第三章
20 新たなる旅立ち その1
さて、ダー、エクセ、クロノ、コニン、ルカの五人が、ふたたび外で勢ぞろいすることとなったのは、アルガスの一件があって一週間ほど経ってからのことだった。黒魔獣との戦いからは、実に一ヶ月あまりが経過している。
集合したのは町中ではなく、市壁の外である。
クロノトールの回復具合を見る必要もある。町内で大暴れさせるわけにはいかない。
ダーはひたすら武具防具製作のため、奔馬のごとく駆け回っていたが、他のメンバーも呑気に髀肉の嘆をかこっていたわけではない。
コニンはその間、ひたすら射撃の技術に磨きをかけていた。例の一件で、アルガスと好勝負になったことが、本人的に非常にくやしいことだったらしい。どれだけ技量が上達したかについては、
「この町の弓兵も参考のため、オレの射撃を見物に訪れるようになったんだぜ!」ということらしい。
ルカは施療院で、無償で治療の手伝いをしていたそうだ。かなり大変だったようだが、「おかげでマナの総量が増えました」と微笑んでいるのは、いかにも彼女らしい。
エクセ=リアンは、あの戦いを間近で見ていた魔法使いたちに推挙されるがまま、ジェルポート魔術学校で、わずかな期間だが臨時講師として教鞭をとるハメになっていた。
かれは朱雀系の魔法使いばかりが多い、ヴァルシパル王国では貴重な存在であった。本来のエクセならば、その性格上断るところだろう。しかしながら、この一ヶ月というもの、全員がろくに冒険をしていないのだ。誰かが貧乏くじを引かねばならない。エクセは滞在費を稼ぐ必要があったのだ。
クロノトールは、一ヶ月も身体を動かせなかったのは初めての経験だったらしい。
いまは無言で市壁の周囲を、重そうな装備を身につけたまま、全速力でダッシュしている。誰がどうみても、元気がありあまっているのが見て取れる。完全復活を果たしたと思っていいだろう。
クロノが全身にまとっているのは、ダーが心血注いで作成した防具である。
ダーは黒魔獣の
いうなれば、ブラックビースト装備一式というべきだろうか。
以前、大穴を開けられた胸部には、特にダーは神経を使った。鉄をも通さぬ魔獣の骨を生かし、胸当てと背甲からなるブラックビーストアーマーとして、より硬度を高めたつくりとなっている。
盾は甲羅に象嵌を施した、楕円形のブラックタートルシールド。
さらに武器も、工夫をこらしている。
これまでダーはクロノと最前線で、ともに闘ってきた。その傍らに立つクロノの得物が、あまりに身に合ってないことが前々から気になっていたのだ。
クロノトールの長身と比較して、武器のサイズが小さすぎる。
彼女の愛用の武器は剣闘士時代から使っていたという、グラディウスという剣だった。しかし、それでは身を屈しないと刃先が届かない。ダーは傍から見ていて、不安定さを感じていたのだ。
そこで、魔獣の角から削り出した剣、ブラックビースト・バスタードソードを作成した。
これは以前の剣身の倍にちかい長さがある。
並みの剣士なら使いづらいだろうが、クロノの長身ならば理想的な長さだろうと考えたのだ。
「おーなんかすごいカッコイイ」
「本当に見事ですね、あれがこうなるとは――」
コニンとルカは素直に賞賛する。
クロノトールはというと、剣に見惚れてしまっていて、完全にノーリアクションだった。
「おい、眺めておるだけでなくて、ちょっと素振りをしてみんか」
「………うん、やってみる……」
ダーの提案で、クロノはためしに、実戦形式のシャドーをやってみせた。
タートルシールドを前方に構えたまま、突進。
敵に見立てた大きな岩の前で、剣を頭上から振り下ろした。
岩はまるでチーズのように、まっぷたつに切断された。
さらに剣を振るうクロノ。ひとふりごとに岩は徐々に形を失い、ものの数撃で原型をとどめなくなった。
その巧みなる剣さばき。圧倒され、黙ったままメンバーはそれを見つめている。その岩に、次々と切り倒されるモンスターの群れの幻影が見えるようだった。
「なかなか使い勝手がよさそうじゃの」
「………最高………」
なおも興奮して、見えない敵と戦いつづけるクロノを落ち着かせるのは一苦労だった。
よっぽどうれしかったのだろう。あの分では、夜でも着用したまま寝かねない。
製作者冥利につきるというものだが、治ったばかりの彼女の身体のことを考える必要がある。
(これはちゃんと注意しておいた方がよさそうじゃの)
ダーは空中でそう考えていた。
なぜ空中かといえば、うれしさのあまりか、クロノが一人でダーを何度も胴上げしてるのである。
「……さて、これでクロノの戦力アップも図れたし、上々とすべきじゃな」
うっぷとこみあげるものを我慢しつつ、ダーは言った。
周囲の説得の甲斐あって、ようやく地上に解き放たれたダーであるが、フラフラ状態から回復するまではしばしの時間を要した。
「……さてエクセ。クロノも揃ったことだし、この一ヶ月で何が起こったか、ざっと説明してくれ」
「わかりました。まずお二人の勇者ですが、既にこの町を後にしています」
「どこへ向かったか、分かるか?」
「黒魔獣を退治した褒美を授かるため王都へ戻ったという話です。そこから先の行方は知れません。魔王軍と対峙するには、このジェルポートから隣国ガイアザへ向かう必要がありますが、戻って来たという話は耳にしていませんね」
「ならば、われらはどうすべきか。エクセ、何か計画があるのじゃろう?」
「もちろん」
エクセ=リアンは懐から地図をとりだした。そしてクロノになにやら耳打ちをする。
無言で頷いたクロノは、近くにある円形の岩を水平に薙いだ。
刃を鞘に収めると、上の部分を豪快に蹴り飛ばした。
「………これでいい?……」
「もちろんです、ご苦労様」
切断した平らな部分を臨時のテーブル代わりにすると、エクセはその上に地図を広げた。一同はその周囲をとりかこむ形になった。
エクセは、地図上にあるジェルポートの町をすっと指差し、
「われわれは船に乗り、ここから海路でザラマの町へと向かいましょう」
「あれ、オレたちは
コニンが素直な感想を口にすると、エクセはかぶりをふり、
「もう、その計画は頓挫しました。ご説明させていただきますと―――」
「すでに、ジェルポートの英雄は決まってしまったから、じゃろ?」
ダーは苦々しい顔でつぶやいた。
そう、異世界からの勇者ミキモトとケイコMAXが、ジェルポートの町に襲来したとてつもない大型の魔獣を一蹴し、葬りさったという情報は、たちまちのうちに領内へ伝播していった。
すでにヴァルシパル王国では、知らぬものがないという状況である。
「――それもありますが、それだけではありません。フルカ村に続き、ここ海路の要衝たるジェルポートですらも、魔獣の襲来を受けたのです。たまたま異世界勇者ふたりも居合わせた偶然により難を逃れましたが、陥落の危険性は高かった。王国の威信はガタ落ちですよ」
「それはそうじゃろう、あの国王のあわてふためく様は見てみたかったものじゃ」
「痛快そうな顔をしてますが、ダー、そうなると困るのはあなたなのですよ」
「なぜじゃ?」
きょとんとした表情を浮かべるダー。
「国王はジェルポートの町の襲撃に、危機感をつのらせました。ここを破壊されると流通のほとんどがストップしてしまいますからね。王はこの町の警備強化に乗り出しました。国王軍がここへやってくる、というわけです」
「なかなか住み辛そうな環境になりそうじゃな。それで一刻も早くここを離れた方がいいわけか」
ダーは複雑な表情で、ぼりぼりと頭をかいた。
「まあ、そうなれば仕方ない。さっそくその船に乗る段取りを……」
「もうしております、あと二刻後に船が出ますので、それまでに身支度をととのえてくださいね」
「えっ!」と、驚く一同。
「相変わらず手回しがいい奴じゃわい」
エクセは秀麗な顔ににっこりと笑みを浮かべ、
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう、それでは――」
「――あいや、待たれい、そこのご一行!!」
唐突に投げつけられた大音声に、メンバーがふりむいた。
遠方より、砂煙とともに一体の人馬が駆けて来る。
白い甲冑はジェルポート騎士の証明である。砂煙をあげて彼らの間近で馬は静止した。
ジェルポート騎士は、素早い動作で馬より降りると、背を延ばしてこう告げた。
「わが主君が、貴殿らに別れの挨拶をしたいということだ。時間を取らせてしまうこととなるが、公爵さまの城まで共に来ていただきたい」
唐突な闖入者に、唐突な提案。一行は思わず顔を見合わせた。
これにはエクセも苦笑するしかない。
「すべてが計画通りとはならぬようですね。これも四神のお導きでしょう。――とりあえず公爵様の要請とあらば、断るわけにもいきません」
「何事かわからんが、まあそうするしかないのう」
どうせ、ろくなことが待っておるわけがない、とダーは思っている。
ジェルポートの公爵は、ヴァルシパル国王の実弟という事実ぐらいは、ダーも知識として理解しているからだ。
(まあ、あの差別主義者のヴァルシパル国王がわしを拘束しておけ、とか公爵に命じておったなら、城内で大暴れして退去してやるだけじゃ)
そうダーは腹をくくった。
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