19 コニンの危機 その3

―――――ハア?


 この場にいるすべての人物が、一様に首をかしげた。

 意味が分からない。

 唐突過ぎるし。

 説得力がないね。

 誰もがそう思っただろう。それだけ何の脈絡もないセリフだった。


「お、おい、何か言えよ。オッサン」


「……なんといえばいいか想像もつかんわい」


 ダーも、それだけ言うのがやっとだった。

 そもそもルカがこっちを見て、ニコニコしてるのが不気味だった。

 いつも大人しそうな顔をしてるのが、こういうとき一番あぶない。

 

(やれやれ。これ以上問題をややこしくしないでほしいというのが本当のところじゃ)

 

 そして肝心のアルガスは、両肩を大きくすくめ、


「そんなウソ、誰が信じますか。そもそも好きな人にオイボレって普通言いませんよ」


 その言葉にむっとしたのか、コニンはムキになって言い返す。


「オレの好きな人はダーだ! だから、おまえとは一緒になれない」


 ダーはくらくらする頭を両手で抱えた。

 ルカの入れ知恵だろうが、またおかしな策を考えついたものだ。だが、確かにこの若者は、ダーの想像をはるか超えて往生際のわるい性格だった。こうして引き下がらせるのも一手なのかもしれない。

 

(しかし、弓矢の実力差で帰ってもらう予定が、舌先三寸で丸め込む、という方法に変更というのもなんじゃかのう)

 とダーが首をひねっている間も、アルガスとコニンの会話――というか口論は続いている。それはヒートアップする一方だった。


「――そういうことだから、とっとっと帰れ。人の恋路を邪魔すんな」


「そういうわけにはいきません。両家の名誉にかけて、すごすごと引き下がるわけにはいきません」


「みっともなくしがみつく姿勢が、よけい家名に泥を塗ってるんだよ!」


「ウソを真に受けて帰るのが一番恥かしいことです、あなたはウソをついている」


「モテない男のひがみはみっともないぞ!」


「ウッ、なんたる言ってはならぬことを! もう許せません!」


「なんだ。やろうってのか!」


 ドレスの袖を捲り上げるコニン。

 しかしアルガスが指差したのは、なぜかダーだった。


「そこのドワーフ、彼女を賭けて勝負なさい!!」


「面倒くさいしまっぴらごめ――」


「――みなさん、提案があります!」


 唐突に挙手したのはルカだった。


「殿方どうしの決闘には、それにふさわしい格好をしないといけないと思いません? したがって半刻後、この決闘を延期しましょう」


 ルカはそう言い残し、コニンを連れ出してどこかへ去ってしまった。

 アルガスも、ルカの提案は納得したらしい。弓から剣へと決闘方法を変更するにあたり、装備を変えるといって一旦仮住まいの宿へともどった。

 ワシもとっとと去りたい気分じゃわい、とダーは思う。


 それから半刻のち。

 全ての準備が整った。


「――さあ、尋常に勝負だ、ダーとやら」


 凛々しいといっていい、剣を構えた若い戦士――アルガスが、上段の構えを取る。

 白い胸鎧をつけ、真白い剣を天空へと突きたてている。


「……どうしてもやらねばならぬのかのう」


 ダーは、いかにも気乗りしない様子で返答する。

 一応バトルアックスを持ってはいるが、構えていない。

 だらりと手にぶら下げている状態だった。


「当たり前だ。お前をころしてでも彼女をうばいとる」


「どう考えても理不尽じゃ。馬鹿げた話すぎる」


「ふたりとも、オ……ワタシのために争うのはやめて!」


 ドレスを着た、ショートカットの美少女が、両手を前に組んで哀願している。

 これらの衣装はすべてルカが貸衣装屋さんで調達したそうである。日頃からあまり個性を主張しないルカだったが、他人を美しく着飾らせる事に関しては、並々ならぬ気迫があった。

 つんつんした髪を櫛でとかし、ひらひらの華美なドレスに袖を通させると、しっかりと男爵令嬢に見えるから不思議なものである。これもルカいわく、


「もともと素は最上級だったのです。彼女、無理して男っぽくしていたんですもの。手を入れたくて、日ごろからウズウズしてました」とのことである。


 ダーも、他のメンバーも、しらけた目でそれを見やる。


(なにがオワタシじゃ。まったくすべて貴様のせいじゃというのに―――)


「なにをよそ見している、今の一瞬で勝負は決まっていたぞ」


 まるで情けをかけてやった、といわんばかりのアルガス。

 だが、アルガスは弓はともかく、剣術はダーの足元にも及ばない。

 それは彼の上段の構えでもあきらかだ。


 剣は要するに相手より一瞬早く、急所に叩き込むことが肝要だ。

 したがって本来、身長差がある場合、上段からの一撃というのは、それほどわるい選択ではない。

 相手の弱点である脳天か、首筋にいち早く叩きこめれば、勝利はかたいからだ。

 

――だが、相手はドワーフであるダーである。

 身長差を考えても、両者の差は30センチ以上ある。上段より中段から頭を狙った方が、まだ剣の位置は近いだろう。


(それより、おぬしの隙だらけの前足を吹き飛ばすほうが速いわい)


 ダーの下段からの斬りこみを、アルガスはまったく警戒していないのだ。

 まあルカがいる以上、斬った部分を元に戻すことは可能だが、コニンの目の前で、自称とはいえ婚約者をズタズタにするのは、さすがのダーも寝覚めがわるい。

 

(ひさびさに、あれをやるしかあるまい)


 ダーは斧を肩にかつぐと、ちょいちょいと挑発的に指で手招きした。


「ごたくはよいから、さっさとかかってこい」


「――あとで死骸は丁重に葬ってあげますよ」


 銀のきらめきとともに、剣が頭上から落ちてくる。

 軌道が単純すぎる。ダーはそれを、難なく戦斧で迎撃した。

 後の先――。さわがしい金属音があたりを汚した。

 アルガスには予想外だったらしい。「うっ」と呻き、脚がおどった。

 すかさずダーは、彼の足首を蹴りで払った。

 効果てきめん。がくっと大きく前のめりに体制を崩すアルガス。


「よしよし、そこじゃ。その位置でいい」


 ダーはにっこりと言うと、下から砲弾の勢いで、アルガスの顎めがけて頭突きを放った。

 轟音とともに、ぐるんとアルガスの首が上へと跳ね上がった。

 やがて白目をむいた彼は、そのままドサっと大地へ崩れ落ちた。


「――まあ、これで目を覚ませばよいが」


「殺さずに仕留めるのも苦労ですね」


エクセがねぎらいの言葉をかける。

そこへ美少女然とした格好をしたコニンが駆けてくる。


「……オッサン、どうして?」


「すまん、悪かった。これしか方法が――」


「なぜ息の根を止めてくれなかったんだ!?」


 平然と恐ろしいことを口にするコーニリィンお嬢様。一同わずかに唖然とした。

 ルカの奇跡の力で、やがてアルガスは目を覚ました。憮然たる様子で、


「なぜだ……なぜ勝てない……」とつぶやく。


「お前さんの心根では、一生コニンの心を射止めることはできぬ」


 ダーは冷酷に告げた。アルガスは不審げにダーを見つめ返す。


「ワシらはあの勝負――コニンの頭上に林檎をのせる勝負方法を提案したとき、お前さんが強固に反対すれば、やめるつもりじゃった。じゃがお前さんは乗った」


 ダーはびしっと、アルガスを指差した。


「お前さんは安易な挑発に乗って、勝負にこだわった。本当にコニンを大事に思う気持ちがあれば、絶対にこんな勝負は受けるべきではなかったのじゃ」


 頷きつつ、エクセが後をひきとった。


「――そうです。あの乱暴な勝負方法は失礼ながら、あなたの誠意を試させてもらったのです。あなたは自らの意思で、コニンの安全よりも勝負の方を優先しました。そんな人物が、彼女にふさわしいと思えません」


 往生際のわるい彼も、これには堪えたようだ。

 がっくりと首を垂れ、拳を大地に打ちつけた。

 暫時そうしていたアルガスだったが、不意にがばっと顔を上げ、コニンの両手をがしっと握り締めた。


「すまない、私はまだ、君を迎えに来るには力が足りなかったようだ」


「ソウダネ」


 露骨に不快さをあらわすコニン。顔が嫌悪感に満ち満ちている。


「だが、諦めはしない、さらなる研鑽を積んで、いつかそのドワーフに勝つ」


「迷惑じゃし、不可能じゃ」


「だからその日まで、彼女のことを頼んだぞ、ドワーフ殿」


「ドワーフ殿ではない、ダーじゃ」


 白い歯を見せて、快活に去っていくアルガス。

 皆の心に、どうしようもない不快感を残して――

 一同はやれやれと、その背中を見送るしかなかった。

 とてとてと、なれないドレスを翻して、コニンがダーの近くへと歩み寄った。


「ところでダーさん、オレの格好、どう思う?」


「ダーさんではない、オッサン……いやいや」


 お約束を外されて、いささかダーはずっこけた。

 コニンを見ると、ごく真剣な表情である。こいつは下手なことは言えんなとダーは思い返し、


「ん、まあ、思っておったより似合っとるな、なかなか可愛らしいのではないか」


「か、かわいい?」


「まあ、そうじゃな」


「それじゃ、今後、この格好で冒険しようかな、オレ」


「阿呆なことを申すな。クエストを受けるのに、そんなビラビラは邪魔になるだけじゃわ」


「そ、そうだな、なにを言ってるんだろう。馬鹿だなオレ。い、今から着替えてくるから」


「おかしな奴じゃわい……」


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


――さて、その翌日のことである。

 いつものようにクロノトールの見舞いに行ったダーたちであったが、彼女の様子がおかしい。何かを感じ取ったように不機嫌そうなのだ。女の直感というものだろうか。

 うふふとルカがダーを見やり、微笑した。とてつもなく嫌な予感がする。

 よせばいいのに、ルカがアルガスとの一件を語りだすと、話の途中でクロノはベッドから飛び出し、ダーに飛びかかった。


「……うわきもの……」


 浮気も何もしとらんわい、と言いたかったが、声にならなかった。

 背後からのチョークスリーパーがガッチリ極まっていたからだ。この腕力、全快は間近じゃなと思いつつ、ダーの意識は暗闇に落ちていった。

 ダーにとって今回の騒動は、ひたすら迷惑なだけのことだった。

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