3 ドワーフ、エルフを説得するのこと

「まったくもう……あなたという人は」


 ブツブツと小言をいいつつ、エクセ=リアンは、ダーの頭に包帯をぐるぐる巻きつけている。

 さすがにやりすぎた、と思ったのだろう。

 あのあと炎上するダーを、水の魔法で鎮火したエクセは、お詫びのつもりかせっせと手当の真っ最中である。

 

「ちゃんと非常識な訪問の方は、反省してくださいね」


 もちろん、小言つきながらではあったが。

 ダーはふと、そんな旧知のエルフの顔を見上げた。


 その指は細く、睫毛は長く、瞳は開いているのか閉じているのかよくわからない。

 香でも焚いて寝る癖でもあるのか、うっすらといい匂いがする。

 頭上で包帯を巻かれると、長い銀色の柔らかな髪が、さらさらとダーにかぶさり、くすぐったい気分にさせられる。

 ついにダーはその手で包帯を掴み取ると、


「もうよい、あとは自分でやれるわい」


 と、あわてて距離を開けた。

 きょとんと小首をかしげる顔は陶磁器のように白く、整っている。

 特徴的な銀色の髪は、部屋の灯火の光を浴びて、独特の光彩を放っていた。

 おなごはもちろんのこと、男すら魅了してしまう魔性のエルフ、

 それがこのエクセ=リアンだ。


 ダーは思い出す。かつて冒険者ギルドで、彼がアイドルのようにもてはやされていた日々を。

 エクセ=リアンが所属したパーティーは、大抵がこいつの取り合いで、瓦解してしまうというほどの伝説を持つ。まさに傾国ならぬ、傾パーティーの美男子である。

 しかしそういう出来事のたび、哀しそうな顔をしていた彼を思い出す。

 当人は、魔術の研鑽にしか興味のない、いたって浮いたところのない性格なのだ。

 そういう俗世でのさまざまな積み重ねが、この男をうんざりさせ、世捨て人同然の生活に追いやったともいえる。

 ダーとも、ある冒険クエストで知り合い、それ以来、様々なチームで顔を合わせてきた。


「ところで、こんな夜更けに、わざわざ人の扉を破壊しに訪れたわけではないのでしょう。何をしでかしたのですか?」


「しでかしたとは何じゃ。ワシが悪いわけではないわい」


 クスクスとエクセは笑い出した。

 まるで、そんなわけがないでしょう、といいたげに。


「――では夜は長い。じっくりとその理由をお聞かせ願いましょう」


 ダーは熱弁をふるった。身振り手振りをまじえ、時に高く、時に低い声で聴衆(エクセ)に訴えかけた。

 この世界の平和を守るという目的のために、おぬしの助力が必要なのだと。

 そのダーの熱弁に、エクセ=リアンはきっぱりと答えた。


「――いやです」


 にべもない言葉であった。


「まあそういうな。ツンデレもほどほどにのう」


「デレなどありません、いやなものはいやです」


「なぜじゃ、ちゃんと話を聞いていたであろう、かの邪智暴虐……」


「いえ、そこはもういいです」


「むう……日和ったか、エクセ」


「あなたに非があるからですよ。謁見の間で大暴れなんて、最高にアホです」


「それはすでにフルボッコにされて、大きな代償を支払わされたし済んだことじゃろ。それより、おぬしはこのままでいい、と本気で思っとるのか?」


 ふっと急に思案顔になるエクセ。

 日頃から彼なりに思うところはあったのだろう。


「いいとまでは思いません。……ですが、すでに異世界召還された勇者がこの世界に現れたのなら、その者に任せておけばよいことではありませんか」


「それが日和ったというのじゃ。なぜによそものの力に頼り、でかい面をさせ、我ら土着のものがまるで脇役に回らねばならぬのだ。我らの問題は我らで解決するのが筋というものであろう」


 エクセは部屋の書棚に山と詰まれた文献を見やり、


「―――過去、そういった事例はありました」


 エクセは須臾の間、隣室のほうへ姿を消した。

 そこにはさらに多くの蔵書が眠っているのだ。

 やがて、『テヌフタート大陸の歴史』というタイトルのついた本を手に取り、戻ってきた。それをすっとダーに差しだす。

 読め、ということらしい。

 が、ダーは首を横に振ったので、しぶしぶエクセは本を脇に置いた。


「では、口頭でかいつまんで説明しましょう。かつて魔の脅威には、我々の祖も立ち向かったのです。しかし、哀しいかな、我が祖はまるで歯が立たなかった。そこで最後の手段として用いられたのが異世界の勇者を召還し、魔物を撃退してもらうという手段です」


「なぜ、異世界召還されたものたちには、そこまでの圧倒的な力があるのじゃ」


「わたしもその点は疑問なのですが………」


 エクセの秀麗な顔が、憂いに沈んだ。

 理解できないことがあると、エクセはこういう顔になる。

 なにしろ、知識を求めるあまり、里を飛び出たほどの男なのだ。


 この世界には、異世界人のために用意された勇者の装備というものも存在し、異世界から召還された者が、あくまでも特別な存在であるということを示している。

 誰がそれを創ったのか、それすらも謎である。

 

「……わたし自身、疑問に思い、ひたすら調査してきました。過去、わたし同様に不審を感じた研究者たちが書いた、さまざまな文献にも目を通しましたが――どれも、決定打にかけるといいますか、今に至るまで結論を得ていません」


「ならば、その問いに終止符をうつときがやってきたのではないか」


 決然とダーはいった。


「どういうことでしょう?」


「ワシと共に冒険に出立し、彼らの力を目の当たりにするしか、その謎を解明する方法はあるまい。ここで書物の山に埋もれておって、答えがでるものか」


「………それはそうかもしれませんが」


「そもそも、ワシらは亜人と呼ばれ、人間たちから差別を受けてきた」


 ダーは声のトーンを落とし、真剣なおももちで語る。

 彼は幼少よりドワーフは誇り高くあれ、と父から教えられて育った。

 それは信仰のようにダーの心の奥底に浸透し、思考の根幹となっている。


「ワシらの方がこの世界において、人間族よりはるかに古き民だというのにも関わらずな。今回もそんな感じで、国王からいやみを言われたぞ。おぬしらは物語の添え物だとな」 


「わかっています。私たちは人間と比較すると少数派、扱いに差が出るのは……」


「異世界のヨソモノより下でも仕方ない、か?」


 ダーはさらに言葉を重ねた。


「それにおぬしが嫌がっても、ワシは単身でも魔物に戦いを挑むつもりじゃ。おそらく一人では虚しい最後を遂げるじゃろう。それで寝覚めがよいのか? ワシを見殺しにして飲む酒はうまいか?」


「わたしは酒をたしなみません」


「そういうことは聞いておらぬ、イエスかノーかじゃ」


 エクセはハァ、とわざとらしく盛大にでっかい吐息をついた。

 あきれはてたような目でダーを見やる。

 だが、やがてくすくすと笑い始めた。


「なにがおかしい。この顔か? 見慣れた顔じゃろ」


「ええ、そうですね、かれこれ五十年近く見てきました」


「もう、そのくらいになるか」


「あなたは困ったらすぐ私を頼るのですね。エルフ族の私を」


「それほどおかしなことかのう」


「神が我らをおつくりになられた神話の時代から犬猿の仲、といわれる我らエルフ族とドワーフ族。現在は同盟を結んでいるといえ、感情的にわだかまりをもつ者はいまだそれなりにいるのですよ」


「まあ、ワシらも最初は仲良しこよしではなかったのう」


「……いろいろありましたね」


 ふとエクセ=リアンの目が、遠くを見つめているように見えた。

 それはこれまでの激闘の歴史を振り返っているのか、それとも遠い未来を見据えているのか。とにかく睫毛が長いので、実際のところはよくわからない。


「じゃが過去は過去、今は関係ない話じゃろ」


「あなたは本当に稀有な存在ですね……。わかりました。私もたとえ変人とはいえ、五十年来の知己を見殺しにするほど残酷ではないつもりです」


「変人は余計じゃわい」


 ダーはすっと利き手を差し出した。

 エクセ=リアンはか細い手で、その手を握りかえした。



 こうして怒れるドワーフは、最初の仲間をゲットしたのだった。

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