第16話 決戦前に…

 朝日の光を感じて、目が覚めた。妨害任務を一応終え、いつの間にか翌日を迎えていたようだ。俺はデジタル時計見て現時刻を確認しようとして、違和感を覚える。

 俺、ピンクのデジタル時計持ってたっけ?いや、持っていない。でも、どんだけ寝てたかも気になるので手に取って見る。十一時半。もう昼前だ。少しぎょっとするが、側に土曜と書かれており、ふっと安堵の息を吐く。

 さて、ここはどこだろうか。どうも記憶があやふやだが、その問いはこの後すぐに答えがわかった。


「唯葉君、起きてますかー?」


「……ふぁ?」


「まーだ寝ぼけてるんですか?」


 そう言って華凛はちゅっと頬に唇を触れさせてきた。えぇ……何この新婚しんこん感(困惑)。ていうかいつの間に君付け?何で華凛の家?っべー、記憶がねえ。そんなことを思ったのが顔に出たのだろう、華凛がいぶかしげな表情をした。


「……もしかして唯葉君、忘れてるんですか?」


「ッ!いや、そんなことは…………申し訳ないです何も覚えてないですぅぅぅ!」


 ないと言い切れず、ダイナミックジャンピング土下座を決める他なかった。


「……ぷっ、くく……」


 すぐにそう聞こえてきて、顔を上げると、口を押さえて笑いをこらえている華凛の姿があった。一体、何なのだろうか。


「えっと、華凛?」


「ふふっ、安心してください、何もなかったですから。子守唄歌ってあげたらすぐに眠ってましたよ」


 そう聞いた瞬間、体の力がふっと抜け、床に寝っ転がった。


「もー、やめてくれよなぁ……本当にびっくりしたぞ」


「すいません。去り際に式部先輩が、血酔いして記憶がなくなる可能性があるから今夜は控えてすぐに寝るといいさって言ってたので」


「ああ、なるほどねぇ」


 失念していた。今まで生存ギリギリの量を飲んでいたのに、いきなり大量の血を飲めば、血酔いをしてしまう可能性があったことを。


「んーと、行為は致してないってことだとして、何で君付けなんだ?」


「血酔いしてる時に言ってましたから。君付けか呼び捨てがいいなーって、私に抱きつきながら。……戻しますか?」


「いや、いい。にしても恥ずかしいな、俺。んなこと言ってたのか……」


「可愛かったですよ。それより、お昼ご飯作ってみたんです!食べましょ?」


 どうりでさっきからいい匂いがすると思ってた。作ってくれたのか、嬉しすぎる。


「ああ、了解。楽しみだ」


「レシピ見ながらなので大丈夫ですよ!」


「怪我してないかって心配以外してないから大丈夫」


「えへへ、ありがとうございます」


 隣り合って椅子に座り、華凛が作ってくれた昼ご飯を食す。ご飯の硬さは丁度いいし、味噌汁の味付けは最高だし、卵焼きは好みの甘さで美味いし、華凛は天才なのだと思った(極甘)。


 ***


 昼ご飯を食べ終わった後、しばらく二人寄りってソファーに座ってテレビを見ていた。俺は心底安心しきって目を細めていくが、何とか寝まいと睡魔すいまと戦う。

 俺が満足していようが、華凛が満足していると限らないんだ。


「唯葉君?」


「え?な、何?」


「唯葉君こそ、どうしたんですか?」


 ああ、どうやらあれこれ悩んでいるのを見られたようだ。どうにも、俺は顔に出てしまうようだ。もううじうじするよりかっこ悪くとも言ったがいいかもしれない。


「あー、えっと、だな。俺は長いことさ、人肌に触れてなくてさ。こうしてるだけで満足しててさ。でも、華凛はどうなんだろって思って」


 言っておいてなんだけど本当にかっこ悪いな。恥ずかしくなって、前髪で目元を隠した。その様子を見て華凛は、意地悪な顔をして向かい合わせに俺の太ももの上に乗った。


「本当に、満足ですか?」


「嘘ついた、キスしたい」


 ぽつりとそう呟いて少しずつ、少しずつ、近づけて、唇をそっと重ねる。長い長いキスの後、唇を離して見つめ合ってふっと笑う。


「唯葉君、今からデートに行きませんか?」


「いいねぇ、でもどこに行くんだ?」


「どこって決めなくていいです。一緒にいられれば」


「なら、近所でも散歩するか」


「はい!」


 まず華凛が服を着換え、次に俺が着替えをするために俺の家に戻り、散歩に出た。近所を散歩するだけなので俺は濃い青のジーパンに黒のトレーナーで、華凛は紺色のダメージジーンズに紫のかっこいい髑髏どくろのイラストがプリントされたパーカーを羽織はおっている。

 華凛は心底楽しいのだろうか。恋人つなぎをしている手を大きくぶんぶんと振ったり、にぎにぎしたりして、何だかせわしなかった。

 会話は多くなかったが、華凛はそれでもいいと言ってくれた。俺もそれでもいいと思う。歩いてる間、ずっと喋っていると疲れてしまう。だから適度に、話すだけ。

 適当に歩いていると、小さな公園を発見した。そこでは子供が三人くらいが遊んでおり、その子供のお母さんと思しき女性が二人いた。


「唯葉君」


「ん?どした?」


「子供は何人くらいがいいですか?」


「ぶふっ!ちょ、いきなりだな。でもまあ、十人くらいかな」


 冗談めかせて言うと華凛は目を細めてじっと見つめてきた。


「それきつくないですか」


「知ってるよ。一人か、二人がいいかな」


「ですね」


 しばらく遊ぶ子供たちを二人で見ていると、ボールがコロコロと転がってきた。


「お姉ちゃん、ボール取ってー」


「はーい、行くよー!」


 華凛はボールを拾い上げ片手で軽く投げた。ボールはポンポンと数回バウンドして、一人の男の子の胸に収まる。


「ありがとうお姉ちゃん!」


 ぶんぶんと大きく手を振って、ボール遊びを再開する。それを見ながら華凛は、同じタイミングでひらひらと振っていた手をゆっくりと降ろした。


「いいね」


「気が早いと思うけど、確かにいいね」


「終わったら、一緒に遊べる?」


 少し、華凛の視線が下を向く。現状が現状なので、こういう時間でも安心しきれないのだろう。俺はつないでいる手にきゅっと力を込める。大丈夫だと言わんばかりに。


「沢山遊べるよ。だから、頑張ろう」


「はい!」


「さて!散歩の続きに行こうぜ」


 それから、何も目的もなくただ住宅街を歩く。コンビニに寄ったりもした。特別になるんだ。華凛がいるだけで何でもないような場所や時間が。その嬉しさを噛み締めながら、そんなひと時に浸った。

 華凛の家に戻ると、華凛が思いっきり抱きついてくる。不安なんじゃないかと思う。俺も、不安に思うことの一つや二つ、いやそれ以上存在している。だから今日や、明日くらいは甘えさせたい。そう思いながら、俺は華凛の頭を撫でた。

 翌日、今日は八時に起きれた。隣には華凛がピタリと俺に引っ付いた状態で寝ていた。何も着ていない状態で。

 ほぅっと息を吐いた。特に理由はない。俺は華凛を起こしてしまわぬように上体を起こし、丁寧にタオルケットをかけ直した。

 フラッシュバックする昨日の記憶。体を重ねたことで、今までよりも守りたいって意思が顕著けんちょに現れ、その分プレッシャーものしかかる。

 ギリと、拳に力が入って少し血がにじんで、開くと血は体内に戻り傷はあっという間に塞がってしまう。


「ん……唯葉君?」


「ああ、起きたか」


「どうしたんですか?」


 いつもと何かが違うと思ったんだろう、華凛が心配そうに俺をじっと見つめてきた。


「いいや、何でもないよ。それよりも服着ようか」


「ふぇ?あっ……」


 華凛は顔を赤くし、タオルケットで体を隠しながら衣服を探し、さっさと着替えた。俺も、そこらに脱ぎ捨てられた衣服を着て、タブレット端末を確認する。暗号化されたメールだ。解読をすると今日第二基地に集まるらしい。そのことを紙に書いて華凛に見せた後、手の平の上で燃やした。


「……唯葉君」


「ん?どうした?」


「それ、今度からやめてください」


「それ?」


「手の平で燃やすのです。治るのが早いからって、そういうのやっちゃだめです」


 少し膨れっ面で華凛は軽くグーパンチをしてきた。心配してくれたようだ。まあ確かに手の平で燃やすのはないわな、普通に考えて。


「悪い。今度から食うよ」


「なんかずれてますけど、まあ、それでいいです」


 食うのは良いのか。判断基準は痛いか痛くないかなのだろうか。まあいい。


「今日は、どこか行くか?」


「……今日はゆっくりしてたいです」


「……そっか」


 俺は背後から抱きついて、首元に顔を埋める。それに応えるように、華凛は手を握ってきた。


「とりあえず朝ご飯食べるか」


「私、もう少し寝てたいです」


「んじゃ、二度寝に変更だ」


 俺は華凛に抱きついたまま、ベッドに寝っ転がる。そして抱く力を弱めると、華凛は俺の方へと体を反転させ、俺の胸に顔を埋めてスヤスヤと寝息を立て始めた。

 俺は寝ずにいた。見守っていた。ただそうしていたかったから。


 ***


 しばらくして俺たちは昼ご飯を食べ、昨日のようにぐうたらしていた。朝ご飯を食べていないのは、俺が寝ている華凛が可愛すぎて起こすのを忘れていたからだ。

 にしても何もしないというのも中々に暇なものなのだなと思った。愛さえあればなど妄信もうしんに過ぎないのだろう。好きな人が近くにいるのならば、色々したいと考えてしまうのは必然だと思いたい。

 現に、というのは少し違うだろうが、俺は華凛のお腹をふにふにと触っている。摘まめる物は全くないと言って良いほど、程よく鍛えられている、引き締まったお腹を。尚、上に行こうとすると止められます。


「唯葉君」


「ん?どうした?」


「いや、その、さっきから私のお腹触ってますけど、どうしたんですか?」


「んー、いいお腹だなって思ってさ。それに、お腹より上に行かなければ怒られないし」


「唯葉君、凄いやらしく触って来るのでだめです」


 華凛は自分の胸を抱いて、ジト目で睨んでくる。それがまた可愛く、ニヤニヤしてしまう。それを見て華凛は少し不服そうに頬を膨らませた。


「何ニヤニヤしてるんですか」


「可愛いなって思ってさ」


「唯葉君、可愛いって言えばいいと思ってません?」


「んにゃ、そんなこと思ってないよ。俺が思ったことを正直に言っただけ」


「むぅ、そうやって私が喜ぶことばっか言う……」


 ごにょごにょと華凛は小さな声で呟く。人ならば聞き取り切れないかもしれないような声量だったが、吸血鬼の俺にはバッチリ聞こえていた。ちょろいなぁ、口にはしないけど。

 まあそんなちょろいんな華凛も可愛いので良しとしよう。


「そんなに喜んでくれるとは。それならいつでも華凛が喜ぶことするよ」


「わっ、私だって唯葉君の喜ぶことしてあげます」


「お?それは期待しちゃうなぁ」


「うぐ……」


 華凛はうーんうーんと唸って、何をしようか考えてくれる。もうこの時点で嬉しいんだが、黙っておこう。

 しばらく待っていると、華凛は何か名案が閃いたようにぱっと顔を上げて俺を真っ直ぐに捉え、パーカーの前のファスナーを開けた。


「い、行きます」


「ああうん。頑張れ!」


 ジリ、ジリと、華凛は距離を詰めて詰めて、ぴょんと飛びついてきて、俺の顔が華凛の胸に埋まる。


「ど、どうですか唯葉君。唯葉君好きですよね、あの時は必要に攻めてきていたんですし……」


 最後の方、ごにょごにょと言いながら華凛は、離すまいと俺の頭を抱く力に力を入れた。とても嬉しい。嬉しいのだが、なんだろうか、頭がぼうっとしてきた。

 アカン、死ぬ。おっぱいで窒息する。

 俺は華凛を引き離すために、横腹に手を置いて力を入れた。その瞬間一層華凛に力が入ってしまった。


「ひゃあっ、唯葉君、くすぐったいです」


 いや、そうじゃないんだ華凛。離れてくれないと窒息する。吸血鬼で生存能力が高くても窒息は危ない。

 でもまあ、冷静に考えると人間より息は持つので大丈夫か。三十分もこのままなんてことはないだろうし。


「唯葉君、どうですかぁ?えへへ」


 ……大丈夫じゃない気がしてきた。なんかぽわぽわしているような雰囲気が伝わってくる。仕方ない、華凛の弱いところを攻めよう。あっ、一応言っておくけどおっぱいじゃないです。

 ぐへへぐへへと、ゲス顔をしながら手をわきわきとさせているとふっと力が緩められ、息ができるようになった。ちっ、遅かったか。


「唯葉君、あんまりでしたか?」


 華凛は返事がないことに違和感を覚えてくれたらしい。困り顔も超可愛い。


「最高だよ。息できなかったけど」


「す、すいません」


「んにゃ、大丈夫だよ。ふかふかだったし」


「は、恥ずかしいので言わなくていいです!」


 ぽかぽかと俺の胸板を殴りながら、真っ赤になった華凛は楽しそうに笑っていた。それを見て、俺も自然に笑顔になっっていた。

 それから乳繰り合っているといつの間にか夕方になっていたので、すぐに晩ご飯の準備をしてお互い仕事モードに切り替えたのち、第二基地に小原先生の車に乗って、向かった。


「来たか」


 基地内に入ってきた俺たちを見て、陸は少し申し訳なさそうな顔をした。


「悪いな。二人にはもう少し休む時間を与えてやりたかったんだが」


「確かに少ないなって思ったけど、ああだこうだ言っても始まらないだろ?終わったら存分にイチャコラさせてもらうぜ」


「やることやった後なら誰も文句も言わないさ。さて、今日集まってもらったのは、最終決戦についてだ。今日、宣戦布告されたよ、ご丁寧にな」


 そう言いながら、陸は一枚の封筒を投げてきた。中を確認すると、『僕を止めたければ、攻めてくるといい。もう準備は整っている』と書かれており、名前まであった。


「アーリー・ファウスト?」


「アメリカ産の吸血鬼だ。つまり、超本格的な訓練を受けているということになる」


「なるほど、自信ありってか」


「自身がなければ、こんな事しないだろ。だが、これをむしして奇襲きしゅうなんてこともある。早いうちにけりをつけようと思う」


「具体的には?」


「明日。もう送り付けてやったよ。明日そっちに行ってやるよってな」


 軽くドヤ顔かます陸を目の前にし、俺はくっくっと笑ってしまう。


「いいセンスだ。結構すぐ華凛とイチャコラできそうで何より」


「唯葉君に同意です」


 小原先生もやれやれといった様子で、ニッと笑った。セシラとエリカも文句なしの様子である。


「なら、今から作戦を伝える。この説明は他の狩人四十人にも伝えてある。よく聞けよ」


 陸がスクリーンを使って、作戦の流れを伝える。決戦の舞台はあの広い一条家となることに心苦しく思いながら、俺と華凛は聞いていた。


「以上だが、質問は?」


「ないな。どのみち、俺が勝てなかった時は負けるだろうし」


「責任重大だ、頑張れ。よし、もう解散にしよう。集合場所は二十三時に旧生産プラントビルだ」


「了解。んじゃ、それまでは、いつも通り行こう」


 こくりと、皆頷き基地を後にした。さあ、俺たちの最後の戦いだ。気張って行くとしよう。


 ***


 学校の校舎裏に、呼び出された俺は、辺りを警戒けいかいしながら進み、指定された場所まで来た。


「そんなに警戒しなくてもいいわよ、陸君」


 そんな様子を見た千里先輩は俺を見て苦虫を嚙み潰したような顔をしながらそう言う。


「警戒するでしょう。今夜ですし」


「……本当に、やるのね」


「ええ」


 酷い顔をしているなと思った。に見える。ふつふつと、熱い感情がきそうになるのをグッと堪え、俺は千里先輩を真っ直ぐ見た。


「俺は、あなたを救ってみせます。どんな手を使ってでも、俺はこの手であなたを!」


 血が滲みそうなほど強く拳を握りしめる。千里先輩は黙ったまま、その場を去って行った。一言、声を発さずに告げて。













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