第4話 修学旅行(後編)

二日目。七時に起床し、ホテルにあるレストランで朝食を食べた。そして少しの間華凛と電話で話し、バスで数分の有名な大きな公園に向かった。遊園地は夜のパレードが見れるように午後からなのだ。

公園に到着し、バスを降りた俺は空気をいっぱいに吸込み、誰かが絶対言うことを叫ぶ。


「あー!空気がうまい!」


「唯葉、なんでそこを厨二チックに言えないかな」


「別にいいだろう?酔ってない状態で楽しめると考えるとなんだか嬉しいわけよ」


「バス乗ってる時間短かったし、ここに乗り物とかないもんね。九重の独壇場だ」


その通り、俺の独壇場!公園は記念館が隣接しており、まずはその記念館に行き、それから公園で遊ぶなり昼ご飯を食べる。記念館は残念ながら興味を引くものはなかった。なので俺は公園でめいいっぱい遊ぶことにした。原っぱを駆け回れてすげー楽しい!


「九重楽しそう」


六月一日がぽつりと笑いながら呟いた。そんな六月一日を筆頭に陸やリヲンは木陰で過ごしている。天気がいいのに勿体ない。若い奴は元気にしてないとだぜえええええぇぇぇぇ!


「あー!楽しいーーーどぶぐろあべががががッ!」


「ちょっ、九重!?あんたどんなダイナミックなこけ方してんの!?」


ダイナミックなこけ方?俺はただ足ひっかけて前方に倒れて海老反り顔面滑りしながら数メートル滑った後に転がっていっただけだが?うん、ダイナミックだわこれ。


「おい九重、大丈夫……だな」


と、何故か大丈夫だと確定される。まあ俺の正体を知っている人ならば、そういう判断になるのも無理ない。


「ちょっと小原先生!なんで勝手に決めつけるんですか!?」


俺は一般市民に見られないように傷を修復し、がばりと起き上がる。確かに大丈夫だが、納得がいかない。


「吸血鬼だろう。心配する必要性がないだろ?」


「そうですけど、ひどくね?」


「どうでもいいが、気を付けろ?お前はもう年寄りなんだ」


「年齢的に考えるとそうですけど、まだまだ元気だから」


「わかってるよ。毎日華凛から聞いてるからな。毎晩激しいって」


「ちょっと待って小原先生。華凛から毎日何聞いてんだ」


すん……と真顔になって小原先生に問うも、にっこりと微笑まれる。誤魔化す気だろうか。まあ追求するのはちょっと怖いからやめておこう。墓穴堀たくないし、毎晩してるわけじゃないし?ほ、本当だもんね!


「まあとりあえず、気を付けて遊べよ、九重」


「りょーかいです」


覇気なく言うと、小原先生は呆れ気味な目線を向けて、教師陣が集まっているところに向かって行った。何やらこちらをちらちらと見ながら、小原先生に話しかける教師がいる。恐らく九重君は大丈夫でしたか、と言ってるんだろう。口の動きからして。

俺はぐっと伸びをして、スマホを見る。お、もうすぐで学校は休み時間になるな。華凛もあれから順調に友達を増やした。俺を狩ろうとしていた時は人間関係が邪魔になることを恐れていたのだろうと思う。

友達と話がしたいだろうか。電話、こちらからアポなしでかけていいものか。って、男がなーに女々しいことを。アポなしが不安ならメールで聞けばいい話だ。

俺は木陰に寝っ転がってメールを打ち、送信。しばらく待っていると、華凛から返事が来る。


「四時間目終わった後なら、か。しゃーなし、もうひとっ走りしときますかね。もう数分でオリエンテーションあるし。いや、逆に休むべきか?」


んー、休むかー。なんだか冷静になるとさっきまでのハイテンションが恥ずかしくなるな。

………さてと、そろそろ集合場所にでも行こう。陸たちも移動してることだし。

俺は小走りで陸たちと合流し、集合場所に向かう。


「陸、オリエンテーションって何やるんだっけ」


「鬼ごっこじゃなかったかな。この歳になって鬼ごっこっていうのもなんだかなって思うが」


「まあな。でもたまにはいいだろ。案外楽しめると思うし」


「状況次第だな。俺が逃げる時に唯葉が鬼だったら無理」


「いや、こんな所で吸血鬼全開はまずいだろ……」


流石にそこまで大人気ないことはできない。それに、人間並みの手加減はもうマスターした。


「まあ、できることなら一緒に鬼サイドに行くか」


「お、それはいいな」


俺と陸は笑い合いながら、集合場所に向かった。

………。

…………。

…………その時、視線を感じたこと。俺も陸も、


***


「あのさー、九重、式部」


ホテルに戻るバス内にて、六月一日が俺と陸をジト目で睨む。


「あんたら、鬼ごっこ本気出しすぎ」


「そうか?」


「そうだよ!男子みんな半泣きだったじゃん!身体能力は人間に合わせてるにしろ、二人のあのコンビネーションはなに!?」


「まあ付き合い長えしな」


阿吽あうんの呼吸か……」


「嫌そうだな親友よ?」


俺は陸のこいつとか……という視線を見逃さなかった。

しかし、何故こんなにも言われるのか。作戦は単純。俺が敵(逃げる側)の動きを予測しながら追いかけ、陸が隠れているところに誘導するだけの簡単な作戦だ。


「でも、陸はともかく俺はいいだろ?この後どうせグロッキー状態になってげぽげぽ言うんだから」


「まあ確かに。ここらで無双しとかないとやってられないって感じかね」


「そう言うなら俺は待ち伏せしてただけだ。七割は唯葉が捕まえていたように思うが?」


「こうなるから私二人って言ったの」


六月一日はジト目で睨み、ぽふっと座り直した。それに対し、となりのリヲンがあははと苦笑いを浮かべ、まあまあ、と宥めていた。


「まあでも、あんなに生き生きとしてるユイハ、久しぶりに見たよ。しかも、殺伐としてないし」


「昔生き生きとしてた時、殺伐としてたの?」


「まあね。ここじゃはっきりと言えないけど、血に飢えてたって言うのかな」


「正直言うと、同胞はみんなそんな時期あるからな?違いは表に出たか、裏に隠したままだったかくらい」


「裏の方がやばそう」


「やばいよ。表では我慢してるわけだし、対処もしにくい」


「表に出ればすぐわかる。対処も簡単ってわけなんだ」


「なるほどねー、リヲン君はどうだったの?」


きっと何気なく言った一言だと思う。でもリヲンは過剰に反応を示し、あたふたしだす。こりゃカバーが必要か。


「なーにあたふたしてんだ。お前は表に凄い出てたろ?対処し易いったらありゃしなかった」


「そ、そうかな。そうだったかもね」


を浮かべ、リヲンは頬をかく。冷静になったようで、上手くポーカーフェイスを作っていた。

この後どう話を逸らそうか。そう考えていると、俺のスマホが振動する。画面を見ると、華凛からの電話だった。


「華凛からだ。もしもし?」


『もしもし、唯葉君。三時間目終わり電話できなくてごめんなさい』


「んにゃ、謝る必要はないよ。今こうして話せてるわけだしね」


『そうですね。野暮でした。今のところ大丈夫ですか?乗り物酔い』


「ああ、今日はまだ余裕だと思う。それでな、さっきオリエンテーションで鬼ごっこやったんだけど……」


俺は華凛と話せることが嬉しくて、帰ってからしてやろうかと思っていた土産話を今披露してしまっていた。それを華凛が聞いて、相槌を打ってくれる。それだけで俺はさらに嬉しく思った。

それからややあって午後三時。再び遊園地に到着した俺たちは、初日に回れなかったエリアを周り、乗りたいと希望のあったアトラクションは残り観覧車と、夜のパレードだけだった。パレードまで時間があるので今現在、観覧車の列に並んでいるところだ。


「の、乗り物は後一つ……うぽぁっ」


「九重ー、ふぁいとぉー」


「覇気を込めろ六月一日ァ……」


「はいはいごめんね。それで、どういう組み合わせで乗る?」


この六月一日の問いに、全員が首を傾げる。俺は華凛がいないから誰でもいいと思っていて、考えてなかった。恐らく、陸もだろう。


「ミユ、一緒にのるかい?」


最初に仕掛けたのはリヲンだった。それに不意を突かれたのか、六月一日はきょとんとしていて、反応しない。


「おおー、リヲン君大胆だね!」


「未由行って来なよー」


「へっ、あ、うん。じゃあ一緒乗ろうか」


六月一日は少し戸惑った様子を見せたが、すぐにいつもの雰囲気に戻った。少し、驚きすぎのような気もするが、気にしないでおくか。


「それで、九重君と式部君は彼女さんと電話しながら乗ってれば実質一緒に乗ってることになる!」


「なん……だと……?愛さん天才か?」


***


「というわけで、今こうして電話してるわけよ」


現在観覧車の中。俺は華凛に電話をかけて、今に至った経緯を説明した。それを聞いた華凛はふふっと笑う。


『なるほど、いきなりの電話で驚きましたけど、嬉しいですよ』


「そう言ってくれて何よりだ」


『ね、唯葉君。そこから何が見えますか?』


「んっとね、遠くに海が見えるよ。ギリッギリ太陽が見えてて、淡いオレンジ色に染まってる。お、今ジェットコースターが天辺に到達したぞ!んで下を見るとなー、思わずふっ、人がゴミのようだ……って言いたくなるくらい、人がいるよ」


見えるもの、感じたこと。全てを言葉にして、華凛に伝える。それが楽しくて、返事を返してくれることが嬉しくて、あっという間に一周してしまった。


「今地上に降りたよ。列が凄い長い」


『もうですか?あっという間でしたね』


「本当にね、華凛と話してたからかな」


『だと嬉しいです』


「……なあ、華凛」


『何ですか?』


「このままパレードまで、このままじゃダメかな」


思考回路が女々しい。んなことどうでもいい。可能ならばこのまま華凛と通話を繋げたままでいたいと思ったんだ。


『いいですよ。私も、切りたくないので』


話が尽きないよう、俺は初日のことから事細かく話した。土産話がゼロになってしまうが、そんなの気にしない。今こうやって華凛と話する方が優先だ。


「……もう少しで、始まるよ。パレード」


『そうなんですか?』


「ああ、まあだからってーーー」


『き、切らないでくださいッ!』


パッと小さな花火が上がり、パレードが始まる。だけど、俺が注意を向けてるのは通話だ。別に、切るつもりはないんだが。


「……どうした?」


『へ?あっ、すいません忘れてくださ』


「言って」


『え?』


「何かあるなら、言って。何でも聞いてやる」


『……わがままでもですか?』


「ああ」


『会いたいって言ってもですか?』


「ああ。会いに行く」


『じゃあ、来てください』


「わかった。時間が必要だがいいか?」


『はい』


「日付変わる前には、絶対行く。だから待ってて」


『はい、待ってます』


一旦、電話を切る。この後会うのだ。さて、作戦開始だ。


「陸、六月一日、リヲン。頼みがある」


***


就寝時間の二十二時。俺は既にホテルを抜け出していた。陸たちはプロだ。俺が抜けだしたこと、気付かれることはないだろう。

とにかく俺は華凛に会うことだけ考えればいい。新幹線で一、二時間?舐めるな、俺が本気を出せば、三、四十分で着く。

駆けて、駆けて、駆けて。駆けるほど血が力に変換され、抜けていくのを感じる。

でも、暴走の気配はない。昔の俺なら、とっくに暴走していただろうに。だが、ギリギリなことも事実だ。

痛みに苦しみながらも、駆けていると視界に華凛の家を捉える。俺は血液パックを飲み干し、ラストスパートをかけた。そこから時間にして、一分足らずで玄関に到着した。俺は開錠し、ゆっくりとドアを開けると、華凛が目の前にいた。奥から人の気配はない。家の中にはヴェラたちはいないらしい。


「ッ!唯葉君!」


華凛は俺を視野に捉えた瞬間、胸に飛び込んでくる。俺はしっかりと受け止め、中に入って玄関のカギを閉めた。そしてそっと首筋を撫でると、華凛はピクリと小さく体を震わせる。


「……いい?華凛」


さっきのは、血を啜っていいか、という確認だ。華凛は抵抗する素振りを全くせず、黙ってこくりと一度頷いた。なので俺は牙を突き立てる。飢えていたせいか、やや雑に入れてしまい、華凛はビクッと体を震わせながら思わずといった様子の喘ぎ声を漏らす。

そんなのお構いなしに俺は血を啜り、適量飲んだ所で牙を抜いた。


「唯葉君、乱暴」


「ご、ごめん」


「うんん、気持ちよかったし」


「そか」


俺は新たに目覚めさせた罪悪感を抱きながら、華凛を優しく抱き寄せる。


「したくなってきた」


「噓つき。元々やる気満々じゃないですか」


「まあな」


にっと笑い、俺は華凛と舌を絡める深いキスをしながら、服を脱がせていった。

……数時間後。六時になったので、俺は俺の腕枕で寝ている華凛を揺り起こす。するとすぐに目を覚ました。


「おはよう華凛」


「おはよ、唯葉君」


「俺はそろそろ行くよ。今日の夕方にちゃんと帰ってくるからな」


「ん、わかりました。あ、行く前に、キスしてください」


「ああ」


唇が軽く触れるキスを数回した後、俺は華凛の頭を撫で、行ってきますと伝えて家を出た。帰りは見つからないことを優先して、陸が窓を開けるタイミングぴったりの時間に着くように走った。

そして七時ちょうど、俺は予定通り窓が開いてるか確認した後、加速して入る。


「ご苦労さん、唯葉」


「お疲れユイハ」


「ああ、あんがとな。ばっちりか?」


「あまり舐めてもらっちゃ困る」


「まあ、だよな」


くくくと笑って、俺はぐっと伸びをした。華凛と少しの間一緒にいたことで、寂しさは消え失せ、晴れ晴れとしていた。だからか、三日目は一番楽しめたのではないかと思った。




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血牙ノ黙示録 海風奏 @kanade06mikaza

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