第2話 ハッピーハロウィン!!!

 時は少し過ぎ、十月三十日の放課後。リヲンとヴェラを加えた空想生物研究部のメンバー全員が揃った所で六月一日がバンと机を叩いて立ち上がる。もう何かする前振りでそれやるの定番になってるな。


「事前調査により、明日はみんな予定ないことはわかっている!だから明日ハロウィンパーティーすっぞ」


「予定がないのは確かではあるし、俺はいいと思うぞ」


「唯葉君に賛成です。パーティーしたいです」


 華凛はにぱっと微笑んで俺を見た。可愛いけど今見るのは六月一日の方ではないだろうか。いやいいんだけどね?

 陸と千里先輩もお互い見合って頷いているのを見てカップルってこんなもんなのかと思いそうである。


「ボクらも問題ないよ。親睦会も踏まえられてるようであるし」


「やったぜ。仮想の衣装は私が全員分持ってくるから着てね。これ強制ね」


「俺はどうせ吸血鬼だろ」


「当たり前じゃん。それ以外にある?」


「はいはいありませんよっと。それで、パーティーの準備はできてるのか?」


「ばっちりだよ!と言っても飲み物だけだけどね。当日は、あれだし」


 はて、あれとは?ああ、トリックオアトリートって言って菓子をねだる儀式あったけか。各自用意しとけってことかね。俺は理解したが他は大丈夫か?特にリヲンとか。


「まあ、そういうことならいっか。明日が楽しみだぜ。んで今日は何するんだ」


「今日は特に何も?」


「あっはい、んじゃいつも通りのんびりとかね」


「……いつもこんな感じなのか、ユイハ」


「まあ、いつも通りと言えばいつも通りだな」


 俺は華凛を膝に乗せ、ぬいぐるみを抱くように抱きしめる。うむ、いい香りだな。


「実際、暇なくらいが丁度いい。それだけ平和だってことだし、こうやって存分にイチャコラできるんだし」


 ふにふにと華凛のお腹を摘まむとペしと手を払われる。やはりお腹はだめかー。抱きしめるだけに留めておこう。再びぎゅーっとすると、リヲンは微妙な顔をした。陸と千里先輩もラブラブだし、そうなるのもわかるぞ。六月一日がそうだったと言ってたからな。もう慣れたとも言っていた。

 平和ボケしていくなと感じる。でもまあそれでいい。俺は華凛の肩に額を乗せ、目を閉じて昼寝の体勢に入った。

 翌日、待ちに待ったパーティー当日。男子三人は隣の地学教室を借りて着替えている。俺は言わずもがな吸血鬼、陸は文化祭で人気だった人狼を可愛げにしたデザインだ。つまりやさぐれカッコいいでなくやさぐれもふもふだと言うこと。

 リヲンはかの有名な騎士王アーサーの格好らしい、兜はしていないが鎧はバッチリ着込んでいる。素材的には重くはないだろうがうざったいようで、やけに気にしている。


「女子の方はまだかねー、早く行きたいな」


「そう急かすな唯葉。まだ着替え中だろ」


「そっか、じゃあ行ってきます」


「おいおいおい!死ぬ気か!社会的に!」


「おいおい勘違いすんじゃねえ……俺はただ、華凛のお着替えシーンを脳裏に刻みたいだけだ」


「それがダメだって言ってんだよ!?」


 陸は俺の首根っこを掴み、ぐいと引っ張る。女子から、準備ができたら声をかけると言っていたのを陸は律儀に待つようだ。


「ていうかユイハ、カリンと一緒に住んでるみたいなもんなら一度や二度くらい見たことあるんじゃないの?」


「え?あるけど」


「あるんかい」


 陸が呆れたように言って更にぐいと引っ張る。流石に少し苦しいので、ポンポンと陸の腕を叩きギブの合図を送る。


「まあ冗談だよ。見ようと思えばいつでも見れる……多分」


「多分をつけたあたり何かやらかした感あるぞ」


「別に意図的に着替え覗いたとか、そんなんじゃない」


「お前よく嫌われなかったな」


「その日は口聞いてもらえませんでした」


「そりゃそうだ」


 いやー、あの時の華凛の表情と言ったら堪らなかったですねぇ。えぇ。

 なんて思い返していると、教室のドアがノックされ、返事を待たずに開けられた。六月一日だ。


「準備は、おけみたいだねー。んじゃ二十秒後に部室に入ってこいこい」


 そう伝えてすぐに六月一日は戻っていった。はて、何故二十秒後なんだ?

 と思いつつも仕事柄しっかり時間を数えていた男三人は十秒を超えたところで移動を開始。二十秒ぴったりでドアを開けた。


『ハッピーハロウィン!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!』


 女子全員が声を揃えて、いかにもハロウィンみたいなことを言った。しかし俺の脳には華凛の姿しか捉えることができなかった。

 バニーガールであった。華凛が、バニーガールの姿をしているのだ。開かれた胸元のにより否応なしに強調される大きな胸。お尻にはふわふわの丸い尻尾。片方だけ折れ耳の耳を乗せた華凛に俺が言う言葉はこれしかない。


「華凛」


「あ、唯葉君、どうですか?」


「すげえ可愛い。お菓子あげるからイタズラしてくれ」


「……え?」


 みんながちょっとうわって顔をしている。でも仕方ないと思うんだよなあ。だってバニーちゃんだよ?お菓子かイタズラのどちらかなんて、もったいないじゃないか。

 とある猛者もさが言ってたんだよ、良い子のみんなはお菓子くれたらイタズラするぞって言った方がいいって。その方が一部人間から大量に貰えるって。

 さて、華凛からイタズラされるのは後にゆったりと堪能するとして、俺は周りを見た。千里先輩はシンプルな巫女服なのだが何故か漠然としたエロスがある。陸も同じように思っているのか、顔が赤くなっている気がする。ヴェラは白いひらひらのワンピースで背中に天使の羽を生やしていた。ブロンドの髪がいい味を出している。

 そして六月一日は……意外にも男装であった。髪は後ろでくくられている。どっかの貴族のようだ。


「六月一日、男装なんだな」


「まあね、一回やってみたかったし」


 にししと笑う六月一日に対してリヲンがふんと鼻を鳴らす。


「もっと女らしくすればいいのに」


「そういう言い方いけないぞー。まあいいんだよ、私は引き立て役が一番ってね」


「……まあ、どのみちミユの可愛さは変わんねえや」


 しれっとリヲンがそう言うと、六月一日は驚いたように目を見開いて、すぐに顔を真っ赤にした。六月一日はそれを紛らわすかのように咳払いをする。


「と、とりあえずパーティー最初は恒例のあれからで」


「あれって?」


 リヲンが聞くと、六月一日はニヤリと無理に笑った。


「言ったでしょ!」


「何を」


 リヲンは反応はすれどぴんと来ていないようだ。だが、そんなことお構いなしに、華凛とヴェラは俺、千里先輩は陸、六月一日はリヲンの目の前に立つ。


「まったく、鈍いなあ」


 六月一日はそう言った後、せーのと合図を送り、女子一同が声を揃えてもう一度初めに言った言葉を繰り返した。


 ***


「お菓子くれなきゃイタズラしますよ!」


 華凛とヴェラは俺に向かってそう言った。そして華凛はヴェラをじっと見て頬をぷくーっと膨らませる。可愛い。


「ヴェラはお兄ちゃんのとこ行かなくていいのか?」


「六月一日先輩がいますから。それに師匠にはお返しのイタズラをしようと」


「そんなお返しいらないよ!?菓子あげるから!」


 忍び寄るヴェラ。このままじゃヤバイ。ヴェラがかなり危ない奴であるということと、華凛がねるかもしれないという二つの意味で。そう思い華凛をちらと見たが、見当たらない。刹那、背中にドンと衝撃が走る。華凛が抱きついてきたのだ。


「唯葉君……」


「か、華凛、えっとだな……」


「……ぴ、ぴょんぴょん!唯葉君だけのウサギだぴょん!」


 ……え、どうしたんだ華凛。可愛いよ、すげえ可愛いけどさ。


「えっと、華凛?どうしたんだ、ってのは野暮か」


 こちらを見てほしいという感情が暴走した結果なのだろう。良いものを見させてもらいやした。


「冷静に受け止めないでください。もうイタズラしません」


「え、それは勘弁してください」


 頭をなでなでしながら華凛を宥めていると、突然股間に痛みが走る。後ろを振り返って見ればヴェラが傘の柄の部分で俺の股間をひっかけて来たのだ。良い子は傘の柄で股間を狙っちゃダメだよ。これ凄く痛いから。


「ヴェラ、これは?」


「お菓子くれなきゃイタズラです。師匠」


 ですよねえ、ヴェラには悪いが忘れてたぜ。俺はこの状況から逃げ出すために誰かに声をかけようと周りを見た。


 ***


「お菓子くれなきゃイタズラよ、陸君」


 千里が顔をグイッと近づけてくる。千里の希望でつい最近変えた嗅ぎなれないシャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐる。甘く、やわらかい香り。


「えっと、じゃあお菓子あげるからイタズラして欲しいかな」


「陸君も唯葉君パターンじゃない」


「いいでしょ、なんでも。そっちの方がお得なのは事実な気がするし」


「はいはい、わかったわ。じゃあ陸君、何もしちゃダメよ?」


「う、うん」


 何をされるのだろうか。わくわくドキドキしながら待っていると、顔が胸部に埋まり呼吸が難しくなる。だが、いい香りなので抵抗するかが起きない。ご褒美かな?


「陸君はかっこいい」


 ん?なんだ?いきなり。いきなり褒められるとくすぐったいものだ。


「陸君は頭がいい。陸君は物凄く優しい。色んな意味で」


 色んな意味でってなんだ!?ていうかなんでいきなり褒められ出したんだ?もう恥ずかしいんですけど。


「陸君はムッキムキ。陸君はいい匂い〜」


 もうダメだ。俺は恥ずかしくなって、千里の腕から抜け出そうとする。


「や、こーら、そんなにもぞもぞされたらくすぐったいわ。えっちね」


 違うそうじゃない!と言いたくても顔は胸に埋まってしまって声を発せない。千里はお構いなしに、今度は頭をそっとそっと撫でてくる。誰かに甘えることができなかった俺にとってこの状況は恥ずかしすぎて、頭が沸騰寸前ふっとうすんぜんである。


「ギブアップかしら?」


 一度、コクリと頷いてギブアップであることを肯定する。すると、千里は最後にぎゅっと強めに抱きしめて解放した。


「恥ずかしかったかしら?」


「……はい」


 思わず敬語を使ってしまうほどに、恥ずかしい。その顔を見せまいと、俺はそっぽ向く。既に遅いだろうが。


 ***


「お菓子くれなきゃイタズラだぞ!リヲン君。それともどっちも行く?」


 悪戯っ子のような笑みを、ミユが見せてくる。テンション高いなあ。


「いや、ボクそもそもお菓子ないんだけど。これ各自持参だったわけ?」


「わかんなかった?」


「うん」


「ならしゃーない。イタズラルート確定ね」


 今度はふっと、不敵な笑みを浮かべる。これは嫌な予感。少し帰りたくなった。


「何する気かな?」


「んー、じゃあ目瞑って」


「え、何で」


 目を瞑ってと言われた後ってキスくらいしか連想できないんだが。


「んーっとね、ビンタするため」


「ビンタ!?」


「うん。だから軌道見られて避けられるの面倒だし。なんなら目を瞑っても避けられるっしょ。ほら早く」


「ああもう、わかったよ。何でもしたらいいさ」


 ボクはぎゅっと目を瞑り、歯をくいしばる。目は瞑っていようと、気配でいつ来るかはわかる。心の準備をする余裕くらいあるだろう。

 そう考えていると、鎧の胸当てを引っ張られる。人間とは言えビンタは痛いもんだからなぁ。やだなぁ。

 そう思っていると、頬に柔らかい感触が触れた。驚いて目を開けると、ミユがボクの頬にキスをしていた。

 ミユはボクが目を開けてしまったことがわかると、少し照れたように、そして同時に悲しそうな表情を見せた。俺は目を見開いた。

 何だよ、その顔。やめろよその顔。その顔……。

 …………貪りたくなる。


「リヲン」


 と、声をかけられる、いやかけてくれた。ユイハだ。そのお陰か赤黒い感情が収まって行く。


「大丈夫だよ」


 ボクはそれだけを告げて、ミユの頭をグリグリと撫でてやる。


「あまり馬鹿げた事すんな、阿保が」


 ***


 大丈夫。その言葉を聞いても俺はちっとも安心できなかった。それでも俺は信じる他ない。何かあれば、俺が何とかするまで。


「てか、何で猫騙し食らったような顔してたんだよ」


「あー、いや、頭突き食らっただけだ」


「頭突きて、まあいいや、陸はどうだったか?」


「ふかふかだ。相変わらず」


 ふかふか、か。もう何処と言わずともわかるであろう。だからあえて明言せずに言いたいことを言うことにする。


「は?華凛の方がふかふかだし」


「何を張り合ってるんですか!自重してください」


 バシッと頭を華凛に叩かれる。だが痛いのは音だけ。実際ほとんど痛みがない。頭叩きツッコミスキルカンストしてやがる。


「事実を言っただけなんだがな、まあいい、そろそろパーティーでウェイしようぜ!」


 ニカッと笑って自分が持ってきたお菓子を全部机の上にぶちまけた。それに釣られるようにお菓子を持ってきた者が一斉に机に並べ始めた。


「九重チョコレートばっかじゃん」


「いいだろ?これが俺の主食と言っても過言じゃないからな」


「おいそこの吸血鬼、主食血液だろこらー」


 六月一日が俺にチョップをかましながら、ツッコミを入れる。六月一日はいつも通りに戻ったように思うが、やはりリヲンの様子が気になって仕方がなかった。


「リヲン、ちょっといいか?」


「いいけど」


「じゃあちと、外で話そうぜ」


「……ああ」


 多少強引になってしまうが仕方ない事。俺は部室を出て、適当に部室から遠ざかるように歩いて止まる。


「どうしたんだい、ユイハ」


「大した事じゃない。もう一度確認しておきたかった。本当に大丈夫か?」


「……ああ」


「ならいい。あの時の二の舞になったら怖いからな。まあ大丈夫って言うなら信じる」


「ありがとう、ユイハ。気をつける」


 リヲンはそう言って、爽やかな笑みを浮かべるのであった。

 戻って後、みんなで駄弁りながら菓子やらジュースやらを食し、あっという間に五時となり、解散となった。


 ***


 帰り道、一緒に住むことになったため、これから多分ずっと、ミユと一緒に帰ることになる。

 ミユはボクの前を歩いている。すると突然後ろ歩きになって、ボクを見てきた。


「リヲン君、九重と何話してたの?」


「ユイハと?いや特に何も?」


「ふーん、まあ話したくないならいいけど」


 ミユは少し不満そうに言って前を見て歩く。どうして教えなきゃいけないのだ。その理由を教えろっての。


「リヲン君」


 今度はこちらを見ずにボクを呼ぶ。なんなんだよこれ。


「何かな」


「ちゅーしたの、怒った?」


「何でさ」


「少し、怖い顔してたじゃん?だから、気に障ったかなって思っただけ」


 しゅんとしたをしていると、直感がささやく。彼女にはある程度のことは握られているだろう。新しい情報はなるべく与えないようにしたい。


「別に怒ってはいない。ただ、またやるのは勘弁してほしい」


「えー、何で?美少女のちゅーよ?」


「過大評価だな。なんでも何もない、単にボクはそういうスキンシップの仕方は採用してないだけさ」


「ちょっとー、過大評価は要らなくない!?事実ですけどー」


「はいはい可愛いよー」


「棒読みやめんかー」


 表で軽口を叩き合い、裏で情報を探す。そんな生活が続くと思うと、やめておけばよかったかなと早速後悔し始める始末であった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る