第15話 鮮血の記憶を乗り越えて

誰も、言葉を発しない。衝撃が強すぎた気がする。俺ははぁっと、長く息を吐いた。そして周りを一瞥する。陸や華凛、小原先生はまだ茫然ぼうぜんとしていた。


「お父様って言ってたな。黒幕は一条家ってことになるのか?陸」


「………………多分、そうだと思う」


「まさか、六月一日もだとはな。案外、近くにいたもんだ」


何を言っても、沈黙がやってくる。このことが以後の作戦に影響しないとも限らないので、この雰囲気を何とかしたいのだが。


「陸、俺明日六月一日に接触する」


「なんで」


「雇われてるんだろ?相応の金積んだら寝返んないかなって思って」


「漫画の読みすぎだろ」


陸はふっと笑って、頬をパンと叩いた。しっかりしろと自分に喝を入れたのだろう。


「俺たちの顔はほぼバレていると考えるとこそこそ動いても仕方ない。情報が全く得られなかったら、一条家に侵入するぞ」


「そうなると、単独で行ってこいかな?」


「頼む」


「了解した」


「今日は解散、同時にここを捨てる」


陸が一見何もないところに手を置くとその部分が凹み、通路が出てきた。第二の裏出口である。長い回廊を歩いている途中、俺はイヤホンを取り出した。


「エリカ、ボイスレコーダー貸してくれ」


「了解でござる」


エリカはすっとボイスレコーダーを取り出し、俺に渡した。すぐにイヤホンジャックに挿入し、繰り返し再生する。


「ありがとう」


「いえいえ、何か発見したでござるか?」


「んにゃ、勘違いだった」


「それは残念でござったな」


「ああ、残念だ」


その言葉とは裏腹に俺は、微笑を浮かべていた。

翌日、いつも通り登校し、教室に入るとすぐに六月一日のもとに向かう。


「おはよう六月一日」


俺は紙を渡しつつ、六月一日に挨拶をした。六月一日はふっと笑って、おはようと挨拶を返した。

そのあと、自分の席で座っているとすぐに華凛が来て、俺の膝に座る。いつも通り髪を結び、肩をポンと叩くも華凛はそこから動こうとしなかった。


「華凛?」


位置的に華凛の顔が見えず、非常に困った。なので後ろからぎゅっと抱きしめてみた。


「ひゃっ!?」


「華凛ー、無視は普通に泣きそうだぞー」


「すっ、すいません。でも、少し心配で」


「俺は大丈夫。約束だってしただろ?」


「はい」


ぎゅっと手を握ると、華凛の全身の力が抜けた気がし、俺も安堵したからか、ふうっと一息ついた。


***


昼休み、本来ならば華凛と屋上にいるのだが、今日は違う。階段を上がってきたのは六月一日だ。


「こんなとこで拷問するの?」


「悪いがそんな趣味はないね。ここじゃない、屋上だ」


俺は【血操術】で鍵を作り、開ける。


「出たらすぐに適当に座ってくれ。立ってると職員室から見えるからな」


「開けた時にバレない?」


「そこは運を頼るしかないなあ」


俺はぎいっとドアを開け、外に出ると六月一日はついてき、すぐに座った。それを見てから俺は鍵を閉めながら座る。

そして、一枚の紙とペンを渡す。


「まさか、お前が黒幕だったなんてな」


紙に書いたのは、どう言うことだ。の一言のみ。それだけで彼女だけには伝わるのだ。俺だけがギリギリ聞こえるようなモールス信号を送りやがった彼女だけに。


「正確には黒幕に雇われてるだけね」


六月一日はさっと紙に返事を書き、渡してくる。簡単でしょ?そっちの味方ってこと、と。


「学校に潜入して、俺らのこと探ってたスパイってことか」


味方だって証拠はどこにある?


「そうだよー、お陰で九重たちのこと、まあまあわかったよ」


コードネーム【オシリス】、【コード】はAKVDOUsG。


「こっちに寝返るかはないか?金なら詰むぜ?」


ガチの【オシリス・コード】か。信じる他ねえな。


「悪いけどその気は無いね。私は金で釣られてる訳じゃない。正確には千里ちゃんの永遠の味方」


信じてもらえたところで情報吐いとくね。明日午後十時、吸血鬼部隊の試験運用がある。近くの陸軍基地に攻めるよ。


「それはしゃーねえ。交渉決裂ってな」


ありがとう。恩にきる。


「だね、じゃあね。今日から部活は休部ね」


「ああ」


俺が鍵を開けてやると、六月一日はそそくさと出て行った。俺は情報交換した紙の処分に困り、悩んだ挙句その場で食った。うん、クソまずい。

残りの授業を俺は寝て過ごし、放課後に早速報告会が第二基地で行われた。


「どうだった、唯葉」


「六月一日は寝返ってくれなかったよ。そのあと廊下を歩いてたら人とぶつかって、同時に紙が入れられてた。そこには明日午後十時に近くの陸軍基地で吸血鬼部隊の試験運用があることと、【オシリス・コード】が書かれていた」


俺は一部嘘を言って真実を告げる。六月一日の立場上、陸にこの段階で俺以外に知られるのは少しまずい。人間は拷問に耐えられない。【オシリス】イコール六月一日ということがバレてはいけない所にバレる可能性高まってしまうためだ。


「やっぱ、諜報部が動いてくれてたか。吸血鬼部隊となると、訓練された吸血鬼が相手となる。唯葉一人で行くことになるが、大丈夫か?」


「ああ、血のストックがあれば」


「よし、とりあえず見渡せるビルでも抑えて見とくよ」


「ああ、高みの見物決めとけ」


ニッと笑って見せた。華凛の心配そうな顔が変わらなかった当たり、大丈夫そうに見えなかったらしい。


「とにかく、明日は阻止作戦を行う。唯葉をメイン、俺らはもしものためでしかないから、出番はないと思う。陸軍基地には秘匿回線で話を通しておく。では明日午後九時にここに。解散」


陸はそう言い切って、出口を開ける。今日はもう帰れといわんばかりに。まだ千里先輩の剣を引きずっているのだろう。まあ、致し方ないことだと陸もわかってはいるだろう。


「陸」


「なんだ?」


「諦めんなよ?」


「ばっか、諦められるかよ」


陸の瞳には本気の色が写っていいた。こういうところが、すげえって思う。俺にはないものだ。


「よかった」


俺はそれだけ言って俺は基地を出ていく。それを追うようにとたとたと華凛が駆け寄ってくる。


「頑張ってくださいね。信じてますから」


「ああ、任せてくれ」


俺は華凛の頭をぐりぐりと撫でた。

翌日、学校で六月一日や千里先輩とかかわることなく、過ぎていき、特に何もなく予定通り進んでいた。予定時刻の十分前、俺は陸軍基地に潜伏しており、陸たちも数百メートル離れたビルに潜伏している。


『唯葉、戦闘態勢に入れ。来るぞ』


「了解」


両手の手首を掻っ切り、二本の直剣を形成。気配のする方向に飛び出す。多いな、百くらいいるんじゃないだろうか。上等だ。


『北方向から来たぞ。わかるか?』


「わかんないけど気配はわかる。殲滅せんめつを開始する」


ぐっと足に力を入れ、駆け出す。二秒も経たずに接敵、先頭を走っていた吸血鬼の頭を切り飛ばした。


「ッ!?全部隊停止!敵は一人だが、吸血鬼だ!油断をしたものから死ぬと思え!」


流石訓練されている。すぐさま三人一組スリーマンセルの体制を取り、俺を囲む。四方八方を囲まれ、追い込みに来たようだ。この場合、俺は一つの方向に突っ込み三人一組の一つを崩し、包囲されないように立ち回りながら吸血鬼を減らしていく。

全体の把握を細かく行いながら、一箇所にとどまらずに常に機動きどうする。訓練されているといっても吸血鬼の身体の使い方が下手だ。機動力の差が大きいことがその証拠といってもいい。だが、流石に数が多い。何度も攻撃を流しているうちに剣にガタが来てしまった。

仕方ないので、適当に投擲とうてきして黒い瓶に入っている血液を一気に飲み、薙刀なぎなたを形成し、敵を薙ぎ倒していく。その合間合間で針を形成して投擲、目などに刺して破裂させる。

俺は知らず知らずのうちに口角を上げていた。思い出し始めている。昔、自ら戦争に参加していた時のことを。


***


「す、凄い……」


私はそう言う他なかった。今は完全に力を出せていないとはいえ、あの強さ。最強の片鱗へんりんが確かにあった。


「唯葉は二百歳くらいの頃が一番強かったって聞いている。唯葉は戦闘においてできないことがないんだ。それが強さの一つの理由だ。特に対多数に強い。万を超える軍隊もひとりで圧倒できるほどに」


「そんなことがあるのに教科書に載らないんですね」


「吸血鬼が残らず抹消まっしょうしたらしい。人間がどれほど吸血鬼の記録を残そうとしてもどのみち人間の方が先に死ぬから守り抜けないんだ」


式部先輩はモニタを凝視したまま、答えた。私もモニタを見て、祈る。無事に戻ってきますようにと。

刹那、その期待を裏切るように、鮮血が迸った。

一瞬体が強張った。でも唯葉先輩に怪我はなく、ほっとする。でもそうなると誰の血なのか。吸血鬼は絶命しなかった場合血は出るが、即回復が始まるので、流れ続けることは絶対にないはずだ。つまり、人であるということに必然的になるのだが。


「唯葉!応答するんだ唯葉!」


式部先輩が今まで見たことがないような焦り具合で不安が込み上げてきた。だが、モニタを見る限りでは異常はないように思う。でも、さっきからピクリとも動かず突っ立ったままで、敵も困惑しているような感じだった。


「まずい、天川!すぐに狙撃準備をしてくれ!早く!」


「ッ!了解です!」


私はライフルを装備し、狙撃体制をとってスコープで唯葉を捉えた刹那、彼の体がぶれた。そして。


『ヴァァァァァァアアアアアアアッ!!』


インカムに響く獣の叫び。直後ドンッと式部先輩が窓ガラスを殴った。


「式部先輩!何が起きてるんですか!」


「暴走したんだ、過去のトラウマが思い出されるトリガーが引かれたんだ」


人間を吸血鬼を一撃でほふるるように武器を振るえば多量に血が溢れる。それが、唯葉先輩のトラウマを思い出させたのだろう。

……助けなきゃと、漠然ばくぜんとそう思った。でもどうすればいい?考えを巡らせていると、カチャとドアが開く音がした。


「暴走、しちゃったねー」


この場で響くはずのない声が響く。入口には六月一日先輩だけがいた。


「これを仕組んだのはお前かァ!六月一日!」


式部先輩は声を荒げながら六月一日先輩の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。


「まあ、ね。でも私はこういうトラウマがあるよって言っただけ。どうなるか知らなかった」


「んな軽薄にッ!そもそも何でここにいる!」


「それよりもいいの?九重は」


そうだ、唯葉先輩を止めないと。私はぶんぶんと頭を振って、式部先輩をみる。


「式部先輩!どうやったら止まりますか!?」


「……小原先生、六月一日を見ててください。……今、唯葉は文字通り頭に血が上ってる。だから頭をぶち抜いてやればいい」


「わかりました。狙撃しますッ!」


タブレット端末で風の情報をリアルタイムで収集しつつ、唯葉先輩の行動を予測する。暴走している唯葉先輩の行動予測は思いのほか簡単だった。

そして、そっと引き金を引いた。飛び出た弾丸は、すっと唯葉先輩の頭に吸い込まれていき、頭を撃ち抜いた。


「唯葉!聞こえるか!」


『…………ああ、聞こえる……多分』


はぁーっと私は長いため息をついた。腰が抜けたように体が動かなかった。


「帰投しろ、唯葉」


『ああ』


それを最後に、ぷつりと切れてしまった。今度は式部先輩がため息をつき、六月一日先輩を見た。


「さて、どうしてここにいる?」


「あー、そっか。諜報部の情報は他言無用だったね。九重には話したけどね、私は【オシリス】だよ」


「そんな冗談……」


「冗談じゃない。本当だ」


「……唯葉」


いつの間にか、唯葉先輩は戻ってきていた。唯葉先輩は気だるげそうに六月一日先輩を見た。


「コードは」


「AKVDOUsG」


「……そうか。とりあえず、唯葉。お前はどっかで頭冷やしてこい」


「ああ、悪い」


唯葉先輩はふらりと出ていく、それを見て六月一日先輩も立ち上がった。


「私もここでね。今日は別にみんなにバレていいかなって思ってきただけだし。次はちゃんとした援護をするよ」


そう言い終わると、マスクを着けてフードを被って出ていた。私はそれを確認してから式部先輩を見る。


「唯葉先輩のトラウマって、なんですか?」


「天川、唯葉を救ってくれないか?」


「え?」


「あいつの枷を壊せるのは天川だけだとおもうから。だから……頼む」


式部先輩は、頭を深く下げた。彼が作る握りこぶしはぐっと力強く握られていて、血が滲むのではないかと思うほど。


「わかりました。行ってきます!」


私は走って、部屋を飛び出した。するとすぐそこにセシラさんがいて、ブレーキが間に合わず抱きついてしまった。


「ぷはっ、すいません」


「ふふっ、いいのよ。それよりも、唯ちゃんの元に案内するわ」


セシラさんはにっこりと笑って、ゆっくりと歩き始めた。早く行きたい気持ちでいっぱいであったが、焦っても仕方ないので歩調を合わせて歩いた。


***


ギイッと扉が開く音がした。振り向けば華凛が俺を真っ直ぐに見つめていた。


「どうした?」


「式部先輩が、唯葉先輩のトラウマについては本人に聞けって」


「ああ、なるほどね」


俺はくっくっと力なく笑い、ため息をついた。その様子を見て華凛は、申し訳なさそうな顔をした。


「嫌なら、いいんですけど」


「んにゃ、華凛に聞いてほしい。いいかな?」


「はい」


真剣な表情で、華凛は頷いてくれた。俺は胡坐あぐらをかいて華凛に手招きをし、膝をポンポンと叩く。今、凄く甘えたい気分なのだと思う。でも、顔を見ながら話したい気分でなかったから、そうした。

華凛は優しいから、断らずに俺の足の上に座った。


「昔の話ね。今が七百歳だから、五百年前くらいにとある女の子に恋したんだ。華凛みたいに優しくて、いちいちお姉さんぶってくる人。凄く楽しかった。それまで殺戮することと、怠惰に生きることしかしてこなかった俺にとって、輝いた日々だったんだ」


ガリッと歯噛みしたことによって、歯が少し欠けた。でも気にせずに、何とか言葉を繋げた。


「俺を飼っていた貴族がな、俺と彼女の仲睦まじい様子を不服に思った。ほんとにただの嫉妬しっと。それでッ、ある日。財宝が盗まれたって騒ぎだしたんだ。そしてその犯人に彼女を仕立て上げ、彼女の首を…………刎ねた。俺の、目の前で」


華凛が息をのんだ。俺は涙を堪えながら、続ける。この後が、一番の悪夢だ。


「切られた首ってな、血が勢いよく吹き出て、数メートルくらい飛んでくるんだ。そして何の運命の悪戯か、俺の膝元まで飛んできて、目が……合ったんだ」


俺が大量の血を見て暴走した理由だ。瞳孔の開いた目と、視界を覆うあか。【血操術】を使うときは見ないようにしているだけだ。


「守れなかった」


俺がどんなに庇っても、吸血鬼を誑かした悪女と罵られたにも関わらず、俺に笑顔を見せ続けていた彼女を。


「唯葉先輩」


華凛が俺を呼ぶと同時に、頬に触れ、顔を無理やり上げる。にっこりと、優しく微笑んでいる華凛がそこにはいた。向かい合わせに座り、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「私はここにいます。ずっと側にいますよ」


胸が締め付けられるような感覚を覚えた。堪えていたのに、涙腺が決壊し、涙が溢れて出る。


「今日も守れないところだった……」


「心配しなくても、私が守りますよ?」


「それじゃダメなんだッ!守られるだけじゃッ!」


「じゃあ、お互い守り合って生きていきましょ?辛い時は弱音吐いたっていいんです。甘えたい時は甘えていいんです。笑いたい時に笑って、泣きたい時に泣いて、支え合って、歩いていきましょ?」


ふと、抱きしめる力が緩められる。そして頬に手を触れ、くっと顔をあげさせた。

目の前に、慈しむような微笑みを浮かべている華凛がいた。至近距離で見た俺は、その綺麗な笑みに、吸い込まれる感覚に陥って華凛の頬に触れた。すると、華凛はすっと目を閉じ、それと同時に俺の理性が、崩壊を始めようとする。ぐっと暴走しそうな衝動を抑え込んでいると、じれったくなったのか華凛の方から唇を重ねてきた。お互い、自然に腰に手を回す。

数十秒の間、唇を重ね続け、そっと離れた。呼吸をするタイミングを完全に見失って、少し荒い息をあげた。

ちゃんと言おう。伝えなきゃ。そう思う。いつまでもヘタれてばかりじゃ、ダメだ。


「華凛」


「はい」


「好きだ」


「私も、好きです」


見つめ合って、同時にふっと笑う。そして華凛が上着を脱いで、右肩をあらわにした。


「必要、ですよね?」


……ああ、確かに必要だ。必要ではあるのだが、勢いや雰囲気に流されてはい吸血って訳にはいかないのが今の時代。


「ええと、なんだろ。雰囲気ぶち壊すようで悪いんだけどさ、直に啜るの、凄く、痛いよ?」


そう言って八重歯を見せると、華凛の表情が強張った。他の歯より一センチほど飛び出ている八重歯を。


「……ッ!怖くないもんっ!」


「ばか!強がってどうする、やけになるな!?」


「うぅ……っ!」


華凛は涙目になりながら俺の胸をポカポカと殴る。もうムードとかなくなったけど、華凛が可愛いからどうでもいいや。うん。

だからと言って、本能は血を求めている。衝動は止めれそうにはない。


「いいか?」


首筋を撫で、真っ直ぐ華凛の目を見る。華凛はごくっと唾を飲み込んでから、頷いてくれた。俺は華凛にハンカチを噛ませ、首筋に八重歯を突き立てた。

ビクンと、歯が食い込んだ瞬間に体が跳ね、ぎゅっと抱きついてきた。でも、声を上げなかっただけ凄いと思った。

十回ほど喉を鳴らし、牙を抜いた。そして、ハンカチで垂れる血を拭った。するとみるみる傷が塞がる。


「あれ?傷は?」


「噛まれた所がね、部分的に吸血鬼化エネルギーが発生して、短時間だけ吸血鬼みたいに再生現象が起きるんだ」


「そうなんですね」


「ま、女性の肌に傷を残す訳にはいかないからね」


いい感じの声作って言うと、くくくと華凛は笑って立ち上がり、手を伸ばしてきた。


「もう、大丈夫ですか?」


「んー?まだ充電が足りない」


俺は華凛の手を取って立ち上がる勢いそのまま抱きついた。顔を埋めると、いい匂いが鼻腔びこうくすぐる。


「もうっ、甘えんぼですね」


「だめか?」


「じゃないです」


華凛もぎゅうっと抱き返してくれた。それがたまらなく嬉しく、涙が出そうになるが、頑張って堪えた。

たっぷりと抱き合った後、ようやく体を離した。


「……戻ろうか」


「大丈夫ですか?」


「ああ。色んな足りないもの、全部華凛に貰ったから」


「ふふっ、よかったです」


手を握って、二人で陸たちがいる部屋まで戻る。陸はそんな俺らの様子を見て、ふっと笑った。


「戻ったか、唯葉」


「ああ、最強回帰だ」


自信を持って、そう高らかと宣言する。もう心の枷はどこかに消え去っていて、迷いなどなくなっていた。


***


「あれ以上が考えられるわ。行けるの?」


一条家の私の部屋で、何故かいる彼にそう言うと彼は不敵に笑う。


「問題ないですね。僕こそが最強ですから」





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