打ち滅ぼし、魔王を滅した。

 そして邪神ハーデラまで封印した。

 だが、ハーデラは二百年ごとに蘇る。そのたび、テヌフタート大陸最古の国家、ヴァルシパルにのみ伝わる古の召喚書により、異世界勇者の召喚術はおこなわれるという。


 沈黙があたりを支配した。

 エクセも、コニンも、傲岸なダーですら顔に色がない。

 それでは何のために、我らは――

 そう思ったとき、エクセは激したように言葉を発した。


「それでは、我等は傍観者となるべく生まれし定めだというのですか!?」


 これ以上、痛切な叫びはなかったかもしれない。

 それでは何のために、我等はここまできたのか。

 オークと死闘を繰り広げ、村を救った。魔獣との戦いでは仲間が瀕死の重傷を負い、勇者から容赦なき罵声を浴びせられた。そのすべては、単なる徒労にすぎないというのか。


 公爵はゆっくりと首を左右にふった。


「そうではない。たった一度だけ、彼ら異世界勇者は魔王征伐に失敗したことがあるという。そのとき、魔王を討伐したというのが、この世界より生まれし民だというのだ」


「ほんとうですか。それは?」


 エクセはじっと公爵の顔を見据えた。睨んだつもりだったが、睫毛が長いせいか、いまひとつ伝わらなかったようだ。

 ちょっと顔を赤らめて公爵はエクセから視線を外すと、


「嘘はいわぬ。貴殿らの行いは、決して無意味なことではないと、私は思っておるよ」

 

「よし、信じた!」


 ダーは拳を握りしめ、決然として言った。

 なので、エクセも信じることにした。公爵ではなく、ダーを。


「我らがこの国の危機を救う。初心貫徹。その魂に揺るぎはない。公爵の信頼に応え、この朱雀の珠は、我らがもらい受ける」

 

 すると公爵はにっと人の悪い笑みを浮かべ、


「まあ待て、まだくれてやるとはいっておらぬ、あくまで貸し出しじゃ。なんといってもヴァルシパルの国宝ともいうべきものだからな」


「ムム、この期に及んで、なんとケチくさいことを」


「口が過ぎますよ、ダー」


 エクセがたしなめた。不思議な事に、先程までの緊張感とはうってかわって、笑みが口元に浮いてしまうのはどうしようもない。


「――そこで、魔王軍を撃退したあと、返しに来てほしい。生きて、自分の足でな」


 ダーは目をぱちくりと見開いた。そのあと豪快に呵呵大笑する。

 公爵の一言が相当気に入ったようだ。ゆっくり片膝をつくと、


「――うけたまわった。つつしんで国宝、預からせてもらう」


 この男の最大級の礼といってよかった。


「うむ。頼んだぞ、ダー・ヤーケンウッフ。おぬしの父の名にかけて」


 ダーは意外そうなまなざしで、公爵を見つめ返している。

 ワシの父親を知っているのか。そう問いたかったのだろう。

 しかし、そんな筈はない。ダーの父親はすでにこの世になく、死したのは百年以上前だと、エクセはダー本人から聞いていた。

 短い命が定めの人の子である公爵が、ダーの父親のことを知っているわけがないのだ。これは、ただの形式上の挨拶だろう。

 

 こうして朱雀の珠は、ダー一行預かり、という形となった。


「そろそろ船の出発時刻であろう。手間をとらせたな」


「いえ、非常にありがたきお言葉の数々、感謝しかありません」


 礼をし、大広間を後にする彼らに、公爵は声をかけた。


「――佳き旅をな、古き民、わが同志よ」


 ダーはおおきく手を振った。

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