2 ドワーフ、エルフを訪問するのこと

「いたたたたたた。さすがにこたえたわい……」


 ドワーフ、ダー・ヤーケンウッフは痛みに顔をしかめた。

 ここ2日ばかり、自宅で療養していのだ。

 さすがに頑健さで知られたドワーフといえど、鋼ではない。

 屈強な城兵、数人がかりでフルボッコにされたのだ。ほうほうの態で、どうにか自分の家にたどりついたものの、そこで気絶してしまった。

 

 翌日は、顔面が原型を留めていないほど腫れてしまった。

 閉口したのは前がよく見えないため、外出もろくにできないことであった。

 知り合いのドワーフにも「誰だお前は」といわれる始末である。 


(まったく、ひどい目に遭わされたものじゃ)


 ダーは濡れた布キレを顔に当てて休息をとっていた。熱くほてった患部が冷えて心地よい。

 彼が自宅療養中の間に、あの4人の異世界人はそれぞれ個別にパーティーを結成し、旅に出たらしい。チームワークと呼べるものはまるでない。

 それどころか4人のうち、誰が先に魔王を討伐するかということで、競争になっているらしい。すでに王都の民は、誰が最初に魔王を倒すか、賭けさえ行なっているという。

 

 知人のドワーフからその話を耳にしたダーは、焦りの色を浮かべた。

 こちらも、ただちに行動を開始しなくてはならない。

 しかもそれだけではない。異世界人たちはあの後、『異世界勇者専用の武器』なる特別なアイテムを、国王から授けられたということである。あまりに彼我の戦力差が大きすぎる。

 しかも、あの謁見の間に集められた連中とチームを組んでいるのだ。

 ダーも自分の腕には、かなりの自信があった。

 ということは、あの謁見の間に集められていた亜人たちは、全員相当なの力量のもちぬしということになる。こうなると、つけられた差を考えるだけ滑稽といえた。


「ワシをぼこぼこにした隙に差をつけるとか、何たる邪悪な者どもじゃ」


 つぶやきつつも、ダーはあせっていた。

 邪悪な者同士、魔物と相打ちになってくれたらめでたしめでたし。

――だが、そう都合よく話しが進むまい。

 逆に魔王を退治されてしまったりしたら、当然のことながら、手柄はすべてあのいけすかない異世界人のもの。ダーは、単なる殴られ損になる。


(これは大至急、ワシも仲間を集める必要があるな)

 

 しかし、思案してみても、なかなか首を縦に振りそうな人物には思い当たらない。

 冒険者稼業も、ながいことご無沙汰していた。

 昔、ともにパーティーを組んだ仲間はどうしているだろうか。

 もとより命がけの職業であるし、なにより人間の流れる刻の速さは、ドワーフのそれとは違う。

 無事に生きている可能性はあまり高くないだろう、と思う。

 ダーは不意に寒さを感じた。孤独の風が、背筋を駆け抜ける。


(もっとおともだち募集をしておけばよかったわい。後悔先に立たず)

 

 ムム、と頭を抱えていることしばし。ダーは唐突にぽん、と手を打った。


「……そうじゃ。ワシの仲間といえば、エクセがおるではないか!」


 なぜ失念していたのか。旧き善き友。魔法使いのエルフ。

 彼ならば、きっとよい返事をくれるはずじゃ。

 

「善は急げ。こうしてはいられぬわい」


 ダーはスケールアーマーを身につけ、頭部に雄牛の角のような飾りのついた兜を、すっぽり被った。

 背嚢を背負い、腕にバックラーを装着する。

 足にブーツを履き、ぐっと愛用の巨大なバトルアックスを握った。

 出撃準備完了である。

 

「わしじゃああああああああ!!」 


 ダーは意味不明な雄叫びをあげ、すさまじい勢いで家を飛び出した。

 不意にテンションが上がってきたのだ。

 一直線にエルフの家まで駆ける。馬などは不必要だ。

 足の短いドワーフ族にとって、馬は乗りにくく、厄介な代物なのだ。

 ひたすら快足をとばす。今からならば、深夜までには到着するだろう。



―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



 そのエルフは鬱蒼とした木々に囲まれた家で、孤独に生きていた。


 耳が長く、美しい外見をもち、自然を愛する種族、それがエルフである。

 エルフというのは保守的な民族で、緑に囲まれた里から出る事はめったにない。

 里から出たエルフは、はぐれ者とよばれ、ちょっとした差別を受けることになる。

 そういう意味で、このエルフはまぎれもないはぐれ者・・・・だった。


 彼は、エルフ里の刺激のない生活にうんざりしていた。


――というわけではなく、彼の求める知識の少なさにうんざりしていたのだ。

 里の外には数多くの文献があり、賢者がいるのに、それに接する機会を自ら放棄するのは馬鹿げていると思った。自己を高める努力を怠りたくない。

 基本的に長寿のエルフはのんびり屋なので、彼のようなエルフは急進派であり、変わり種といっていい。

 彼はもっと多くの文献を里に集めてほしいと、長老たちに呼びかけた。

 もちろん、大反対。


「そのような外界の知識など必要ない」と、手痛くつっぱねられる始末だ。 

 知識はあればあるほどよい。無知はむしろ怠惰であるし、怠惰は罪である。

 そうしたかれの主張は、エルフの保守派には、邪悪なものと映ったようだ。

 彼の主張に対し、里のお偉方は一歩も譲歩することなく、平行線をたどった。

 押し問答のすえ、彼ははぐれ者・・・・の道を選んだのだ。


 里から出て、知己もいない世界で一人ぽっちになる、というのは想像以上につらい日々だった。

 しかし、それでも彼はめげなかった。

 つらさよりも、未知なるものへの探究心が満たされる充実感の方が勝ったのだ。

 

 しかし研究というものには、とかく素料が必要で、お金がかかるものだ。

 こうなれば世捨て人を気取ってもいられない。

 彼はしぶしぶながら人間の町に出て、冒険者ギルドに登録した。

 

 いくつかの冒険を経て、彼はさらに魔術の腕を上げていった。自分の研究成果を、実戦で経験できるというのは、想像以上に得るものが大きかった。

 クエストの報酬として、それなりの収入も得ることができた。

 おかげで素材も、欲しかった文献も、想像以上に集まった。

 いまは悠々自適――静謐な森林のなか、そのエルフはたったひとりで、内なるマナを高めるべく瞑想したり、あるいは呪文の精度を高めるべく、様々な思いつきを実験したり、それなりに充実した日々を送っていた。


「やはり、里を出て正解だったようですね」


 満足そうにひとり、柔和な笑みを浮かべるエルフ。

 彼の名は、エクセ=リアンといった。

 

――だが彼の平穏は、一人のドワーフの手により、たやすく打ち破られた。


 とある夜更けのことである。

 かれは羊皮紙へ、本日の成果を記していた途中、猛烈な睡魔に襲われた。

 無理をしても頭脳は働かない。彼は潔くペンを措くと、すぐに床についた。

 それからほどなくのことである。


 ドーーン! ドーーーン!


 すさまじい衝撃と振動に、エルフはガバっと眠りから覚めた。

 いや、強制的に覚まされたといっていい。


「な、な、なにごとです?」


 エルフが呆然としていると、家の扉から激しい衝突音がしている。

 この木造りの家は、友人のドワーフの協力のもと建てられたもので、見栄えこそぱっとしないが、頑丈さはかなりのものだ。

 既に築三十年以上が経過しているが、いまだ雨漏りひとつしないのは、流石ドワーフの技術力の高さである。

 その頑丈な扉が、今にも破壊されんばかりに軋んでいる。

 もしや――。


「だ、誰です?」


「ワシじゃ、ひさしぶりじゃな、エクセ=リアン」


「その声はもしかしなくても、ダー・ヤーケンウッフ」


「正解じゃ。元気でやっておるか、エクセ」


「ええ、つつがなく――って、呑気にあいさつしつつ、何をしてるのです!」


「扉が開かないから体当たりをしておる!」 


「バカですかあなたは! 今から開けますから止めてください」


 ドーーン、ドーーン。

 衝突音はやまない。

 彼はあわてて寝台から降り、薄い寝間具の上から上着を羽織ると、彼の暴挙を止めるべく扉へと向かった。


「――あっと……」


 エクセは思わず片膝をついた。さすがに寝起きの状態では、頭がふらついてしまう。彼は低血圧なほうなのだ。

 ドーン! ドーーーン!! 

 その間も、情け容赦なく体当たりは続く。


「壊れるから、体当たりをやめてください」


「イヤじゃ、こうなったら意地でも体当たりで開ける」


「……ふざけるのも大概になさーーーーい!!」


 もはや温厚で知られる彼も、我慢の限界だった。

 エクセ=リアンは髪留めに使っていた小さな棒を引き抜き、それをタクトのように振ると、空中に緻密な魔方陣を形成していった。


 この世界には、多様な神々、妖精が存在する。大地母神センテス、暗黒神ハーデラ、etc……

 その中で最も力の強い神と言われているのが、五聖神である。もっとも遠き遠き過去の時代に、1柱の存在が欠け、現在は四獣神と呼ばれている。


『大いなる天の四神が一、朱雀との盟により顕現せよ――』


 標的を差すように、杖を振るう。 


『――ファイア・バード!』 


 詠唱と共に、空間から突如として炎の鳥があらわれ、扉へむかっていく。

 衝突音とともに、ダーは扉もろとも、炎に包まれた。

 

 まさに燃えるドワーフであった。

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