4 ドワーフ、さらに冒険者をつのるのこと
――さて、ようやく旅に出る準備が整ったにせよ、仲間は一人だ。
さすがに魔法使いと戦士だけではバランスが悪い。
そこで、ダーは冒険者ギルドを活用することにした。
冒険者ギルドは、モンスターの被害に悩む人々に冒険者を斡旋する機関であり、その逆に、冒険者が仕事を紹介してもらう場でもある。
冒険者が金を稼ごうとするなら、ダンジョンにこもって一攫千金、珍しいアイテムを入手する方法もあるが、日数がかかり過ぎて現実的ではない。堅実なのはやはり、ギルドに所属することだ。
ギルドはヴァルシパル王国のみならず、テヌフタート大陸中のどこにでも支部が存在している。ひとたび所属すれば、各地のギルドで様々な便宜をはかってもらうことができる。
ただし、年会費はとられるのだが、一回のクエストで簡単に返せる額だ。ギルドは冒険者から金銭をむしりとるのを主目的としていない。冒険者を紹介して依頼主から仲介料をいただいた方が、はるかに合理的であるからだ。
さらに、数多くの冒険者が出入りするので、顔見知りも増える。
一人ではこなせないような、報酬の高い、むずかしい依頼も、数人で受ければクリアできたりする。
つまるところ、へっぽこな冒険者でも、チームを組めばなんとかなるということだ。戦いは数なのだ。
最近は、魔王軍の侵攻に合わせてか、魔物の跳梁がさかんになっている。冒険者の需要は増える一方であった。
「――じゃまをするぞい」
ダーはどかんと豪快にギルドの扉を開いた。
薄暗がりのギルド内に、外の日差しが鋭角にすべりこむ。
一歩踏み込むと、たちまち、むわっと酒の匂いがダーの鼻腔をくすぐった。ギルドの一階は酒場になっていて、二階が受付となっている。
「わ、私は外で待っていますから、用件を済ませてください」
エクセ=リアンが蚊の鳴くようなちいさい声で、フードを深く、さらに深くかぶって言った。
あきらかに、この場を避けたがってるようすが見て取れる。
「そんなに深くかぶっては前が見えなかろうに」
「私はこれでいいのです。ほっておいてください」
これはかなり深刻だわい、とダーは呆れる思いだ。
相当、以前のトラブルが尾を引いているようだ。トラマナ、というやつである。
(いや、トラウマだったか。まあこまかいことはどうでもいいわい)
エクセにとってヴァルシパル王都内のギルドは、よい思い出が何もないらしい。彼の所属をめぐって――より露骨にいえば、エクセの取り合いで――とあるパーティー同士が揉めた過去があるのだ。
しかし、それも五年以上前のはなしだ。いつまでも引きずっていては、本人のためにもなるまい。そう思ったダーは、嫌がるエクセの手をなかば強引にひっぱって、中へと入った。
一階の酒場は相変わらずの喧騒だ。
昼間というのにガハハと陽気な笑い声がこだまする。
冒険者に昼夜はない。仕事終わりの冒険者たちや、これから戦いに赴こうとする戦士などが景気づけに、豪快にジョッキをくみかわしている。
「むう、ワシも一杯やりたいのう……」
「用件は一杯ひっかけることなのですか?」
ローブの奥から、エクセの冷たい目が光る。
ヤレヤレとダーは、エールの誘惑を断ち切って二階へと向かった。
「よう、ダー・ヤーケンウッフじゃないか。国王の前でずいぶん派手にやらかしたって、あちこちで噂になってるぜ」
受付のオヤジが陽気に声をかける。
「フン、ワシを甘くみた罰じゃ」
「罰も何も、ただあんたがボコボコにされたんじゃないか」
「えーい! そんなことはどうでもよい! 冒険者の斡旋してほしいのじゃ」
「怒るな怒るな。―――冒険者だな。どのタイプが希望だい?」
「今は戦士と魔法使いの二人じゃから、戦士、盗賊、回復師の三人を希望する」
「じゃあちょっと今いる連中に当たってみるから、下の酒場で時間を潰してきてくれ」
二人はそうすることにした。
一階は所狭しと、円形のテーブルが並べられている。それぞれのテーブルには、まばらに冒険者たちが椅子に腰をおろし、酒をあおったり、テーブル上の果実をつまんだりしている。
奥にはカウンターも設置されており、静かに飲む連中はそちらで飲む。
ダーは適当に空いた席をみつけ、鼻歌まじりにそこへ腰を下ろした。当初の希望どおり、酒が飲めるので上機嫌である。
エクセは「私はちょっと所用が……」とその場を逃れようとした。
しかし、まわりこまれてしまった。
ダーのしつこさに根負けしたのか、エクセは人目の少ない隅っこのテーブルを条件に、しぶしぶとイスに腰をおろした。
お酒は飲めないので、ちびちびと果実水を口にしている。
一方、エール酒をガハハと陽気にあおっていたダーだったが、つんつん、とエクセが肘をつっついてくる。
「なんじゃ?」
「時間が空きましたので、すこし現状確認をしておこうと思います」
ささやくようにエクセは語り、テーブルに世界地図を広げた。
テヌフタート大陸。底辺の広いほぼL字型をしたこの大陸は、現在は大小四つの国に分かれている。いや、いたといっていい。
L字の底辺のほぼ中央部に位置するのが、彼らの所属するヴァルシパル王国である。
彼らヴァルシパルから見て、左隣がガイアザ王国であり、ここヴァルシパルとは同盟関係にある。
右隣に位置するのがプロメ=ティウ連合王国である。ここは九つの有力な民族が混在しており、それぞれ代表を頭にいただき、彼らの投票により元首を決定して政治を行っている。
L字の頭頂部に位置する国がフシャスークであるが、ここはすでに滅亡している。
地図の中心部に、我がもの顔で鎮座ましましている晦冥大陸。
そこが魔王の本拠地であり、ここから魔王軍は海を渡り、手始めとばかりにフシャスーク国を滅ぼしたのだ。
電撃的な攻撃であり、まったく不意をつかれたフシャスーク軍は、救援を呼ぶいとまもなく制圧された。
位置的に、次の犠牲者は隣国、ガイアザだった。
現在、ガイアザと魔王軍は交戦中であり、戦況は悪化の一途をたどりつつある、という。
ガイアザが滅びれば、次はヴァルシパルの番である。楽観視してはいられない。
そこまで滔々と語ったエクセだったが、不意に言葉を切った。
いぶかしげにエクセを見るダーだったが、そのうち、ヒソヒソ声が周囲から漏れていることに気づいた。
「――む、ワシに何か用かのう?」
ダーが周囲に声をかけると、皆さっと視線をそらす。
なんじゃと不快に思っていたところに、さっきの受付のオヤジがやってきた。
「いやあ、困った事になったよ」
「何を困ることがある。困るのはお前のブサイク面じゃ」
「相変わらず口が悪いな……。いや、あんたが派手に国王相手にやらかしちまった件が、噂になって広まってるんだよ。それで、こっちまで睨まれたら困るってんで、まるで人が集まらないんだよ」
「ムムムッ! なんというザマじゃ、貴様ら!」
怒れるドワーフ、ダーはさっと席の上に立った。
たちまち周囲の視線がダーに注がれる。
周囲をじろりとねめつけると、ダーは吼えた。
「腰抜けの上の腰抜け、キング・オブ・腰抜けメンズ。それが貴様らじゃ!」
「な、なにい、だれが腰抜けだ! 前言撤回せよ!」
これにはさすがに周囲の冒険者たちから怒りの声があがる。
「ほう、ならばワシのパーティーに入って、異世界勇者どもを出し抜き、魔王軍と闘ってやるという、度胸満点のナイスガイはここにおるのか?」
これには満座、たちまち沈黙に包まれた。
「王様に逆らうなんて、バカをみるだけだぜ……」
「長いものには巻かれた方が得だぜ、ダー」
周囲から諌める声するのが、ひどく情けない。
これが危険な仕事をなりわいとする冒険者たるの姿なのだろうか。
「――そらみたことか。こんな老人よりも腰の抜けたものどもを頼ろうと思ったのが一生の不覚じゃった! 帰るぞ、エクセ=リアン!」
「あっ、バカバカ!」
衆目の集まる中、大声で名前を呼ばれてしまったエクセは、あわててダーの口をふさいだ。
「エクセ=リアン、聞いた事があるぞ」
「――も、もしかしてあの!?」
女性冒険者たちがかしましい。
エクセ=リアンは、もう五年以上も冒険者活動をやっていないといっていた。
しかし人々を幻惑する、美形のエルフ魔法使いの伝説は根強く生きていたのだ。
興奮した誰かが、エクセ=リアンのローブを引っ張った。
あっとエクセが顔を隠す暇もない。
はらり。たちまち長い銀色の髪、美しい陶磁器のように白い顔があらわになる。
「キャーーーーッ!!!」と、女性陣の黄色い悲鳴が響く。
「エクセ様! 本当にお美しい、噂は本当だったんだわ!!」
「エクセ様の活躍と美貌は伝説ですよ!」
「わ、わたし、エクセ様のパーティーなら、参加させてください!」
「ズルい、わたしが先に入るわ!!」
「私が先よ――っ!!」
たちまち冒険者ギルドは阿鼻叫喚のちまたと化した。
エクセはもみくちゃにされ、まともに歩けないような状況となった。
「えーい、エクセ目当てで参加されたまるか、惚れるならワシにせい!」
「いやよ、こんなヒゲモジャ!!」
「ならば交渉決裂じゃあ!!!」
「――だ、だからいやだったのです……」
珍しく憔悴しきったエクセの声。
怒れるダーは、エクセに群がる女冒険者をひっぺがし、かろうじてその場から脱出した。
目的はまったく達成されないまま……。
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