第13話 文化祭の前の……

とある日の放課後。俺はちょっとした用事があり、数分遅れて部室に着いた。


「わっりい、遅れた」


片手ですまないとジェスチャーし、部室内を一瞥いちべつしてから自分の定位置に座った。


「事情知ってるから大丈夫だぞ。よし、只今より文化祭での出し物決めっぞ!」


六月一日が予め机の近くに寄せていたホワイトボードに文化祭の出し物についてと書いた。そういえば、もうそんな時期か。恐らく、ゆっくりと羽を伸ばせるのは文化祭で最後になってしまうだろう。いや、もしかすると文化祭も何か起こるかもしれない。

どのみち華凛とゆっくり話したりする機会がそろそろ無くなるだろう。少し、憂鬱ゆううつだ。その様子になんらかの違和感を抱いた六月一日が俺の顔を覗き込んできた。


「ん?九重?どした?」


「いや、もうそんな時期かーって思ってな」


「あーね、確かに時が経つの早いよねー、まあそれだけ楽しく過ごせてるってことっしょ」


にしし、と六月一日は心底今が楽しそうに笑った。俺はうんうんと相槌あいずちを打つ。


「だな。んじゃ、文化祭ね。この人数でやれるやつだよな?」


「うん、先生は頭数に数えないから五人ってことになるね。だからやれることはかなり限られるよ」


「お化け屋敷は、無理だね。準備にしろ驚かすにしても人手が足りないわ」


「歩く展示物、吸血鬼君」


六月一日が名案と言わんばかりのドヤ顔で俺を見る。俺は眉間にしわを寄せる他なかった。


「やだよ」


「でも楽だよ?シフトとかないから。ただコスプレして華凛ちゃんと遊んでればいいんだよ?」


「だから嫌だって」


「ちょっと私も遠慮したいです」


「ほら、華凛も……ぐッ、そう言ってるだろうッ!」


「うわー、遠慮したいって言われてダメージ受けちゃってるよ」


アヒャヒャと爆笑しながら六月一日がありもしないことを言い出した。


「いや、ダメージなんか受けてないから。俺のメンタル甘く見るなよ?ゆし豆腐だからな」


「ぼろぼろじゃん」


「そうだよ」


あれ?じゃあ俺メンタル激弱ですね。道理でさっきから心が痛いなと思ってたんだよなぁ。


「そ、それよりも、他の所を参考にしてみませんか?」


華凛が律儀りちぎに手を挙げてから発言する。参考にする案はいいかもしれない。被りはどうせ発生するのだから、どっかやれそうなのを真似してもいいだろう。


「でもまあ、そう考えると一案浮かぶな」


俺がポツリと呟くと、六月一日と陸があーっと思い出したように唸った。


「あれか」


「あれねー」


凄い微妙びみょうな表情をしながら呟く二人を見た華凛は凄い嫌な予感するといった表情を俺に向けてきた。


「一応聞きますけど、何ですか?」


「休憩所」


「は?」


やだ、華凛に始めてガチの「は?」を聞きました!ちょっとゾクってしちゃったじゃないの。


「いやこれはね、凄いノリで決まったのよ」


思い出される、あの時間……


『お前ら!文化祭、らくしたいかー!』


『おー!』


『シフト無視して彼氏彼女とイチャコラしたいかー!』


『おー!』

『いねーよど畜生!』


『なら休憩所でいいかー!』


『おー!』


『よしおっけぇぇえええいッ!』


本当に俺のクラスのみんななぞのノリが良過ぎませんか?お前ら絶対練習しただろそれ。俺その練習参加してねえぞ?

チラと華凛を見ると、うわぁって顔してた。わかる。わかるよ。


「ま、まあうちのクラスはいいとして、華凛ちゃんと千里ちゃんのクラスは何するの?」


「私のクラスは喫茶店です!」


「縁日をやることになっているわ」


「おお、ザ・文化祭って感じだね、うちとは大違い……」


「まあ、確かに楽なのはいいんだけどね」


陸がネット巡回をしながら小さく呟いた。そういえば苦手だもんなこういうお祭りもの。


「結局どうする?開店時間を一、二時間だけにして、まあまあ規模の大きいものをするって手もあるが」


俺が提案すると、六月一日は手をぱんと叩いてああ、と言ってうんうんと頷く。


「それもありだったね。華凛ちゃんと同じ喫茶店も何かとできそうな気がするね」


「コスプレしたいならコスプレ喫茶にでもしたらいいし」


「九重、今なんて?」


「え?いきなり難聴系?俺普通に聞こえる声で言ったはずなんだけど」


「いいから!」


迫力のある顔で六月一日が迫ってくる。なんなんだ?俺はコスプレ喫茶と言っただけ……はっ! 名案じゃね?


「は?俺の名案じゃね」


「ほんとそれ。いいよいいよ!衣装なら私山ほど持ってるから!」


「でも、五人で回すことになるわよ?」


「それなら席数を五くらいにしたらいいかもな。位置的にそこまで多くくることはないだろうし」


「調理場はどこに設置するんだ?」


陸の問いに俺は頭を抱えてしまう。部室内に席を設置するとスペースがなくなるのか。


「それなら席を外に設置したらどう?ちょうどすぐ近くにある渡り廊下あることだし、許可を取れば使用可能なはずよ」


「千里ちゃんナイスアイデア!それならコスチューム貸し出しとかもするスペースがありそう。とりあえずこの内容で、小原先生に見せてみよっか。小原先生どこいるかな」


「あっ、それなら後で顔出すって言ってました」


「華凛ちゃんナイス!ならコスチューム決めしとくか?希望あるなら言ってね、基本何でもあるよ」


何者だよこいつ。ありがたいけどさ。さーて、俺は何にしようかな。吸血鬼以外、吸血鬼以外〜。

なーんて考えているのがバレバレだったのだろう。六月一日が俺の肩に手をぽんと置く。


「九重は吸血鬼」


「ですよねー」


俺の運命さだめはどうやっても変わらないらしい。まあ、別にいいんですけどね。俺はぐでぇっと机に突っ伏し、様子を観察することにした。


「華凛ちゃんは何がいいかな?」


「んー、メイドですかね。一回着てみたかったんです」


は?絶対似合うじゃん。結果は着る前に決まっている……自然の摂理せつり並みに。いいぞいいぞと目で訴えていると、六月一日がチラと見て苦笑いを浮かべた。


「絶対似合うよ。九重もご満悦だし」


「そうですか?……そうみたいですね」


華凛は俺を見て微笑んだ。可愛いぞ華凛。さっきから俺の心の声がうるさいですね。でも華凛が可愛いから仕方ないよね。


「スカートの丈どうする?」


「短めで」


「いやなんで九重が答えるのさ」


「で、でも唯葉先輩がそういうなら……」


「あ、でもやっぱ長めで。他の男にパンツ見られたくない」


「お前は華凛ちゃんの彼氏か。スパッツとか履くだろうから大丈夫だよ」


「綺麗な太もも見られるのはしゃくだしうん長めだな」


「だから彼氏面やめんか。そういうんなら制服のスカートはどうなの?まあまあ短いけど」


「校則で決まっちゃってるしー、仕方ないっていうか」


「チラチラ見ながら言うな!満更でもないんだろ!」


「さてそれは置いといて、華凛着たいのはどの長さかな?長めがオススメだけど、華凛の意見を尊重するよ」


「そもそも九重に聞いてないんだけどね。で、どう?華凛ちゃん」


華凛はあはは、と苦笑いを浮かべたあと、考えるようにあごに手を添えた。


「私としては千里先輩のお家にいたメイドさんを意識してたので、長めで」


「おっけー。千里ちゃんはどうする?」


「私はよくわからないから、お任せしようと思うわ」


「うーん、千里ちゃんはね、何がいいかな。ナースさんとか?」


「ゲホッゴホッゲフンガフン!?」


陸が突然ものすっごい咳ばらいをしだす。チラと見えたスマホの画面にはナース服の検索画面があった。似合いそうだなーとか思ってたんだろうなぁ。


「ちょ、式部どうしたいきなり!?」


「わ、悪い。何でもないんだ、何でも」


「そ、そう?まあいいや、どう千里ちゃん」


「そうね、陸君はどう思う?」


「え?……ぇぇえええ!?」


陸は携帯を取り落としそうになりながらも何とかキャッチし、目をぱちくりとしばたたかせる。その様子を見て千里先輩はふふっと楽しそうな笑みを浮かべた。


「動揺しすぎな、陸」


「う、うるせえ!えっと、いいと思います。凄く、いいと思います!大賛成です」


「ふふっ、ありがとう。じゃあ、ナースを第一候補にしようかしら」


千里先輩は満更でもなさそうに陸に向かって微笑んでいる。あれほど言わせておいて確定させないのか、少し小悪魔感が出ている。陸を見ると少し残念そうにしていた。まるでお預けを食らった犬である。

まあでも結局着るんだろうなと思いながら、俺は六月一日を見た。


「六月一日はどうするんだ」


「んー?私?私はね、どうしよっかな。チャイナドレスにしようかなって思ってるけど、変えるかも。二人も変えたいなら言ってね。そんで、次は式部だけど」


「ああ、俺か」


陸は少し嫌そうな顔をした。陸はコスプレに抵抗があるタイプなので、遠慮したいといったところか。まあ、千里先輩に頼まれてやりますって言っちゃいそうだが。

そう思ったのだが、陸は俺の予想をいい意味で裏切った。


「俺も、お任せで頼むわ」


「お、式部もやってくれるんだ」


「まあ、たまにはいいんじゃねぇかなって思ってな」


ふっと笑って、陸はチラと千里先輩を見た。すると千里先輩は微笑んで、陸の頭をポンポンと撫でた。


「ありがとうね、陸君。よし、陸君の衣装はどうしましょうか」


「んー、人狼とかいいんじゃない?ワイルドな感じでさ」


「うん、いいわ。どう?陸君?」


「じゃ、それで」


少し照れを見せながら、にっと笑った。順調なようでよろしいよろしい。俺も何らか進展させなければな。

そう思い、華凛に手を伸ばしたその時、ガラッと部室のドアが開き、小原先生が顔を覗かせた。


「よう、ちゃんと活動してるかー」


「あ、先生。文化祭での出し物決めたんですけど、これで大丈夫ですかね?」


「んー?行けるだろ。行けなかったらゴリ押しとくな」


「あ、あざす」


「喫茶店やるならメニュー決めとけよー」


そう言って、小原先生は部室を出て行った。マジで顔見せただけだったな。


「メニューね、面倒だしAセットとBセットでよくない?それで変えるのは飲み物だけでもワンチャンいける」


六月一日がホワイトボードにメニューについてと書き、続けて自身の意見を書いた。

その意見に、俺たちはうんと頷いた。


「この人数で回すからな。それがいいと思う。ホットケーキに飲み物は紅茶とコーヒーにしとけばなんとかなる説」


「美人ウェイター三人にイケメンウェイター二人いればまあ何とかなるっしょ」


「自分で言うか?」


「自称イケメン吸血鬼に言われたくない」


「ぐうの音も出ねえわ」


笑ってそう言うと、六月一日はおろか、千里先輩や華凛まで笑っていた。


「ま、これで決まりだね。それじゃ今から男子は廊下ね。採寸するから」


「なるほど服脱ぐのか」


「そ。明日試着するから、持ってくるのと、調整のためにね」


「わかった。終わったら言ってくれ」


「おけー」


廊下に出てまずはふうっと息を吐いた。何故か、いつも以上に疲れている気がした。あの作戦では大した疲労はなかったように感じていたのだが、そんなことなかったらしい。

陸は相変わらずネット巡回。暇なので中に耳を傾けてみようか。てか傾けなくても耳がいいから聞こえるんだけどね。す

俺は所在無げに立っている風にドアの横に寄りかかって目を閉じ、聞き耳を立てた。


***


なーんてことをしてるんだろうなと思いながら私は採寸に応じる。更衣室の件があるので、またやらかしそうだが。


「か、華凛ちゃーん。そんなに警戒されると採寸が……あの時みたいに暴走しないから、信じてくれないかな?」


「……はい、わかりました」


カーテンを全て隙間なく締め切り、制服を脱いで上はブラジャーだけとなる。下はまだスカートを履いたままだ。


「あの、唯葉先輩聞き耳立ててると思うので数字は言わないでくださいね」


「あー、やっぱ?じゃあ聞いてると逆にモヤモヤすること言ったろ」


ニヤニヤしながら私の胸部にメジャーを回す。その笑みはどっちの笑みだろうか。心配しながらも六月一日先輩を信じて腕を地面と水平になるよう挙げた。


「よーし、採寸始めるね」


「お願いします」


「ふむふむふむ……は?でけえ。これ千里ちゃんといい勝負なんじゃない?」


六月一日先輩のあり得ないものを見る顔を見て気になったのか、千里先輩も覗き込んでくる。


「本当ね、数か月前に測った時と数センチしか変わらないわね。弾力は断然華凛ちゃんの方があるわ」


ふにふにと指で突きながら千里先輩が今度はじっと見てくる。その視線が何となくくすぐったかった。


「で、でも千里先輩、それから大きくなったんじゃないですか?」


「うんん。私はもう大きくなってないわ。測った時高校二年の頃からほぼ変わっていなかったから」


「そうなんですか?」


「ええ、そうなの」


「私からしたら二人とも羨ましいけどねー」


六月一日先輩がメジャーをきゅっと軽く締め付けてくる。そしてそのまま優しく横に揺さぶり始めた。


「ちょ、六月一日先輩!?」


「どうやったらこんなに育つかねえ」


凝視しながら揺らすことをやめない六月一日先輩。まさか暴走寸前なのでは?思考回路がその考えに辿り着いた瞬間、コンコンとノックの音が響いた。


***


流石に耐えきれなくなった俺は思わずドアをノックした。陸も陸で、耳を塞いでいた。


「あのー、そろそろ普通に採寸してくれません?」


「はいはーい、了解したからちょっと待っててねー」


俺はふぅっと長い長い安堵のため息を吐いた。あれこれ考えてしまい脳が沸騰ふっとうしそうだ。

煩悩滅却ぼんのうめっきゃく煩悩滅却と、ぶつぶつ呟きながら、瞑想めいそう体制に入った。そしてどれほど時間が経っただろうか。ガラガラとドアが開いた。


「お待たせ。次は式部の番だよ」


「わかった、どこまで脱げばいい?」


「上半身だけでおけだよ。ズボンはベルトだから」


陸の採寸が始まり、千里先輩が興味津々にそれを見ていた。俺はその間に華凛の近くまで歩み寄る。


「何センチですか」


「聞いてくると思いました。絶対言いません」


ぷくりとほほを膨らませて、そっぽ向いてしまった。その姿も可愛いのでついつい見入ってしまう。


「ですよねー」


俺はくくくと笑って席にすわり、陸と千里先輩を見た。お互いに楽しそうに笑い、六月一日がちゃちゃを入れて同時に真っ赤になったりして、本当にわかりやすいよなあと思った。


「座っていいですか?」


突然華凛そう言って、俺の太ももに手を置く。そういうことされるとドキッとしちゃうのでやめて欲しい。俺はドキドキしたのを悟られぬようにいつも通りを意識する。


「ああ、勿論」


「失礼します」


俺は太ももにちょこんと座ると思っていたのだが、華凛は太ももの付け根まで深く座り、体を預けてきた。そしてリラックスしたのを感じ、思わずふっと笑みを浮かべてしまう。

嬉しくなってテンションが上がってしまい、右手を華凛の腰回りに回してしまう。最初こそ少しびくりとしていたが、俺がただ腕を回しただけと感じたのか、すぐまたリラックスしたように力を抜いた。


「暖かい」


「唯葉先輩はひんやりしてますね」


「そうかな?」


「はい、ひんやりで気持ちいいですよ」


そっと、華凛が俺の手を握り、しきりにふにふにしだす。何だかくすぐったい。


「おーっと、隙を見てイチャコラしてるぞー」


六月一日がニヤニヤしながら言う。だが、からかわれるのは承知の上だったので特に狼狽うろたえることなく、微動だにしなかった。華凛も同じような反応だった。ていうかふにふにするのに夢中になっているようだ。


「……なんかもうさ、全く反応なく続けられるとこっちが恥ずかしいね」


「まあ、お構いなく」


「そですか……それじゃ華凛ちゃん聞くだけ聞いてねー?」


「わかりました」


「ああ、ふにふにはやめないのね。いいけど。さて、来週の土曜にでも買い出し行こうと思うけど、大丈夫?」


六月一日からの提案に、俺たちはコクリと頷いた。丁度みんな予定がないようである。

そのことに六月一日は満足そうな笑みを浮かべた。


「よし、んじゃあ決まり!楽しみだなーっ!」


「ふふっ、そうね。私も楽しみだわ」


部室内が和気藹々わきあいあいとした雰囲気包まれる。その様子を見ながら、俺は密かにギリ、と歯噛みしていた。それはもうすぐ平穏が終わるかもしれない可能性からきた不安のせいか。はたまた別の何かか、俺はわからずにいた。


***


俺と彼女は恐らく惹かれ合っていた。俺は彼女といて楽しく、心地良かったし、彼女もありのままの笑顔でいてくれたように思えた。

だから……だから俺は、彼女に依存してしまっていたのだと思う。体を、ゆだねたのだと思う。

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