第11話 虫食いの黙示録に記す秘密

「な、なんで式部、お前がここにいるッ!?」


 上官が目をいっぱいに見開いて、見たことのないような形相で式部先輩を睨みつける。


「なんでって、ここに呼んだのは誰ですか?」


 彼は至って冷静沈着れいせいちんちゃく。柔らかな微笑をずっと浮かべるだけである。それに対して頭に血が上ってしまったか、上官が銃口を式部先輩の方に向ける。それでも、彼の表情が変化することは、無かった。


「…………説明を、してもらおうか。式部」


「もちろん。でもその前に、見てもらいたいものがありましてね。その鑑賞会を優先させていただきます。リエカ、スクリーンに映像を」


「了解でござる!」


 元気な女の子の声が響き、続いてキーボードを叩く音。PCのモニタのせいで、リエカと呼ばれた女の子の姿は確認できなかった。

 程なくして、スクリーンにビルの上から撮った夜の街中の映像が映し出された。そのビルの上に一人、人が立っている。体型を見る限りでは、男に見える。


「……ここは?」


「俺たちが住んでいる街ですよ?あとこれ、リアルタイムです。さて、【シリウス】、聞こえるか?」


 式部先輩が呼びかけると、コードネーム、【シリウス】がカメラに向かって手を振った。


「予定通りに行う。合図を待て」


 そう指示を受けた彼は人差し指と親指をくっつけ、オッケーサインを出した。


「リエカ、ドローンの調子は?」


「感度良好、視界良好!吸血鬼にだってついていけるでござる!」


「そりゃあ、いいね。次、掃除屋各員」


「全員、完璧にマークしてます。ってくれれば、すぐに片しますよ」


「了解だ。じゃあ【シリウス】、最終確認だ。標的は八体、顔は覚えてるだろ?三十秒で終わらせろ」


 式部先輩は飛んだ無茶を言った。吸血鬼八体、これを三十秒で片付けることは不可能だ。人間をはるかに超え身体能力を持つため、人間は基本暗殺でしか彼らを殺せない。

 だというのにモニタ越しの彼は、オッケーサインを出すだけ。仮面のせいで表情が見えないが、余裕だと言わんばかりであった。


「……定刻まで、五、四、三、二、一、作戦開始ッ!」


 式部先輩が叫ぶと、【シリウス】は百メートルはあるであろうビルから、宙に身を踊らせる。ワイヤーアンカーでもあるのだと思ったが、いつまで経ってもそれらしきものは出てこない。見えたのは、いつの間にか右手首からあふれる血液だけ。

 刹那、その血液がさながらワイヤーアンカーが如く壁に向かって行って、地面すれすれで振り子のように振られ、完全に振り切る前に噛みつかせた真紅のアンカーを外して飛び、そのアンカーを真紅のに変化させた。変化したことも驚きだが、これら一連の動作にほとんど無音なことの方が驚きだ。

 彼は勢いそのままに一体目の標的の背後から接近し、首をねた。標的はすぐさま灰と化し、落ちた衣服を掃除屋が回収。その頃には【シリウス】は次の標的に向かっていた。次の標的は五十メートル先。その距離をたった一秒で詰め、脳天から真っ二つに切り裂く。

 そして次は左手首を掻っ切り、そこから真紅のアンカーを伸ばし、ビルの上まで一気に登り、その途中で右手にある剣を真紅の槍へと変化させた。助走ついでにビルを何個か飛渡り、投擲とうてき。槍は見事標的の頭に刺さり、灰に変える。そして掃除屋が槍を回収し、上に向かって投げた刹那、槍は【シリウス】の右手に収まり、次の標的のもとへ向かう。

 途中で槍を二つに折ったかと思うと、それぞれが少し短い剣となり【シリウス】はそれらを逆手に持って、二人固まって歩いている吸血鬼の首をほぼ同時に切り刎ねた。それからも驚異的きょういてきな身体能力を生かし、残りを片付けた。

 所要時間は三十秒ジャスト。私と上官は唖然あぜんとするほかない。


「よくやった、【シリウス】。戻ってこい」


 式部先輩はふうと息を吐いて椅子に座って深く腰掛けた。それを見て、上官は一歩前に出てもう一度睨みつけた。


「説明、してもらえるか?あいつは誰だ?」


「そんなの、本人に聞けばいいでしょう。もう後ろにいますよ?」


 私と上官はばっと振り向くが、いない。一つ二つ文句でも言ってやろうと前を向き直ると、【シリウス】が眼前にいて、びっくりして思わず飛び上がってしまった。


「【シリウス】、仮面を外していいぞ」


【シリウス】は仮面を手で覆いクッと上にあげると、カシュッと音を立てて、仮面が外れた。私は、言葉を失った。予想外だったから?いや、あるいは知らず知らずのうちに予期していたのかもしれない。見間違うはずがない。目の前に現れたのは、私が好きな人、九重唯葉がそこにいた。


 ***


 もっと驚いてくれると思っていたが、華凛の反応は若干薄く、少し不服に思ってしまった。それに対して小原先生は目を見開いて驚いていて、期待していた驚き方に、俺は少し笑みを浮かべてしまった。縁起でもないことは承知している。


「さて、華凛、小原先生。俺たちに聞きたいこと、ありますか?」


「お前は、吸血鬼なのか?」


 ポツリと、小さな声で呟かれた問いに対し、俺は首を縦に振った。すると小原先生はギリッと歯噛はがみした。


「なら、何で死んでいないッ!?死なないのならば、死の偽装には一体全体、どんな意味があるッ!?無いとは言わさんぞッ!」


 耳をつんざくような叫びがせまい基地内に反響する。それに対して陸が一瞬目を伏せ、一歩前に出た。


「それは今から説明します。死の偽装は一度後回しにさせていただきます。まず、何故彼が死んでいないか、というか問いから答えます」


 陸の視線がふっとスクリーンに移り、それにつられるように、華凛と小原先生がスクリーンを見た。画面には吸血鬼についてた書かれてある。


「まず、何故唯葉が死んでいないか。それは吸血鬼の身体機能の説明と、本物と贋作がんさく差異さいを説明すれば答えが出ます。吸血鬼は人間の身体能力を遥かに凌駕りょうがしているのと、吸血機能が大きな特徴で、誰でも知っているような知識です。

 他には、核と呼ばれる独立した器官があって、言わば第二の心臓。この核が生きている限り、彼らに死という概念は存在しない。なので」


 突如、パンと乾いた音が鳴った。一瞬意識が飛び、頭がぐらついたので、俺の頭に弾丸を打ち込まれたんだなと、察した。倒れかかった体をどうにか踏み留まって、恨みがましく陸を睨んだ。


「あのなあ、撃つなら撃つって言えよな」


「この通り、頭を撃ち抜かれても核が存在するのですぐに再生され、死なない。他には映像で見てもらったと思いますが、血を操ることができる。彼らはそれを血を操作する術、【血操術】と呼んでます。さて、ここまでで質問は?」


 チラと陸が華凛と小原先生を見る。すると華凛がすっと手を挙げた。


「……日光に当たったら死ぬとか、ニンニクがダメとかは嘘なんですか?」


 その質問に陸が俺を見た。どうやら、俺から言えってことだと思う。


「えーっとだな、死にはしない。でもさっき言った通り、身体能力が高い。と言うことは勿論、五感も人間よりかは鋭いからな。日光に当たるとひりひりするし、ニンニクなんか嗅いだらもげそうになる。でも、生活できないほどじゃあないよ。ニンニク普通に食うし。他には……十字架も、俺たち幽霊って訳じゃないからなんとも。まあ個人差は人間みたいにあるけどね」


「唯葉先輩が泳げないのは個人差の問題ですか?」


「ああ、吸血鬼は水がダメっていう説あるけど、人間と同じで泳げる泳げないがあるよ」


「ありがとうございます」


 華凛は満足したのか、次の説明を促すような視線を陸に向けた。陸も視線の意図をみ取ったようで、スクリーン上のスライドショーを操作しだした。


「次は本物と贋作の差異ですね。まず贋作は元々は人間で、吸血鬼の細胞を心臓に移植し、血液を飲ませることで吸血鬼化エネルギーが発生し、吸血鬼と化す。

 ここで人間が吸血鬼化するにあたって、一番重要なのは、核ではなく、体なんです。さっき唯葉を撃ってもすぐに再生したから、ある程度疎おろそかになっていいという訳でなく、あれは損傷そんしょうが一箇所だけだったからであって、同時に複数損傷すれば、相応、回復速度が落ちます。

 吸血鬼は人間より身体能力が高い。数値で言えば約十倍。人間が脳のリミッターを外したとしてもそれでもその二倍はある。そんな身体能力があるので人間の体のままじゃ、激しく動く度に大きな負荷がかかり続ける。すると回復が追いつかない状況になるので、動けなくなってしまう。だから体を吸血鬼の能力に似合うものにしなければならない。ここまで、分かりますか?」


 陸が二人に問いかけると静かに頷いて次の説明を待つ。それを見た陸は画面を切り替えた。そこには吸血鬼化エネルギーの消費量と上に書かれており、身体改造が六割、独立核の生成五割、吸血能力の付与一割と書かれている。


「十割を超えているじゃないか」


「そうです。十割超えてます。でも身体改造と吸血鬼生命を維持するするのに必要な吸血能力は外せない。では核はどうするか。五割はあくまで核を独立させるのに必要な量なんです。つまり、核をどこかに寄生させればいいんです。そうすれば十割の中に収められる。【血操術】は、贋作には使えませんが」


「そしてその寄生先が脳なのか」


「その通り、人間は頭を撃ち抜かれれば死ぬ。吸血鬼は核を壊されると不死の存在でなくなる。だから核が脳に寄生している贋作は頭を撃たれると死んでしまうんです」


一つ目、俺が生きていた件について説明が終わったところで、小原先生が深く盛大にため息をついた。聞き疲れてしまったのだろう。最初の威勢はもうなくなってしまっていた。だが、華凛はそうでもないようであった。


「次、お願いします」


華凛が言う次とは、俺の死の偽装についてだ。ちゃんとそうした理由があるのだが、少し言いにくい。華凛は理解を示してくれるだろうか、その心配ばかりしている自分がいて、嫌になる。


「唯葉の死の偽装に関しては、発案者である俺から言います」


「……発案は確かに陸だが、俺はその案を快諾した。だから陸だけを責めたりするのはやめてください」


陸は肘で俺の横腹をどつく。見れば、余計なことを言うなと言わんばかりの表情で俺を睨んでいた。俺はそっぽ向いて知らんふりをして、だんまり状態になる。はぁと、陸はため息をついて華凛の方に向き直る。


「まず吸血鬼だということが敵に知られると、彼らは作っていない吸血鬼がいる、つまり本物の可能性が高いと思うでしょう。なら彼らは唯葉を鹵獲ろかくしようとする。ということで最初は釣るえさとしていました」


「でも、反応がなかったと」


「はい、本物だという確証が与えられなかったことが大きかったんでしょうねなので本物だと思わせるために吸血鬼狩りを使ってみようかってことになったんです。腕の立つ狩人を、それが天川あまかわと小原先生なんです。結果は成功してマークがつくようになった。でもボロを出すにまでは至らなかった」


はぁ、と陸は小さくため息をついた。今日はよくため息を聞く。状況が状況だ。仕方ないとは思うが、うつになりそうだ。これ以上黙っていても暇なので、俺は言葉を続けた。


「だから、一度死んで見ればいいのではってことになった。本物だと確信していたのに、何故か頭を撃ち抜かれて死んだ、なんてことになれば、多少なりの混乱を与えられるのではないか。効果は期待以上で、本物が贋作のように死んだことを彼らは調べ出し、陸がそれをリーク。生産プラントの特定までできました。だから計画は次のステップに移れるようになった」


「次のステップ?」


「これ以上は、計画に協力してくれるなら話します」


小原先生、一瞬ぐっと息を詰まらせた。知りたいとも思うが危険は犯せない。と言ったところだろうと思った。


「基本表に出るのは俺だけです。それに、吸血鬼と違ってすぐ死ぬ分、優先して俺が守ります」


「なら、という訳じゃないですけど、私は協力します」


華凛は俺を真っ直ぐに見る。その眼差しに小原先生はやれやれといった表情を見せる。


「……華凛。……はぁ、私も協力しよう。華凛を一人にはできん」


「ありがとうございます。では次のステップについて。生産プラント同時襲撃し、壊滅させる、というのが、次に行う作戦です」


「同時?生産プラントは複数あるのか?」


「ああ、日本には一つだけで、ヨーロッパに生産プラントがあります。連絡を取り合って、同時にとす。それによって、これ以上新たに吸血鬼が増えるのを阻止します。日程は未定。ヨーロッパ担当からの連絡が来てからになります」


「一先ず、これで終わり、か?」


「ええ、質問には答えましたし、必要な情報も話したと思います。こちらも完璧に把握してる訳でもないですし」


「そうか」


小原先生はふっと、肩の力を抜く。横を見れば陸も同じような動作をしていた。わからなくもない。俺もちょっと疲れた。貧血気味で眠くなってきた。そんな様子を見てか、華凛が口を開く。


「唯葉先輩、吸血はどうしてるんですか?」


「ん?ああ、吸血な。あまり血は好きじゃないから生存ギリギリの月一回、支給をされたのを飲んでる。我慢できないときはワインで誤魔化してるよ」


「待て九重、お前何歳だ?」


「…………陸、俺何歳?」


「知るか」


「ですよねー、何歳だっけな。んー、多分七百前半かな」


華凛と小原先生は驚いた表情を見せたが吸血鬼だということを前提にすると案外驚くことないことだと思ったのか、すぐに普通に戻り、ぐっと伸びをした。

沈黙が降りてくる。もう話すことはないので解散すればいいのだが……と思っていると、何故か小原先生が何か話題を探すように頬を掻いてあー、と唸った。


「このことは、他言無用だよな」


「当たり前です。ここにいる者以外には絶対言わないように。では、もう解散にしましょうか。向こうの裏口から出てください」


「俺も帰るわ、ついでに華凛と小原先生の案内でもするわ」


「ああ、任せた」


陸はカタカタとPCの操作を始めた。もう一仕事してくらしい。


「行きましょうか」


俺は先導るように歩き出した。裏口は薄暗い細い回廊だ。五分ほど歩いただろうか、小原先生がなあ、と呼び掛けてきた。


「どうしました?」


「ああいや、大した話じゃないんだが」


「大した話の場合、ここは基地外ですから言っちゃだめですけどね。それで?」


「九重は吸血鬼っぽくないな」


脈絡のないその言葉に俺は思わず笑ってしまう。でもまあ、言いたいことはわからなくもない。髪は白髪だが、瞳は青だ。そのことを言っているのだと思う。


「吸血鬼って、目に見えてわかるのはまれですよ。金髪碧眼の吸血鬼もいますし、でも吸血時とか戦闘時とか感情がたぎっているときに目が紅くなりますよ」


俺は振り向き適当に感情を滾らせ、目を紅く染めて見せる。それを見た二人は少しだけすくんだように見えた。ま、紅く光る瞳は実際に見ると中々に恐ろしいものだ。無理もないだろう。少し寂しく思いながら俺はふっと笑って、前を向いた。


「唯葉先輩!」


「ん?」


「私、頑張って唯葉先輩の支えになります」


ぐっと力の込められた眼差しで華凛が俺見ていた。あー、本当に似てるなぁ。とある少女を思い浮かべながらくっく、と俺は小さく笑ってしまった。でも次第に我慢が利かなくなって、声を大にして笑ってしまう。華凛は勿論不服そうな顔をして、俺を睨んできた。


「わ、悪い。笑いたくて笑った訳じゃあないんだ。……こほん。ありがとうな、華凛がいてくれるなら、俺は……」


俺は?華凛がいてくれるなら何だ?強くなったりできるのか?何でも上手く行くのか?すうっと、俺は息を深く吸い、静かに吐いた。


「俺は多分、自分を変えられる気がするからな」


ニコリと、俺は笑ってみせ、頭を優しく三度ほど撫でた。華凛は少々戸惑い気味に俺を見ていたが、すぐにふるふると頭を振って、満面の笑みを浮かべた。

それから会話はなかった。正確には、俺が話させないようしていたといっても良かった。


***


これは俺の過去の記憶。


「君を頑張って支えるね」


彼女がそう言ったのは何百年前だったか。出会って、大して時間が経っていない頃だと思う。彼女は十五歳で、俺はまだ二百歳にもなっていない、人生で一番荒れていた時期。俺は彼女の優しさに甘え、彼女だけが、心の支えであった……






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