第一章
1 ドワーフ、異世界召還に憤然とするのこと
――ところが、どうだ。
そこは、ヴァルシパル王城の広大な謁見の間。
その奥中央に鎮座する、豪奢な細工が施された玉座に、国王が座っている。
両脇には、護衛の完全武装した騎士が、四方を睥睨するように佇立している。
さらにその両脇には、腹心の配下とおぼしき数人の男たちがいる。
そして、王の目の前には、赤いカーペットが敷かれ、その上に異世界から召還されたという4人の青年たちが立っていた……。
「よくぞ参られた勇者たちよ、君らを招いたのは他でもない――」
召集されたドワーフ、ダー・ヤーケンウッフは謁見の間の冷たい壁際に、べったりはりつくように立っていた。
むろん、好きでこうしているわけではない。そうするように指示されたのだ。
この扱いの差はなんじゃ? とダーは思った。
さて、国王の話はありきたりだった。世界の危機が目前に迫っている。
魔王軍が勢力を増し、隣国はすでに魔族の攻勢で壊滅状態という。
魔族は神々の中で、混沌を支配するというハーデラ神が創った一族とされる。彼らはひたすら破壊の衝動のまま行動し、常に人族とは敵対関係にあった。
敵を退け、世界の秩序をとりもどす。
それはいい。当たり前のことだ。
だが、それを他の世界からきたよそ者どもに頼って、解決してもらおうという他力本願は何だろうか。
ダー・ヤーケンウッフは、胸のざらつきを感じていた。
彼のほかにも、エルフの弓使い、ノームの僧侶、バニー族の魔法使い、ハーフ・ハーフのシーフなど多様な亜人が呼ばれていた。彼らも同様に、べったり壁際に並べられて配置させられていた。
異世界勇者という若者たちの、下にも置かぬ歓待ぶりとは雲泥の差だ。
さながら天国と地獄が同居しているようなものだ。ダーは苦々しく考えた。
「――いささか、居心地が悪いですね」
苦笑いを浮かべて、エルフの弓使いが話しかけてきた。
ダーは怒りをまぎらわすため、彼と会話することにした。彼から得た情報は有益なものだった。
まず、現国王が亜人差別主義者ということ。それくらいは彼も知っている。
しかし古よりの伝承では、世界が魔の勢力により危機的状況に陥ったとき、全種族から選抜したパーティーを形成するよう伝えられているということ。これは初耳だった。
「すると、国王は不本意ながらも我ら亜人を呼ばざるを得ないが、手柄を立てさせるつもりはこれっぽっちもない、ということか」
「そうです。こうしてわざわざ異世界から勇者を召還するのですから、われわれは彼らの添え物、サポートメンバーなのでしょうね。主役は彼らですよ」
「そこの者ども、何をくっちゃべっておるか!」
頭ごなしの叱責が、なおさら彼らを不愉快にさせた。
異世界から呼ばれたという若者たちも、国王が話していようがなんのその。自分勝手にそれぞれ会話をかわしていたからだ。
ダーの内心は穏やかではない。そこへ再び威圧的な声が飛んだ。
「おい亜人ども、さっさとこっちへ来んか!!」
亜人たちは壁際から異世界勇者の近くへと移動し、その場にひざまずくように命令された。彼らは不満を感じながらも、そのとおりにした。
そこから、異世界勇者によるパーティーメンバー選抜が始まった。
すべては勇者たちが自侭に選択し、必要ないと判断された者はすごすごと帰された。彼らの選抜基準は一目瞭然だった。顔がいいか悪いか、それだけのように思えた。
当然のごとくドワーフも、誰からも選ばれなかった。
「オイ、不合格の亜人どもは、とっとと裏口から出て行け。邪魔だ」
嘲笑をふくんだ声が、彼らを追いたてた。
(ほほう、勝手に呼んでおいて勝手に帰れ、か……)
この扱いには、もはやドワーフの我慢も限界だった。
ドワーフは激怒した。
そのドワーフは限りなく怒っていた。
「………下らない茶番じゃな」
と、そのドワーフは毒づいた。
それほど大きくはない声であったが、謁見の間をどよめかせるには充分だったようだ。
「――茶番とはどういうことだ、そこのドワーフよ」
王の腹心のひとりが問いかけた。
「そこのドワーフではない。ワシにはちゃんと、ダー・ヤーケンウッフという名がある」
「めんどくさい男だ。ではダーよ、どういうことだ?」
「どうもこうもないじゃろ、魔王が復活した。じゃが自分たちで解決せずに、他の世界から召還した異世界人にこの世界を守ってもらう? すばらしい他力本願に、全国民もうれし涙で枕を濡らすことじゃろう。どいつもこいつも豪華キャストによるタマナシ野郎たちが夢のような競演じゃな」
「な、なにい、さすがに言いすぎではないかダーとやら」
「このドワーフ、お約束がわかってないよ……」
哀れむような目で、異世界召還された者たちがダーを見る。
ドワーフはフン、とひたすら尊大にその視線を跳ね除けた。
さすがに看過できぬと思ったか、国王自らドワーフに告げた。
「だが、これこそが世界の危機を救うための唯一無二の方法なのだ。この世界はそうして守られてきた。そう
国王の声に、ドワーフは首を振った。
「他の可能性を排除してそんな書に頼る、それこそ馬鹿げておる」
「では、どうすればよいというのだ!」
ここが正念場だ。国王の声に、ドンとドワーフは胸を叩いた。
「このワシを頼ってみればよい。亜人、いやダー・ヤッケンウッフが世界を救う」
一瞬の沈黙のあと、「ガハハハハハハ」という笑い声が一斉に謁見の間に響いた。
「おまえがか、仕様のないやつだ」
国王は憫笑した。
「たわけた事を申すな。それができれば異世界の戦士を召還したりはしない。第一、ドワーフなど確かにあらゆる戦記物に登場するが、どれもこれも脇役。ヒゲのジジイに何ができる」
再びあからさまな嘲笑が周囲から巻き起こる。
ドワーフ、ダー・ヤッケンウッフは屈辱に耐えた。悔しさに眼がくらむ思いだった。ダーは大声を発するのをかろうじて自重した。
常に誇り高くあれ。父の声が脳裏に蘇った。
「――そこの4人、名をなんと言うのじゃ!」
ダーはビシっと異世界召還された若者を指差した。
こうなれば、この者たちの名前と顔をしっかり記憶してやろう。そう決めたのだ。
「ぼ、僕はケンジ・ヤマダといいます」
大きなメガネをかけた、いかにも平凡そうな若者が素直に応えた。
髪型はボサボサで、まったく手入れをしていないようだ。
召喚されて、着替える間もなく、そのままこの場に現われたということだろう。
始終キョドキョドして、やたら周りを見回している。
「私はハルカゼ・ミキモトだねえ」
次に、すらりとした長身の青年が応えた。茶髪に長髪、髪はウェーブがかかっている。
半身の姿勢の、妙なポーズを決めているのは、何かの儀式だろうか。
自分の外見に自信を持っている、いかにもナルシストっぽい男だった。
「おう、オレはタケシ・ゴウリキという」
ジーンズに半そでのシャツというラフな格好をした、筋肉質の若者が言った。
鍛えぬいた大胸筋と上腕が、着ているシャツを破りそうだ。
髪の毛は短く刈り込み、静止することなくやたらと動き回っている。
いかにも考え事が苦手そうなタイプだった。
「アタクシはケイコMAXよォ。ケイコ姉さんって呼んで~」
カマっぽい、いや完全にその道まっしぐらの男がクネクネしながら言った。
どういう構造なのか、全身ピッチリした黒タイツのような衣装を着ている。
彼らは本当に同じ世界からやって来たのだろうか。それぞれ完全に異質である。
「何が姉さんじゃ。どっからどうみてもいかついアンちゃんじゃろ」
「いかついアンちゃんはヤメて! アタクシ傷ついたわ~! 訴訟よ!」
「君、最後に強烈なインパクトで全部持っていくのはやめてほしいね」
ミキモトというキザな若者が、会話に割って入った。
ケイコMAXは、彼をじろりとねめつけた。
どうも好みのタイプではなかったらしい。
「何よ! あんたたちがキャラ薄いのよ、特にそこの、やる気あるの?」
そこの、と指差されたヤマダ君は、オロオロと完全に挙動不審になっている。
「い、いや、僕はRPG大好きなだけで、キャラとか言われても…」
「そんなんじゃ生き馬の目を射抜くオカマ業界で生き残っていけないわよ」
「そんな世界には一歩も足を踏み入れるつもりはないです…」
「おいおい、キャラとかつまんねえこと気にしてんなよ」
筋肉男のゴウリキは、心底嬉しそうににやにやと笑っている。
「オレは三度のメシより喧嘩が大好きだ。でもシャバじゃ、ちょっと拳で相手を撫でただけで捕まっちまう。だがよ、ここならオマワリも来ないし、まったくいい世界に呼んでくれたもんだぜ」
こいつは明白な悪人じゃな。そうダーは確信した。
そこでダーは、ふしぎなものを見る表情で小首をかしげた。
「おや、異世界人を召還したと聞いたが、なぜゴリラが混ざっておるんじゃ」
「誰がゴリラだ! 喧嘩なら買うぞオラ!」
「買う? ここの通貨も持っておらんくせに適当な事を言うものではないぞ、このゴリ肉マン」
「てめえ、あだ名まで速攻で決定しやがって……もうゆるさねえぞ」
「むう、これはワシが言い過ぎたか。許してくれ、ウッホウッホ」
「こ、殺す。この老いぼれドワーフ!!」
突進するゴウリキ、
受けて立つドワーフ、
制止に走る騎士たち、
逃げ出そうとするヤマダ。
入り混じる怒声と悲鳴。
たちまち巻き起こった大乱闘に、謁見の間は大パニックに陥った。
「ええい、そのドワーフは王宮侮辱罪で死刑だ!」
国王が怒りに任せて宣言すると、周囲の者があわててなだめる。
「王よ、それだけはさすがに……」
「かの者はあれでも一応……」
周囲の説得を受け、国王は不承不承、死刑を撤回せざるを得なかった。
ならばとドワーフは集団でボコボコにされ、王宮から蹴りだされた。
このとき、このボコボコにされた大口叩きのドワーフが、世界を騒乱の渦に叩き込むことになるとは、まだ誰も知らなかった……。
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