18 コニンの危機 その2

 勝負はきっかり、正午から開始された。


「これよりコーニリィン・ニルフィン嬢の『将来』を賭けた闘いを開始する」


 ダーが高らかに宣言する。

 勝負方法は、いたってシンプルなものだった。

 地面に打ち込んだ木の杭の上に林檎をのせ、それを狙って交互に撃つ。

 命中するたび、自分とリンゴの距離を少しずつ開いていき、先に外した方が負け。


「――悪いけどこの勝負、オレが負けるわけないから」


「その余裕もいまのうちですよ」


 どちらもその双眸に、熱い闘志を燃やしている。

 ダーは天を仰ぎ見た。

 無窮の蒼空はあざやかに澄みわたり、風もあまりない。

 天候に左右されないとなると、偶発的な事象が起きにくい状況である。

 純粋な弓の技量が問われる対決となりそうだった。


「まずはオレからだな」


 先行はコニンである。まずは互いに、的から十歩ほど離れた距離から始める。

 普通の的と違い、リンゴの表面積は小さい。ほんの十センチ程度の的を確実に射抜くのは、弓の達人でも難しいとされている。しかも球体であり、的としては不向きである。コロコロと地面に落下してしまう危険性が高いので、動かないように固定はしている。

 矢が舞った。ぴゅんと風が不満げな声を上げた。

 リンゴのど真ん中を、当然のような顔をして射抜くコニン。


「目をつぶっても当てられるぜ」とにんまり。


 続いてアルガスも難なく命中。


「――当然ですね。もっと一気に距離を広げてもいいですよ」


 林檎からの距離は、両者とも五歩、六歩と広がっていく。

 互いに一歩も譲らないとは、まさにこのことだった。ふたりとも一回も外さない。

 驚いたことに、ふたりの的からの距離は、すでに二十歩を数えていた。

 もっと早い決着を予想していたダーたちは、意外な展開に戸惑う。


(口だけと思ったが、この若者、思ったよりやりおるわい)


 ダーは瞠目した。

 しかし、このアルガスには何か、ダーは引っかかるものを感じていた。


「シュッ!」とコニンが掛け声と共に射抜けば、


「そらっ!」とアルガスも続く。


 じょじょに的中の正確性に差がつきはじめていた。アルガスの矢が、林檎の中心から逸れはじめたのだ。かろうじて林檎の側面を捉え、両者、二十五歩目の射撃を終えた。

 そして二十六歩目の射撃のときである。先程まで感じなかった風が、肌に感じられる。

 コニンは的中させたが、ついに矢がわずかに風に流され、アルガスが失敗した。


「よし、決着あり! 勝者はコニン!」


「やったあ!!」


 高らかにダーが宣言すると、嬉しさのあまり小躍りするコニン。


「今のはアクシデントだ! やり直しを要求する!」


 納得いかないのがアルガスだ。だが、風で軌道が変わってしまうのは、野外の射撃ではよくある話である。それを計算に入れて撃ったコニンと、それで計算が狂ってしまったアルガス。何度も実戦をかいくぐってきたコニンの経験が生きたのだ。


「勝負は勝負じゃ。おぬしは負けたのだ」


「納得がいかない。もう一回です!」

 

 ここまで割といい勝負になってしまったのは、よくなかったとダーは思う。

 アルガスは一歩も引く気配がない。これまでほぼ大きな差は両者にはなかったのだ。風によるミス。アルガスは事故のように感じているはずである。簡単に納得はしないだろう。

 無理もないといえばそうだが、男らしくないとも思ってしまう。

 この若者が納得するかたちで事を収める手段はないか。ダーはちょいちょいとエクセを呼び、相談することにした。


「――ならば、こうしては」


 エクセの提案にダーは大いに頷いた。乱暴な手段にも思えたが、これが一番わかりやすいかもしれない。ダーは周囲を徘徊し、手頃な太さの小さな木の棒を拾いあげた。

 

「よし、ならばルールを変更して次の勝負に入る」


 ダーはここで、大胆な射撃方法を指示した。


「まず、射つのはアルガス、おぬしからじゃ」


 ダーはそういって、コニンをちょいちょいと大木の前に連れ出した。

 そこでリンゴをトン、とコニンの頭の上にのせる。


「落ちぬように、動くなよ」


 ダーの意図を理解したのか、ぐっと親指を立てるコニン。


「さあ、あのリンゴを射抜くのじゃ。まずは距離十歩の位置から――」


「ち、ちょっと待った!」


 アルガスからクレームが入った。


「このやり方で万が一、彼女が大怪我――いや、死んだらどうするつもりです? 私は彼女を連れ帰るために来たのであって、傷物にするつもりは毛頭ありません」


「安心せい、ここには 奇跡の担い手ヒーラーがいる。多少の怪我ならすぐ治るし、もしおぬしがコニンを殺してしまったなら、それはおぬしが腕が未熟だったというだけのことじゃ。自業自得じゃな」

 

 むっとするアルガスに、コニンは怒鳴った。


「いつまでも女々しく言ってるなよ、アルガス! こっちはとっくに覚悟を決めてるんだ。闘う気がないなら、とっとと帰れよ」


 怒鳴ったせいでリンゴがゆれる。コニンはあわてて手で位置を直す。

 女々しいと言われて引き下がれないと思ったか、きっとアルガスはコニンを見返して、

 

「わかりました。ケガをさせず、勝ちましょう」


 腹が決まったか、アルガスはゆっくりと彼女から十歩の位置に立った。

 

 セットからドローイング――弓を構える。

 わずかに緊張のせいか、ふるえて見えるな、とダーは思った。

 そしてリリース。

 案の定、矢はわずかに逸れ、リンゴの横をかすめた。


「次はオレの番だな」


 屈託なく笑うコニン、いつもどおりの顔だ。リラックスしている。

 これから自分が失敗する絵など、想像もしてないに違いない。

――そして、射った。

 確信があったのか、矢の行方も見ずに、こっちに拳を突きつけている。

 果たして、リンゴは地に落ちていた――

 

 正確に、ど真ん中を射抜かれて。


「ウム、この勝負、コニンの勝――」


「ま、待った。こんなのは認められない! もう一回だ、もう一回やらせてくれ! そもそもこの勝負方法はそちら側が言い出したことで、私は事前に一切知らされていなかった。一方的に私が不利な状況での勝負を強いられたのは明かだ。この勝負は対等な条件ではなかったといいたい!」


(長い! 女々しい! もう株を下げまくりじゃなこの男は)


 しかし、この男が諦めてくれないと、勝負は終わらないのだ。

 ダーは申し訳なさげにコニンを見た。


「コニン、もう一回よいか?」


「オレは何回でもいいぜ。オレが負けるわけがない」


 かくして泣きの一回が開始されたのだが――

 アルガスは今度は震えることなく、しっかりと構えた。

 しかしダーには気になる点が見えた。


(む、引き手の肘が、今までより下がって見えるのう)


 そしてアルガスのリリース。あきらかに、これまでより悪い。

 矢は、空中でなにかにぶつかり、弾き返された。


「なっ、なにを!?」


 怒りに燃える目で、アルガスはダーを観た。

 ダーが手にした棒を放ち、矢を宙で叩き落したのだ。


「不正だ! 当るからといって、邪魔をするとは――」


「邪魔ではない。おぬしがコニンを殺すのを止めただけじゃ」


「そんな世迷言を――」


「世迷言ではありません。あの軌道では、どのみちあなたの矢はリンゴに当りませんよ」


エクセ=リアンが助け舟を出した。

そして、リンゴを持って、ダーの元に駆けつけたコニンも、


「オッサン、助かったよ。あの軌道からして、俺は一瞬、死を覚悟したから。うん……覚悟はしたけど、やっぱりあんな場で死ぬのは嫌なもんだな」


 苦笑いで頭をかくコニン。

 しかしダーは笑わない。真摯なまなざしでコニンを見つめ、


「当り前じゃ。こんなところで、大切なお前さんという存在を失ってたまるか」


「た、たいせつな――?」


 わずかにコニンが赤面する。


「――もういい、こんな茶番は認められない。このような卑怯な徒に、私が負けるわけがないのだ!」


 アルガスは怒りに燃える目で、ダーを睨みつける。

 負けず嫌いはダーも同じだが、それでもこの若者の抱えているものとは質が違う。ダーは、なんとなく自己のなかで漠然と抱えていたものを理解した。やはりこの若者に、コニンを任せることはできない。

 

「のうコニン、あの青年は――」


「なっ、なんだオッサン、なんでもないぞ!」


 なにやらコニンのようすが変だ。急にもじもじして、こちらを見ようとしない。

 その一瞬で、コニンの変化を察したものがいた。

 ルカだった。彼女は一瞬でコニンの近くへ駆け寄ってくる。

 そしてルカは、そそくさとコニンの耳元に口を当てるや、


「……いいですか、今から私のいう言葉を、彼に向かって言ってください……」


 なにやらボソボソと二人は小声で言い合っていたが、突然、


「そ、そんなこと言えるか!」

 

 と赤面しながらコニンが叫んだ。

 しかしルカが強引に説き伏せたと見え、不承不承うなづいているコニン。

 なにが始まるのか、他のメンバーも、当然アルガスも理解できない。

 やがて意を決したか、決然と立ったコニンは、きっとアルガスを睨む。


「い、いいか、一度しかいわないからよくきけ」


「なんでしょうか?」


「ああアルガス、オレ――ワタシには、他にすきなひとがいるんだ」


 アルガスはきょとんと首をかしげた。そして周囲を見渡し――


「誰のことです。他といっても、ここには三人の美女と、オイボレ一体しかいないじゃないですか」


「そのオイボレ……いや、オッサン、いや、このドワーフがオレの好きな人なんだ!」

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