21 新たなる旅立ち その2

 ジェルポートの城は、町の東側に位置する。

 質実剛健な石造りであり、堅牢な市壁の内部に建てられているにもかかわらず、城の周囲はさらなる高い城壁で囲まれていた。かつて戦乱に明け暮れた時代の名残ということである。

 古い時代に建てられたという城の廊下は、ややせまい。

 先導する騎士のあとを追う一行は、自然と縦列になって歩かざるを得なかった。

 

 やがて廊下から大広間に出ると、そこに数名の人物が横一列に佇立して、一同を待ち構えていた。

 広間の奥には、日ごろ公爵が座るのであろう、華美な装飾が施された椅子があるが、そこには誰の姿もなかった。

 列の中央に、中肉中背、人品いやしからぬ人物が、微笑を浮かべて立っている。これがジェルポート公爵であろう。エクセはそう見当をつけた。

 わざわざ公爵ほどの地位の人物が、はじめから立ったまま応対してくれるというのもありえない光景だ。それも、面識もない一介の冒険者などに。

 エクセは不審げに形のよい眉を寄せたが、それも一瞬のこと。

 まず彼が、作法にかなった礼をすると、他の者もおずおずとそれにならう。

 ダーだけが、ぼーっと傲岸不遜にその場に立ち尽くしている。

 

「こら、お前――」


 騎士が声を荒げようとするのを、ジェルポートの公爵は手で制する。


「はっはっは、噂にたがわぬな。ドワーフよ。ダーと申したか」


「ぬ、ワシのことを知っておったか」


「おぬしの謁見の間での大暴れは聞いておるよ、あの国王にそこまで逆らったのは、おそらくお前が初めてだろうな。

実に痛快なことよ。いやあ、この目で見れなかったのが残念じゃ」


 そういってジェルポートの公爵は、ハッハッハと豪快に笑う。

 国王とは、血を分けた実の兄弟であるはずだが、どうやら、日頃からソリがあわぬふたりらしい。

 ダーが大暴れして叩きだされた、異世界勇者の召還式にしても、彼の姿はなかった。病気と称して出席せず、息子を代理として送っていたそうだ。

 犬猿の仲というほどではないが、仲はよいとは言えないな、と公爵はいう。それでも交通と経済の要衝であるジェルポートに弟を置いておくのは、それなりの信頼はあるという証明のようなものかもしれない。


「それで、ここへワシらを呼び出したわけはなんじゃな。特殊な用件があるのではないか?」


「なぜ、そう思うね」


「公爵ほどの地位の人物が、一面識もない単なる冒険者ふぜいに、両手を取らんばかりの歓迎振り。まるで国賓を迎えたかのようじゃ。先程のわしの無礼な態度にも頓着せず、鷹揚にふるまう。これが国王じゃったらボコボコのボコじゃ。ワシがいくら鈍感でも、なにかを勘繰らずにはいられまい」


「ためしたというわけか、なかなか食えぬドワーフだ」


 言いつつ、公爵は形のいい顎鬚をなでた。気分を害したようすはない。

 器の大きな人物であることはまちがいなさそうだ。


「では言おうか。今朝方、国王から手紙が届いてな。ここにダーとかいうドワーフがいるのならば、地下牢にでも叩き込んでおいてほしいということだ。――というわけで、地下牢は好きかね」


「ワシはお前さんたち人間よりはるかに長命じゃが、『地下牢が好き、大好き!』とかぬかした物好きのドワーフは、残念ながら聞いたことがないわい」


「エルフ族にもそんな者はいませんよ。しかし、どうして王は、ここにダーがいることがわかったのでしょう?」


「おぬしらの活躍は、勇者ミキモトと、ケイコMAXの名に隠れて、市民には浸透しておらぬ。だが、君らが一命を賭して魔獣と闘ってくれた話は、護衛兵を通じて私の耳には届いていたのだ。――で、なにか褒美を取らせようかと王に打診したところ、そうした返事が来た」

 

「褒美が地下牢か、こいつはなかなか気の利いたジョークじゃな」


「そういうわけで、ここを離れるのは賛成だが、勲章の代わりに、私から褒美を与えておこうと思ってな」


 公爵が手を拍つと、従士のひとりが、金色に輝く小さな宝箱を差し出した。

 ダーが小箱を開くと、中には紅色に輝く珠が眠っている。

 透明度の高い水晶に、血を溶かしたような真紅の宝石。

 誰が見ても相当に高価なものだとわかる。

 

「それは代々ジェルポートに伝わるという、朱雀の珠だ」


「な、なんですって―――!?」


 これに驚いたのは、日頃めったに表情を崩さないエクセ=リアンだった。

 エクセ=リアンが驚くのも無理はないことである。

 朱雀の珠は、ヴァルシパル王国ほぼ中央部に位置する、朱雀神の大神殿に奉納されている。そう魔術師協会も所属する魔法使いも、いや一般の人々たちすらも、かたく信じていたからだ。

 

 朱雀神はヴァルシパル王国の繁栄の象徴であり、また守護神として崇められている。

 この神の研究の第一人者、魔術師メラは、朱雀は1961年ごとに自らの炎で焼死し、三日後に復活するという研究の書を遺している。その復活の際に産み落とされるのが朱雀の珠であり、1961年ごとに朱雀の死と共に燃えて消滅するとされている。


 朱雀大神殿は数年に一度、公開日を設け、一般の魔術師も朱雀の珠を見学することができるよう配慮している。

 エクセ=リアンも魔法使いとして当然ながら、それを見に大神殿に足を運んだ過去がある。

 その珠があろうことか、いま、ここ、目の前にあるのである。

 

「す、すると、我々が本物だと信じていたあれは……」


「むろん、本物そっくりに造られたまがいものよ」


 笑みを浮かべたまま平然と応じる公爵だが、言ってることは尋常ではない。

 このことが世に知れたら、世間はちょっとしたパニックになるだろう。


「――だから他言無用であるな、これは」


 公爵はにこにこと、微笑を崩さず口許にすっと人差し指を立てた。


「いつほどから、ジェルポートの公爵様がこれを守っておいでなのでしょうか」


 エクセの額から、すっと汗がつたう。

 つとめて平静さをよそおっているものの、衝撃の大きさを隠しきれていないのだ。


「いつからも何も、先祖代々受け継がれてきておる。これを守るのも私のつとめよ」


これまたエクセにとっては驚きの言葉だった。

 その言葉が事実だとするならば、彼がこれまで読んできた史書のほとんどが、偽りを記していたということになってしまう。なぜ、このような事実が隠されていたのだろう。

 かつてエクセは、ヴァルシパルの高名な学者の話を聞く機会を得たことがある。

 かれらは『われわれ学者は、真実を後世に残すのが使命だ』などと、胸を張って応えたものだ。

 その発言には誇りが感じられた。そうすると、この国の記録を残してきた数々の著名な歴史家たちも、まんまと欺かれていたということである。

 そこまでして、秘匿しなければならなかった理由は何か。

 エクセにはわからない。

 しかし、唖然とばかりはしていられないので、エクセはぶんぶんと頭を振り、なんとか冷静さをとりもどそうとつとめた。思考停止は危険すぎる。


「過去の、そして現在の歴史家たちをも欺いてまで、朱雀の珠がここに隠されていた理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「まあ、疑問に思うのもむりはない。だが、それには理由があるとしか言いようがないな」


「仮に、これがまがい物ではないとしてですが――我々、縁もゆかりもない冒険者などに授けてよろしいのでしょうか。この珠はいってみれば魔術師協会の――いえ、ヴァルシパル王国の宝ではありませんか」


「では諸君に問うが、こないだの魔獣がなぜ、このジェルポートの町を狙ったか、考えてみたことはあるかな?」


 交通と経済の要衝であるジェルポート。この町を陥落させるだけの価値は敵にはあるはずだ。しかし、ここよりはるか王都に近いフルカ村が、オークの襲撃を受けた件もある。

 本当に魔王軍がヴァルシパルに痛撃を加えたいのなら、直接王都へ兵を送り込んだ方が速い。その方法があると仮定してだが。

 首をひねったエクセは、つと顔を上げた。


「まさか――」


「そのまさかよ。奴らはこの珠を奪いにこの町を狙った。わしはそう見ておる」

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