第10話 紡がれる血牙ノ黙示録

 始業式終わり。俺は六月一日に部室に連行されていた。腕を引く手には力が痛いほど力が込められていて、何か異様いような事が起きたのではという憶測おくそくをしてしまう。


「な、なあ六月一日?別に無理に引っ張んなくても逃げないぞ?てか、逃げる理由ねえし」


「いいから。黙ってて」


「……わかった」


 振り向く事なく鋭く言い放たれ、これ以上何も言えなくなってしまう。一体何なのか、皆目見当もつかない様子で俺は引かれるがままにされた。

 足音だけが響く廊下を歩いて行く。部室に着くと、六月一日は廊下で待つように合図して、入っていった。


「お待たせ、みんな来てくれてありがとうね。特に、華凛ちゃん」


 六月一日が申し訳なさそうに言うが、華凛は言葉を発しない。首でも振ったのだろうか。


「それより、今日は何故集めたのかしら。あんな事があって、学校に来るだけでも辛いと言うのに……」


「それは今から説明するよ。千里ちゃん、華凛ちゃん、無理かもしれないけど驚かないで」


 ガラリとドアが開き、六月一日が来い来いと手招きをする。よくわからない様子で俺が部室に入ると、千里先輩と華凛が目を見開いた。

 そんな異様な雰囲気に呑まれそうになりながらも、何とか言葉を発する。


「えっと、朝はごめんな、華凛。髪、結んでやれなくて……」


 しかし、華凛の反応はほぼなく、一歩、一歩と歩み寄ってくるだけだ。そして、あと一歩で手が届くというところで思いっきり、抱きついてきた。予想外の出来事に、後方に倒れてしまった。


「か、華凛?どうしたんだ」


 怪訝けげんに思ったように眉を寄せ、頭を撫でつつ問いかけるも、華凛はすすり泣くばかりで何も言わない。


「なあ陸。話してくれないか?何か、あったろ?俺が知らない、何かが」


「……わかるか」


「わかんない方が重症だろ」


 だろうなといった表情をして陸はふうと息を吐き出した。


「率直に言うとだな、お前は死んだんだ」


「……………ごめん予想外過ぎたわ」


 俺はこめかみを抑えた。そんな様子の俺に六月一日はいぶかしげな視線を向ける。


「覚えて、ないの?」


「あ、ああ。つーか、いつ死んだんだ俺?いやそもそも死んでねーけど」


「花火大会の後だよ」


「……そっか。そうか、ごめんな、華凛。寂しかったりした、よな」


 俺は疑問形にしそうになって、ギリギリで変更した。華凛は黙ったまま頷いた。俺は心苦しく思い、抱き締める腕に少しだけ力を加えた。


「どうなってんだ?俺以外全員、並行世界から来たみたいなアニメみたいな事あるか?」


「現に死んだ人間、いや吸血鬼?が生き返ってるんだけどね」


 六月一日が訳の分からない事を言った。何故ここで吸血鬼が出てくるのか、心当たりはなくはないが。


「あんまりこう言うの言いたくないって言ったけど、吸血鬼ってのはただの自称。設定に過ぎないんだぞ?」


「でも九重が死んだ時、死体が灰になったのは確かだよ。みんなが証人」


「別世界の俺は吸血鬼だってか、このタイミングじゃなけりゃ喜んでたんだがな」


「……何がどうなっているのかしら」


「そもそもその問いかけが、俺たちに導き出せる問いなのかすらわからないんですよね」


「そう、ね。陸君の言う通りだわ……」


 みんな、もう何を言えばいいのかわからないんだと思う。俺も言葉を探すが、何も見つからなかった。恐らく俺は皆にかける言葉を持ち合わせていないのだと思う。

 すると突然、華凛が立ち上がり、俺に手を伸ばした。立たせてくれるようだが、大丈夫なのだろうか。俺が手を取ると華凛は意外にも力が強く、難なく立ち上がる事ができた。


「私は知りたいです、何があったか。できることはほとんどないかもしれないけど、知らないままは、なんか嫌です」


 もう華凛の瞳に涙はない。こうしたいんだと言う覚悟がしかと伝わってき、俺は胸が締め付けられるような痛みが走った。


「そうだね、確かに華凛ちゃんの言う通り、わからないままってのはなんかムズムズするね」


「そうね。できることは本当に、少ないでしょうけれど」


 六月一日と千里先輩が華凛に同意を示す。陸も、はぁと息を吐いてから、俺を見て頷く。


「なんか、迷惑かけるな」


「いいってことよ。結局生きてたんだからそれで良しってことにしてさ。単純になんか面白そう」


「もしかしたら、また狙われるかもしれないわよ?」


「せ、千里先輩怖いこと言わないでください……」


 そう言いながら、俺は内心だけで安堵した。水に流したとまではいかないが、みんな切り替える事ができているように思えたから。


「なんか、秘密結社みたいになるね。表は空想生物研究部、裏では怪異調査隊みたいなさ」


「そうなると、秘密結社の名前が欲しくなるんだが?」


 こんな状況だが、厨二心が表に現れてしまう。そんな様子を見て六月一日はクスリと笑った。


「そういうの考えるのは九重と華凛ちゃんの方が得意でしょ」


 そう言われ、俺と華凛は顔を見合わせる。ふっと笑うと、華凛もにこっと笑ってくれた。

 さて、それはよいとして、どうしたもんか。俺は安直なネーミングしかしないため、凝ったのが考えられない。


「んー、血牙けつがいん


「はいそこの自称吸血鬼、怪異調査どこいった」


「ですよねー」


「こりゃ唯葉は使い物にならねえな」


「うるせえぞ。んじゃあ血牙ノ怪異調査隊」


 言った瞬間、場が凍りつく。冷たい風が吹いているような気がした。


「もう九重は黙っとこう?これ以上は恥を晒すだけだよ」


「酷え言い草だなおい」


 とは言うものの、六月一日の言う通りなので、基本的に黙ろうと思った。うーん、何がいいかな。


「うーん、血牙の……血牙の……」


「血牙つけるの確定なんだ?」


「当たり前だろう、きっと俺がキーになってるからな」


「ああ、そう……だね」


 さっき自称だと言ってしまった手前だったのが悪かったのだろうか、微妙な反応をされてしまった。泣きそう。

 皆俺に期待していないようで、華凛に希望を託すような視線を向けていた。さらに泣きそう。


「……黙示録」


 華凛がポツリと、小さな声で言った。なるほど、と思ってしまう。


「いいと思うぞ」


「九重語感で決めてない?」


「んな事ない、んな事ないけど説明求む」


「もうそうな事あるでしょ?まあいいや、華凛ちゃん、どうぞ」


 華凛は少し戸惑い気味だった。少しわかる。説明って結構するの恥ずかしいんだよな。自分で言うのも目の前で他の人に言われるのも。わかるぞ、うんうん。


「別に深い意味がある訳じゃないんですよ?」


「ああ、わかってる。黙示録はそのままの意味って事だろ?」


「黙示、秘密の暴露。それを記した記録ということかしら?」


「そゆことです」


「唯葉のやつ聞いた後だからな、完璧じゃないかって思う」


 陸がくっくっと笑う。それに六月一日がつられるように笑い出した。


「実際、九重のやつ無しに見てもいいと思うけど、九重の後だから本当に更にいい感じに思うね、こういうの、何効果って言うんだっけ、ゲインロスだっけ?」


「下げて上げるってやつか。まあ、うーん、いいんじゃね?」


「式部は適当だなー、まあ私もいいんじゃねって思うけど。今重要なの、そこじゃないし」


 チラと六月一日が俺を見る。それにつられるようにして、皆が俺に視線を向けた。宣言を俺にしろと言うことだろうか?


「えーと、こほん。秘密結社、血牙ノ黙示録、只今より死者復活の件について調査を始める」


 おー!と、陸以外が各々に言って、今日は解散となった。主に俺が原因で、少々疲弊していたのだろう。

 帰り道、俺と華凛は手を繋いでのろりのろりと歩いていた。華凛の歩調に合わせていたら、こうなったのだ。


「今日は、頑張ったな。華凛」


 華凛が少し、ビクリと体を震わせた。


「……え?」


「いやその、ちょっと無理して笑顔を見せていただろ?だから」


「……うん」


 華凛の瞳から一滴だけ涙が落ち、握る手に少し力が入る。俺はそっと涙を手で拭い、頭をひと撫でした。

 華凛は何か口を開きかけたが、言葉が出ないようで、唇をわなわなと震わせていた。そして終いにはきゅっと、つぐんでしまった。


「なあ、華凛?」


 俺は顔を見られないように、空を見上げながら呼びかける。気配がこちらを向いたのを感じて、俺は言葉を続けた。


「華凛の家に、上がっても、いいかな?その、もう少し一緒に居たいからさ。嫌なら嫌でいいし、俺の家でも、いいんだけどさ」


「……唯葉先輩の家なら、いいですよ」


 俺は思わず視線を華凛に向ける。俯いていた。耳が真っ赤なので照れ隠しで俯いているのだと思った。

 自宅に到着し、鍵を回しドアを開け、中に入るように促した。華凛は恐る恐る入っていって、リビングのソファーに腰掛けた。


「飲み物、麦茶でいいか?てか、麦茶しかないけど」


「ありがとうございます」


 コップ二つに麦茶を注ぎ、ソファー名前の机に置いて華凛の隣に座った。拳一個分空けたのだが、すぐに華凛がその隙間を埋めるように詰め、肩に頭を乗せてきた。

 肩にかかる華凛の頭の重りが心地よく思える。一緒に居たいと言ったものの、結局何したいとかそういうのを考えてなかったから、情けなく黙りこくってしまっている。華凛も同じなのか、はたまた我慢しているだけなのかは定かではないが、腕を抱いたまま、何も言わない。

 時計の秒針だけが、カッカッと音を奏で時が経つのを一定のリズムで知らせる。そんな中で俺たちは時が止まったかのように、ただ寄り添って座ったままで居た。

 不意にくぅっと、鳴った。刹那、華凛の顔がほんのりと赤くなる。


「そういや、昼ご飯がまだか」


 今日は始業式だけなので昼前には普通に帰れるのだ。時計を見れば、一時になろうとしていた。


「ご飯、準備するよ」


 俺が立ち上がろうとすると、華凛も合わせて立ち上がり、キッチンについてくる。


「じゃあ、作るの手伝ってくれるか?」


 そう問いかけると、華凛はぱあっと表情を明るくさせ、こくこくと頷いてくれた。

 昼ご飯を食べた後はまた、ゆったりと過ごす。変化は、会話があることだけだ。当たり障りのない世間話が、ふと途切れた。華凛がこくりこくりと眠そうに舟を漕ぎだしたのに気づいて、俺が話をやめてその様子を観察しだしたからだ。


「……ん、あっ、すいません」


「いいよ、眠いなら一眠りするか?」


 ふるふると首を横に振って、力強く抱きついてくる。だけど俺は無理にでも寝かしつけようとした。


「ちゃんと側にいるから。ちゃんと見てるから。だから、少し寝なさい。膝枕でもしようか?」


「……じゃあ、その、お願いします」


 華凛は俺の膝を枕にして、横になる。俺はソファーの背にかけていたタオルケットを掴み取り、華凛にかけてやった。


「六時には、起こしてください……」


 華凛はものの数秒で眠りについてしまった。余程眠かったのだろう。もし睡眠不足の原因が俺にあるのならば、悪いことをしたなと思う。今の華凛の様子を見れば、寂しかった事が容易に伝わってくる。俺は優しく、優しく、髪をくように撫で続けた。そうしているうちに俺に睡魔がおそう。

 薄れ行く意識の中、罪滅ぼしをしなければと思った。これから行う罪と、これから判明する罪と合わせて。

 パッと目が覚めて時計を見ると六時の五分前。完璧なタイミングで起きる事ができたようだ。一度ぐっと伸びをし、華凛の体を優しく揺さぶる。だが、優しすぎたか起きる気配がない。少し強めに揺さぶると、薄らと目が開いた。


「六時だぞ、華凛」


「ん……おはようございます」


「まあ、おはよう。晩ご飯はどうする?ここで食べてくか?」


「いえ、今日は用事があるので」


「そっ……か。わかった、家まで送るよ」


「ありがとうございます」


 外に出ると、ひゅっとやや冷たい風が吹いた。残暑が厳しくあるが、夕方となれば肌寒いような気がする。

 華凛の家には、あっという間に着いてしまった。俺は精一杯微笑んで手を振る。


「……じゃあ、またな」


「……はい」


 華凛は力なく手を振り、にこりと笑った。俺はそれが作り笑いにしか、見えなかった。


「華凛」


 玄関に向かおうとする華凛を、俺は呼び止めた。


「また、すぐに会えるよ」


「……はい!」


 先程より幾分いくぶんかマシな笑顔を見せ、体が少し軽くなったかのように家の中に入っていった。それを見送り、来た道を戻った。


 ***


 帰ってくると、上官が家の中にいた。キッチンで料理をしているようだ。


「……九重の家にいたのか?」


「はい」


「そっか。晩ご飯は?」


「食べてないです」


「んじゃ、これ、食べとけ。八時には出発だ」


「はい」


 上官の格好はこの上なくエプロンが似合っていない、全身黒の、所々に衝撃吸収材が入っているだった。

 私はかき揚げの乗ったうどんを五分ほどで食べ終え、喉に水を流す。そして同じような仕事着を身につけた。


「今日は、なんで呼ばれたんですか?」


主人あるじが会って話がしたいそうだ」


「主人が?メールですか?」


「電話。ボイスチェンジャー使ってたけど」


「任務放棄のことですかね」


「わからん。何か心配する事があるのなら完全武装でも構わんと言われているが」


 そう言いながら上官は拳銃の点検を行う。完全武装する気満々に見え、私は少し笑ってしまった。

 私も自分の部屋に行き、防弾ベスト、拳銃二丁、スモークグレネード二つ、サーモグラフィーゴーグル、グレネードホルダー付きのベルト、レッグホルスターを両足分取り出して装着する。

 部屋を出ると、上官は既に準備を完了させていた。


「予備の弾薬は車に乗せてる。行くぞ」


「はい」


 すぐ近くに停めてある車に乗り込み、防弾チョッキのポケットに拳銃の弾倉を入れる。


「ちと早いが出発する。いいな?」


「はい、大丈夫です」


「よし、行くぞ」


 車を走らせ、待ち合わせ場所に向かう。下道で向かう事約一時間。某コンテナ倉庫。人の気配は周囲には全くない。人払いが徹底されているのか、そもそもここの利用者がほぼいないのか、定かではない。

 指定された場所につき、拳銃を手に待機する。


「お久しぶりです。コードネーム【タナトス】、そして【アヌビス】」


「……もう少し普通に登場できないか?セシラ」


 上官は突如後ろに現れた女性にため息混じりに睨みつけた。だが、そんなこと気にすることなく、柔らかな微笑みを向けていた。顔は、フードを深く被っていて、わからなかった。


「それは無理な相談ね。では、こちらに。主人の元に案内するわ」


 優しい声音でそう言って、彼女はあるコンテナに近づき、コンテナナンバーが書かれている部分に触れると、パネルがあらわになる。そしてパスコードを入力し始めた。なんて無防備な!と思ったのだが、いくら打っても終わらない。百回ほど打ち込んだのではというところで、やっとドアが開く。


「こちらへ。主人はこの下で待っていますわ」


 手招きされるので、中に入るとすぐにドアが閉じ、降下を始めた。どうやらエレベーターらしい。降下している間に私と上官は拳銃を引き抜く。

 真っ暗な中、ようやく降下が止まった。再びドアが開くと、長い回廊が待っていた。灯りはほとんどない。

 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ進んで行く。無限に続いているのではないかと錯覚する程に、長い回廊だ。そしてやっとの思いでドアの前に辿り着いた。


「この先に主人がいますわ」


 振り向きもせずに言って、ドアを開けた。さっきまで暗かったせいで一層眩しく感じ、きゅっと目を瞑ってしまう。が、ハッとしてすぐに拳銃を構え、サーモグラフィーゴーグルをセット。事前にそっと電源を入れていたのですぐに熱源の位置を把握。スモークグレネードに手をかけて、上官に止められた。

 渋々サーモグラフィーゴーグルを外し、明るさに慣れる。


「主人、【タナトス】、【アヌビス】二名を連れてきました」


「ああ、ご苦労」


 室内に響いた声に、私と上官は目を見開いた。男の声だ。低めの声音。あまり多く聞かないが、聞き覚えのある声。


「来て下さってありがとうございます、【タナトス】、【アヌビス】。いや……」


 ふっと口角を釣り上げ、一際高い位置から私たちを見下ろす。


「天川、小原先生」


 見間違うことはない。紛うことなき、の姿がそこにはあった。

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