第14話 文化祭の果て黙示録が紡がれる
待ちに待った、文化祭当日。今日も華凛と一緒に登校している。距離は拳一個分もないくらいだ。だからよく手が触れる。それが少し恥ずかしく、無駄に声を出して紛らわせることにした。
「文化祭だなー」
「文化祭ですねー」
「華凛のメイド姿を一番の楽しみにしてるぞー」
「私も唯葉先輩の吸血鬼姿楽しみですよ」
「一回見られてるけどな」
「なんか進化してるらしいですよ」
「おお、まじか」
進化か、まあ悪い方向ではないだろう。そう信じる他ないんだがな。さて、今日は精一杯華凛と楽しむとしよう。これからは何かと忙しくなるだろうからな……
学校に着き、ひとまず自分のクラスに向かった。今日は文化祭で、朝は最終準備をする時間なのだ。よって華凛とまた会えるのは文化祭がスタートしてからとなる。だが、うちのクラスは椅子や机を並べるだけだ。なので、必然的に暇となる。
「やることなさすぎだーろ」
教室の脇に並べて置いてある椅子に寝っ転がり、そうぼやくと陸がその近くに座って短く息を吐いた。
「仕方ないだろう。何もやらないんだから何もやることないのは当然だ」
「ですよねー」
俺は時計をチラと確認して起き上がる。後十五分ほどで文化祭が始まる。凄いワクワクしてきたがそれを少し抑え、予定確認をすることにした。まず、午前九時から十一時まで華凛にクラスの出し物のシフトが入っているので、みんなで遊びに行く。
その後、空想生物研究部の出し物で十二時から午後一時までシフトが入っており、そして次が千里先輩で、午後二時から四時。その後の後夜祭は自由行動となっている。
その自由時間で思う存分イチャコラするぜ。いや、常にイチャコラする気満々だが。
「唯葉」
「お?なんだ?陸」
「いや、そわそわしすぎだから」
「ですよねー」
どっからどう見てもそわそわしてたもんね俺。落ち着け落ち着け。
「ちょっと、トイレに行ってくるわ。文化祭始まる前には戻る」
「ああ、おけ」
教室を出てトイレに向かう。ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら用を足そうとした刹那、狂気が臭った。
「ッ!?」
トイレの個室から吸血鬼が飛び出し、スタンガンで突き攻撃を放たれる。俺は
冷汗が止まらない。文化祭に、吸血鬼がいる。ごくりと生唾を飲み込み、教室へ戻る。尿意はすでに引っ込んでいた。
教室に戻ると、いつも通りの雰囲気で陸の隣に腰かけた。
「吸血鬼がいる」
ぼそりと、いつも通りの表情で言った。陸も全く表情を変えずに、そっかとだけ言った。だけどその裏では確かに滾っていて、仕事モードが見え隠れする寸前のように思えた。
「行くか」
「ああ」
「ふぅ、六月一日、そろそろ行こうぜー」
「お、もうそんな時間か。おけー」
三人一緒に教室を出ると、校内放送が流れる。文化祭の開始の合図であったが、俺にとっては違うものが始まった合図にしか聞こえなかった。
四階で千里先輩と合流した後、華凛のクラスまで行く。すると制服の上に緑のエプロンを着ている華凛がぴょこりと顔を出した。
「あっ、唯葉先輩たち、いらっしゃいませっ!」
「よっす華凛、案内頼むぜ」
「はい!こちらへどうぞっ!」
丸テーブルの一つに華凛が先導してくれる。そして俺たちが席に着いたのを確認してからメニューを渡してきた。
「ご注文が決まりましたら、また呼んでください」
「了解だ、今すぐにでも呼ぶよ」
「注文が決まってから呼んでください♡」
にこっと微笑んで、他の席に行って注文を聞いたりしていた。真面目に働いてて偉いなー。
「おい九重ー、何にするの?」
「華凛にお任せするつもり」
「決まってから呼べって言われたでしょ?」
そうでしたー。まさかそれを見越してそう言ったのかなー?策士だなぁー、あっはっは。仕方ないなー!
「んじゃ、レモンティーにするかな」
「そんだけ?」
「朝はあまり胃に食い物入れないんだよ」
「へえ、まあいっか。華凛ちゃーん」
「はーい、今行きますね」
調理スペースから顔を出し、返事を返してまた調理スペースに戻っていった。クラスの人と楽し気に一言二言、会話した後にとたとたと駆け寄ってきた。クラスの人と話すようなっていたことを俺は嬉しくも何だか寂しいような気がした。
「ご注文を伺います」
「俺はレモンティー」
「私はブラックコーヒーとホイップパンケーキ」
「私もブラックコーヒーを頼みますわ」
「俺も」
「レモンティー一つ、ブラックコーヒー三つ、ホイップパンケーキが一つですね、少々お待ちください」
にっこりと笑い、調理スペースに注文を伝えに行く。するとまたこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「まだお客さんが少ないし、話してきてもいいって言ってくれて」
「そっか、ならはいこれ」
俺は二度折った一枚の紙を華凛に差し出した。
「何ですか?これ」
「ん?ラブレターだよ」
華凛は紙を開き内容を確認し、一瞬だけ目を見開いた。あれはラブレターじゃない。吸血鬼がいることを告げたのだ。いやまあ一言愛を
「唯葉先輩」
「何かな?」
「キモいです♡」
「ぐはぁぁあああ!?」
俺は胸を押さえ、膝をつく。ちょっといいなって思っちゃいました。
「華凛ちゃんがそれ言うって、よっぽどじゃない?なんて書いたの……」
華凛は声を上げて笑う。流石というべきか、あの内容だというのに顔色がほぼ変わらないとは。
ちなみに、小原先生にはもしものために来ていたセシラが伝えに行き、同時にエリカを
「くっ、この程度で俺は
「そもそもあんなこと言わせる九重が悪くない?」
「仰る通りで」
そんなこんなで、注文した物を飲みながら、一時間ほど、華凛のクラスで遊んだ。
***
華凛のクラスを出ると、俺はすぐ近くで壁に寄りかかってスマホを取り出した。
「ん、九重は別の所行かないの?」
「ああ、可愛い華凛を激写するのに忙しくなるからな」
「そーゆーとこがキモがられるんだよ?」
そう言い残して、六月一日たちは文化祭を回るのだろう、どこかへ行ってしまった。
さて、俺がトイレで襲われた件だが、何故襲われた?あの作戦で尻尾は掴まれていないはずだ。ならずっと前から俺が吸血鬼だとわかっていたか、たまたまトイレに一番に行って襲われただけか。
それならまだいい。もしも俺だけでなく、華凛たちが何らかの手段で特定されていたとしたら?そうなると華凛から離れるのはまずいだろう。
警戒するに越したことはないだろう。不自然のないようにあたりを警戒しつつ、俺は華凛を見守り続けた。
特に何も起こらぬまま、華凛がシフトを終えた。教室から出てきて俺の姿を見るや否や、すぐに抱きついてきて小声で話し始めた。
「手紙の内容、本当なんですか?」
「ああ、ガチのガチだ」
「そうですか……」
華凛は一度俺の胸に顔を埋め、抱きつく腕に力を入れた。不安でもあるのか、しばらくそうしたままであった。
たっぷりと一分経った頃、華凛は体を離しニコッと笑った。俺はその笑顔の奥深くに恐怖が
「大丈夫だ」
「はい」
「何か、買いに行くか。部の開店時間までまだあるし」
「賛成です」
俺と華凛は手を繋ぎ、できるだけお互い体を近づけて歩いた。警戒しながらという、非常に精神がすり減る思いをしながら。
結局、大して惹かれるものなく空想生物研究部のコスプレ喫茶の開店時間となった。客足は少なくない、中々の盛況っぷりである。特に女子の人気が高く、席数制限がなければ過労で倒れるのではと思うほど。
なので基本、俺と陸は警戒をしながら仕事ができるのでありがたい。と言っても、あれから吸血鬼の臭いは全くしないので大丈夫だとは思うが。
ということで進化した衣装でも紹介するかー。
まず、ただのタキシードだったのが、
すげーかっちょ良くなっているのだが、陸も同等いやそれ以上に似合っており、尚且つ俺が毎日毎日吸血鬼吸血鬼言ってるもんだから他学年すら意外性が消滅していることから、さっきから暇。陸の人狼姿、もふもふでやさぐれた感じが人気を呼んでいるようである。
やさぐれて人気とかずるいな。むすっとしてたらキャーキャーと黄色い声援が聞こえるんだろ?現にそうだし。
なーんてことを思いながら俺は調理スペースに行き、六月一日と代わる。こうやって細かくローテーションしていくのだ。
カセットコンロが三つ並んであり、順にパンケーキの生地を入れていき焼く。三つ同時なんて、楽勝すぎるぜ。
紅茶は合間合間に熱々を作る。てな感じで進めている。
「唯葉先輩、指名入りましたよー」
「はいよー、ちょっとだけ任せていいか?」
「はい、二番テーブルです。二番のトレーに料理乗ってるのでそれ持ってってください」
「了解」
せっせと運び辿り着いた二番テーブルには小原先生と、サラサラな銀髪にエメラルドグリーンの瞳を持った端麗な顔立ちの美女がいた。ニューフェイスだと思った?残念セシラです。
「Aセット二つ、お持ちしましたよー、お二人さん」
「よう九重、流石だ。様になってるぞ」
「いやなってなかったら困りますよ」
「ふふっ、それもそうね。それで唯ちゃん」
「はいなんでしょう」
「いや待て九重、何だその呼ばれ方」
「俺の呼ばれ方です」
「昔馴染みなの」
「そうか……」
そう言えば俺、セシラにコードネーム以外で呼ばれたの久しぶりだな。懐かしいなぁ。
「それで唯ちゃん、あれは本当?」
「ああ。実際に俺にバーンって」
「無事でなによりだわ。それで、他に動きは」
「無いな」
「そう、わかったわ」
セシラは少し目を伏せ、苦い顔をした。でもすぐに戻ってニコニコした表情となる。
「さて、そろそろいただきましょうか、小原先生」
「そうだな。……気をつけたまえよ」
「そっちも、ね。……ではごゆっくり〜」
調理スペースに戻ると、丁度華凛と六月一日が入れ替わるタイミングだった。
「ちょっと九重、あの美人さん誰?」
「小原先生と一緒にいた?」
「その人しかいないでしょ!」
「小原先生の友人かな」
「私が聞いてるのは九重との関係。唯ちゃんなんて呼ばれちゃってさ」
あちゃー、聞かれてましたかー。まあ明言はしていないし、大丈夫か。それはいいとして、セシラとの関係をどう答えておくべきか。
セシラは吸血鬼が秘密裏に住んでいる島の管理者の娘さんで、赤ちゃんの頃から一応知っていて、管理者の仕事はかなり忙しいので、島で一番暇な俺にお守りを任せることも少なくなかったのでかなりの時間、一緒にいたといえばいた。結構懐かれてたな。
「まあ、幼馴染み?昔馴染み?みたいなもんだよ」
「へえ、あんな美人さんがねー」
釣り合わないなーって顔をして、六月一日が苦笑いをする。なんか失礼だな。
「俺だってイケメンだろうが」
「事実だけど自分で言うな」
六月一日は俺に軽くチョップをかまし、パンケーキを焼き始める。さて、どうせ暇だと思うがホールの方に行こうかな。
「唯葉先輩」
「ん?どうした華凛」
「セシラさんとの関係、詳しくお聞きしたいので今日お家に伺ってもいいですか?」
「……はい」
有無を言わさぬ雰囲気で言われ、頷く他なかった。笑ってるのに笑っていなかった……
***
思った以上に人気を呼び、閉店時間の頃には材料が尽きてしまった。丁度客もいなくなったので手書き立て看板に売り切れ!と書いて教室前に置き、片付けをした。ここでも結局吸血鬼は現れることはなく、表立った襲撃はやらないよう言われているのかもしれない。
だが、確証がない以上常に警戒せざるを得ない。
「唯葉先輩」
「ん?どうした?」
「……休憩所に行きませんか?」
「俺のクラスのとこか?」
「はい」
どうしたのだろうか。考えられるのは華凛が吸血鬼がいるかもしれないというプレッシャーに耐えられなくなったか、何か発見したのか、まあ何でもいい。どのみち華凛を一人にするという選択肢は無い。
理由など、休憩所でゆったりしながら聞けばいいことだろう。
「わかった、休憩所でイチャコラするか」
「あっ、イチャコラはしないです」
「ガチトーンで返されると結構応えるな……」
がっくりと、オーバーリアクション気味に肩を落とすと、華凛はふっと微笑んでくれた。
片付けが終わったあと、休憩所に行くと十人ほど休憩していた。俺たちは、教室の隅に座りふうっと息を吐いた。
「それで、何でここに?」
「唯葉先輩、少し辛そうでしたから」
「……そっか、それは、気にかけてくれてありがとうな」
華凛がどうこうじゃない、俺の限界が近いのを華凛が察してくれたんだ。
「少し寝てもいいですよ、セシラさんに頼んで周りを警戒してもらいますから。時間になったら起こしますし」
「そっか、なら甘えようかな」
「肘枕しましょうか?」
「やったね、是非してもらいたい」
俺は何とか微笑んで見せる。でも力なく見えたのだろう、辛そうな顔を見せたがすぐにニコッと笑った。
「はい、どうぞ」
華凛は自分の膝をポンポンと叩いて、こいこいと言わんばかりである。なので俺は、横になって目を閉じた。
揺すられて、パッと目が覚める。華凛は俺の顔を覗き込んでいた。
「おはようございます。そろそろ千里先輩のクラスに行きますよ」
「ああ、わかった」
「よく寝れましたか?」
「ああ、すげー快眠」
「ふふっ、良かったです」
ゆっくりと起き上がり、ふるふると頭を振った。
「よし、行ける」
立ち上がって、俺は華凛に手を伸ばす。華凛はちょこっと手を置いて自分だけで立ち上がろうとする。なので俺はしっかりと手を握って補助する。
「行こうか」
「はい」
華凛も少しは休めたようで、顔色が良くなっていた。しっかりと手を繋いだまま千里先輩のクラスに向かう。
千里先輩のクラスの縁日は、午後になったせいか人は多くない。俺はそのことを嬉しく思いながら中に入る。するとすぐそこに六月一日がおり、奥には陸と千里先輩がいた。
「ギリギリだね、お二人さん。どこかでお楽しみだったとか?」
「休憩所にいただけだよ。華凛がだらしなくバテた俺に膝枕してくれてさー」
「唯葉先輩、それ言わなくていいですから」
のろけ始める俺を華凛が必死になって止めようと腕をぐいぐい引っ張ってきた。その姿も可愛い。
「結局お楽しみだったんじゃん。まいいや、千里ちゃんのとこ行くぞ」
「いいのか?」
「遠慮してたら私一人じゃん?遠慮なく私は行くね。それにもう三十分も二人でイチャコラしてるからいいの」
六月一日は千里先輩に飛びつき、俺たちが来たことを知らせる。
「ようこそ、華凛ちゃん、唯葉君。ごめんなさいね、先に遊んでしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ!」
華凛が千里先輩に抱きつきながら言うと千里先輩にっこりと笑った。
「さてさて、みんなで遊ぶぞ!五人で!ほらー」
六月一日は千里先輩と華凛と腕を組んで縁日の出店を見て回る。その後ろをついていく形で俺と陸は歩いた。みんなと一緒にいる時間は安心することができて、楽しかった。
決して華凛と二人きりが楽しくないという訳でない。けど安心することができなかっただけなんだ。
楽しい時間ほど、時が経つのが早い。千里先輩のシフトが終わり、後夜祭が迫ったきた。俺と華凛はキャンプファイヤーの近くで二人向かい合って適当に踊っていた。周りにあまり人がいない所で。
「今日は楽しかったか?華凛」
「はい!凄く楽しかったです。唯葉先輩の寝顔も見れましたし」
「それは是非とも忘れてほしいんだけどなあ」
「やです」
「んな可愛い言い方されちゃ仕方ない」
お互い同時にくくくと笑い、調子に乗って一回転する。すると華凛が楽しそうにはしゃぎ始めた。
「唯葉先輩!」
「んー?」
「私、ちゃんとここにいますよー」
「ああ、知ってるよー!」
ニッと笑って、大きな声でそう叫ぶと華凛が体を近づけてきた。その眼差しは真剣みを帯びていて、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「ここに、いますから」
姿が重なる。彼女の姿と。俺は泣き崩れそうになりながらも、堪え、精一杯の笑顔を見せる。
「ああ、わかってる」
華凛を頭をそっと撫でる。華凛は照れながらもうれしそうに微笑んでくれた。
***
文化祭が終わり、家に帰った後に俺たちは基地に集まった。エリカが裏で暗躍した結果を報告するそうだ。
「さて、皆が揃ったので話しても良いでござるか?」
「ああ、頼む」
「今回、彼等の目的はリサーチだと考えられるござる。対象は、九重唯葉と接触した全ての人間でござる」
なるほど、と思う。文化祭の最中、エリカの姿すら視界に入らないなと思っていたが、そういうことだったのか。
「襲撃が一度だったのも、リサーチが狙いだったからでござる。そして、これを聞いてくだされ。黒幕と思しき人物の会話でござる」
この場にいるほぼ全員の方に力が入る。再生されるとまず聞こえてきたのは騒音、そしてかすかに聞こえるカツカツと不規則な音が微かにする。
『さて、本当にやんの?千里ちゃん』
『ええ、それがお父様の意思だから』
『そ。まあ雇われてる限りは手伝うよ。式部と最後のデートに行ってきなよ』
『…………うん』
ブツリと雑に録音が切られる。セシラとエリカを除く全員が目を見開いて固まってしまう。
間違えることはない。確実に、俺らが知っている六月一日と千里先輩の声であった。
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