第12話 和やかな日常と不完全な黙示録

あれから数日、定期的に狩りを続けてはいるものの、日常が戻りつつあった。変わったことがあるのなら、まず俺の、俺たちの秘密を華凛と小原先生が知ったこと。そして、華凛と一緒に学校に行くようになったことくらい。


「おはよう、華凛」


俺は玄関前に立っていた濃い紺色のカーディガンを着ている華凛に声をかけると、華凛はぱっと笑って、てとてとと歩み寄ってきた。


「おはようございます。行きましょうか」


「ああ」


この時点で髪は結ばない。彼女曰く、教室まで会いに行く理由がなくなってしまうからだそうだ。本当に可愛いこと言ってくれる。


「暑くないのか?カーディガン着て」


「はい。冷え性気味なので、これで快適ですよ?運動したらちょっと暑いかなって思うくらいで。唯葉先輩は半袖で大丈夫なんですか?」


「ん?まあ、慣れたからな」


半袖の服というものを着だしてもう百年くらい経っている。流石に慣れるというものだ。


「そういうものなんですね」


「ああ、昔は本当に部屋に引きこもって、全身黒色の長袖長ズボンにフード深く被って、出歩くときは仮面被ってって言う如何にも吸血鬼って生活してたんだけどなあ。血も毎日飲んでた気がする。性格も尖ってた」


「やっぱ吸血鬼って荒々しいんですか?」


「荒々しいというか、何だろうな。人間の五歳くらいってわがままで手加減を知らないだろ?そういう時期が百歳超えたあたりから二百歳手前まで続くんだ」


「なんだか人間味があって可愛いですね」


「やること成すことも可愛げがあればよかったんだがな」


その時期に人狩りに目覚めるやつも少なくはないのだ。俺はその中の一人だが、まだましな部類であった。というのも俺は自ら戦争に参加し、戦争という大義名分の下で殺戮さつりくを行っていた。ひどい奴は、日常的に無差別に殺戮をするのみだった。

あと、直接血をすすることに興味を抱き、そのままくせになって以後も直接啜る奴もいた。直接啜ることはしてはならないというのが、一応暗黙の了解となっているはずなのだが。

とりあえず、可愛げなど微塵みじんもないわけだ。


「唯葉先輩は可愛いですよ」


「ははっ、どこがだよ」


朝っぱらから声を大にして笑ってしまう。でも華凛は何かと真剣に言ったようで慈しむような目線を向けた。


「可愛いじゃなくてカッコイイでした」


「それは事実だから認めざるを得ないな」


軽口を叩きながら俺たちは通学路を通って学校に行く。そして教室棟の三階で一旦分かれる。二年生は三階で、一年生は四階だからだ。


「荷物置いたら唯葉先輩のクラスに行きますね」


「了解、待ってるよ」


たったったっと、階段を駆け上がる華凛を見送ってから、俺は教室に向かった。教室に入ると、すぐに六月一日と目線が合った。


「おはよう九重。最近は華凛ちゃんより来るの早いね」


「ああ、まあ一緒に登校してるからな」


「おお、関係が進展してるって思っていいのかな?」


「どうだろうな。そうであればいいんだが」


「告ってないの?」


「ああ」


「うわ、ヘタレだな」


六月一日が俺をジト目で見ながらあり得ないものを見るような視線を向けてきた。仕方ないだろ、生粋のヘタレで全然覚悟決まんないんだから。告白とか怖すぎる。よっこいしょと席について華凛を待つ。華凛は五分もかからずに教室に顔を出した。


「唯葉先輩!今日こそ聖戦に決着を!」


「ふっ、かかってこーい!」


「あ、その前に髪結んでください」


「お、おう。そうだったな」


ぱっと髪を結び、今日も今日とてわちゃわちゃと、華凛との聖戦に興じる。いつもの、日常だ。結局聖戦に決着は着くことなく、予冷が鳴った。

昼休み、俺と華凛は一緒に屋上に向かった。そして【血操術】を使って鍵を開け、屋上に出るや否や鍵を閉めた。


「便利ですね」


「だろ?だからつい多用しちゃうんだよ」


くくっと笑いながら座り弁当を二つ取り出した。俺と華凛の分だ。


「はい、おかずも量も一緒だよ」


「ありがとうございます」


華凛は弁当を受け取るとすぐに包みを開き、パクパクと食べ始めた。まあまあ早いペースで食べるので、喉に詰まらせたりしないか心配である。


「もうちょっとゆっくり食べていいんだぞ?」


「そ、そうですね。美味しくって、つい」


「そか、そりゃよかったよ」


俺も包みを開け、弁当を食べ始めた。うん、我ながら上手くできているぜ。


「料理、私にもできますかね」


「できると思うぞ。難しいのは流石に慣れが必要な気がするけど、簡単なのなら基本的に誰でもできるよ」


「唯葉先輩教えてくれますか?」


「いいぜ、暇な日に家に来てくれ。絶対いるから」


「はい!」


華凛は満面の笑みで頷いて、弁当の残りをパクパク食べた。本当に美味しそうに食べる華凛を見ながら、俺も弁当を掻き込んだ。

その後少し昼寝をして、予鈴が鳴ると共に目が覚めて、教室に戻った。そして退屈な二時間を過ごし、部活の時間となった。


「あの時はテンションがあれだったけど実際に色々調べてわかったね。これは手に負えないわ。九重の件」


六月一日が開口一番にそう言って、机にだらしなく突っ伏す。まあ、わかりきっていたことだ。一般市民に知られるようなら大問題である。


「まあそりゃそうだって言う他ないな。調べもん上手い陸でも全くだって言ってたからなあ」


陸は今日はいない。ヨーロッパ担当からの連絡があり、打ち合わせをしているのだ。


「でも一番もやもやするの華凛ちゃんでしょう?」


千里先輩が心配そうに華凛を見る。しかし、華凛は首を横に振った。


「そですね、でも別にいいかなって思ったりもします。今ここに、唯葉先輩がちゃんといますから」


「確かにそう考えるとどうでもよくなってくるな!自分のことなんだけど」


「もうお前ら付き合えよ……」


六月一日の呟きは小さかったがはっきり聞こえた。だが俺はあえて聞こえなかったことにした。


「それよか、今日は何かするのか?」


「特に何も、いつも通りで」


「うい了解」


とりあえず俺は本を取り出して読む。華凛は俺の隣にぴったりと引っ付いて本を覗き込んでいた。側から見れば恋人のようなのだろうか、六月一日と千里先輩がやれやれといった表情をしていた。


***


その夜、基地に俺と華凛、そして小原先生が呼ばれた。生産プラントの同時襲撃の件だ。陸はあの時と同様にスクリーンにスライドショーを映し、ワンクリック。生産プラント襲撃作戦と書かれていた。


「ヨーロッパの担当から連絡がありました。向こうもやっと生産プラントが見つかったみたいで、作戦は丁度今から二十四時間後です」


「向こうは午後三時くらいだが大丈夫なのか」


こういった秘密裏の作戦は基本、深夜に行うのものだ。小原先生はそう思って、懸念けねんを抱いたのだろう。


「お互い秘密裏ひみつりの計画ですからね、表沙汰おもてざたになるのは避けたいでしょう。それに向こうにも優秀な吸血鬼が二人派遣されてるので」


「二人も?日本は一人なのにか?」


「あー、まあ一応俺、最強の吸血鬼ってことになってますから」


「日本が一番規模が小さいだろうってことで一人でも大丈夫だろうと。実際は近年こういう作戦に送り出せるような吸血鬼がいないだけなんですけど」


吸血鬼も今ではかなりおとなくなった。大半の吸血鬼が人間の生活に適応できるんじゃないかと思うくらいに。俺はただ歳をとっただけであるが。さて、そろそろ本題に入ってもらおうかな。


「陸」


「ん、ああ、そろそろ本題に入りますね」


思い出したようにスライドショーを操作しながら説明を始めた。


「作戦はさっきも言った通り、二十四時間後、その一時間前にはここに来てください。場所は株式会社輪楊本社ビル…というのは偽物でそのビルの地下に生産プラントがあります。地下なので狙撃は不可、全員ハンドガンやサブマシンガンを装備して突撃。戦い慣れしている護衛は唯葉がすべて仕留め、作られて間もない奴は俺たちで仕留めます。そして鹵獲ろかくされている吸血鬼を救出、生産装置の破壊をして終わりです」


「戦闘員は四人か?」


「いえ、セシラとエリカも戦うので六人です」


陸がそう言うと後ろにいたフードを深く被った少女二人が華凛と小原先生に向けてひらひらと手を振った。それを見て、小原先生は少し微妙な顔をした。


「それでも少なくないか?」


「いえ、多いくらいです。まあ実際作戦が始まればわかります。とりあえず説明終わりましたけど、何かありますか?ないのなら解散ですけど」


「マップはないのか」


「マップは作戦前に見せます」


「なら、いい」


小原先生は懸念が消えていないに違いない。まああの言い方では本当に安全かわからないからな。信用していいのは確かであるが。


「じゃあ解散で、唯葉は要だ。今日は絶対に休め」


「ああ、じゃ、今日も案内します」


できるだけ笑顔で言って、裏口に向かうと二人は渋々といった表情でついてくる。基地を出て回廊を進んでいると、突然華凛が俺の手を取った。


「大丈夫ですよね」


「ああ、口だけで言ってもあまり信用ないかもしれないけど、大丈夫。陸もセシラもエリカもああ見えて強いからって、うち二人は顔見たことねぇけど」


「だって、上官」


華凛が笑顔で小原先生を見る。まだ信用できませんかと言わんばかりの顔だった。それを見た小原先生は居心地悪そうに頭をポリポリと掻いた。


「まあ、信頼しすぎないようにしておこう」


「あながちそれが一番かもですね」


俺はくっくと笑い、華凛と手をつないだまま長い回廊を歩いた。場に似合わない明るい笑顔を、俺は忘れないようにしよう。きっと今はこれが希望の光のような気がしたから。


***


作戦当日の学校では今日は部活なしということになった。千里先輩は家の用事があるらしく、六月一日はバイトのヘルプに行くらしい。


「今日は部活がないだけでなんかすごい違う気がしますね」


華凛はきょろきょろしながら帰路をたどる。いつもより少し明るく、小学生と思しき子供がたまにすれ違うだけだというのに落ち着きのない様子に、ふっと笑ってしまう。


「一時間半も早く帰ることになるからな。ていうか六月一日がバイトしてるとはな、場所聞いて暇なときに突撃しようかな」


「やめた方がいいと思います」


「ですよねー」


お互い苦笑いをこぼし、口を噤んでしまった。沈黙が少し痛い。


「華凛」

「唯葉先輩」


呼ぶタイミングが被り、またお互い黙りこくってしまった。いやいや、何気まずいなーって思っちゃってんの!?ここは俺から行け!


「なあ、華凛。また俺の家に来ないか?」


「行きます」


即答だった。しかもキリッとした表情もしてる。ちょっとかっこいいって思っちまったぜ。


「じゃあ、いつまでいる?」


「……時間いっぱいで」


「……お、おう。料理、一緒に作るか?」


「いいですね、したいです」


たわいのない会話、もうすぐそんな和やかな空間と一時的に離れてしまう。だからせめて、今を刻まなければ。いつか平穏が訪れることを願いながら。

そして、定刻の二時間前。俺は華凛の家に大きめのバックを持って向かってた。華凛の家まで五分とかからないが、その間を黒ずくめで行く訳にもいかないので華凛の家で着替えることにした。

小原先生が何でいるんだという視線が送られてきたが華麗にスルーした。同じ車に乗せてもらい、基地に向かって入り口となっているコンテナの前に立つ。


「セシラはいないのか?」


「ああ、俺開けれますから」


カタカタとパスコードを入力していく。計百二十五打ち込み終えるとカシュッとドアが開く。


「さて行きましょう」


唖然あぜんとした様子の二人に手招きをした。


「お前、なんて速度で打つんだよ」


「まあ、慣れましたからね。パスコードも見た目以上に簡単ですよ」


あれはまず五十八回適当に入力し、決まったパスコードを十二回打って、残りを打ち込めば終わりだ。

それから緊張感を持って歩き、長い回廊をの果てに眩しさを感じた。


「丁度一時間前だな。すぐに最終確認に移るぞ。その後にマップの確認を行う」


PCを操作し、スクリーンに画面を映し出した。そこには金髪碧眼の顔の良い好青年の顔が映る。昔ながらの親友だ。


「やあユイハ、久しぶりだね」


男にしては珍しくスッと通る声音が鼓膜に響く。俺を突き動かした時と何ら変わらない声。


「ああ、久しぶり。リヲン」


「うんちゃんとできてるみたいだね。さて、ニューフェイスのお二人さんは初めまして、ヨーロッパ担当のリヲン・セフェレアです。どうぞよろしく」


画面越しに綺麗きれいなお辞儀をして、リヲンがにこりと笑いかけた。


「お二人のことはもう知ってるよ。カリンとサクラだよね、作戦の概要はもうリクから聞いただろうと思うけど我慢していただこうかな。といってもぱっと終わるよ。作戦は生産プラントの同時襲撃だ。この作戦は今後の戦いに関わる重要なファクターとなる。頑張ってくれ。まあ以上かな?」


「ああ、あとは定刻通りに」


「了解したよ、健闘を祈るね」


プツンと秘匿ひとく回線が切れる。陸は間を置かずPCを操作してマップを表示する。


「これが地下のマップです。三十分である程度覚えてください」


そう言い残して、陸は装備の準備を整える。俺と陸はもう暗記済みなので、冷蔵庫から黒いびんを取り出し中身の血液を一気にあおる。そして、静かに瞑想めいそうを始めた。

そして三十分。ぱっと目が醒める。


「さて、みんな、この仮面をつけてもらいます。視界はかなり広いので大丈夫です」


カシュッと音を立てて仮面がフィットする。そして車に乗り込んで生産プラントへ向かった。

目的地手前で車を止める。定刻まで、あと一分を切っている。


「掃除屋が人払いしてるからもう出ますよ」


俺以外全員武器を抜いた状態で近づいていく。陸が手でカウントを始め、残った人差し指そのままビルの方へ向けた。作戦開始だ。

初動、俺が先陣を切り、自動ドアをこじ開ける。いくら人払いがされているからと言って、ド派手に割り壊す訳にもいかないのだ。まあ、結構簡単に開けれるのでかかる時間は大して変わらない。

中に侵入してからも俺が先頭を行く。地下へ繋がるルートは頭に入っているので、人間の走る速度に合わせて駆ける。そろそろ入り口だ。


「行ってくる」


それだけ言って俺は加速する。入口には門番が三体。少ないな、と思った。襲撃のリークすることは難しくはないはずのだが、罠があるとにらむべきか、まああろうがなかろうが、関係ない。全てぶち壊すだけだ。

ぐっっと踏み込むと同時に小さいナイフで手首を掻っ切り、血をほとばしらせる。そしてその血を瞬時に短めの剣を形成し、俺は即敵の首めがけて投擲とうてきし頭をね、壁に突き刺さった剣を回収するために接近、剣を抜くのと同時にまた一人の頭を刎ねた。


「ひっ!なんだ貴様」


「貴様を狩るものだッ」


脳天に剣を突き立てて、灰に変える。次はまたナイフで手首を掻っ切り、斧を形成して思いっきり振り下ろして鋼鉄のドアを破壊した。ここは外から見えないので別に問題ない。


「ナイス、このまま奥まで進むぞ!この先が生産プラントだ。全て壊せ」


「了解だ主人」


バンッと扉が開かれ、生産プラントの全容が明らかになった。薄暗い、コンクリートに囲まれた空間に、いくつものベッドが並んでおり、その上で細胞の移植と血液の供給が行われていた。衛生面は最悪だな。

それにしても派手に入った割に、反応が薄い。


「労働者は全員吸血鬼だよ。まだ人間のやつはいる。寝てんのは全員人間だ」


「吸血鬼が、働いているの?」


華凛がポツリと震えた声で呟いた。


「吸血鬼は睡眠が必須じゃないんだ。相応の血液の供給と、眠気覚ましと薬物があれば、半永久的な労働力となる。だから使うんだよ。作った吸血鬼をそのまま、ね」


「侵入者だーッ!」


叫び声が響き、ぞろぞろと戦闘員が出てくる。全員吸血鬼だ。


「【アヌビス】、武器貰っても良いでござるか?」


「ああ、わかっている」


俺は【血操術】により日本刀を形成し、エリカに渡した。それを確認してから陸が手を挙げ、前に振った。


「かかれッ!殲滅せんめつしろ!【アヌビス】は単独行動を許可、俺らは固まって行動する!」


陸が言い終わらないうちに走り出した俺は敵集団に突っ込み、真紅の二本の剣を踊らせる。縦横無尽に駆ける。華凛たちを気にかけながら。


***


乾いた音、金属が床に落ちる音、灰に化す音、断末魔だんまつま阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図がここにはあった。少なくとも華凛は、恐怖していた。唯葉の鬼神が如き殺し方に。

エリカも、唯葉程ではないが、接近攻撃でかなりの数の頭を刎ねている。人間なのに接近戦をするのは狂気の沙汰だと思うのだが。

シセラも、射撃精度が高い。人間を超えた機動力がある吸血鬼相手に正確に眉間を撃ち抜いている。

シセラが弾倉を交換するモーションに入った刹那、物陰から飛び出る吸血鬼が華凛の視界に入った。知らせようとしたが、シセラは弾倉を交換することなく入れ直し、発砲した。そして今度こそリロード。殲滅を再開した。

陸も荒々しいながらも強かった。接近されれば体術を交え確実に当てられるタイミングで頭に弾丸を撃ち込んでいた。

華凛も咲良もかなりの数を減らしたと思うが、他四人に劣っている。これは確かに、六人は多いなと、華凛は不覚にも思ってしまっていた。相手が戦い慣れていないということも、あるのだろうと思うが、それでも圧倒的な差があった。


「殲滅完了、【アヌビス】はここの破壊を。終わり次第こっちに来てくれ。俺たちは鹵獲された吸血鬼を回収する」


「ああ、了解だ」


数本の真紅の鎖を操り、広範囲を駆け巡る唯葉を見ながら、華凛は陸についていった。鹵獲されていた吸血鬼はひどく弱っていた。だが、陸が血を無理に飲ませるとそれが嘘のように、元気になった。案外あっさり終わり、生産プラントまで戻ってくると、ちょうど破壊し終えた唯葉が、中央で突っ立っていた。


***


足音がして振り向くと、華凛たちが戻ってきた。どうやら無事だったらしい。ふーっと息を吐いて、力を抜き、陸に歩み寄る。


「終わったか」


「ああ。帰投するぞ」


俺は鹵獲されていたであろう吸血鬼を抱え、疾走する。最後まで罠を警戒したが、結局何事もなく帰投することができたことに、嬉しくも釈然としない気分だった。

基地に辿り着き、すぐに秘匿回線を繋ぐとすぐに繋がった。


「お、そっちもクリアかな?」


リヲンがニッコリと笑って問いかける。それに陸が頭をぽりぽりと掻きながら答えた。


「実にあっさり終わったよ。捨てても構わないのかもしれない」


「確かに、こっちも生産プラントはすぐに壊せた。警備は手薄で、練度も低い。吸血鬼化計画が終盤に差し掛かってるんだろうね」


「早く関わってる奴を特定しなきゃな、アメリカとロシアの方はまだ何も特定できてないんだろ?」


「みたいだね。俺らが吐かせた方が早いかも、早速行動に移ろうかね。じゃ、お疲れ様」


プツリと途切れ、沈黙が降りてきた。それを破るようにはぁとため息が聞こえた。


「式部、聞いてない情報があったぞ?」


「管轄外ですからね、下手に考えることないですよ」


「……わかった。いつか話してくれるのか、それ」


「まあ、話すときは来るでしょう。今日は、もう帰りましょう」


全員、何かと釈然としていないのだろう。成功を喜ぶ声なく、俺たちは各々の家に帰ることにした。


***


「生産プラント壊されましたね」


「ああ、そうだな。まあ、いい。どのみち我々に敗北などないさ。……そろそろ動こうかね」


最悪の胎動は既に始まっている。我々は我々のすべきことだけをしたら良いのだ。

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