第17話 血牙ノ黙示録、最後の章に刻む
決戦前、俺と華凛は二人きりでとある一室にいた。吸血を行うためである。
五度喉を鳴らし、牙を華凛の首筋から抜いた。そして、傷が塞がったのを確認してからハンカチで首筋に残る唾液を拭き取った。
瞳を閉じ、こつりと額を合わせ、華凛と手を
十分ほどそのままでいた頃だろうか俺たちがいる部屋の扉がノックされ、またしんと静まり返る。俺はゆっくりと瞳を開き、華凛の姿を映す。華凛も同様のことを行った。
「始まるんですね」
「ああ、もうすぐ始まる」
「大丈夫ですか?」
「そっちこそ、心臓バクバク言ってるぞ」
「緊張して唯葉君撃っちゃいそうです」
「それはやめてね?」
流石に冗談では済まないことを言われたので焦りつつ、心配する。それがちゃんと伝わったようで、華凛はふふっと柔らかく微笑んだ。
「信じてください」
「おう、そりゃあもちろん。んじゃ……行こうか」
「……はい」
すっと、お互い瞬時に真剣モードに切り替えると、ズンと空気が重くなった。部屋を出て集合場所に行くと、陸やセシラやエリカ、その他吸血鬼狩りが四十人集まっている。陸は、俺と華凛が来たことを視認してから、ふうっと息を吐いた。
「作戦三十分前となった。これより進軍を始める。狙撃班は定期的に様子を報告。こちらからの合図で狙撃開始。もう一度合図を送ったら狙撃を終え、前線に上がれ。それでは突撃部隊、行こう」
ビルを出て、俺以外は車で近くまで移動。俺は身体能力を生かして、敵に感知されないように死角を
俺は一条家の裏に存在する裏山に、陸たちは正面の森に
監視を掻い潜るために大きく
永遠にも思える時を暗闇の中で待ち、タイマーを確認する。後、十秒ッ!
「はぁぁぁぁ……い、けッ!」
カウントダウンがゼロになった刹那、俺は全身に血を巡らせ、駆ける。同刻、陸の合図が下りたのだろう。サプレッサー付きのライフルから放たれた弾による風切り音が微かに聞こえ、正面にいる陸たちも突撃したようだ。サプレッサー付きのアサルトライフルの発砲音が鼓膜を震わせた。
負けてられない。一対の真紅の剣を【血操術】で生み出し、的確に次々と頭を
「裏に回せ!吸血鬼をあの方が来るまで抑えろ!」
司令塔のようなポジションであろう吸血鬼が通信機を使用し、応援を呼ぶ。ちっ、厄介な。まずはそこから潰すべきか。
血を巡らせ、加速。速度をそのままに頭を貫く。多少囲まれる形にはなるがまあ、問題ないだろう。やることは陸軍基地の時と変わらないのだから。
全方位の確認をこまめに行い、相手の呼吸のリズム、視線を見て、どの順で対応するかを瞬時に判断し、次にイレギュラーが起きる可能性を頭で考えつつ処理して行く。
来い。もっと来い。陸や華凛の生存率を上げるために俺が数を稼ぐ必要があるのだ。
とはいえ、俺も年老いたものだ。血液の消費が多い。きつい戦いになることは承知の上ではあったが、これほどとは。
……弱音を吐ける時じゃない。シンプルに、ただ狩っていればいいのだ。脳のフル回転は辞めず、無駄なことをかんがえるのを辞めた。
***
「ファウスト、いつまで寝ているつもり?早く行きなさい」
一条家、私の部屋で未だに怠惰に寝ている吸血鬼に血の入った瓶を投げつけて言うと、彼はこちらを見ることなくそれを掴み取った。
「ああ、だがその前に」
がしゃんと、音が鳴るころには既に私は背後から押し倒され、首筋に噛みつかれる。もう、慣れてしまったので、痛いが叫ぶほどではない。
「終わったら、また可愛がってあげるさ。最後までね」
そう言い捨てて、彼は唯葉君の元に向かった。私は傷が塞がったのを確認してから衣服を直し、部屋を出る。そして、すぐ近くにいる未由ちゃんから小瓶を受け取って、飲み干す。
「上手く行った?千里ちゃん」
「ええ、バッチリよ」
「なら、後は任せよ」
「そう、ね。頭も眩むし」
お願い、と。心の中で私は願った。上手く行きますようにと。彼が無事でありますようにと。
***
一条家、正面玄関付近。陸は天川たちに合図を送り、冷静に戦況を見る。数が少なくなっているのは唯葉に集中しているんだろうと、容易に想像できる。だが、アーリー・ファウストとやらが来たら唯葉の相手を任せ、ほぼ全員がこちらに来る。
地獄絵図になるのも容易に想像できてしまった。
「みんな!もうすぐこっちに吸血鬼が増えると思う。狙撃部隊もこちらに向かっているが、五分はかかると思えッ!」
この指示に返事を返したのは、セシラとエリカだけであった。押されている訳ではないが、余裕もないようだ。
ジワリと焦りが出てくる。千里先輩の元に早く行きたいのだが、まだ遠い。それに心なしか吸血鬼が増えてきた。が、それほど多くなった訳ではないように見える。唯葉が粗方始末してくれたのだろう。
そう思った時、ブロロとバイクが走る音が近づき、一台のバイクが一条家の庭に躍り出た。
「式部、戦況は?」
バイクで登場したのは小原先生。そして後ろに乗った天川だった。
***
狩りを続けていると不意に、一体の吸血鬼の体が不自然に曲がり、腹から剣が飛び出てくる。俺は難なく
「いやぁ、流石本物ですねぇ」
ネットリと絡みつくような声音に吐き気を覚える。見れば、スーツを着た長身で紫髪の男が吸血鬼の腹から剣を引き抜いていた。剣さえ無ければ、好青年のような印象を俺は抱くだろう。
同時に直感する。こいつは強いと。
「あんたがアーリー・ファウストか。骨がありそうでなによりだ」
「如何にも僕がアーリー・ファウストだが、上から目線が気に入らないなぁ。この老い
「あんたよりかは上だよ。あまり甘く見るんじゃねえぞたかが数十年しか生きてない雑種が」
「
お互い睨みを効かせ
「お前らは邪魔だよ。さっさと人間を殺りに行けよ」
「ファウスト様お一人で吸血鬼の相手をするのですか?」
吸血鬼の一人がそう問うた刹那、彼はファウストの一撃によって灰と化す。それはその光景を、瓶に入った華凛の血を飲みながら傍観していた。しっかし、やはりストックの血は鮮度が足りないなあ。力への変換率が悪い。
「僕一人じゃ勝てないってかぁ?舐めてるんじゃねぇよぉッ!僕が邪魔って言ってんだろぉッ!」
ファウストがそう叫ぶと、周りの吸血鬼はこの場から逃げるように陸たちの元に向かっていった。華凛たちがそろそろこっちにきているだろうから、少し心配だが、華凛の心配をするほど余裕は持てそうにない。
「いやはや、見苦しい所をお見せしたねぇ」
「いやいや、構わんよ。興味ないしね」
「血は、今一応補給したようだね。まあ、血液不足で負けた言い訳されても困るからいいけど」
ファウストは来い、と挑発してくる。俺から仕掛けろということらしい。あの余裕は、一体何処から来ているのか。恐らく、俺を殺す術があるのだろう。吸血鬼の解剖なんかもやってたみたいなので、核の大まかな位置は特定されてるだろうが、不確定であるためあの余裕に繋がらないであろう。
窒息なんかも、大して当てにならないし。まあ考えても仕方がない。俺が先手を打つとして、相手の次の手を洗いざらい考え出して、攻撃に移る。
まずは様子見がてら速度の速い連撃を浴びせる。一撃一撃の威力は出し過ぎず、攻撃間隔は狭すぎず、大抵の事に対応できるように攻撃を重ねるも、ファウストに反撃をする様子はない。謎の防戦にうざったく思い、俺は一度後ろに下がった。
仕掛けないと仕掛けてこない。恐らく、カウンターを狙いではないかと予想。
ならばと、剣を肩に担ぐように構え、接近。思いっきり剣を振り下ろすと、金属音が鳴り、俺の剣が空を斬った。そして、ファウストの一閃が俺の首に迫る。
俺はもう一本の剣でその攻撃を受け、勢いを利用して距離を取る。三十メートル程距離が離れた。これはしてやられた。ファウストは攻撃を剣で受けると同時に体を捻って一回転、俺の攻撃と遠心力を利用して俺に切りかかったのだ。
カウンターを警戒していなければ危ないところだった。いやはや、厄介厄介。
「くはっ、いやぁ、一気に首を狙うのでなく、腕でも切断しておけばよかったなぁ。いくら吸血鬼でも、生えてくるわけじゃあないんだし」
「それでも灰化させて戻せるけどね」
「ちっ、便利ですねぇ」
へらへらと、ファウストは余裕ぶっこいてこちらに歩いてくる。そろそろわからせてやるとするか。俺が、上だって。
息を吐いて切っ先を下に向け、一気に全身の筋肉をフル稼働させ、急接近。右に持った剣で突きを繰り出し、軽く弾いたところで即逆手に持ち、斬り上げ、また持ち直し、斬り下ろす。
その三連撃で少し体勢が崩れた瞬間を俺は見逃さない。左の剣の突きで追撃し、更に体勢が崩れたところで一対の剣を交互に繰り出し、攻撃の手を激しくしていく。
「ぐぅッ!な、めるなぁ!」
ファウストは俺の一撃をどうにか返し、反撃を仕掛ける。彼お得意のカウンターで。
俺はそれを待っていた。カウンターを剣の腹で流し、切っ先を心臓目掛けて突く。
「くっ、しまったッ」
ファウストは俺の剣をどうにか弾こうと剣を振り下ろした。これだから、戦闘経験が少ない者は。
俺は剣を手放し、ファウストの
これに対応できなかったファウストは百メートル以上飛んで行き、無様に転げていった。
ぱっと、剣を空中で掴み取り、ファウストを追う。見事に血を口から吐いてやがる。
まあ、ありゃ何個か内蔵ぶっ潰れただろうし、無理もない。恐らく完全に再生するのは数分かかるだろう。内蔵の同時損傷は、回復性能が分散してしまう。集中回復を行えるのなら、また別の話だろうが。
「くっそぉッ!げぼっごはッ!くそッ!くそッ!ごほっ……」
「諦めろ。お前じゃ、無理」
ていうか俺もまあまあ限界に近いし、諦めて欲しいんだけど。全身の力に血を巡らせてたら、すぐなくなるからきつい。
「まだだ……まだだまだだまだだまだだまだだぁぁぁああああああああッ!!!」
ファウストはベルトに付けたポーチから、錠剤の様なものを数十粒掴み取り、頬張る。残った力を振り絞って頭を狙うべきであった。みるみるうちに傷が治っていき、筋肉が隆起し、スーツを破く。
そして気づけば、ファウストは目の前にいて、俺を殴りつける。防御は間に合ったが、ダメージが大きい。だが、膝をつく暇もなく追撃が入り、どうにか流してとりあえず距離を取った。パワーが桁違いで、流しきれない。
どうする?その問いが頭の中で繰り返し問われる。その間防戦一方を強いられる。その間彼の細かい変化を読み取る。攻撃モーションを終える度に咳き込んでいる。動きが不自然に鈍っている。さっきの薬の副作用か?いや、違う。ファウストは薬のお陰で下位の【血操術】を駆使できる様である。定期的に血の流れを止め、心臓もなるべく動かさないようにしている。何故?
「唯葉!どうなっているッ!」
陸の声がした。チラと見れば華凛や小原先生もいた。俺は返事をしなかった。していたら、間に合わない。俺は力を振り絞って疾走。陸に降りかかる斬撃を
「げほっ、お前らはまだ下がってろッ!合図したら、来てくれるか、華凛」
「ッ!はい!」
さて、一か八かの賭けだ。心臓をほぼ動かしていないということは血が体を巡ることがなくなる。つまりはフルパワーが使えなくなってしまう。そんな代償があるにも関わらず薬を使ってすぐそんな事をするということは、そうしなければならないということ。
ならば、チャンスはある。俺が血を全身に送ってやればいい。フルパワーで殴っても、心臓が潰れることはないだろうから、心臓部を殴れば送ることは難しくない。そしてその後にまた止められないように何処か傷を付けて回復行動を優先してさせなければならない。
俺は最後のストックの血を飲み干し、駆ける。動きが鈍くなっている。ファウストの渾身の一撃を超ギリギリで避け、心臓部を狙って左ストレートを叩き込み、右手に【血操術】で作った真紅の鉤爪を装備して脇に深く刺す。
上手くいった。ファウストは膝をついて【血操術】で毒混じりの血を体外に出す作業を始めた。今しかない!
「華凛ッ!」
「ッ!唯葉君ッ!」
すぐに華凛の元に向かい、少々雑に上着を剥ぎ、首すぐに噛みつく。何度、喉を鳴らしただろうか。後ろから気配がして、俺は牙を抜きながら、右手でファウストの右ストレートを止めた。ファウストは止められると思ってなかったのか、一瞬硬直し、俺はその隙を見逃さず蹴り上げる。空中に上がっている間は誰だろうと基本何もできない。
「ありがとう、華凛。これなら、余裕で倒せると思う」
【血操術】で真紅の槍を作り出し、腰を落として構える。そして精神を集中させ、全身に血を巡らせる。
「はぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
槍の穂に赤の
「何だあれは」
「あれは唯葉だけが使える業。ミクロ単位の小さな血の粒を数億個、それを槍の穂に高速回転させる芸当だ。あれで貫けないものは、ない」
ファウストは恐怖する様子なく、高速で突撃してくる。俺は狙い澄ます。
「あばよ、ファウスト。喰らえッ!【ブラッティー・ルドーリエフ】!!!」
真紅の暴風の神槍はファウストの頭を
「はぁっ、はぁっ、よっしゃ、やったぜこん畜生!」
俺はその場で力を抜いて、後方に倒れる。
「唯葉君、大丈夫ですかっ!」
華凛はいち早く駆けつけてきて、手を握ってきてくれた。だから、俺はそっと握り返す。
「大丈夫。それに、もう一仕事あるし、寝てられねえ」
「悪いな、行くか。まずは迎えに行く。一条氏はセシラとエリカが見てくれてるから」
「了解だ、陸」
陸と華凛手を伸ばし、俺は両方を掴んで立ち上がり、俺と華凛、陸、小原先生の四人で一条邸に入る。俺は匂いを頼りに進んでいると、廊下に六月一日が立っていた。そのすぐ近くの部屋に彼女はいる。
六月一日は何も言わずにこちらに向かって歩き始め、ひらひらと手を振りながら通り過ぎた。その際。
「よろしくね、王子」
と陸に言っていた。陸は特に反応を示さず、ドアを開けて、中に入った。俺と華凛は様子が気になって、こっそり入り口付近に移動して覗いてみた。
「千里先輩!あなたを、救いに来ました」
「陸、君?」
「はい、陸です」
千里先輩は陸の姿を見つけ、すぐに駆け寄って陸に飛びついた。陸は予想していなかったのか、尻餅をついた。まあまあ痛そうだが、痛いなどとは言わずに、千里先輩の頭を優しく撫でていた。
「俺、千里先輩に会える時間が少なくなって、寂しかったです。だから、こうやって寄り添えてることが、凄く嬉しいです」
「私も嬉しいわ。陸君が、本当に来てくれて、私を抱きとめてくれて」
「……俺、千里先輩のことが好きです。もう離れたくない。側に、いてくれませんか」
「私も陸君のことが好き。私だって離れたくないわ。側に、ずっと一緒にいるわ」
二人の顔が近づいて、止まった。華凛はひゃぁーと言いながら目を手で隠していた。尚、指の隙間か見ている。
さて、いつまでもイチャコラさせてやりたいが、そうもいかないのが現実。五分ほど待ってからこんこんとドアを叩いて合図する。
するとすぐに、二人は部屋から出てきた。
「行くぞ、陸。俺たちがお話してる間、華凛と小原先生は千里先輩の護衛な」
陸の代わりに俺が指示し、一条氏の元に向かう。一条氏がいる一室に入ると、抵抗する気の失せた四十代半ばほどの男性がいた。一条一。千里先輩のお父さんだ。
「ここまでだな、アメリカやロシアからは見捨てられるのだろうな」
「日本とヨーロッパは吸血鬼を作るために利用されてただけだ。どのみち見捨てられる。まあいい、俺はあなたと交渉するつもりだ。応じなければどうなるか、わからないわけではないでしょう」
「……何をしろというのだ」
「協力してくれれば」
「そんな労働力などないぞ。財力もだ。アメリカからの支給でやっとだというのに」
一条氏は長くため息をついて、苦し気に低く唸る。それを見て、陸もため息をつく。
「最低限の援助はしますよ」
「それでも、一条家は落ちていくだろうな」
「あんた、実の娘に悪いと思ってないのか。千里先輩が何を思っていたか、わからないのか」
「ならばお前に私の何がわかるッ!」
バンと机を叩き、一条氏は勢いよく立ち上がる。だが陸は全く動じることなく冷めた視線を向ける。
「あんたのことは知らない。でも千里先輩のことは全てでなくとも、わかる。親に甘えられない、小さい子供の気持ちが。俺の親は、小さい頃に蒸発しましたし」
陸はもう何でもないような表情でポツリと言う。十数年しか生きてないくせに、大人ぶりやがって。
「それはどうでもいいとして、これからは俺個人でも、一条家の援助を行います。アメリカほどじゃないにしろ、不自由は無いと思います。だからッ……」
陸の言葉はドアが開く音で遮られる。俺と陸は驚いてしまう。千里先輩が部屋に入ってきたのだ。突然だったのか、華凛が止めようとしたが間に合わなかったというのが雰囲気で察せられた。
「陸君が何かお父様に頼んで、それを真面目に聞いたとしても、私は許さないわ」
今までで聞いたことのない、冷徹な声音。雰囲気は
「ならば私は何をすればいい!何でも行ってみなさい。聞いてやる」
一条氏の言葉に、千里先輩は一瞬、本当に一瞬だけ、ニィッと笑った……ような気がしたが、今そんな様子は
「ならお父様、私、しばらく陸君の家に泊まりたいのだけれど、いいかしら?」
突然、俺たちが知っている、おっとりと柔らかい口調になって、そんなことをお願いしだす。一条氏も陸も、ぽかんとしていたが、一条氏はいち早くその言葉を理解し、ここ一番の苦しい表情を見せる。
それを見てか、やっと陸も正気に戻り、一歩前に出る。
「あの、別に無理する必よ……」
「陸君?」
声音と表情『は』、優しかった。だが、雰囲気は吸血鬼もたじろぐほどの圧倒的な覇気に包まれていた。
「静かにしてなさい♡」
「あっ…………はい」
陸は一歩前に出した足を戻し、肩を落として黙って立っていた。この二人の将来が見えた気がした。
そんなやり取りが行われているのをそっちのけで考えていた一条氏は顔を上げた。その顔は死を覚悟するような形相であった。
「君、何て言うのかね……」
「し、式部陸です……」
「式部君……娘をッ……た、のむ……」
「ふふ、ありがとうこざいます。じゃあ行きましょう、陸君」
千里先輩に引っ張られるように、陸は去っていった。なので陸の仕事を俺が受け継ぐ。と言ってももうやることなどないが。
「……妻に似よって………」
一条氏はそう小さく呟くと、安堵と不安混じりのため息をついた。
「そこの吸血鬼、君は千里の友達かね」
「後輩ですね。年は上ですけど」
「よろしく頼む。私は一からやり直してみようと思う。君たちにも、協力しよう」
「ありがとうこざいます。今日の午後には、修理会社が家の修理に来てくれるでしょう。お金は既に払い済みですので。では」
「ああ」
部屋を出ると、小原先生はいなかった。もう帰ってしまったのか。まあいいか。
「帰ろうか、華凛」
「はい!」
血牙ノ黙示録に刻むのは、ハッピーエンドがいいに決まっている。なんせ、俺の物語なのだから。これからも華凛と歩んで行ければと、握る手の暖かさを感じながら、そう思った。
そして、任務終了から二週間が過ぎた。まどろみの中で、鼻歌の心地良い音色を聴きながら、もう一度深い眠りの中へと行こうとした時、ゆさゆさと、肩が揺すられた。
「唯葉君、朝だよ。起きてください」
「ん……、おはよう、華凛」
「うん、おはよう。朝ご飯できてるから、顔洗ってきてください」
そう言い捨て、リビングにとたとたと戻って行く。俺はそれを見送ってから、洗面所に顔を洗いに行った。
あれから俺と華凛はほとんど
たわいのない話をしているといつの間にか学校に辿り着いていた。華凛は一度荷物を置くために、教室へ向かう。俺はいつも通り、こっちに来るのを待つ。
教室のドアを開けると、六月一日がいち早く俺に気づく。
「おはよ、九重。華凛ちゃんは?」
「もうすぐくる。陸と千里先輩は?」
「そこでイチャイチャしてる」
六月一日は陸の席を指してそう言う。ただ話してるだけなんだよなあ。
「唯葉君、お待たせしました」
華凛背後からぎゅっと抱きついてくるその様子を見て六月一日はため息をはきつつ、安堵笑みを浮かべた。
「今日から部活、再開するから」
「了解だ。久々だな」
「そうだねぇ」
黙示録はほぼ完全に紡がれ、これから辿る日常はエピローグの先。みんなで、見に行くとしよう。
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