第3話 修学旅行(前編)

 秋が最も深まり、肌寒さを感じるようになった十一月の上旬。現在、うちの高校の二年生が乗った新幹線が、修学旅行先に向かうため進んでいる。ゆらり、ゆらりと揺れる新幹線。俺は今、猛烈に酔っている。ぎもぢわるい……いつマーライオンになってもおかしくはない。


「九重って、乗り物弱いんだ」


「あ、ああ……本来、乗り物なんて……うぷっ……」


 いかん、これ以上は終わる。俺は陸に任せたと合図して、黙りこくことにする。さっきからトイレ誰か籠ってていけないので我慢する他ないのが現状なのだ。袋に放水はまっぴらごめんだ。


「さて、説明を引き継ぐとだな、吸血鬼は走ればかなりの速度が出る。つまり乗り物なんかならなくたっていいわけだ。だから耐性がない奴が多いんだ。唯葉の場合多少なら耐えられるんだが、長時間、具体的に言うと一時間くらい乗り続けるとこうなる」


「なるほどね、納得。で、リヲン君は数少ない耐性がある一人ってことね」


「まあね、ボクは楽ができるに越したことはないと思ってるからね乗り物は乗れなきゃ」


「リヲン君はそうだと思った。さて、華凛ちゃんにグロッキー状態の九重の写メ送ろーっと」


「俺も千里にグロッキー唯葉送るか」


「て、てめえら……おぼぇっ……うぷ、てろよ……」


「もう少しで着くから頑張れユイハ」


 こんな調子で大丈夫だろうか。そう考えながら、吐き気を紛らわせた。なお、気分は紛れることはなかった。ぎもぢわるい……


 ***


 新幹線を降り、一度宿泊先のホテルに向かい、大きな荷物を置きに行ってから遊園地に向かうのが、一日目の主な日程だ。ホテルの一から三階が男子、四から六階が女子の部屋となっている。俺と陸とリヲンは二階の二〇三号室に泊まることになった。その室内にて俺のグロッキー状態は継続していた。ぎもぢわるい……


「おい唯葉、そろそろ回復しても良くないか?」


「無理、絶対無理。まだぐらぐらしてる……」


「ユイハってここまで弱かったのか……最強唯一の弱点か」


「新幹線の中でも言ったけど、長時間乗ったらだから、弱点って程じゃないと思うぞ」


 陸はちらと腕時計を見て、リュックサックを背負った。釣られて俺も腕時計を見ると、ホテルのエントランスホールに集合する時間が迫っていた。俺は重い腰を上げ、リュックサックを背負う。せっかくだ、エンジョイしなければ。まだ若干気持ち悪いが。


「行くか……約束の地へ……」


「お、久しぶりに厨二病っぽいな」


「ちょっと陸、そんなこと言わないの。まるで今まで厨二病キャラ忘れてたみたいに聞こえるでしょ!」


「半ば事実なんだよなぁ」


「おーい、遅いよ自称吸血鬼ー!」


 六月一日が手をひらひらと振りながらこちらに駆け寄ってくる。わざわざこっちに来なくていいだろうに。と思ったが、一応理由はあるようであった。


「リヲンかな……」


 俺は小さく六月一日に聞こえるように呟くと、一瞬頬が吊り上がった気がした。六月一日が顔に出すとは思わなかったぜ。


「六月一日?俺の足踏んでるんすけど」


「ごっめぇん、踏んでたぁ?気づかなかった!」


「て言いながら更に踏みつけるのやめて!?」


 これは今後、六月一日をいじるなんてことはしないでおくか。地味に痛かったし。そうこうしているうちに、先生による点呼が始まる。さあ、今から遊園地へ出発だ!

 俺たちは意気揚々と、に乗り込んでいった。そして、遊園地に向けて動き出した。


「うぇ……ぎもぢわるい」


「バス移動だからな。唯葉がんば」


「ユイハ、もう吐けばいいのに」


「いやだ……絶対に……うぽぁっ」


 バスの中、車内オリエンテーションが行われている中。俺はまたしてもグロッキー唯葉になっている。モブの声が俺には届かねえぜ……ぎもぢわるい。

 俺は何とか気を紛らわせようと、華凛のことを真剣に考え出した。


 ***


「はぁ……」


 ため息が、また一つ溢れる。今日から唯葉君は修学旅行で、次会えるのは明後日の夕方となる。憂鬱ゆううつで仕方がない。昨夜はいっぱい可愛がってくれたが、それがあだとなって一層寂しい。もう何度ため息を溢したか、覚えてない。


「華凛、大丈夫?」


 隣の席のヴェラが、肩をツンツンと突いてきて、確認する。きっと、生存確認だ。


「わあ、死んでる。……目が」


 ですよねー。自分でもわかる。目が死んでいると。唯葉シックでもう無理……


「早く帰ってこないかなあ」


「華凛、まだ三時間も経ってないよ」


 そんなことわかっている。でもそう呟かずにはいられないのだ。

 昼休みになったら、電話しよう。それじゃあおやすみなさい……


 ***


 遊園地に到着後、事前に決められた班に分かれて集団行動となる。俺は班は俺、陸、リヲン、六月一日と六月一日の友達の愛さんと優さんです。どこにどの順番で行くかは、六月一日が考えてきたと言うので、まるっきり信用して俺たち男組はだらけて過ごしていた。


「最初はどこ行くんだ?」


「ジェットコースターって言いたいとこだけど、結構の数の班が行こうとしてるから一旦パス。まずはあれ、あのー、垂直落下するやつ」


「垂直落下のやつって、いや間違ってないけど」


「ならいいじゃない、あそこ結構この時間過疎ってるわけだよ。地味に遠いから」


 六月一日は愛さんと優さんとでるんるんと進んで行く。何とも楽しそうな六月一日の姿に、俺たちは顔を見合わせて笑った。

 目的地に着くと、六月一日が言った通り並んでいない。すぐにでも遊べる。俺たちは浮かれたテンションをそのままに座席に座って、バーがガシャリと固定される。


「……勢いで来たけど、ユイハ大丈夫?」


 リヲンが言いたいのはこれは乗り物酔いする対象なのではないかということだろう。俺はリヲンに向け、不敵に笑って見せて瞬時に真面目な顔をする。


「……おわた。もう気持ち悪い」


「ちょっと!?乗ったばっかだよユイハ!」


「安心しろリヲン。ああ言ってるうちは大丈夫だ!うぷとかぶべげぁっとか言い出したらピンチの時だ」


「ちょっと陸?後者はもう放水しちゃってないか!?」


 リヲンのツッコミが響くと同時にアトラクションは上昇を始める。

 くっ、新幹線とバスのせいでこれだけですぐに気持ち悪くなる。


「くっ、せめて……せめて頂きまで保ってくれ!」


「いや終わるまで耐えてユイハ!一番被害拡散するところでマーライオンになる気か!」


「ばか言え!マーライオンは見て楽しむもんだぞ!?なって楽しむもんじゃねえんだ!?」


「いやわかってるけど!?何でボクが怒られてるみたいなことになってんだ!?」


 そうこう言っているうちにてっぺんに到達。一拍おいて急降下する。内臓がふわりと浮く感覚。ちょっと面白いけど気持ち悪い……うぷ。

 だが、俺にもプライドというものはあるので何とか耐えることができた。


「ふっ、流石俺だぜ。耐えきった」


「そんなユイハに悲報なんだけど、これあと一回あるよ」


「……え、まじか」


 俺は嘘だと信じたかった。だがそれを裏切るように上昇を始める。ああ、こりゃ終わった。


「ちょっと!?耐えれるよね?耐えれるよねユイハ!信じてるからね!」


「ま、任せろ……俺は余裕だ……ぐえあぷおあ」


「もう大丈夫な声じゃないけどね」


 陸がぼそりと呟くも俺の心には届かない。マシンは再度頂点に達し、降下。またふわりと浮く感覚が俺を襲う。流石に二回目は楽しいと思える気分を保てなかった。

 マシンが下で停止し、バーが上がる。


「……ふっ、なんてことねえげぁっ……」


「大丈夫じゃないでしょユイハ」


「九重遊園地向いてないね」


「ほんとだよ全く。つーわけでお化け屋敷行こうぜ」


「お化け屋敷は次の次に行く予定よー。次はジャングルクルーズだから」


 六月一日は先行してゆったりと歩く。俺は一度伸びをして後ろをついて行った。


「ねえねえ九重君、お化け屋敷は私と二人きりね」


 と言って、いきなり愛さんが俺の腕を引っ張る。すると反対の腕が引っ張られた。


「愛ずるいわよ、私と二人で」


「いやあのね?愛さん優さん、謎の俺の取り合いやめてもらえます?」


「いいじゃん別にー」


「いつもは後輩ちゃんにべったりですものね」


 まあ、こういうハーレム主人公みたいなのも悪くはーーー

 ぞくり……


「…?どうしたの九重君」


「……や、何でもない」


 何か悪寒を感じたが、気のせいだと信じたい。


 ***


 お化け屋敷から帰還し、昼ご飯を食べようということになり、レストランに向かっている。

 その途中、俺のスマホが振動する。華凛からの電話であった。俺は光の速さで応答をタップする。


「もしもし華凛たんどうした俺今華凛シック状態なんだ助けて華凛たん」


『お、落ち着いてください唯葉君。私も唯葉君シックだから』


 お、そうだな。落ち着かなければ。思わず華凛のことを華凛たんって言っちゃったよ恥ずかしい。だがまあ、華凛に言われたからか、自然と落ち着いて行くのがわかった。華凛パワーすげえ。


「よし、落ち着いたぞ。それでどうした?俺の声が聞きたくなったとか言ってくれちゃったり?」


『……そうですよ』


 冗談めかして言ったが、図星をついてしまったらしい。何だか悪いことをしてしまった。でも……


「まじか。やっべ、すげー今嬉しいわ」


 否応なしに喜んでしまう。何だか熱くなってきた。


「まあなんだ、お土産たくさん買ってくからな。帰ったらいっぱいもふもふさせてくれよな」


『うん、わかりました!それで今の所修学旅行どうです?六月一日先輩からグロッキー唯葉君が送られてきましたけど』


「あいつマジで送ったのか。まあついさっきまで軽くグロッキーだったけど、今はもう完全回復したよ。華凛は声だけでも俺を癒してくれる」


『ふふっ、それはよかったです。あ、あとひとつ聞きたいんですけど』


 いつもと変わらない声音。だから俺は警戒も何もなしにいいぞ、と承諾した。その刹那、何故か気温が下がった気がした。


『浮気とか、してませんよね?』


 わかった。あの時の寒気の正体を。これだわ、確実にこれだわ。


「んなわけないだろ。そんなに信用ならねえか?」


『ああいえ、そういうことじゃなくって、その、少し離れただけなのに不安でいっぱいで』


 ああくそ!可愛すぎる!ああもう修学旅行放っぽり出して今すぐ会いに行きたい!


『唯葉君?』


「本当に、可愛いな華凛は。今すぐ会いに行く」


『それは嬉しいですけど、ちゃんと修学旅行楽しんでください。唯葉君の場合冗談が冗談にならないですし、帰って来てからいっぱい可愛がってくれたらいいので』


「まあ確かに、本気で行けば二時間足らずで帰れるな。まあ、華凛がそう言うなら、楽しむよ。ありがとう」


『はいお土産と土産話し待ってます!それじゃ、もうすぐ授業始まるので』


「おう、また夜に電話する」


『了解です』


 プツリと通話が切れる。突如として喪失感が俺を襲ってきた。さてと、俺は楽しもう。土産話しをするために。

 レストランでは、遊園地のオリジナルキャラクターに因んだ料理が大半を占める。値段が高いのは目を瞑る他あるまい。大人の事情とやらがあると聞いたからな。

 午後は六月一日の立てたプラン通りに回ると、計算上明日でほぼ全て回りきれるようだ。

 夕刻時になると、バスで夕飯を食べる少しお高そうなレストランに向かった。メインメニューはすき焼きであったが、乗り物酔いの累積ダメージで多く食べることはできなかった。


 ***


 ホテルに戻り、オリエンテーションが終わった後、風呂の時間まで余裕があったので、華凛に電話をかけてみた。すると、ワンコールもしないうちに繋がる。いや流石に早すぎない?


『も、もしもし唯葉君。一日目はどうでしたか?』


「楽しかったぞ。乗り物酔いがなければ完璧だったかな。そっちは?ちゃんとご飯食べたか?」


『はい、ちゃんとバランスを考えて食べたつもりです!千里ちゃんとヴェラも手伝ってくれましたし』


「千里先輩とヴェラも一緒なのか?」


『はい、泊りに来てます。唯葉君がいない間は上官も式部先輩もいないので』


 なるほどね。それならもしもがあっても何とかなるだろう。それに、そっちはそっちで楽しいだろう。


「そうか、ちゃんともてなすんだぞー。あ、あと俺がいないからってお菓子食べ過ぎないようにな~」


『わ、わかってますよ!食べ過ぎると体重増えちゃうから……』


「少しくらいふっくらしてくれてもいいぞ?」


『またそうやって私の決意を揺らがしてきますね!?』


「まあまあ落ち着けって。本気で言ったけど、ここでは冗談ってことにしとくから」


『それ言ったら意味ないです!?』


 ふっと、笑みが自然と零れていた。他愛ない会話なのに、いや他愛ない会話だからこそというべきか。シンプルに、華凛が好きだと感じられる。


「……好きだよ、華凛」


『いきなりなんですか?……私も好きです』


「よかった。それじゃ、風呂の時間が近いから、切るね。また寝る前に電話していいか?」


『いいですよ。じゃあその時に』


 それを聞き終わってから、俺は耳からスマホを離し、通話中の画面を3秒ほど眺めてから切った。


「唯葉、風呂の時間だぞ」


「ああ、今行くよ」


 俺は風呂支度をしながら、いつ頃電話かけようかなとワクワクしながら考えた。その後、風呂から戻ってすぐに電話をかけたのは別の話。


 ***


 通話が切れた後、私が振り向くと私を見てニヤニヤする二人の姿が目に映った。


「な、なんですか……」


「いいえ、別に~?」


「うん別に。華凛は可愛いねってことだよ。ね、千里ちゃん」


「そうそう。華凛ちゃんは可愛いわね~ってだけよ?」


 変わらずニヤニヤしながら私の頭を撫でてくる二人。お陰で髪がぼさぼさだ。唯葉君に撫でられるのとは違う恥ずかしさに耐えきれなくなった私は、逃れるために立ち上がる。


「もう!お風呂先に入ります」


「じゃあ私も一緒にいいかしら、華凛ちゃん」


「ヴェラも一緒でいいよね、華凛」


「三人は狭いと思う……」


「「むしろそれでいい!」」


 もうだめだと、華凛はこの場で来ないでと言う無意味さと一緒に入った際の自身の末路を安易に察することができた。

 その後、私がお風呂に入ってる間に唯葉君から電話があったことを知り慌てて電話をかけたのは別のお話。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る